月光の中で、サンジの蹴りとアブサロムの拳がぶつかり合う。 衝撃で爆風すら巻き起こす程の威力を持つ互いの攻撃が、周りのライカンスロープ達を吹き飛ばす。 その威力が、男の意地とプライドを賭けた戦いの凄まじさを物語っていた。 加勢しようと近付いたものは、残らずサンジの蹴りの餌食となった。 戦いの轟音が夜空に響く。 そんな争いをゾロは眉間に皺を寄せて眺めていた。 溜息を吐いて漆黒の刀に手を添える。 「……もちっと静かに騒ぎやがれ」 小さく呟いた声は、2人に届きはしなかったが。 一見すれば上位の魔族同士の、レベルの高い争いだったが。 そのやり取りは、決して高レベルとは言えなかった。 「クソ低能ケモノ男がナミさんに近付こうなんざ、1億年早ェんだよ!!!」 「血を吸うしか脳の無い貧血吸血鬼は、蚊でも口説いていろ!!!美しき花嫁にはおいらの様な逞しい男こそが相応しい!!!」 「テメェみたいな筋肉ダルマとナミさんが釣り合うわけがねェだろうが!!!ナミさんの様な才女に相応しいのは、このおれの様に知性と気品と優雅さを併せ持った気高い紳士のみと決まってる!!!!」 「はっ、ひょろひょろマッチ棒男が負け惜しみを!!!」 「脳ミソまで筋肉のクソマッチョに言われる筋合いはねェ!!!」 本人同士は至って真剣なのだが、傍で聞いている第3者にとっては正直うんざりする様な怒鳴り合い。 ゾロは眉間に深く皺を刻んだまま、何度目かも解らない溜息を吐いた。 他のライカンスロープ達は懸命にアブサロムを応援している。……まぁそうだろうが。 どっちも物好きだな・とゾロは内心で呟いた。 見上げる空には、既に西空へと傾き始めている満月の姿。 心なしか、東の空が色を変え始めている。 「……夜明けも近い、か」 ぼそりと呟くその声は、当然だが2人には届かなくて。 激しい地響きと立ちこめる土埃の中に響き渡る怒号の応酬を聞くとも無く聞きながら、ゾロは実の所、少し困っていた。 ナミの依頼は、アブサロム達を徹底的に叩きつぶす事。 自分1人なら、今頃とっくに決着は付いている筈だった。 しかし、サンジが手を抜いている訳ではないのに、どうにもこの決闘は終わりそうにも無い。 実力はサンジが上と思ったが、それなのにこうも長引くとは思わなかった。 戦いが拮抗している理由は、間違いなく双方の意地。 言うなれば『男のプライド』というヤツなのだろう。 『惚れた意地』と言う名の。 だが。 「…………はた迷惑にも程があるぜ」 溜め息を吐いて、ゾロは頭を掻いた。 正直、サンジとアブサロムの決闘の行方などどうでもいいのだが、依頼を達成出来ないのは困る。 せめて他のライカンスロープ達だけでも叩き潰しておきたいのだが。 と言うか、叩き潰しておかなければ、ゾロの立場上かなりヤバい。 その事を理由にナミに依頼料を値切られるのは目に見えていたし。 「……ったく、しゃあねェな」 もう1度溜め息を吐くと、ゾロはゆっくりと立ち上がった。 そして、ゆっくりと真紅の刀を抜こうとして。 不意にその身体が崩れた。 「……なッ?!!……ッ!!!」 とっさに漆黒の刀を鞘ごと引き抜いて、地面に突き立てる。 刀を杖のように使い、辛うじて倒れそうな身体を支えた。 「……っのバカがッ!今日は大人しくしてろと……!!」 全身から吹き出す汗と、視界が歪むほどの虚脱感。 歯を食いしばって刀を握りしめ、上体を起こす。 奴らに気取られる訳にはいかない・と思ったのだが。 それは僅かに遅かった。 「?おい」 「ん?あ、あいつ…!」 ライカンスロープ達がゾロの異変に気付き。 そのざわめきにサンジの気が殺がれた。 何が・と思い視線を向けて。 そして、ゾロの姿に思わず怒鳴ってしまった。 「お前……っ?!!おい、何やってやがる!!!」 振り返り怒鳴った、その次の瞬間。 「キサマこそ、何をやっている!!!」 気をそらしたその瞬間を、アブサロムが見逃してくれる筈が無く。 背後からの1撃に、防御は間に合わず。 「グ……ッ!!!」 まともに受けた一撃に空を舞った身体はゾロの結界にぶち当たった。 息を詰まらせ、そして気付く。 前にも1度触れていたからこその、結界の威力の変化に。 明らかにその力が弱っている事に。 「テメェ、一体何が……?!!」 怒鳴りかけ、ゾロの眼光に口を噤む。 即座にその意味を理解したが、それも遅かった。 ゾロの変化にアブサロムも気付いてしまったのだ。 「何……?人間、お前もしかして……そうか!」 サンジが我に返り、ゾロは思い切り舌打ちする。 その様子にアブサロムは勝ち誇ったように言い放った。 「力を使いきったな、人間!それもそうだろう。これだけ強力な結界を人間ごときが一晩中張っていられるワケがないからな!!」 「……そうじゃねェよ、アホ」 呻くようなゾロの言葉がアブサロムに届く筈も無く。 アブサロムは背後のライカンスロープ達を振り返り怒鳴った。 「お前たち!!この結界はもはや用無しだ!!叩き潰しておいらの花嫁を連れて来るのだ!!!」 「おおおーーー!!!」 号令にライカンスロープが一斉に飛び出して行く。 「……ッ!!そうはさせるか!!!」 彼らを止めようと、サンジは立ち塞がろうとしたが。 その瞬間、アブサロムの拳がそれを邪魔した。 繰り出された一撃を飛び退いて躱し、すかさず反撃する。 「クソ邪魔するんじゃねェ!!!!」 「キサマの相手はこのおいらだ!!花嫁にまとわりつく吸血バエは叩き潰してくれる!!!」 「テメェこそ、おれとナミさんの大切なハーブガーデンに入り込もうとする害獣じゃねェか!!!!」 激戦と舌戦を同時に繰り広げながら、サンジはゾロへと怒鳴った。 「ゾロッ!!!いいかテメェ、死んでもナミさんを守りやがれ!!!!」 「……それをテメェに言われる筋合いはねェぞ」 答えながらゾロは刀に置いた手に力を篭める。 刀を媒体に結界へ送り込んだ力は僅かにライカンスロープを押し止めたが、長くは持たなかった。 直ぐさま結界へと張り付き、突き破ろうと躍起になっている。 その向こうのサンジとアブサロムの戦い。 結界が破られればナミが危ない・との焦りからか、サンジが押され始めていた。 「……っのバカが!」 動揺はゾロにもあったのだろう。 再びアブサロムの一撃をまともに食らうサンジの姿に、気を取られ。 その次の瞬間。 「……ッ!!!」 ライカンスロープ達が結界を突き破る衝撃が、術師であるゾロの身にも突き刺さった。 「……ッぷはぁっ!!!抜けたーーーー!!!」 「抜けたぞ!!人間、八つ裂きだーーーー!!!」 「花嫁掴まえるぞーー!!!」 ライカンスロープ達が歓声を上げ、その声にサンジは蒼白になった。 「ナミさん……ッ!!!!」 飛びかかってくるアブサロムを蹴り飛ばし、駆け出そうとしたが。 「ゥグ……ッ!!そうはさせん!!!」 アブサロムは根性でサンジの足にしがみついた。 「てめェ!!!放しやがれ!!!」 「ガルルル!!キサマらの負けだ!!!これで花嫁はおいらのものとなるのだ!!!」 「クソふざけんなァッ!!!!そんな事をこのおれが許すワケねェ……ッ」 アブサロムを踏みつけながらサンジがそう怒鳴った時。 「シルフェ(風の妖精)!!蹴散らして!!!」 「ぎやあああああ!!!!」 「何?!!」 「その声は!!!」 不意に響いたライカンスロープの絶叫と、聞き間違える筈の無い声に、2人は同時に振り返った。 そして、2人が同時に視界に認めたのは、吹き飛ぶライカンスロープの姿と。 その向こうに立つ、お互いに想い焦がれる女性の姿。 すなわち、ナミの姿であった。 「あああああ、ナミさぁーーーーん!!!おれの事を心配して……?!!やっぱり貴女はなんて優しいんだ!!!」 「おお、花嫁よ!!!ようやくおいらのものとなる準備ができたのだな!!!」 同時に叫び、そして同時に睨み合い。 そして、同時に怒鳴りかかった。 「クソいい加減にしやがれーーーッ!!!ナミさんはおれを愛してるんじゃーーーー!!!!」 「その浮かれた妄想をやめんか!!!おいらの花嫁が汚れる!!!!」 見事なまでに同時に怒鳴って掴み掛かる2人に、ナミは目もくれず。 そのまま裏口から飛び出す。 手には護身用の長棒を持ち、唇を噛み締めて。 駆け寄ったのは、ゾロの所だった。 「バカヤロウ!なんで出て来た!!」 「加勢に来たのよ!お言葉ね!!」 ゾロの背を庇うように背後に立ち、飛びかかって来たライカンスロープを棒で叩きのめす。 「奴らの狙いはお前なんだぞ!それなのにわざわざ出てきやがって……!!」 背後の怒号を聞きながら、それでもナミは引かなかった。 「花嫁だーーー!!!」 「アブサロム様の所に連れてくぞ!!」 ライカンスロープが嬉々として飛びかかってくる。 それを見てナミは棒で地面を叩いた。 「ノーム(大地の妖精)、防いで!!!」 その声に応えるように、地面が勢いよく盛り上がりナミとライカンスロープの間に壁を作る。 ライカンスロープがその壁にぶつかり目を回す。 その様子にサンジは目を見張った。 「妖精がナミさんの言う事に従ってる?!!」 だがその驚きはアブサロムの言葉に掻き消された。 「見事な聖巫女の力!!それでこそおいらの花嫁だ!!!」 頷きながら満足げにそう言うアブサロムに、サンジが叫ぶ。 「聖巫女?!!ナミさんがそうなのか?!!」 「なんだ、キサマ知らなかったのか」 サンジの反応に、アブサロムは鼻を鳴らして胸を反らした。 どうやら、自分の方がナミについて詳しいらしいと知って、得意になったようだ。 「花嫁は地上界と妖精の絆を結ぶ聖なる力を持つ者なのだ」 「そうだったのか……!どうりでナミさんのハーブは聖なる力で満ちているハズだ!」 呆然と呟くサンジの横で、アブサロムが一層得意げに胸を張る。 その様子を気にも止めず、サンジは頬を赤らめて手を組んだ。 「あああ、ナミさん……!やはり貴女は神々の祝福を受けし聖なる乙女だったのか……!!」 アブサロムも両手を胸に合わせ、ほぅ・と溜め息を吐く。 「そうとも。美しくも誇り高く、偉大にして神聖な女神の御使いよ……!」 「誰よりも慈悲深く、叡智に富み、更には妖精達の守護までもその身に受け……!」 「もはや完璧としか言いようが無いその美しさ……そして気高いその眼差し……!」 「さすがはこのおれが愛した人だ!!!」 「まさに、おいらの花嫁になる為に生まれたと言えよう!!!」 ある意味、見事に息が合っていたが。 「あァッ?!!」 「何をぅッ?!!」 やっぱり同時にそう言って、そしてやはり同時に顔を合わせて。 そして。 「だから、クソいい加減にしろって言ってるだろうがーーーーッ!!!!」 「ええい、どこまでも諦めの悪いヤツめーーーーッ!!!!」 また同時に怒鳴り合って、戦闘は再開していた。 |