ACT10『 風はその行く先を変え 』




 サンジとアブサロムの漫才のようなやり取りを、ゾロとナミは気にする余裕も無かった。
 襲いかかってくるライカンスロープをナミが棒で叩きのめす。
 妖精の力は基本的には世界を安定させる為のもの。
 突風を起こしたり水を動かしたり出来ても、本来戦闘に使う物ではないのだ。
 その為、ナミに出来る事は精々、風で蹴散らすか土で壁を作って防ぐ程度のもの。
 そのぐらいでは、獰猛さで名高いライカンスロープ相手には心許ないのは当然で。
 間を縫うようにして飛びかかってくる者達をナミが必死で迎撃しているが、体力が尽きるのは時間の問題だった。
「……ッ?!ゾロ、あんた一体……!!」
「何でもねェよ」
 ゾロの疲労が只ならないものだと言う事は一目で分かったが、それにしても理由が解らない。
 この程度の連中を相手にゾロがここまで消耗しているのが納得出来ず、ナミは眉を寄せたが。
 次の瞬間、その理由に思い当たった。
「アイツ……!来てるの?!!」
 シルフェでライカンスロープを弾き飛ばして、そう訊く。
 その問いにゾロは一瞬だけ躊躇して、それから苦笑した。
「……今日は出てくんな・とは言っといたんだがな」
 目の前に飛びかかって来た1頭を、魔力を叩き付けて弾き飛ばす。
 その背でナミが小さく笑った。
「…………そう、ちゃんと言ったのね。なのに、言いつけ破ったのね、あのバカ」
 ゾロからは見えなかったが、それでもナミがどんな表情を浮かべているかは容易に想像出来た。
「あーーー、まぁ、忘れてるんだと思うが」
「ふぅーん。聞いてもすぐに忘れるわけ。そんなでっかいだけで役に立たない耳はいらないわね」
「…………いや、いらねェって事は」
「今度、引きちぎってあげなくちゃね。ふふふ」
「……虐待はやべェと思うぞ」
「違うでしょ。これは躾(しつけ)なんだから。躾は子供のうちからって言うじゃない」
「もうガキじゃねェだろ、アイツ」
「身体だけ育っても中身は子供のままでしょ」
「……」
 ゾロが反論しきれなくなったその時。

 結界の外では、サンジとアブサロムが又もや同時に同じ反応をしていた。



「…………こッ、子供?!!まままま、まさか、ナミさん……!そいつとの間に、おお、おおこ、お子様、が……っ?!!!」
「なななななんと言う事だ……!!!花嫁がまさかバツイチだとは!!!!」



 いい加減、何をどう聞けばそういう勘違いが出来るのかと訊きたくなってくるような反応だったが。
 勝手な勘違いで2人が真っ白になっていたのは僅かな間だけだった。

「ぅおおおおお!!!!バツイチだろうともかまわん!!!お前ら、さっさとその人間を引き裂いて花嫁をおいらの所へ連れて来るのだーーーッ!!!」
「んな?!!!テメェ、クソ抜け駆けすんじゃねェ!!!!ナミさんを真実幸せに出来るのはこのおれだけだーーーーッ!!!!」
 サンジの渾身の蹴りが、ついにアブサロムの巨体を吹き飛ばした。
 勢い良く10M以上ふっ飛んで行くアブサロムには目もくれず、サンジはゾロに怒鳴る。
「おい!おれの結界を解け!!テメェ、ボロボロじゃねェかよ!そんなんじゃナミさんを護れねェだろうがッ!!!」
 怒鳴るサンジにゾロは首を横に振る。
「悪ィが出来ねェ」
「テメェ、意地を張るのもいい加減に……ッ!!!」
「そうじゃねェよ」
 目の前のライカンスロープを殴り伏せて、ゾロはサンジを一瞥した。
「コイツら用の結界にテメェのを乗算してるんだ。だから、テメェのだけを解くのは無理なんだよ」
 その言葉にサンジは目を見張る。
 ゾロが困ったように目を細めたのは、一瞬だけで。
 次の瞬間には、懲りずに飛びかかってくるライカンスロープの方へと向き直っていた。
 ナミが呼ぶ疾風に吹き飛ばされても吹き飛ばされても、幾度でも襲ってくる根性はある意味見上げた物かもしれない。
 だが今はそう言っている場合ではなくて。
「……ッ、じゃあどっちも解除しろ!!!もうテメェの結界なんざクソ役に立ってねェんだからよ!!!!」
 さすがにその一言に、ゾロは苦笑した。
 サンジの言う事は正しいのだ。
 これだけ突破されている状況では、もう結界は用をなしていない。
 解除すれば、それだけゾロも楽になるのだが。
 肩越しに背後の気配を伺う。
 その視線にナミが振り返った。
 視線が合う一瞬。
 そして、ナミが笑って頷いた。
「サンジ君に害意は無いわ。アイツも押さえてくれてるしね」
 その言葉にゾロの視線が緩む。
 頷き返して、そして刀に添えた手に力を篭めようとして。

「……ッ!!!危ねェッ!!!!」
「え……きゃあッ!!!!」

 いきなりゾロの右腕がナミを抱え込む。
 驚く間もなく、飛びかかって来たライカンスロープの爪がゾロの腕を抉った。
 吹き出す血に構わず、ゾロはナミの身体を腕の中に庇う。
「ナミさん……ッ!!!!」
 その様子にサンジは顔色を変えたが、飛びかかってくるアブサロムに応戦しなければならず、加勢に行く事も出来ない。
 それに、ゾロの結界がある限り、サンジはこれ以上2人に近づけないのだ。
 更にゾロの背に数頭のライカンスロープが飛びかかる。
「ゾロッ!!!」
「心配ねェ…ッ!!テメェはじっとしてろ!!!」
「だって……!あゥッ!!!!」
「花嫁、連れてくぞーーーッ!!!」
 ライカンスロープに髪を乱暴に引っ張られナミが悲鳴を上げた。
 その声にゾロは歯を食いしばり、力を練り上げようとしたが。
 腕と肩に噛み付かれて、その邪魔をされてしまう。
 目の前で吹き出す鮮血に、ナミの瞳が震えた。
「ゾローーーーッ!!!!」
「騒ぐな……ッ!!!」
 苦痛を堪えて、ナミを抱きすくめる。
 ナミが腕の中で息を飲むのが解った。
 小さく頷いてみせ、大きく息を吐き出す。
 刀に添えたままの左手に力を込めた。

 結界を解く為に、自分の内へと静かに深く意識を集中する。
 肩と背の痛みさえ意識の外に追い払って。




 その時、突然1頭の狼が唸りと共に飛び込んで来たのだ。




「ガルルルルルルッ!!!!」
「な?!!!なんだぁ?!!」
「うわああぁッ!!!!」
 唸り声を上げて飛びついて来た狼は、ゾロに噛み付いていたライカンスロープ達をその牙と爪で追い払う。
 更には他の者達も、凄まじい勢いて蹴散らして。
 そして、身を翻してゾロの前に立った。
 同時に、その姿が変わる。
 漆黒の毛並みの狼から黒髪の1人の男の姿へと。


 その姿を認め、4人が同時に声を上げた。

「……ルフィ」
「ルフィ!あんたねェ……ッ!!」
「ルフィ?!!テメェ、なんでここに?!!」
「キサマ、人狼か?!!一体、何のまねだ!!!」

 その4者4様の声に、ルフィが叫んだのは誰に対する答えでも無かった。


「お前ら、ゾロに何すんだ!!!!」
「は?!!」
 驚くサンジとアブサロム達とは反対に、ゾロとナミが頭を抱える。
 それに気付かずルフィは、ライカンスロープ達を指差して怒鳴った。



「ゾロはおれが食うんだ!!!横取りすんじゃねェ!!!!」



「はあぁっ?!!!」
 予想外すぎて反応出来ずにいる者達をそれ以上気に留めず、ルフィはゾロへと向き直った。
「ゾロッ!また怪我してるじゃねェか!!あー、もったいねェからあんまり血ィ流すなって言ってんのに!!!」
 右腕の怪我に顔を寄せるルフィの頬を、ゾロは無造作につねった。
「……それよりテメェ、なんで言いつけ破ってんだよ」
「ふぇ?ひぃふふぇ?」
「デカイ仕事が入ったから、今度の満月は魔界で大人しくしてろ・って言っただろ」
「ふぁ?」
 つねられたままきょとんとしているルフィに、ゾロは溜め息を吐いて手を離す。
 ナミはゾロの腕から抜け出して、その怪我の具合を診ていた。
 サンジとアブサロムは呆然として立ち尽くしたままだったが。
 ルフィは瞬きをしてゾロを見て、言った。

「満月って昨日だろ?」

「人狼のくせに満月も解んないのッ、あんたは!!!!」
 余りにも無頓着な回答に、ナミは反射的にその頭を引っ叩いていた。
「えええ?!!だって昨日もまんまるだったぞ?!!!」
「昨日は14日!!今日が満月!!!人狼なんだから、そのぐらい解ってなさいッ!!!」
「……そんな事だろうと思ったぜ」
 再度、溜め息を吐いて。
 その直後にゾロの身体がよろめいた。
 慌ててルフィとナミがその身体を支える。
 顔を覗き込んで、流石にルフィもゾロの疲労の濃さに気が付いた。
「ゾロ?大丈夫か?」
「あー……。取りあえずお前、魔界帰れ。そうすりゃかなり楽になる」
「ええぇ?それって冷たくねェ?」
「ねェ。お前の封印に取られてる分がなきゃあ、どうって事ねェんだよ」
「そういう事。お仕置きは夜が明けてからにしてあげるから、帰りなさい」
「は?!!なんでおしおきされなきゃなんねェんだ?!!」
「……そうか、そう言う事か!!!」
 不意に割って入った声に、3人とサンジは同時に振り返った。
 そこには歯を剥き、きつくルフィを見据えているアブサロムの姿があった。
「人狼がなぜ満月の夜に正気を保っていられるのかと思えば……キサマ、魔族の誇りを忘れて人間ごときに飼われているという訳だな!!」

 人狼は魔族の中でも特に強く満月の影響を受ける。
 例え魔界に居ても、満月の夜は破壊本能が刺激され凶暴になるのだ。
 ましてや、魔界より月の力が強い人間界では尚の事だった。
 強制的に狼の姿に変化し、完全に理性を失い、破壊と殺戮の衝動のみに支配されてしまう筈だった。

 それなのに、その人狼がヒトの姿を保ち、しっかりと理性も残している。
 本来なら有り得ない筈のその状況は、ゾロがルフィの破壊本能を押さえる封印を施しているからだった。

 確かにそれは、魔族側から見れば、人間に手なずけられている・とも取れる状況だったが。

「何言ってんだ、お前!!!」
 けれど、その言い草にルフィは食って掛かった。
 そしてアブサロムに指を突きつけて言い放った事は。


「おれはゾロに養われてるんであって、飼われてんじゃねェぞ!!!」


 いやそれもどうよ・と、誰もが思ってしまった事だった。
「てか、お前ら知り合いなのかよ」
 サンジがそう問うと、ルフィは驚いて振り返った。
「あれ、サンジ?!いたのか?!!」
「気付いてなかったのかよ!!」
「あら?ルフィ、サンジ君を知ってるの?」
「え?ああ!よくメシ食わせてもらってるんだ!!」
「へェ……」
「ナミさん?!!いつの間にこんな小汚い犬と知り合いに……?!!」
「2年ぐらいにゾロが拾って来たの」
「おれは犬じゃねェって!!!」
「へ。じゃあ前にルフィが言ってた養い親ってのは……」
「そうね、ゾロの事でしょ」
「好きで面倒見てるわけじゃねェよ。親子3代そろって押し付けていきやがったんだ。…ったく」
「おう!じーちゃんもとーちゃんもエースもゾロの事気に入ってるからな!!」
「……だから、それがはた迷惑だっていつも」
「ええええい、おいらをムシするなーーーーーッ!!!!」
 完全に会話に置いて行かれたアブサロムが地面を踏みつけて怒鳴る。
 周りでライカンスロープ達が頷き合っていた。
 振り返ってその様子を見たルフィが首を捻る。
「で、だれなんだコイツ」
「……ターゲットだ」
「ゾロの敵か?」
「それだけじゃねえぞ。コイツは低能筋肉珍獣の分際でナミさんと結婚しようだなんて思い上がりを抱きやがった不届きものだ」
「ふん、おいらと花嫁の間に割って入ろうとしている間男がよく言う……」
「えええええ?!!!ナミと結婚?!!!度胸あるなーーーッ、お前!!!!」
「どういう意味よ、それ!!!!」
 ルフィが思わず上げた絶叫に、すかさずナミの拳が答える。
 その様子を苦笑して見やってから、ゾロは改めて結界に意識を向けた。
 解除するのは今しかない・と思ったから。
 あとはルフィが大人しく魔界に帰ってくれれば、存分に暴れられる。
 そう思ってから、改めて東の空を見た。


 どうにも全員、失念しているようだが。
 もう既に空は仄かに色を帯び始めていた。


 夜が明ける前になんとかしたいんだがな・と思いながら、静かにゾロは結界を解いた。

「まったくだぞ、ルフィ!!ナミさん程の美しくも優しくおしとやかで慈愛に溢れた才女に向かって何て言い草だ!!!」
「えええ、どこが?!!ナミは凶暴でおっかねェじゃねェか!!!」
「……尻尾踏むわよ」
「キャンッ!!!!」
 ナミに睨まれてルフィは慌てて出ていない尻尾を押さえて飛び跳ねた。
 その様子に苦笑して、ゾロはルフィの頭を軽く撫でる。
「オラ、解ったら今日は大人しく帰れ。お前の封印に力の大半を取られてるんだよ。このままじゃ仕事にならねェ」
「うゥ?」
「……夜が明けたら戻って来ていいから。な?」
 ぽん・と軽く頭を叩いて、柔らかく笑んで見せて。
 それで意思は通じたと思ったのだが。
 ルフィはあっさりと首を横に振った。
「いいや、帰らねェ」
 その返答にゾロは一瞬絶句して。
「……ッ!お前、おれの話を聞いてなかったのか!!」
「聞いてたぞ、ちゃんと。要はコイツらぶっ飛ばせばいいんだろ?」
 ゾロの怒鳴り声にあっさりとアブサロム達を指差して答えて。
 そしてルフィは歯を見せて笑った。

「おれがやる。ゾロは休んでていいぞ」

 指を鳴らしながらルフィが楽しそうにそう言う。
 ゾロは溜め息を吐いて、額を押さえた。
「お前な」
「いいじゃねェか、ベツに。だってコイツらゾロの事、食おうとしたんだぞ。ぶっ飛ばすの当たり前だろ」
 そう言いつつ今度は首を回すルフィに、ライカンスロープ達が慌てて手を振る。
「いや、ベツに食おうとはしてねェぞ?!」
「そうだそうだ!!魔導士の肉なんて、固くてマズいし!」
「おれらは八つ裂きにしろって言われてただけで!!」
「あ。でもコイツの血、ちょっとウマかった」
「ああ、そう言えばー」
 その言葉にルフィの眉がぴくりと動いた。
「……て事は、お前らは食おうとしたんだな?」
 一段、低くなった声に、ライカンスロープ達が慌てふためく。
「いい、い、いや!だから食おうとしたんじゃなくて!!」
「そうそう!!噛み付いただけだぞ!!!そしたらウマかっただけだ!!」
「…………じゃあ、噛み付いたヤツはどいつとどいつだ」
「あ・はい」
「おれも」
「うん」
 低く問われて、反射的に3体のライカンスロープが手を挙げた。
 その直後。


「まずはお前らだーーーーッ!!!!」


 その3体がルフィに殴り飛ばされ、一瞬にして空の彼方に吹っ飛んで行った。

「よし、次!!!!」
 拳を掌に打ち付けて、ルフィが怒鳴る。
 けれど、次・と言われたからと言って、素直に殴られに出てくるヤツがいる訳も無く。
「ひ、ひえーーーー!!!」
「じょじょ、じょだんじゃねェ!!!」
「おいッ!!おれを盾にするなーーーーッ!!!」
「あ!!!こら待てーーーーッ!!!!」
 慌てふためき逃げ惑うライカンスロープを、ルフィが猛然と追いかけ始める。
 追いかけてくるルフィの形相に、恐怖を煽られたライカンスロープ達はパニック状態で。
 何体かは我を忘れて、アブサロムの影に逃げ込もうとしてしまった。
 ルフィは当然、その後を追ったのだが。
 そのとき、その前に割って入って来たのはサンジだった。
「サンジ?!!」
「待て、ルフィ!コイツはおれの獲物だ!!」
 サンジの本気の眼光に、ルフィは足を止めた。
 じっとその目を見据える。
「コイツはおれからナミさんを奪おうとし、おれとナミさんの幸せな生活を踏みにじったクソヤロウだ。コイツだけはおれのこの手でぶっ飛ばさねェと気が済まねェ」
 サンジの瞳の奥に灯る炎に、ルフィはあっさりと頷いた。
「解った。ソイツはサンジにやる」
「ありがとうよ。代わりにザコは全部まとめてお前にやるぜ」
「おう」
 あっさりと商談が成立し、ルフィはまた他の連中を追いかけ始めて。
 そして、サンジとアブサロムは、再度、相対した。
 互いにその瞳に、激しい炎を灯して睨み合い。
 その炎を夜明け近くの光を含んだ風が煽って行く。
「……そういうワケだ。今度こそケリをつけてやるぜ」
「……望む所だ。どちらが花嫁に相応しいか決着をつけてくれる」
 火花を散らす睨み合い。
 じゃり・と踏みしめた大地が音を立て。
 互いに互いの呼吸を図り。
 そして。

「ぅおおおおお!!!!ナミさんのためにも負けられねェーーーーーッ!!!!」
「うがあああああ!!!!花嫁はおいらのものだーーーーーッ!!!!」

 咆哮と同時に、最後の決闘が始まった。







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ちょこっと一言
 人狼は変化する時、身につけていた物全て(生命体以外)を取り込んで姿を変えます。幼いうちは上手く出来ないですが、成長するにつれて出来る様になります。じゃないと毎回全裸です。それは困りますんでw



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