ACT11 『 real thing shakes us 』




 サンジとアブサロムが、男の意地を懸けた最後の決闘を始めた頃。
 ルフィは、阿鼻叫喚の渦の中を走り回っていた。


「ぅぎゃああああッ!!!」
「なっ、なんだ、こいつーーーーーッ!!!!」
「うわあああ、こっちくんなーーーー!!!殺されるううぅぅぅ!!!!」
 絶叫を上げて逃げ惑うライカンスロープの群れの中を、小柄な漆黒の影が駆け抜ける。
 その度に数頭ずつが、明るさを増した空の彼方へと吹き飛ばされていた。
 拳の一撃に込められた力の凄まじさを、彼らが身を以て知る為の時間はほんの数瞬で。
 破壊力を目の当たりにした者達が、必死で逃げ惑う選択をしたのも道理だろう。
「くっそー。バラバラに逃げやがって。追いかけんの面倒くせェだろうが」
 足を止めたルフィが口を尖らせる。
「まとめてぶっ飛ばす方法ってねェかなぁ」
 そう言って首を捻って、逃げた連中の方へと視線を向けた。
 不機嫌全開のその表情に、ライカンスロープ達がすくみ上がる。
「にに、睨んでるぞ、アイツ……!」
「謝ったら許してくんねェかなぁ……」
「そうか、もしかしたら……」
 身を寄せ合って、何とかこの場を切り抜ける方法は・と話し合っていたが。
 ルフィの鋭い眼光に一睨みされると。
「……ひぃぃぃぃっ!!!」
「だ、だめだッ!!!絶対ぶっ飛ばすって顔だ、あれは!!!」
 飛び上がって叫び、また逃げ出そうとしたが。
 その時、1頭が不意に雄叫びを上げたのだ。
「ええ、ええええいッ!!!しっかりしろ、お前らーッ!!!数ではこっちが勝ってるんだ!!全員で飛びかかって押さえ込めば、何とかなる!!!」
 その声に、逃げようとしていた者達の足が止まった。
「お?」
 その様子を見てルフィも目を見開く。
 ライカンスロープ達は、恐る恐ると言った風情で、ルフィを見据えた。
「……そ、そうか。いくら強くても素早くても、相手はたった1人」
「全員で一気に飛びかかって押さえつければ……」
「そんで、一斉に噛み付けばいいのか」
「そうだ。それならなんとかなるかもしれねェぞ」
「だな。相手は1人なんだし……」
 何とか士気を持ち直し、じりじりとルフィを取り囲んで行く。
 その様子をルフィはぐるりと首を回して眺めて。
 そして、口の端に笑みを乗せた。
「い……、行くぞ」
「おう。い、一気に行くからな」
「そうだぞ。逃げんなよ、お前」
「ドキッ!!」
 半ば逃げ腰で、それでもルフィを包囲したライカンスロープ達が、タイミングを計り。
 息を飲む間があって。
 そして。
「か、かかれーーーーーッ!!!」
「ぉおおおおおお!!!!」
 怒号を上げ、一気に飛びかかって来た。

 だがルフィは。

 立ち尽くしたまま、身動き取ろうともせず。
 迫りくる獣の群れに怯えた風情を見せるワケでもなく。
 ただ笑みを口の端に浮かべていたが。

 最初の集団がその身体に飛びつこうとした、その瞬間。



「……ぅおおおーーーーーーーッ!!!!」



 繰り出された拳の連撃が、一斉にライカンスロープを吹き飛ばす。
 次の瞬間振り抜いた足が、残りの連中を蹴り飛ばして。

 全方向、ただの1頭も逃さず。


 一瞬にしてルフィは、自分に飛びかかって来た大群を全て明け方の空の彼方に吹き飛ばしてしまった。


「よし、終わり!!!」
 拳を納めて、満足げに頷いて。
 そしてルフィは駆け出した。
「ゾローーー!!終わったぞーーーーー!!!」
 満面の笑みを浮かべて、ゾロとナミの所へ。

「おぅ、お疲れさん」
「助かったわ。休んでていいわよ」
 笑顔で迎えてくれた2人に、嬉しそうに笑い返したが。
 ゾロの右腕に巻かれた包帯を見て、ルフィは驚きの声を上げた。
「ええええ?!!もう包帯してんのか?!!」
「なぁに?当然でしょ?」
 目を見張るルフィに、ナミが不思議そうに首を傾げる。
 それでもルフィはショックを受けた顔で、ゾロの右腕を掴んだ。
「早ェよぉ!!あーあ、血、なめたかったのにーーー」
 その一言にナミは顔を引きつらせ、ゾロは苦渋に満ちた顔でがっくりと項垂れた。
 そんな事はお構い無しで、ルフィは包帯越しにゾロの傷口を撫でている。
「なぁなぁ、一口だけだめか?なんなら一噛みでもいいんだけど」
「いいワケあるかッ!!!」
「いい加減にしなさいっ、バカ犬!!!」
 何処までも懲りない発言に、2人は同時にルフィの頭に拳を振り下ろしていた。


 空は既に藍から青へと色を変えている。
 満月は未だ光を残しているが、その姿は既に西空に傾き。
 青い闇に沈んでいた風景が彩りを帯び始めていた。


「……ナミ、そろそろヤバくねェか」
 ゾロに促され、ナミも夜明けが近い事に改めて気付く。
「そうね。アイツはともかく、サンジ君は……」
 ナミも頷いて、未だに続く2人の死闘の方へと視線を向けた。
 変わらずぎゃあぎゃあと怒鳴り合いながら、男の意地を懸けた決闘は続いている。
 その内容は、聞く方に取っては脱力したくなるような物であったが。

 吸血鬼は、日の光を浴びると灰になってしまう。
 位の高い者であれば、その灰からコウモリとして自分を再生し、3日3晩かけて力を蓄え直し復活する事も出来るのだが。
 現時点で、サンジにそれだけの力があるのかは不明だった。
 伯爵程の力があれば可能と思われたが、そうであっても賭けには違いない。
 更に、コウモリの姿の間は、一切の魔力は使えないのだ。
 命を繋ぐ為に、使い物にならなくなった身体から辛うじて再生出来る分を掻き集めて、コウモリの姿を作り上げているのに過ぎないのだから。
 その身体には生命維持の為の基本的な力以外はほとんど無いようなものだった。

 対して、ライカンスロープは日の光を浴びても消滅する事は無い。
 力を極端に押さえられ普通の獣並みにはなってしまうが、自我が消える事も無い。
 その状態では、明らかにアブサロムの方が有利だろう。
 只のコウモリになってしまったサンジには、飛んで逃げる事しか出来ないのだから。
 しかもコウモリは、鳥と違って地上から飛び立つ事は出来ないのだ。

 夜が明ける前に決着を。


 徐々に光を増して行く空に、遅まきながら緊迫感が募った。


「……よし」
 不意にナミが、決意した様に頷く。
 その様子にゾロとルフィが振り返ったが。
 2人には何も言わず、ナミは死闘を続けている2人へと声を上げた。
「サンジ君!!それからそっちの獣男!!!」
「はいッ!!!何でしょう、ナミさん!!!」
「ガル?花嫁よ、そろそろ照れずにおいらの名前を呼んでくれてもいいんだぞ?」
「誰が照れるかッ!!!」
 即座に振り返った2人が返事をする。
 ナミは取りあえずアブサロムの一言には怒鳴り返してから、改めて言葉を繋ぐ。
「いーい?2人とも良く聞いて。改めて言うけど、私はあんた達のどっちとも付き合う気は無いの!」
 今更のような宣言だったが、それでも2人は一瞬、呆然とした顔になって。
 そして予想通り、慌てて叫んだ。
「ああ、ナミさん!!やっぱりなんてお優しいんだ……!!コイツに気を遣ってそんな事を言ってるんだろう?心配いらねェぜ。今、おれがこの思い上がったクソ獣をミンチにしてやるからよ!!」
「どこまで思慮深いんだ、おいらの花嫁は……!!心配しなくても浮気性の吸血鬼など、失恋に泣く神経すら持ち合わせていないのだ!明日には別の女の元へ向かっているのだからな!だから、何の心配もせずにこの胸に飛び込んでくるが良い!!」
「だーかーらーッ!!そうじゃなくて、どっちとも選ばない・って言ってるのよ!!いい加減に理解してちょうだい!!」
 思った通りの返答にナミが声を張り上げたが。
 それでもこの2人は懲りなかった。
「やっぱりおれのナミさんは優しいなぁ〜〜〜。こんなクソ獣にまで情けを掛けるなんて、並のレディには出来ねェもんなァ」
「だからッ!!!誰がサンジ君のだって言うの!!!!」
「こんな世界中の女を口説いて回る様な吸血鬼ごときにまで慈愛を注ぐとは……この慈悲深さこそおいらの花嫁たる証だ!」
「アンタはもっとやめてちょうだい!!寒気がするから!!!ああああっ、もう!!人の話を聞いてよね!!!」
 ナミは怒鳴るが、それでもこの妙な所で気が合うらしいコンビには通じないようで。
 どちらも、ナミが相手を傷つけない様に気を使っていると思い込んでしまっている。
「どっちも断ってるのよ!!!はっきりそう言ってるでしょッ!!!!」
「うんうん。そうだよなぁ、このおれにこんなクソ低能珍獣が負けるのは当然だもんなァ」
「貧弱吸血鬼ごときではおいらの相手にすらならんからな。しかたあるまい」
「何処をどう捉えればそういう解釈が出来るのよッッ!!!!」
 拳を固めて怒鳴っているのに、何故通じないのか。
 ここまで思い込みが激しいと言うのも、ある意味見上げた物かもしれない。
 一体、どう言えばこの2人は納得してくれるのか・と拳を固めるナミの隣で。

 もう1人、拳を震わせている人物が居た。


「………………いい加減、ムカついてきたぜ」


 そうボソリと呟いたのは、ゾロ。
 声を聞き止めてルフィが振り返る。

 ゾロは額に青筋を立てて、サンジとアブサロムを睨みつけていた。

「さぁ、ナミさん!!!こんな神経も筋肉で出来てる様な珍獣の事なんかこれ以上心配しないで、この腕にカモ〜〜〜ン!!!」
「花嫁よ!!!こんな色魔吸血鬼など放っておいて、おいらと永遠の契りを交わそうではないか!!!」
「だからねぇ…ッ!!!!」

「しつけェんだよテメェら!!!!」

 突然割って入った怒号に、サンジとアブサロムだけでなくナミも驚いて振り返る。
 そこには、完全に怒りに満ちた表情を浮かべたゾロの姿があった。
「ゾ、ゾロ?」
 驚くナミの前へとゾロは進み出ると。
 サンジとアブサロムを睨みつけて怒鳴った。
「どっちともフラれたんだ!!!納得しやがれ、このエロ男共が!!!」
「んなッ?!!!」
「なんだとーッ?!!!」
 その露骨な表現は流石の2人にも通じたようだが。
 やはり、懲りる事はない様で。
「……うっ、うるせェんだよッ!!!!部外者はクソ黙ってやがれ!!!!」
「そうだぞ!!!無関係のキサマごときに言われる筋合いはない!!!!」
「やかましいッ!!!!」
 同時に怒鳴る2人に、ゾロは更に声を張り上げ。

 そして、言い放った。









「フラレ男共がいつまでも未練がましく人の『  妹  』にまとわりついてんじゃねェッ・て言ってんだよ!!!!」









「ーーーーーーッッッ?!!!」




 それは、2人が思考停止に落ち入る程の大爆弾発言だった。



 その言葉を2人が正確に理解する為の時間は、数十秒かかり。
 呆然と見つめる視界の中で、ゾロもナミもついでにルフィも平然としたままで。
 そんな3人の顔を穴があく程眺めてから。
 ぎこちなく線対称の動きで顔を見合わせて。


 漸く、脳が理解した。


「……なッ、何をクソふざけた事抜かしとんじゃーーーーッ!!!」
「あアァ?!!ふざけてんのはテメェの眉毛の方だろうが!」
「それは関係ねェだろッ!!!テメェみたいなクソサボテン魔導士とナミさんが兄妹だとォッ?!!冗談もたいがいにしやがれ!!!!」
「まったくだ!人間というヤツはどこまでふざけているんだ!!」
「存在自体がふざけてるヤツに言われる筋合いはねェよ」
 肩を竦めて見せるゾロにアブサロムが掴み掛かろうとした時。
「へ?気付いてなかったのか?」
 不意に割って入ったのはルフィの不思議そうな声。
 アブサロムは動きを止め、サンジが眉を寄せて振り返る。
「オイオイオイ、ルフィ、まさかテメェまでこのクソふざけた冗談に付き合う気じゃ……」
「ジョウダンじゃなくてゾロとナミ、ホントに兄妹だぞ?」
「は?!!」
 言い切られてサンジの顎が落ちる。
 そこにナミが追い打ちをかけた。
「本当よ。母親は違うけど」
「どえぇえぇッ?!!!」
「ななな何だとぉぉぉッ?!!!」
 同時に絶叫を上げる2人に、ルフィが首を捻った。

「血の匂い、一緒じゃねェか」

 なんで解んねェんだ・と続けられて、サンジが怒鳴る。
「テメェらクソ獣どもと一緒にするなーーーッ!!!おれ達はもっと繊細なんだよ!!!」
 サンジの怒鳴り声の横で、アブサロムがふんふんと鼻を鳴らして。
 そして、目を見開いた。
「……確かに、同じ血族の匂い……!と、言う事は!!!」
「何ィ?!!クソマジなのかよ、オイッ!!!!」
 アブサロムさえ認めた事実に、サンジは激しく衝撃を受けたが。
 その直後、いきなり真剣な顔になったアブサロムが、勢い良くゾロの前へと飛び出したのだ。
「…ッ!!!」
「ゾロッ!!!」
「あ!テメェ、何を!!!」
 反射的にゾロはナミを背に庇い。
 ルフィとサンジがアブサロムに掴み掛かろうとしたのだが。

 それより早く、アブサロムがとった行動は。



 ゾロの前に飛び出すと、その手を両手で掴み。
 そして、そのまま跪いたのだ。
「な?!!!」
 その体勢で、驚くゾロに叫んだ言葉は。











「お義兄さん、おいらと花嫁の結婚を認めて下さい!!!!」











 4人全員の逆鱗を蹴り飛ばしてしまうような発言だった。



「認めるワケがねェだろッ!!!!」
「しつこいのよ、アンタはッ!!!!」
「テメェ、抜け駆けすんじゃねェッ!!!!」
「ゾロはおれが食うんだーーーーーーーッ!!!!」

 見事なまでの四重奏と同時に、4人全員に手加減無しでぶっ飛ばされ。
 吹き飛ばされたアブサロムの身体が、夜明け間近の空の遥か彼方に消え去って行った。


「だから、そう言う話じゃねェ!!!」

 一拍遅れて、1人だけ違う理由でアブサロムを殴り飛ばしたルフィが、今度はゾロの拳を食らっていた。











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