ACT12 『 愛のままにわがままに 』




 東の空は強くも柔らかな光で満たされ始め。
 空を彩る雲もまた、黄金色の輝きを纏い出す。
 彼方の山々が萌える様な息吹を取り戻し。
 流れる風にも光の気配が漂い。

 そんな神々しい空の彼方へアブサロムが吹き飛んで行って。

 それを見送ってから、ゾロはキツい顔でサンジを振り返った。
「で、テメェはどうする気なんだ」
「は?」
 話を振られて、サンジが眉を寄せる。
「何の事だよ」
 口を歪めながら問い返すと、ゾロは更に眉間の皺を深くして。
 そして、本当に嫌そうに顔を顰めて言った。
「まさかテメェまでアイツみたいに『お願い』する気じゃねェだろうな」
 その言葉にサンジは1度瞬きをして。
 そして、一気に怒気を漲らせて怒鳴り返した。
「冗っ談じゃねェ!!!なんでおれ達誇り高き吸血鬼が、人間ごときに『お願い』しなくちゃならねェんだよ!!!んなクソふざけた事、本気でヌカすならテメェの脳天蹴り砕くぞ!!!!」
「へ…ェ」
 サンジの答えに、ゾロは何処か好戦的な笑みを見せる。
 それを受けて立つ様に、サンジも口元にだけ笑みを乗せてゾロを睨み付けた。
「逆にテメェの方がこのおれに『お願い』するべきじゃねェのか?どうか妹を宜しくお願いします・ってな」
 胸を反らすサンジを、ゾロは思い切り鼻先で笑って。
 そして、ふとその瞳が力を失う。

 がくり・とゾロの膝が崩れた。

「な……?!!お、おい?!!」
「危ねェッ!!!」
「ゾロ……ッ!!!」
 いきなり崩れ落ちるゾロに、3人が同時に駆け寄る。
 ナミは左腕を掴み、一瞬で狼の姿になったルフィは崩れる身体を頭で支える。
 サンジも咄嗟に手を伸ばして肩を押さえていた。
 ルフィに倒れかかる様にして座り込んだゾロは、目を閉じ荒い息を吐く。
 流れる汗と憔悴しきった表情に、その疲労が見て取れた。
「ワンッ!!!ワンワンッ、ワォン!!!」
「…………吠えんな、ルフィ。響く……」
「ウゥ?!!……クゥン」
「大丈夫よ、疲れが出ただけ」
「……クソビビらせんなよな、ったく」
 サンジは慌ててバツが悪そうにゾロから手を離す。
 それでもぐったりとしているゾロの様子を心配そうに覗き込んだ。
 ルフィは尻尾を緩く振りながら自分にもたれ掛かっているゾロに頭を擦り寄せている。
「……悪ィな。夜が明けるまでその姿で我慢してくれ」
「ワン!!ワンワン!!!」
 気にしてない・と言わんばかりに大きく揺れる尻尾にナミが笑った。
 そして、ゾロの頭に軽く手を乗せる。
「お疲れさま。ありがとう」
 ゾロは少し目を開き、重たげに顔を向けた。
 そんなゾロにナミが見せるのは、心からの笑顔。
 そして、その中に微かに見える安堵と。
 ほんの少しだけの、申し訳なさ。
 それらを読み取って、ゾロはただ小さな笑みを返した。

 ルフィが目を細めて尻尾を振っている。


 その場に流れるのは、温かな空気。
 時を共有した『家族』が持つ、柔らかな温もりだった。


 サンジはそんなやり取りを見て、本当にこの2人が兄妹なのだ・と納得した。
 だからと言って、仲良さげな雰囲気に嫉妬しない訳でもなかったが。

「まァ確かに、テメェもルフィも、ナミさんの為に良くやったぜ」
 タバコを取り出し火を点けながらそう言う。
 ゾロがまた不快そうな顔をしたが、そこは無視する事にした。
 煙を吐いて、口の端に笑みを乗せる。
「礼として、何かウマいもん作ってやるよ。クソ感謝しやがれ」
「ワンッ!!!!ワォーーーンッ、ワンワンワンッ!!!!」
「だぁーーーッ!!!!テメェは肉以外の料理を知らんのかーーーッ!!!!」
 勢い良く肉肉と吠え出したルフィに思わず怒鳴ってしまい。
 その様子にゾロが小さく吹き出した。
「おれはいい酒があればそれでいい」
「あァッ?!!それだけかよ?!!テメェやっぱりルフィと同類か!!!」
「メシなんざハラに入っちまえば一緒だろ」
「クソふざけんなァ!!!料理人の苦労をバカにしてんのか、テメェは!!!」
 地面を踏みつけて怒鳴るサンジに、ナミが笑う。
 その声に慌ててサンジは振り返った。
「あああ、ナミさん!一番大変な思いをした貴女には、もちろんとびっきりのフルコースを作って差し上げるから!!」
「うん、楽しみにしてるわ。デザートはみかんケーキがいいな」
「ぅおまかせをおおぉッ!!!」
 恋の炎を吹き上げて叫ぶサンジに、ナミは屈託なく笑い、ゾロは苦笑し、ルフィは楽しそうに尻尾を振る。
 一頻り笑ってから、ナミはゆっくりと立ち上がった。
 静かに左手を揺らし、瞳を伏せる。
「ノーム、お願いね」

 涼やかな声と共にその手の下の大地が微かに揺れた。

 驚くサンジの前で、地面は身震いする様に動き。
 そして、その揺れは波の様に広がって行く。
 緩やかな波紋は、戦いで抉られた地面を静かに揺らしては飲み込んで行き。
 あちこち穿たれ抉れていた大地は、ゆっくりと元の姿を取り戻して行った。
「すげェ……!さすがはナミさん!」
 両手を組んで賞賛するサンジにナミは笑う。
「もうサンジ君に隠す必要もないしね」
「ナミさんが神々の寵を受けし聖巫女だって事かい?そりゃあ驚いたけど、でも当然じゃないか〜!ナミさん程の美しく賢く立派な方を神様だって放っておく筈がないもんな〜」
 目をハートにしてそう言うサンジに、ナミとゾロが苦笑した。
「アホに付ける薬はねェ・ってな」
「違うの、サンジ君。特別なのはこの土地なのよ」
「なにをォ!!……って、へ?」
 ゾロに怒鳴りかけて、サンジはナミへと振り返った。
 ルフィは懲りずにゾロの傷の匂いを嗅いでいる。
 ゾロはルフィの耳を軽く引っ張って止めさせてから、ゆっくりと身体を起こした。
 ナミがサンジを見つめて、その手を広げた。
「ここが普通の土地じゃ無いって事は気付いてたでしょ?この庭の事も含めて」
「このハーブガーデンはナミさんが大切に育ててるから、これだけの聖なる力に満ちてるんじゃあ……?」
 サンジの問いに、ナミは静かな笑みを浮かべて首を横に振った。
「いくら何でもそれは無理よ。そうじゃないの。……ここはね、『至聖地』なのよ」













「  SANCTUM SANCTORUM  ?」
















 口に出して反芻した名の意味は、すぐには理解出来なかった。



「…………って、アレだよ、な?神の息吹を受ける為の、世界で最も神聖な………大地を護る為の…」
「ええ、そうよ」
 恐る恐る聞き返せば、ナミはにっこりと笑う。
 ソロがルフィの毛並みに指を通しながら続けた。
「天上の神々が地上を安定させる為に妖精を使って世界に息吹を降ろす。至聖地はそれを受ける為の場所。ここはその一つだ」
「数は教える訳にはいかないんだけど、至聖地は幾つかあって、互いに作用し合い世界全体を神々の息吹で満たす様になっているの」
「この街はここを守護する為に造られてる。……で、コイツの家系は代々、妖精との絆を結ぶ役目を持ってるんだよ」
「で、ゾロはこの土地を守護する役目を持つ者の家系ってワケ」

 ナミは笑顔で。
 ゾロは淡々と。
 2人が告げる真相を。


 サンジは頭が真っ白になる思いで聞いていた。


 人間界・魔界・精霊界の3つを合わせて地上界と呼び、それを造り維持しているのが天上界の神々である。
 天上から地上を守護する為に神々が降ろす力は『息吹』と呼ばれ。
 その息吹を地上にもたらす使いをしているのが、妖精である。

 その妖精が地上に降りる為の場所が、『至聖地(SANCTUM SANCTORUM)』と呼ばれる場所だった。
 

 その名前からてっきり、高山や深海、あるいは樹海や地底など、簡単には立ち入れない様な場所なのだろう・と思っていたのに。
 まさかこんな、極普通の、むしろ長閑なぐらい穏やかな、人々が当たり前に暮らしている街がそうだなんて思いもしなかった。




 流石にちょっと衝撃は大きかったが。
 確かにそう言われれば納得も行く。
 精魂込めて手掛けた物には聖なる力が宿る・とは言われているが、それにしてもナミのハーブとみかんは特別過ぎた。
 ここが至聖地であり、更にナミが聖巫女だと言のならば、頷けるというのものだろう。

 そしてその事実にサンジは自分の考えが正しかった・と納得してしまった。

 つまり、神々の寵愛を受ける身だからこそ、ナミはこの様な特別な役目を与えられて生を受けたのであろう・と。
 やっぱりさすがはおれの愛した人だ・と1人笑みを深くして。
 ふともう1つの事実に気が付いた。
 ナミはゾロの事を「この土地を守護する役目を持つ家系」と言ったのだ。

「……にしちゃあ、ちぃっとばかしテメェは頼りねェよな」
 思わずゾロを見てそう呟く。
 聞き止めてゾロは、思い切り不快な顔になった。
「何いきなりケンカ売ってんだよテメェ」
 ゾロが低くそう唸る。
 サンジは顎に手を当てて首を捻る。
「テメェ、一応『守護者の家系』なんだろ?それがこんな簡単にバテてるようじゃあ頼りねェとしか思えねェだろうが」
 その言葉に、ルフィが思い切り吠えた。
「ウーーッ、ワン!!ワォン、ワンワワンッ」
「はぁ?!!なんだって?!!!」
 その言葉は、サンジを仰天させるに十分な内容だった。


『ゾロはおれら並だぞ。ひーばーちゃんは魔神だったんだからな』


 ゾロが眉間を押さえ、ナミは肩を竦めて笑う。
「ちょっと強く血が出ちゃったのよ。先祖返りってヤツね」
 サンジが仰天してナミを振り返った。
 左手で顔を覆って身動きしないゾロの肩の銀色の装甲を、ナミは軽く叩いた。
「コレね、封印なのよ。そうしないとゾロは力が有り余りすぎてて暴走しちゃうから」
「へ?!!!」
 ゾロは頭を抱えたまま、暴走はねェだろ・と呻いているが。
 サンジに取ってはどうでもいい事だった。
 あれだけの事を、力を押さえたままでやってのけていたと言う事に衝撃を受けたが。
「このままで、街のみんなに気付かれないようにする為の結界も張って、その上、街の守護結界も維持してたんだものね。さすがにゾロが化け物でも疲れるわよねぇ」
「……仕方ねェだろ。1個でも外したら、ペナルティだっつってジジィ共の宴に付き合わされるんだぞ」
 からかう様なナミの口調に、ゾロは苦虫を潰した顔で応じる。
 あんな連中の酒代持ったら破産しちまう・と呻く声が必死だった。
「街の人に気付かせないための、結界……?」
「わわん?ワォーン、ワン」
 そうだぞ、だれも気付かなかっただろ?とルフィに確認されて、サンジは機械的に頷いていた。
「そ……そうだな……あれだけ騒いだってのによ…………」
 夜明けまで続いた大騒ぎを、誰にも気付かせなかった程の力。
「あと……守護、結界?」
 そして、もう1つナミが言っていた名前。
「あァ……それはベツにおれがやったモンじゃねェし」
「でも今維持してるのはアンタでしょ」
 顔を上げたゾロを、ナミは笑顔で引っ叩いた。
 ゾロはまたがくりと頭を落とす。
 ルフィが慌てて鼻先を寄せて、頭を擦り付ける。
 その様子にナミは苦笑一つして。
 そして、サンジへと向き直った。
「ここの人達に害意を持つ者や、ここを悪用しようとする者は、この街に関心を持つ事すら出来ないの。何の変哲も無い、ただの田舎街にしか見えないわ。だから興味も示さない……興味を感じる事もないの」
 柔らかく吹く風がオレンジの髪を揺らした。
 にこりと笑う瞳に見ほれてから、サンジは我に返った。
「いや、待てよ?!!じゃあ、アブサロムのヤツは?!!!アイツがナミさんを狙ってた・って事は、このクソサボテンが仕事をさぼったって事じゃねェのか?!!」
「あァ?言い掛かり付けてんじゃねェぞ、テメェ」
 その言い草に、ゾロがすかさず応酬する。
 サンジも口を歪めてゾロを睨み返した。
「実際にナミさんに危害を及ぼすクソヤロウの侵入を許してたじゃねェか」
「逆だ、アホ。アイツはナミに惚れてただけで害意は無かったんだよ。そういうヤツまでは弾けねェんだ、コレは」
「あんなクソ獣がナミさんに言い寄ってくる事自体が十分危険行為だろうがよ、オィ」
「単純に惚れるだけなら害意とは言えねェだろうが。それが危険ならテメェも十分危険分子だ」
「どういう意味だ、そりゃあ!!死に損ないだからって手加減しねェぞ、オラァ!!!」
「ハッ、ちょうどいいハンデじゃねェか」
「ンだとォッ?!!」
「はい、そこまで」
 額を突きつけて凄み合う2人の顔を、ナミは押さえて。
 そして呆れた顔で溜め息を吐いた。
「とにかく、ゾロが言った通り明確な害意じゃなきゃどうしょうもないのよ」
「はぁ……ナミさんがそう言うんなら」
 渋々、サンジが引き下がると、ゾロも溜め息を吐いてルフィにもたれ掛かる。
「まァ、その辺の対策も考えとく」
「そうね。お願い」
「ワン!!ワォンワンワン!!!」
 目を見開いてルフィが吠えたが、ゾロは眉間に皺を寄せて首を振った。
「……やめてくれ。親父に借りなんざ作りたくもねェ」
「わん?」
 怪訝そうに首を傾げる。大きな尾が不思議そうに揺れて。
 ゾロは小さな笑みを零して、首の後ろを掻いてやった。
 そしてふとサンジを見上げた。
「それよりお前、いいのか」
 突然の問いに、サンジも眉を寄せる。
「何がだよ?」
 今度は何のいちゃもんだ・と思いはしたが。

 ゾロは首を傾げて聞き直した。



「いや……夜が明けるんだけどよ」











「は?」











 一瞬、何の事かと思ったが。

 不意に背に何か、暖かい物を感じ。
 世界の色が一変する様を垣間見て。
 自分の視界に伸びる黒い影を認め。


 そして。


 理解した。




 夜が、明けたのだ・と。





「……ぅそおおおおおぉぉぉぉおおおッ?!!!!」

 夜明けの光がその背に当たり。
 驚きの悲鳴は途中で絶叫に変わり。
 それさえも、直ぐに残響のみとなって消え去ってしまい。

 あっと言う間にサンジの身体は灰となって崩れ去って行って。








 夜明けの太陽がその姿を完全に表す前に、サンジが立っていた場所には、一塊の灰の山が出来てしまっていた。


 





 そのサンジだった灰の塊に、ルフィが鼻先を寄せて匂いを嗅ぐ。
 その仕草をゾロは首を押さえて止めさせた。
 くゥん?・と鼻を鳴らすルフィに、ゾロは頭を撫でてやり。
 それからナミへと声をかけた。
「…………おい」
「なぁに?」
 静かな声に、ナミは穏やかに答える。
 ゾロは頭を掻いて言った。

「この際、魔族でもいいから、もう少ししっかりしたヤツの方が良くねェか」

 はぁ・と溜め息を吐く兄をちらりと見て。
 ナミは肩を竦めた。

「そうね、私もそう思ってたトコ」



 兄妹の意見は見事に一致していたようだ。











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