ending『 そうして夜は明けて 』






 世界を満たす神々しくも神聖な輝き。
 目覚めたばかりの空は、何処までも目映く澄み渡っていて。
 たなびく雲に、流れる風に、新たな1日を迎えた喜びが満ちている。
 遥かな鳥の歌声が讃歌の様に響いていた。


 そう、まるで何事も無かったかのように。


「……てか、ダメだ。眠ィ」
 そう呟いて、ゾロが頭を抑える。
 人間の姿に戻ったルフィが、その肩を押さえた。
「おぅ、寝てていいぞ。おれ運ぶから」
「…………ぅか。悪ィな…………」
 そんな声を最後に、ゾロはあっさりと眠りに落ちて。
 ルフィはその身体を軽々と肩に担ぎ上げた。
 そのままナミを振り返る。
「じゃあナミ、おれら帰るな」
「ええ、ゾロをお願いね」
 笑顔で頷いて、ナミは眠るゾロの額にキスを一つ落とした。
「後でみかんとハーブクッキー届けるわ。好きでしょ?」
「おぅッ!!!」
 期待にルフィの顔が輝く。飛び出した狼の耳がぴんッと立って、後ろでは尻尾まで揺れている。
 その姿にナミは笑いを押さえられない。
 立ち去りかけて、ルフィは足を止めた。
「あ・そうだ!エースがな、今度グレート・サンダース湖の向こうまで行くんだ」
「え?ええ、それで?」
 突然の話にナミは首を傾げたが。

「向こうはまだ行ってなかったからよ、そっちにノジコの手掛かりがないか当たってみるってさ!」

 歯を見せて笑いながらルフィが告げた言葉に、目を見張った。
 そして、ゆっくりと頷く。
 何処か寂しげな笑みを浮かべて。
「……解ったわ。エースによろしく言っておいて」
「おぅ!大丈夫だって、必ずどっかで見つかるからよ!だから、お前がそんな情けねェ顔すんな!!」
 明るく言われて、無造作に肩も叩かれて。
 ナミは一瞬よろめいたが、直ぐに何時もの顔に戻った。
 ルフィへと笑顔を返す。
「解ってるわよ。大丈夫」
「そっか?じゃあ、またな!!」
 ルフィも明るく笑って手を振ると、そのままゾロを担いで走り出した。
 姿は人でも脚力は狼と変わらない。
 ゾロを担いだルフィの姿は、すぐに森の中へと見えなくなって。


 それから、ナミはサンジだった灰の山へと振り返った。


「もういいわよ」
 笑顔で声をかけると、灰の山の一角が動いた。
 そのままゴソゴソと動き、灰が少し崩れて。
 中から1羽のコウモリが姿を現した。

 パタパタと羽根を動かして何とか移動しようとしている小さなコウモリ。

 その様子にナミはくすり・と笑って。
 そしてかがみ込むとコウモリをそっと抱え上げた。


「お疲れさま、サンジ君」


 にっこりと笑顔でそう言われて。
 コウモリがちょっと困った様な顔をした。
『えぇ、と。気付いてたのかい?』
 声ではなく思念波で、コウモリ……つまりサンジがそう尋ねる。
 ナミは笑顔のまま答えた。
「もちろん。ゾロもルフィも気付いてたわよ」
 気付いていたからこそルフィは灰の山に近付いたのだし、ゾロはそれを止めさせたのだが。
 サンジはかぎ爪で困った様に頭を掻いた。
『前にちょっとコウモリに化けたらそのまま戻れなくなった事があって、そん時ルフィに散々追い回されてね。アイツ、おれを動くおもちゃか何かだと思いやがったのか、まったく……』
 その話にナミが面白そうに笑う。
 花がほころぶ様なその笑顔を、サンジはポゥッと見つめていたのだが。

 ふと、気になった。


 さっきの会話に出て来た『ノジコ』という人物の事が。
 その名前を聞いた時の、ナミから伝わった気配が。
 それは、かつてベルメールの話を聞いた時の雰囲気と、とても良く似ていたから。


『えぇっと……あのよ、ナミさん』
「うん、なぁに」
 口籠りながら訊くと、ナミは笑顔で答える。
 余りに屈託の無い笑みに、どうにも訊くのをためらってしまう。
 踏み込んで良いのかどうか、判断が付かなくて。
 戸惑い、次の句を繋げずにいるサンジに、ナミは小さく笑った。
「ノジコの事でしょ?」
 助け舟を出す様にそう問い返せば、サンジが驚きに飛び跳ねる。
『いぃッ?!!あ・い、いや、そうなんだけど、何があったのかと思って、いやその、もちろんムリに訊こうとは思ってねェけどよ!』
 慌てて羽根をバタつかせながら答える様子に、ナミの方が困ってしまう。
 さっきのルフィといい、まだ自分はそんな寂しげな顔をしてるのだろうか。
「姉なの。3つ年上でね。前にあった魔族との戦いに巻き込まれて、行方が解らなくなっちゃって」
 努めて明るくそう言うと、サンジが動くのを止めた。
 コウモリの顔がまっすぐにこっちを見る。
『魔族との戦い?』
「そう、ちょっとしたもめ事みたいなものだったんだけどね。人間界(こっち)はゾロが手配してくれてるけど、魔界側に飛ばされた可能性もあるから・って、ルフィが向こうを探してくれてるの」
 そう言ってもう1度笑うと、サンジは思案する様に俯いた。
 首を傾げてその顔を覗き込むと、パタリと羽根が動く。
 そして、顔を上げると、大きく頷いた。

『……解ったぜ、ナミさん。おれも手伝うよ』

 ナミが大きく瞬いた。
「え。でも」
『当然だろう?ナミさんの大切なお姉さまなんだからな。大丈夫!こう見えても結構顔は広いんだぜ。直ぐに見つかるさ!!』
 コウモリが胸を張ってそう言う。
 人の姿をしている時の、得意げな顔が見えるようで。
『だからナミさんは何の心配もしないで、ハーブガーデンの世話に集中してくれよな?』
 胸に手を当てて優雅に礼を取り、微笑んでみせる様まで目に浮かんでしまう。
 透ける様な青の瞳が、優しい光を湛えて見つめているようで。

 目の前にいるのは、小さな1羽のコウモリなのに。


 なんだか可笑しくなって、ナミは笑みを零してしまった。


「ありがと、サンジ君。期待してるわね」
 そう言うと、コウモリの鼻先に小さなキスを落とす。
「………………ッッッ?!!!」
 驚いたのはサンジの方だ。
 ナミの手の中で飛び上がると、全身を真っ赤に染めてしまった。
 目があれば真ん丸に見開かれている事だろう。
 声も出せない程驚いたまま、固まってしまっている。
 その様子がまた可笑しくて、ナミは明るく笑う。
 こうもウブな吸血鬼がいて良いのか・と思ってしまう様な反応だった。
「帰り、大丈夫?」
『ヘ?あ・あァ、平気…………それより、ナミさん、今のって……』
「そう、じゃあ安心だわ。私が送って行く事も出来ないしね」
『そそそ、そうだね。いやだから、その、今…………』
「あ・でも、今度来てくれるのは4日後なのよね?あーあ、残念だわ。4日もサンジくんのご飯が食べられないなんてー」
 本当に残念そうにそう言うと、コウモリは身を乗り出して来た。
『ナミさん!!あああ、そんなにおれの事を……!!!』
 ハートのオーラを飛ばしながら叫ぶサンジに、ナミはにっこりと笑った。


「うん、大好きよ。サンジくんのご飯」


 凡人ならその落差に倒れ込んだだろうが。
 生憎と、ここにいるのはサンジだったから。

『ぅおおおおお!!!光栄ですーーーーーーーッ!!!!』

 恋の炎を吹き上げて叫ぶサンジに、ナミは笑った。
 心から楽しそうに。
 曇りの無い笑顔で。



『じゃあナミさん、4日後にとびっっきりのフルコースをごちそうするからねーーーーッ!!!!』
「うん、楽しみにしてるわ」
 サンジの身体を宙に放すと、手を振る。
 直ぐに羽ばたいてサンジはくるくると回り、それから飛び立って行った。

 朝焼けの空に、小さなコウモリが見えなくなるのはあっという間だったが。
 それでもナミは、その空を見つめていた。




 晴れ渡った、綺麗な空を。







 何時もと変わらぬ朝。
 何時も通りの夜明け。
 光に包まれた見慣れた庭も。
 彼方の森も、遠くの山々も。

 朝日に彩られた輝かしい空も。


 何も変わらない筈なのに。


 それでも、昨日とは何かが変わった気がした。
 昨日までとは違う日々が始まる様な、そんな予感が。












30th DEC., 2009


<<before        next>>



設定とか相変わらず色々と考えましたが、今回は割愛w
それとサンナミメインで行きたかったので、ゾロの出番は随分削りましたwww

今の所、続編とかは考えてません。
今回はこれにて完結・という事で。

長い間お付き合い下さいまして、ありがとうございました!!!



2010.3.20


   BACK / ONE PIECE TOP / fake moon TOP