気持ちの良い午後だった。 大きなガラス張りの温室に、暖かな陽光が降り注ぐ。 庭では昼下がりの眩しい陽射しを受けて、ハーブの葉が光を弾いている。 その光をガラス越しに見ながら、ナミは摘み取って来たハーブの葉を乾燥させる作業をしていた。 向こう数日穏やかな天気が続く。この様子なら、乾燥は早く済むに違いない。 暫く一心に、作業に没頭していたが。 一通りの作業を終えると、満足げに溜息を吐いて、軽く汗を拭った。 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。 温室を見渡し大体の句切りが付いた事を確かめて、一息いれようと思ったその時だった。 ふいに、玄関の呼び鈴が鳴る。 元々、来客の多い家だから、それは別段珍しい事ではなかったけれど。 問題は、その鳴り方だった。 カラ・と、鳴りかけたと思った直後。 鳴り響いたのは、凄まじくけたたましい、金属同士がぶつかり合う轟音だった。 「ーーーッ?!!!」 一瞬、驚きに身を竦めたが。 次の瞬間、その原因に思いつき、身を翻して駆け出していた。 「あ…ンの、バカッ!!!何回、ウチの呼び鈴壊せば気が済むのよ!!!」 悪態を吐きながら一目散に玄関へ向かうと、思い切り乱暴にドアを開けた。 そこには予想通りの人物が、軒下から外れた呼び鈴を片手に立っていた。 「ゾロ!!!いっつも言ってるでしょうッ、手加減しなさいよね!!!!」 開口一番怒鳴りつけるが、相手も動じずに平然と口を開く。 「おぅ、ナミ。壊れたぞ」 「壊れたんじゃなくて、あんたが壊したんでしょ!!」 「付け方が悪かったんじゃねェのか?ウソップに言っとけよ」 「他の誰が鳴らしても外れた事はないわ!!あんたがバカの付く力持ちだからよ!!!」 「……そうか?」 ナミがいくら怒鳴っても、ゾロは呟き怪訝そうに眉を寄せるだけで。 その様子に、ナミは呆れたように溜息を吐いた。 「…………いいわよ、もぅ。修理費はあんたの依頼料から差し引いとくから」 肩を竦めてそう言うと、ゾロが眉間に皺を刻む。 問い質す声が低くなった。 「おい待て。なんでそうなる」 「あんたが壊したんだもの。弁償するのは当然でしょ?」 憮然とした声にも平然とナミは答えて。 ゾロの表情は一層険しい物になったが。 「だから、壊したんじゃなくて壊れたんだと……」 「はいはい。いいから入って。仕事の話をするから」 凄んでくる額を軽く叩くと、そう言い捨てて踵を返しかけて。 ふとゾロの向こうの風景に目を止めた。 一瞬、見開いた瞳。 それが次の瞬間、柔らかな微笑みに変わる。 急激な変化に、ゾロの方が唖然としたが。 ナミはゾロの肩越しににっこりと笑った。 「相変わらずモテるわねぇ。取り巻き、一杯連れて来ちゃって」 「あァ?何言ってんだ。おれにそんなもん、いるわけねェだろが」 突拍子も無い言い草に、ゾロは呆れたが。 ナミは視線を外さないまま手を振る。 その様子に首を捻りつつ、ゾロは自分の背後を伺って。 そして、唖然とした。 玄関から続く小道の先には、ナミの家を取り巻く低い垣根と小さな門。 そこには、10人以上の子供達が群がっていたのだ。 思わず絶句してしまってから、ゾロは慌てて怒鳴る。 「お、前ら…っ!!あのなぁ、今日は仕事で来たんだから遊んでるヒマはねェぞって、言っただろうが!!!」 思い切り怒鳴ったにもかかわらず、子供達は歓声を上げる。 楽しそうにはしゃいで、手まで振って。 「だからなぁ……ッ!!!」 再度怒鳴りかけた時、子供達が一斉に声を上げた。 「うん、わかってるー!」 「おしごとでしょー?」 「だからねーーー」 「おしごとおわったらあそんでねーーー!!!」 楽し気な声に、ゾロは一瞬、言葉に詰まって。 後でナミが小さく吹き出した。 「人の話を聞けーーーッ!!!!」 「ゾロにーちゃん、マホーみせてよ、マホー!」 「剣術もおしえてくれるよなー!」 「あたし、せいれいのおねーさんにあいたいー!おはなしきくのー」 「チョッパーせんせいとおひるねしたいよー」 「ねぇねぇ、こないだのキラキラしたまほう、またみせてーーー」 「ええー!!剣のほうがいいよぉ!」 「やぁだー!まほうのがきれーだもーーんっ」 「だから、おれは見せ物じゃねェっつーの!!!!」 はしゃぐ子供達に怒鳴りつけてみても、動じる気配すら無く。 ナミは笑いながら、ゾロの肩に手を掛けた。 「はい、みんなごめんねー。ゾロお兄さんは今日、先生とお話があるの。だから終わるまで待っててくれるかなー?」 「はーーーーい!」 子供達は揃って『良い子』のお返事をする。 おっかない時はとことんまでおっかないナミ先生に逆らってはいけない・と解っているのだ。 だから子供達は、『ナミの言いつけ』を守ってゾロに手を振った。 「ゾロにーちゃん、やくそくだよーーー!!」 「ひろばでまってるねーーー!!」 そう言うと、門から離れて走り出してしまい。 「一方的に約束してんじゃねェッ!!!」 ゾロが慌てて怒鳴った時にはもう、子供達の楽しそうな声は遥か彼方に遠ざかってしまっていた。 長閑さを取り戻した小さな門に向かって、ゾロは盛大に溜息を吐く。 その腕をナミは笑いながら取った。 「いいじゃないの。みんな会いたがってるんだから、来た時ぐらい遊んであげなさいよ」 「……あいつらに捕まると、夕方まで解放してもらえねェんだよ」 眉間に皺を刻んだまま呻くゾロに、ナミはくすくすと笑う。 『街外れの森に住む、魔術より剣術の方が得意な風変わりな魔導師』。 子供達にとってゾロはそんな人物にすぎない。 珍しい緑色の髪も、目立つ臙脂色のコートも、左肩から手の甲までを覆う仰々しい程の魔導装甲も、右の二の腕に彫り込んだ国内最高位のギルドの紋章も、その紋章が霞む程の大きな噛み傷の痕も、腰に3本も差している刀も、子供達には大して重要ではないのだろう。 月に数度ゾロが街に降りてくる度にまとわりついて、満足するまで遊んでもらっていた。 「子供達に恨まれたくないから、話をしちゃうわね。入って」 「……いやいっそ、長引かせてくれてもいいんだが」 ゾロが眉間を押さえてそう呻く様子に、どうしても堪えられない笑いを漏らして。 ナミはゾロの腕を引いて家に入って行った。 リビングに待たせて、お茶の用意をする。 程なくティセットを持って戻って来て、ナミは思わず足を止めた。 ゾロは立ち尽くしたままテーブルを指先で辿りながら、妙に険しい顔をしていたのだ。 ある箇所に触れると、指先とテーブルの間で透けるような蒼い光が鋭く弾ける。 手を離すと少しの間指先に視線を注いで。 そしてゾロは、その視線を外さずに口を開いた。 「……なんで吸血鬼が出入りしてるんだ?」 軽く弾いた指先で、もう1度光が弾けた。 ナミは少し困ったように肩を竦める。 「やっぱり解る?」 「当然だろ。そこら中、魔力の残響だらけだ。入り込んでるって事は害意はねェんだろうが……」 「うん、悪い人じゃないのよ。あ・人じゃなくて、悪い吸血鬼じゃないのよね。話すから座ってくれる?」 テーブルにトレイを置き、カップにハーブティを注ぐ。 爽やかな香りの立ち昇るカップを前に置いてやると、漸くゾロは椅子を引いて腰を降ろした。 ハーブティの水面が揺れ、一滴の雫がカップの中央から飛び跳ね、くるりと回りまた戻って行く。 ナミは自分のカップを持って向かいの席に着くと。 一口喉を潤してから、話し始めた。 サンジと出会ってから今までに至るいきさつを。 「……とまぁ、そういう事なのよ」 そう締めくくって笑顔を見せるナミと対称的に。 ゾロは撃沈寸前の頭を抱えて、深く深く溜息を吐いた。 カップの中では相変わらず、ハーブティの雫が飛び上がっては空中をくるくると回っている。 視界の端に捕らえたそれをゾロは渋い顔のまま指先で軽く弾く。 一瞬、雫の動きが乱れてカップの中に落ち、今度は飛び跳ね始めた。 宥めるように掌でかざし、その上で円を描くように動かすと、また雫はカップに戻って行く。 それを見るとはなしに見遣って、ゾロは重たい口を開いた。 「…………ったく。なんでお前は『そういうの』にばっかりモテんだよ……」 「ちょっとなに、その言い草」 棘のある口調にナミが柳眉を寄せる。 ゾロは溜息を吐いて、右手を上げると指折り数え始めた。 「魚人に魔人に獣人……ガキの頃はエントに気に入られた事もあっただろ。トロルやデスロードに……人狼にも求愛されたよな……サイクロプスにも……ゾンビが花束持って来た事もあったし……で、極めつけが吸血鬼か」 そう言うと、何だか疲れ切った顔でナミを見つめて。 「頼むから、嫁に行くなら人間の所にしてくれ」 切実な願いには、ナミの鉄拳が答えた。 「まだそんな付き合いはしてないわよッ!!!」 容赦なく拳骨を落とされた頭をさすりながら、それでもゾロは返す。 「毎晩メシ作らせといて、それはねェんじゃねェのか?」 「作らせてない!!サンジ君が自発的に作りに来るのよ!!!それに、そういう話をしてるんじゃないのッ!!!」 拳を固めるナミを見て、ゾロは椅子にもたれると腕を組んだ。 カップの中ではハーブティが渦を描いている。 「で?おれにどうして欲しいんだよ」 憮然としてゾロがそう問う。 確かに、このままサンジの話を聞かされて終りでは、ただ惚気られたようなものだ。 仕事の依頼と言って呼び出されたからには、なにか頼みがあるのだろうが。 腕組みして眇めてくるゾロに、ナミはテーブルに両肘を付いて視線を返した。 その表情が、真面目な物になる。 「……満月まであと3日でしょ」 真直ぐに見つめてくるナミに、ゾロは微かに眉を寄せた。 「あぁ?そうだな」 怪訝そうな返事に、ナミは身を乗り出す。 「さすがにね……マズいと思うのよ。だってホラ、サンジ君、私の事、好いてくれるし」 「……ノロケはいいっつーの」 「違うわよ!……そうじゃなくて」 嫌そうな顔をしたゾロに怒鳴ってから、ナミは声を落として。 そして、同じ色の瞳を覗き込んで言った。 「『アイツ』と鉢合せするかもしれないでしょ?」 その言葉に、ゾロの瞳が見開かれた。 カップの上を飛び跳ねていた雫が、一瞬、動きを止める。 「……あのバカ、まだ来てるのか?」 「先月の様子からいくと、また来そうよ」 頷いて答えると、ナミは自分のカップを手に取り一口含む。 ゾロは暫し呆然とすると、あー・と小さく呻いた。 「ホント……物好きだな」 「……どういう意味かしら」 ゾロのバカ正直な本音に、ナミのこめかみが引き攣る。 何でもねェ・と小さく返して、ゾロは首を捻った。 「あのバカがどこから来るのかは押さえてねェし……ここに着く前に叩くのはちょっと無理だぞ」 「うん、だからそれはここに来てからでいいわ。いい加減鬱陶しいから、もう2度と来れないように徹底的に潰してくれれば」 笑顔で物騒な事をさらりと言って。 ナミはちょっと困った顔になった。 「ただサンジ君がね。間違って鉢合せしないように、この日だけ来れないようにして欲しいの」 首を傾げてそう言う。 その言葉にゾロは微かに眉を寄せた。 ハーブティの雫はまたカップの上で複雑な軌道を描いている。 その雫の1つを指先で弾いて、ゾロは怪訝そうに訊いた。 「ベツに、用事があるからこの日は来ないでくれ・って言えばいいんじゃねェのか?」 尤もな問いにナミは肩を竦め、あっさりと答えた。 「もう言ったわ」 「は?だったら」 「……言ったけどね」 そこで1度言葉を区切って。 それからナミは。 困ったように脱力しながら続けた。 「サンジ君ってば見事なぐらい、自分勝手にポジティブな考え方するのよねぇ」 なんだそりゃ・とゾロが呟いて。 ナミは事情を説明する。 つまり。 用事がある・と言えば、終わる頃に来て夜食を作ると答えられ。 人が来るかも・と言えば、その人の分も作ろうと張り切られ。 出掛ける事になった・と言えば、帰って来るまで待つと微笑まれて。 遠回しな断りは全て、ものの見事に通じなかったのである。 聞き終えたゾロは、暫し呆然として。 その間、ナミは、じっとそんなゾロを見据えていて。 相変わらずハーブティは、カップの上で螺旋を描いて踊っていて。 柱時計の音だけが妙に規則的に鳴り続けていて。 そんな時間が暫く流れてから。 ゾロはゆっくりと瞬きをして口を開いた。 「……いっそ、言っちまったらどうだ?」 そんなにニブいんなら、その方が手っ取り早いように思えたのだが。 けれどそのアイデアには問題があった。 「満月の夜は、私に言い寄ってるライカンスロープが来るから、来ないで欲しいって?」 溜息混じりにナミが呟いた言葉に、ゾロも絶句した。 自分で言った内容に、ナミもがっくりと肩を落とす。 「……サンジ君にそう言ったらどうなるかしら」 「…………修羅場だな」 「見たい?バンパイアとライカンスロープの修羅場」 「……遠慮する」 互いに呻くように呟き合って。 そして、同時に溜息を吐いた。 何とも言えない沈黙が落ちる。 ゾロが先に顔を上げた。 「……じゃあ、満月の夜だけ吸血鬼が近付けねェようにすればいいな」 その言葉にナミも顔を上げる。 「ええ。出来れば気持ち毎ね」 にっこりと言われた内容に、ゾロは目を剥いた。 「指向性結界かよ!お前、おれがそういう細々したのが苦手だって知ってるだろ?!」 声を荒げてみても、目の前の女傑が動じるワケも無く。 「最初からそれを張っててくれれば、今こんな面倒な事にもならないで済んだのにねぇ」 笑顔でそう言われて、思い切り返答に詰まった。 3ヶ月前、ゾロはナミにライカンスロープ避けの結界を頼まれた時、相手の関心を逸らす指向性結界ではなく、存在そのものを弾き飛ばす反発性結界を張ったのだ。 結果として、近づけない事に苛立った相手が夜明けまで結界の外で騒ぎ立てる事になってしまい。 その対応のために、ゾロはもう1つ別な結界を張らなければならなかったのだ。 彼らの騒ぎを、街の住人に気付かれない様にするための結界を。 確かに、自分で蒔いた種と言われればそれまでなのだが。 返答に詰まるゾロを見て、ナミはにっこりと笑ってみせる。 「ちょうどいいじゃない。苦手分野の克服も大事でしょ?」 「……ッ!解ったよ!!」 口ではどう足掻いても、ナミには勝てないのである。 ゾロは盛大に溜息を吐くと、カップを手に取ろうとして。 その中で踊るハーブティの雫に、眉を寄せた。 「おいナミ、いい加減にコイツら大人しくさせろ」 飛び跳ねては複雑な螺旋を描いて踊り回る雫に、ゾロは手をかざす。 雫を弾くと一時だけその動きが乱れるか、直ぐにまた一層賑やかに踊り始める。 それはまるで、喜んでじゃれているようにも見えた。 ナミもその様子を見ながら、楽しそうに笑う。 「ウンディーネ(水の妖精)達も遊んで欲しいのよ?」 「……飲めねェだろうが」 「口を開けたら飛び込んで来わよ、きっと」 「危ねェっての。…ったく、しゃあねェなぁ」 困ったように呻いてから、ゾロはかざした手で大きく円を描いた。 その頂点で軽く指先を弾く。 次の瞬間、雫は全てカップの中へと吸い込まれるように落ちて行った。 水面が収まると同時にカップを取り上げ、中身を一気に飲み干す。 その様子にナミは大仰に肩を竦めた。 「もっとちゃんと味わってくれてもいいんじゃない?」 「うるせェ。だったら落ち着いて飲めるように、コイツら教育しとけ」 ごっそさん・と呟いてゾロは立ち上がった。 ナミもカップの中を空にして席を立つ。 「仕込んで、3日後の午後に来る」 「解った。お願いね」 「おぅ」 軽く片手を挙げて答えて。 そして、不意にその手が止まった。 ナミが何事かと思っていると、ゾロは慌ててコートのポケットに手を入れる。 「……やべ。忘れてた」 取り出したのは、1通の手紙。 それを差し出すと、ナミの瞳が大きく見開かれた。 「ベルメールからの手紙」 「ゾロッ!!!あんたはなんでそんな大事な物を最初に寄越さないのよ!!!」 大慌てでナミはゾロに飛びつくと、手紙を受け取る。 そして、嬉しそうに封書の文字を見つめた。 蕩けるような笑顔に、ゾロは済まなそうに頭を掻いた。 「色々あったから忘れちまってた。すまねェ。……連絡受けた限りでは、大分回復して来たみたいだぞ」 「そっか……そうならいいの」 「ノジコも……手は尽くしてんだが、もう少し待ってくれ」 「……うん。解ってる」 静かに頷いて、ナミは手紙を胸に抱きしめる。 ゾロはそんなナミを見守っていたが。 やがて、そっと肩に手を置いた。 ナミもそのまま、ゾロの肩に額を寄せる。 ゾロはゆっくりと手を動かすと、ナミの頭を撫でる。 優しい仕草は、気遣いに溢れていて。 「…………大丈夫だ」 囁く声に、ナミは言葉なく頷いた。 緩やかな時間が優しく流れて行く。 やがて、ナミの方からそっと身体を離す。 ゾロもその手を降ろした。 向かい合うとナミが照れ隠しのように笑って。 そして、ゾロに指先を突きつけた。 「あんたも、ムリしちゃダメだからね?」 「人に無茶な依頼押し付けといて良く言うぜ」 「……っ。あーら、ゾロならこのぐらい、簡単でしょ?」 口の片端を上げて不遜に笑うゾロに、ナミも何時もの調子を取り戻す。 聞き慣れた軽口にゾロも笑い返した。 「調子のいいヤツ」 「何を今更」 並んで笑いながら玄関へと向かう。 「ウソップのトコに連絡しておいてね」 「人に使いっ走りまでさせんなよ」 「ウチの呼び鈴、壊してくれたのは誰だったかしらぁ?」 「だからなぁ……!ったく、ウソップにクレーム出してやる」 「あんたが鳴らしても落ちないように取り付けるとしたら、そうとう頑丈にしないとダメよねぇ。依頼料より高くつくんじゃないかしら」 「……おい待て。まさかそれ」 「壊した誰かさんに弁償してもらうのが筋よねー」 「……ッ!いい加減にしろよな、お前!!」 怒り出したゾロに、ナミは振り返って笑った。 「ガンバってウソップに交渉してね」 にっこりと笑う笑顔に、ゾロは逆に肩を落とす。 どう足掻いても、やっぱり勝てないのだろう。この女王様には。 首の後ろを乱暴に掻いて、苦笑した。 「努力する。じゃあ、3日後にな」 「うん」 ナミも笑って頷くと。 つい・とゾロの腕を引いて、その頬に軽くキスを落とした。 ゾロも軽く笑んでそのキスを受ける。 そして、ドアを開けた。 外は穏やかな日和。 空は眩しく、何処までも輝いていて。 ナミはゾロを見送ってから、ハーブガーデンの方へと足を向けた。 中央のみかんの木の下に腰を降ろすと、そっと手紙を持ち上げた。 見慣れた母の、流れる様でいて力強い文字。 そっとその筆跡を撫でてから、おもむろに封を切る。 そして、木漏れ日の中で手紙を読み始めた。 一文字一文字、噛み締めるように、ゆっくりと。 言葉に込められた想いの全てを汲み取るように。 優しい時間が木漏れ日の中を穏やかに流れて行った。 |