時の歯車 第2話 5



 続いた静かな沈黙。
 静かだがそれは確かに暖かな物で。
 緩やかに心を満たしてくれる優しい静けさだった。

 その穏やかな時間をゆっくりと吸い込んで。

 ふぅ・と小さく息を吐いて、コブラは全身の力を抜いた。
「そうだな。……すまない、つい取り乱した」
 冷静さを取り戻した主の声に、イガラムもほっとした顔になる。
 ゾロは笑って、身を引いた。
「いや、別に。それだけあんたが大事に思ってるって事だろ。国も、民も……子供らの事も」
 そう言ってから、ふとゾロは喉の奥で笑った。
「父親にはいい記憶がねェんだが、今のあんたを見てるとまんざらでもねェのかな・って思っちまうな」
「あー、いや……そなたこそ、身を固める気はないのかね」
 思わず赤くなった顔をごまかす様に咳払いをしてコブラが問い返す。控えるイガラムの頬も緩んでいる。
 コブラの問いにゾロは軽く肩を竦めるだけで返事をしなかった。
 そのまま無言でカップを手に取り、中身を飲み干す。
 ソーサーに戻す音が、少しだけ大きく響いて。
 そしてゾロは顔を上げた。

 その表情はもう何時もの物だった。

 コブラとイガラムも表情を改める。
 ここからはまた、『仕事』の話だ。
 軽く首を傾げてゾロが口を開く。
「ビビの周りなんだがな。それとなく護りを固めてェんだが」
「と言うと?」
 両手を机の上で組み身を乗り出すコブラに、ゾロは視線を戻す。
「まだビビの側にコーザを常駐させられないだろ。もう少し、信頼の置ける人材を配置しておきてェ」
「成る程。それもそうだな」
 頷くコブラに、イガラムが視線を向ける。
「では、第4連隊から何名か……」
「悪ィがヤツらに気取られる動きは避けてくれ」
 ゾロに遮られ、慌ててイガラムが頭を下げる。
「申し訳ない、出過ぎた真似を……」
「構わねェよ。本来ならあんたの仕事だしな」
 口の片端を上げてゾロが笑い、コブラはイガラムに頭を上げるよう促した。
「しかし、ではどうする?軍内部で動きがあれば、クロコダイルには悟られてしまうだろうし」
 イガラムが姿勢を正すのを待って、コブラはゾロに向き直った。
 口にした懸念に、ゾロは笑みを浮かべたまま顎を引く。
「……そうだな」
 軽く言葉を句切り、椅子の背に身体を預けて。

「ビビのヤツ、随分元気になったよな」

 続いた言葉に、コブラとイガラムは目を丸くした。
「……は?」
「ま…、まぁそうだな」
 半ば呆然としながら答えると、ゾロは首を捻って更に続ける。
「リハビリも順調だし……そろそろ、体力を取り戻すための本格的なトレーニングも必要だろうな」
「それはそうだが……?」
 本意を掴めずにコブラも首を捻る。
 その様子を視界に捉えて、ゾロは笑った。
「そうなったら、食事も変わって来るよな。栄養のバランスが取れて、アイツの口に合うモンが必要になって来る」
「……そうか!」
 ようやく意図を得て、コブラが手を打った。
 隣でイガラムも大きく頷く。
「では、専任の宮廷料理人が必要になりますな!」
「そう言う事だな。人選をせねば」
「それともう1人」
 ゾロの声に再度2人は振り返る。
 その視線を受けて、ゾロは何処か楽し気に笑った。
「リハビリってのは、精神的な支えも必要だろ?ビビを元気づける事が出来る存在……ビビは芸術方面も明るいよな。アイツとそんな話が出来て、作品なんかも作ってやれて、ついでに楽しい話題を一杯持ってるような」
「宮廷芸術家か!」
「それは良い!ビビ様も喜ばれる!」
 2人が同時にそう叫ぶのを見て、ゾロが吹き出した。
 可笑しそうに笑うゾロに、コブラがわざとらしく咳払いをして。
 イガラムはちょっと困った様に笑いながら隣に立ち尽くしていた。
「……では、すまないが人選をお願いして構わんかな。我々はそこまで手が回らないのでな」
「了解した」
 笑みを浮かべつつもゾロが右手を上げて返事をした。
 イガラムはふと真面目な顔に戻って問いかける。
「ところで伺いたいのですが、仮にこの国を乗っ取るとすれば、クロコダイルはどのような手段を取るとお考えで?」
 イガラムの問いにゾロは軽く首を捻って。
 頭の後ろで両手を組んだ。
「まぁ手っ取り早いやり方としては、ルフィとビビを仲違いさせる事だな」
「あの2人を?」
「それは無理すぎるのでは」
 即答するする2人に、ゾロは目を伏せる。
「知るかよ、あくまでもアイツがやりそうな事なら・って話だ。なんか誤解とかさせて仲違いさせる。で、ついでに国民にも王子派と王女派に分かれて争ってもらう」
「……それはどうやって」
「酒場に息のかかったヤツ数人送り込んで、酔っぱらったふりして……で、時期国王は王子と王女どっちがいいか口論して、ついでに立ち回りでも演じさせりゃ十分だろ。それから数日後に別な店で、さも噂話のような振りをして同じ話題を振る。噂が広まる早さと距離を計算しながらやれば、あっという間に城下はその話題で持ちきりになる」
 2人が顔を見合わせる。そうも都合良く事が運ぶとは思えなかった。
 ゾロは首を捻って更に言葉を続ける。
「そのまま国を2分しての争いを続けさせて、国民がいい加減疲れて来たあたりで、救世主クロコダイル様登場……って感じじゃねェか?国民が内乱に疲労してるのにも気付かずに覇権争いをしてるバカな兄妹をほっぽり出して、その功績を以て圧倒的支持を得て王座に就く・と」
「……な、なんじゃあそりゃーーーッ!!!!」
「ゾロッ、あんまりにもバカな発言はッ!!!!」
「は?いやおれは」
 同時に怒鳴られて、ゾロは軽く仰け反ってから。
 少し困った様に続けた。

「…………バカが考えそうな事を言ってみただけだが」

 その言葉に、コブラとイガラムは同時に固まり。
 ゾロは思わず、深く溜息を吐いていた。
「……まぁ、クロコダイルがよっぽどのバカじゃない限り、この作戦では来ねェだろうから安心しろ」
「そ、そうか?ならばいいのですが」
 ほっとした様に答えるイガラムに苦笑する。
「当り前だろ。内乱で国民が疲弊し切ってたら、その後の計画に支障が出るだろうが」
「……という事は、そっちは本気だと言う事かね?」
 コブラは眉を寄せた。どちらにしろ有難い話ではないのだが。
 ゾロも困った様に眉間の皺を深くする。
「……なんとも言えねェんだよな。ヤツの事だから、どっちも本気で考えてそうでよ」
 その答えに、またもや2人は返答に詰まる。
 確かに、クロコダイルならそう考えていそうな気がしたからだ。
「自己中心的な人間は、何もかもを自分に都合良く考えるというが」
「いやそれにしても物事には限度というものがあるかと……」
「その限度が解んねェからバカなんだろ」
 呻く2人にどこまでもあっさりとゾロが言う。
 その一言に、コブラとイガラムはどこか諦めたようなため息を吐いた。
 ゾロは僅かに視線を外し。
「…………まぁ、とりあえず」
 少しだけ息を吐いてそう切り出すと、2人はゾロへと向き直った。
「出方を伺うが後手に回る気はねェ。予防線だけは張っておく」
 現実に戻る発言に、コブラは気を取り直した。
「解った。お願いしよう」
「入り用な物があったら、お申し付け下さい」
 隣でイガラムも居住まいを正す。
 頼むな・と短く答えて、ゾロは立ち上がった。
 居住まいを正し、踵を鳴らす。
 同時に、その表情が最初のものに戻った。

 一番最初の……この部屋に入って来た時と同じ、『国王に雇われた傭兵』のものへと。

「以上にて報告を終わります。御多忙中にも関わらずお時間を割いて頂き、感謝いたします」
 そう告げて深く一礼する。
 それを受けて、コブラも大きく頷いた。
「ご足労、傷み入る。また何かあったら頼む」
「承知いたしました」
 顔を上げる。その表情に最早、私情は見えない。
「では、失礼致します」
 その一言と共に再度礼を取り、踵を鳴らして身を翻す。
 扉へと数歩進んだ時。

「ゾロ」

 不意の呼びかけに、ゾロは肩越しに振り返った。
 その眉が微かに寄せられる。

 コブラは静かな表情でそれを見つめ。
 そして、口を開いた。



「……子供達を頼む」



 静かな声音と。
 真直ぐな瞳に。

 ゾロは僅かに目を見開き。

 そして、目礼を返した。
 ほんの少しだけ……笑みを浮かべて。



 そうして、踵を返し。
 真直ぐに扉へと歩き去った。
 今度こそ振り返る事無く。











 微かな音も無く、執務室の扉は閉まり。
 一瞬の無言が室内を満たして。
 コブラはゆっくりと息を吐き出した。
 それを見てイガラムが机に残されたカップを手に取る。
「煎れ直しましょう」
「ああ、頼む」
 イガラムが紅茶を煎れ直している間に、背もたれに身体を預け目を閉じる。
 今、得たばかりの情報を、整理しなければならない。
 未来に悪影響しか与えないクロコダイルの暴走は、何としても止めなければならなかった。
 国を護る為でもあったが、それ以上に、大切な子供達の未来を護る為に。
 大人が子供の為にしてやれる事は、実際の所、それ程多くはないのだから。
 多少の諍いは仕方がないにしろ、その基盤そのものが崩壊するような事だけは回避しなければならない。
 混沌と戦乱だけの世界など、決して引き継ぐ訳にはいかなかった。

 そっと置かれたカップに、目を開ける。
 腹心の部下にして年少より共にあった無二の親友が、柔らかく笑んで自分を見つめていた。
 昔からずっと変わらない……常に自分を支え続けてくれて来た、その同じ笑顔で。
 その笑みに、コブラもゆっくりと頷き返した。
 カップと手に取り、一口喉を潤して。
 そうして、改めて息を吐く。
「……彼が敵で無くて良かったよ」
「ええ、本当に」
 コブラの呟きに、イガラムも大きく頷く。

 国家の中枢にある自分達よりも深く入り込んだ情報を、ロロノアは持っている。
 ゾロの言葉からそれを察するのは簡単で。

「彼らが本気になれば、大陸統一も容易いのかもしれません」
「全くだ。……不思議と私欲の無い一族だが」


 多くの王家と懇意にし、その存在を渇望され。
 得た多額の恩賞を総計すれば、どれ程の額面になるか見当もつかないと言うのに。
 ロロノアがその私益で贅を尽くしているという話は聞かなかった。
 それどころか、一族の拠点となるような場所すら存在しないようだった。
 戦場では銘を誇りながらも、そこを離れた場所では噂すら聞かない。
 世界を牛耳る事すら可能であろう一族は、不思議な程に我欲とは無縁の存在らしかった。


 ふと肩の力を落として、イガラムが呟く。
「……少しだけ、クロコダイルに同情したい気分になりましたぞ」
 その言葉に、コブラは思わず苦笑を漏らした。
「本人にとっては余計な世話だろうがな」
 確かにそれはそうなのだろうが。
 それでも、2人は笑みを零し合った。

 一時、執務室を静かな笑みが満たしていた。










 外を満たすのは、夜の帳(とばり)。

 遥かな高空を満天の星が彩る。



 それは、アルバーナを離れた山岳地帯でも同じであった。








 山岳地帯の一角に、砦を兼ねたその城は目立たぬ様に建てられていた。
 造りは小さいが重厚な様式の建物は、クロコダイルに賛同する貴族が彼らに提供している物だった。
 古いがそれだけに由緒ある物だと知れる。
 その古城の回廊に、ロビンは佇んでいた。

 昼の襲撃が失敗に終り、次の策を練る為に一旦ここに戻った。
 その頃には既に夕刻が迫っていたため、結局、話し合う事は無かったのだが。
「……結構、呑気なものなのね」
 笑みを乗せてそう呟く。
 回廊の手摺にもたれて立つその手には、数枚の便せん。
 それに目を落として、夜風がその黒髪を撫でるに任せていた。
 ふと近付く気配に顔を上げれば、無表情に自分を見下ろす男に出会う。
 クロコダイルの腹心の1人、ダズ・ホーネスだった。
「何か?」
 尋ねる声に返答は無く。
 無表情なまま、ダズはロビンの手元を一瞥する。
「何だ、それは」
 逆に問い返され、ロビンは小さく笑った。
「手紙よ。母からの。それがどうか?」
 掲げてみせると、無言のまま無骨な手が差し出される。
 流石に目を丸くした。
「プライベートに興味があるのかしら?」
「見られると困る手紙なのか?」
 再び問いを逆に返され。
 ロビンは肩を竦めて、便せんを手渡した。
 乱暴に受け取るとダズはそのまま躊躇もなく内容に目を通す。
 夜風が無言で2人の間をすり抜けて行った。
「ふ……ん」
「他人が見ても面白くないでしょう?」
「随分マメに連絡を取っているようだな」
「母1人子1人ですもの。心配なのよ、お互いにね」
 さらりと答えるロビンに、ダズの特徴的な口元がぴくりと動いた。
「……『あの子に会ったら宜しく伝えて』、か」
 殊更に低い声で、威嚇する様に言う。
「誰の事だ、これは」
 核心を突く問いのつもりの様だったが。
 ロビンはあっさりと笑って答えた。
「母の親友の息子さんよ。小さい頃に我が家で面倒を見てた事があってね。もう随分と大きくなったけど……迷子癖があって、すぐに何処かへ行っちゃうの。昔っから良く探し回ったわ」
 最後は懐かしむような口調で笑み混じりにそう言われて、ダズは返す言葉に詰まった。
 便せんを手にしたまま、次の句を継げずにいると、ロビンの方が小首を傾げて問う。
「まだ何か?」
「…………いや」
 面白くなさそうに息を吐き捨てて、乱暴に便せんを突き返す。
 ロビンは丁寧にそれを受け取りそっと畳み直した。
 その様子を一瞥してからダズは背を向けて、それから思い出した様に肩越しに振り返る。
「ボスがブランデーを開けると言っているが」
「あら、残念。調べ物をしたいのよ」
「そうか」
 ロビンが断るとそれ以上の誘いは無く、あっさりと立ち去った。
 その後姿を密やかな笑みを浮かべて見送って。
 完全に見えなくなってから、ロビンは忍び笑いを漏らした。
 手にした便せんをそっと撫でる。
「このぐらいのハンデが無くちゃ張り合いがないでしょう?」
 そう言って浮かべるのは、実に楽しそうな笑み。
 その楽し気な笑みのままに、その視線を転じた。
 窓の向こう……遥かな夜空の彼方へと。


「ねぇ、ゾロ?」



 鈴のような声は夜風が運び去って行った。










 夜風はアルバーナにも吹き抜けて行く。










 王城は複雑な造りをしていたが、流石のゾロでも4年暮らせばよく使う道は覚える物で。
 コブラの執務室から王族の居城である南西の館までの道も、その一つだった。

 執務室から戻る途中の渡り廊下に窓は無い。
 低い壁と屋根を支える柱のみで造られ解放されたここは、風が良く抜ける場所だった。
 礼装の上着を脱いで肩にかけた大雑把な格好で、ゾロはそこで足を止めた。
 吹き抜ける風が左耳のピアスを揺らす。
 乾期の乾いた風が涼やかと言うには冷たく通り抜けて行く。

 その風を受けながらゾロは静かに外を見つめていた。

 満天の星々と、その輝きの下のアルバーナの街並。
 堅固かつ複雑に造られた街並は最上段に構える王城から見下ろすとその美しさが際立って見える。
 それは明るい陽の下だけでなく、夜の帳の内でも同じだった。
 いや、仄かな街灯の揺らぎに浮かび上がる街並は、昼よりも幻想的ですらあった。


 しかし、今ゾロがそれを見つめているからと言ってそんな感慨に浸っている訳がなく。


 現に見下ろす視線には鋭さが篭り、眉間には皺が刻まれている。
 明らかに何かを懸念しているその瞳には、眼下の灯火の美しさは映っていないだろう。
 暫くそのまま彫像のように立ち尽くしていたゾロは。
 不意に大きく息を吐くと、片手で顔を覆った。
「…………まさか、な」
 呻くような一言は、夜風が直ぐに散らしてしまう。
 少しの間、その体勢で固まっていたが。
 ゆっくりとその手を下ろした。
 その視線は、風の吹き付ける先を見据える。
「でも、アイツなら……」
 呟きは微かなもの。
 それでも口にせずにはいられない懸念に。
 はぁっ・ともう1度溜息を付いて、乱暴に髪を掻き回した。
「遣りかねねェしな。いやでも幾らアイツでもこれは……」

 クロコダイルのやり口の変化。
 無謀な小物の野心家が考えそうなシナリオへの、何者かの介入。
 この状況下で、敢えてブレインとして付きそうな人物。


 微妙に、思いつく面影はあったが。
 だがそれを認めるには少し以上の抵抗があって。

 逡巡を繰り返しても答えは出ない。
 だからと言って直に確かめる方法も無く。
 全ては推測ないしは分析するしか無いと言うのが現状で。
 しかし、その為のデータは余りにも少ない。


 あるのは勘としか言いようの無い、根拠の無い懸念のみ。


「………………だけど……」

 呻くような声。
 懸念を振り払うにはそれは余りにも弱く。

 ゾロは頭を一つ振って。
 そして、もう1度その視線を転じた。


 見据える先は遥かな星空。


 目を眇め。
 星の彼方を見透かす様に。
 鋭い視線は夜空を射抜いて。

 眉根を寄せ見据える瞳に星が輝きを落とした。




「……テメェじゃねェだろうな、ロビン」












 小さな呟きを星空が聞いていた。



 山岳地帯の古城に、その瞬きは届かなかったけれど。











 広々とした部屋は豪奢な刺繍を施した厚いカーテンが閉められ、明るく灯されたランプに照らし出されていた。
 部屋の中央に置かれた贅沢な程に大きなテーブルに付いている人物は2人きり。
 クロコダイルとポーラの2名である。
 そこに、もう1人のメンバーが入って来た。
「あら、あの女は?」
 入って来た人物……ダズに、ポーラがそう尋ねる。
「調べものがあるそうだ」
「そう、それは残念ね」
 まるで残念ではないような口調でそう答え、テーブルに置かれたボトルに手を伸ばす。
 ブランデーをグラスに注いで、ダズへと差し出した。
 無言でそれを受け取り、そのままクロコダイルの方へと向き立ち止まる。
「……ボス、あの女は本当に信用できるのか」
 抑揚の無い声に籠る確かな不信感。
 ポーラが無言で肩を竦める。
 クロコダイルは無言でグラスを傾けた。
「おれには信用できるようには思えん」
 尚も言葉を重ねるダズに、クロコダイルは鼻で笑った。

「別におれも信用はしてねェ」

 笑いを含んだ声でそう言い切る。
 ダズが微かに目を眇め、ポーラも意外そうに視線を向けた。
 クロコダイルはゆっくりとグラスをテーブルに置く。
「信用する必要もねェしな。……だが」
 そう付け足して、そして。
 視線を上げた。

 ここには居ない人物を見下した笑いを浮かべて。



「あの女の頭脳は利用できる」



 そう言って笑う表情は、支配する人間が浮かべるもの。
 他者を見下し、利用できるか否かで全てを見極める人種が浮かべるものだった。

 クロコダイルのその言葉に、ポーラが笑いを漏らす。
 ダズはまだ何か言いた気に立ち尽くしていたが。
「あいつは利用価値のある捨て駒だ。役に立つ間だけ利用できれば、それでいい」
 その言葉に、納得した様に目礼した。
 クロコダイルがグラスを手に取るのを見て、椅子に座る。
 ポーラも自分のグラスを掲げて見せた。
「不要になった場合は、私が消すわよ」
 自負を覗かせて、ポーラが笑う。
 その顔に、ダズはようやく頷いてグラスを掲げてみせた。
「では」
 着席は3名。それでもクロコダイルには充分だった。
 表面だけの仲間は要らない。
 本当に必要な人材は、これだけ居ればいい。

 残りは替えの効く『利用価値のある捨て駒』で良いのだから。

 自分のグラスを掲げてみせる。
「地味だが……偉大な第1歩となるこの日に」
 尊大なまでの自信と共に浮かぶ笑み。



「……乾杯」



 続く2つの唱和に、グラスの合わさる音が重なった。








 風も星明かりも届かない密室で、時間だけが無言でそれを見守っていた。







 





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