時の歯車 第2話 6



 廊下の向こうからゆっくりと歩いて来る人物の身なりを認めても、2人の衛視は特に動じもせずに笑顔で出迎えた。
「お疲れさまです、竜騎将閣下」
「殿下がお待ちですよ。来たらすぐにお通しするようにと、承っております」
「おぅ、悪ィな」
 衛視の言葉に軽く手を挙げてゾロは応えた。
 普通なら、どう咎められてもおかしくない格好だったが、ゾロの日常を知る者にとっては今更だった。
 しっかりとした正規礼装で出て行った筈なのに、上着は勿論の事、飾り帯や束帯、勲章、装飾の類いに至るまで全て取り外し、纏めて肩に担いで帰って来たのだから。
 頑張って着付けした侍女達の苦労は、今回も半分しか報われなかったようである。
 尤も、本人はそんな事は一切構っておらず、「暑苦しいから脱いだ」の一言で終りなのだろうが。

「大人しくしてたみてェか?」
「はい、先程までは閣下が戻られるのを随分と心待ちにしておられたようです」
「何度もお顔を出されては、閣下はまだかと我々にお尋ねになられておりました」
「……留守番の子供かよ」
 笑顔で返る言葉に、ゾロは思わず溜息を吐く。
 そもそも、王太子がそう簡単に廊下に顔を出すこと自体が、王室の有り様からいくと不味い筈なのだが。
 ルフィに対しても、今更・という事のなのだろう。
 衛視2人が笑顔のまま居住まいを正す間で、ゾロは扉に手を掛けて。
 そしてふと、動きを止めた。


「…………何だか嫌な予感がする」


「は?」
「閣下?」
 聞き止めた衛視が怪訝そうに振り返るが。
 ゾロはそのまま少しの間、立ち尽くしていて。
 微かに眉を寄せると。

 いきなり担いでいた上着他を衛視に押し付けて踵を返したのだ。

「わわッ!!か、閣下?!!」
「え?!!如何されましたか?!!!」
「…ったく、あのバカ絶対ここに居ねェぞ!!」
 驚く衛視を気にする余裕もなく足早に駆け出すゾロに、2人の衛視は顔を見合わせて。
 そして、上着を持っている方が慌てて叫んだ。
「あの、これは!どうすればいいんですか?!!」
 その声は届いたようで、ゾロは視線だけ寄越して怒鳴った。
「悪ィ!!ノジコに渡してくれ!!」
 そう言い残して、足早に廊下の角を曲がってしまって。
 向かった方角に衛視達はゾロの行き先に見当が付いた。
「あー……そういう事か」
「それで殿下、お顔を出されなくなってたんだなー……良く解ったな、閣下も」
「そりゃーあの方、子守り歴長いって言うから」
「なるほどねー。……ところで、さ」
「ん?」
 間延びした漫才のようなやり取りを少ししてから。
 衛視達は気が付く事になる。
 今の自分達に取っての、最大の問題に。

「……これ、どうしたらいいと思うよ?」

 ゾロの上着を持った衛視が、困惑顔でそう言って。
 もう1人の衛視も、あ・と呟いて動けなくなった。


 彼らの仕事は、どこまでも『入口の警備』。
 部屋の中には入れないし、予定されていた来客でもない限り、声を掛ける事も出来ないのだ。……本来なら。


 どうやって中の女官にこの上着を渡せばいいのか、途方に暮れてしまったが。
 運良く、騒ぎを聞きつけたノジコが自分から顔を出してくれたお陰で。
 2人の衛視の問題は、それ程時間がかからずに解決したのだった。




 そしてゾロは・と言うと。




 ルフィが部屋に居ない・と悟った理由は簡単だった。

『先程までは閣下が戻られるのを随分と心待ちにしておられたようです』
『何度もお顔を出されては、閣下はまだかと我々にお尋ねになられておりました』

 戻るのを待ち構えていて、何度も顔を出していたというのなら。
 扉の外の会話に気付かない筈かないだろう。
 衛視と言葉を交わしている間に飛び出して来てもおかしくないし、実際そう言う事も何度もあった。
 それなのに出て来ない・と言う事は。

「……何度言やぁ解るんだよ、あのバカは!」

 思わず悪態を吐きながら、1つの扉の前で足を止めた。
 ルフィの私室の扉に比べるとかなり質素な、それでも十分に意匠を凝らした扉である。
 ポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回して。
 そして、勢い良く扉を開けた。


 そこは、ゾロが『私室』として与えられている部屋だった。


 ゾロの私室は、厳密にはルフィの私室の一部になる。
 何しろ、『王太子』の部屋だ。間取りだけでも一般的な家屋以上の数があった。
 『部屋』と言うよりは既に『家』と呼んで差し障りが無いぐらいの設備も整っていた。
 ソロの部屋はその一角に、続き部屋という扱いで用意されていた。
 それはゾロの「クラウン・ガード」という役職上の理由からだった。
 有事に直ぐに駆けつけれる様に・と、続き部屋を私室として使う事になっていたのだ。
 そう言った配慮上、当然ながら2人の部屋を繋ぐ扉には、鍵が付いていなかった。

 その事が、ゾロに対してだけの大問題を産む事になっていた。

 クラウン・ガードの部屋も、当然……と言っていいのかは解らないが、一間では無かった。
 居間兼書斎、主寝室、個人用の浴室とトイレ、クローゼット。
 国費はこういう所にも消えてんのか・とゾロが呻いた事を知っている人はいないが。
 護衛1人にはもったいないぐらいの間取りが用意されていた。

 入って直ぐの居間兼書斎を足早に通り抜けて。
 主寝室へと踏み入れた瞬間。


 予期していた通りの風景に、ゾロは思い切り脱力した。


 それなりの広さの寝室には、大きめのベッドが置かれている。
 そして今、そのベッドを主のように占領して寝ているのは、紛れも無くルフィその人であった。








「んが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 呑気ないびきを聞けば、怒りすら粉砕される気がする。
 広いベッドをわざわざ斜めに使って大の字になって。
 大口開けて寝こけている王太子殿下のお姿に。

 情けない気持ちになっても、咎められる謂れは無いだろう。

 恐らく、思っていたよりゾロの帰りが遅いから、こちらで待つ事にしたのだろう。
 以前にも待ちくたびれて眠ってしまった事があったのだ。
 その時ゾロは、ルフィを起こさずに自分の部屋に行ってしまい、翌朝その事を理不尽なまでに責められたのだった。
 ルフィにとっては、何で起こさなかったんだ・という事らしいが。
 ゾロに言わせれば、起こすまでもないだろう・という配慮だった。
 それ以来、ルフィはゾロの帰りが遅くなると、こうしてゾロの寝室で待つ様になった。
 ここなら帰って来たら絶対に解る!・という事らしかったが。


 はぁ・と溜息を吐いてから。
 おもむろに歩み寄って、ゾロは無造作にルフィの頭をごついた。
「起きろ、ルフィ」
「んが」
 呻きはしたが、目を覚ます気配は無い。
 んごが・とか、んがが・とか呟いてから、直ぐにまた呑気ないびきが響き始める。
 ゾロはもう1度、盛大な溜息を吐いてしまった。
「…………お前、な」
 頭を掻き回してから、ベッドの脇に腰を降ろす。

「待ち伏せしてんのに途中で寝ちまってどうすんだよ……」

 しかも、起こしても起きない。
 これでは待ち伏せの意味が無いとしか思えないのだが。
 思わず天を仰いでしまう。
「人のベッドを勝手に使うなっていっつも言ってるだろうが」
 寝ようと思えば何処でも寝れるが、自分のベッドがそこにあるのに、他人に占領されて使えないのは腹が立つ。
 ルフィを床に転がして取り返した事もあったが、寝ぼけて這い上がって来て、結局また占領されてしまったし。
 小さい頃ならまだしも、この体格に育ってから一緒に寝るのは、ちょっとかなり厳しい。
 寝相の悪いルフィは一晩中転げ回るから、流石のゾロでも安眠妨害甚だしいし。
 こんな寝汚いヤツを前線に連れてけるか・とつい思ってしまう。
「んががが〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 テコでも起きそうにない呑気ないびきに、諦めの方が先に立ちそうになって。
 思わず鼻先を弾いてやったが、当然の如くその程度では起きやしない。
 見下ろしていると、夢でも見ているのか意味不明の言葉を口の中で呟いている。
 それから、にへら・と笑って、また高いびき。

 そんな呑気な寝顔に、苦笑が漏れた。



「…………ガキの頃と変わんねェな」







 初めて会ってから、6年と言う月日が流れていた。







 夕闇に沈むアルバーナの路地で。
 真ん丸な目を更に丸く見開いて自分を見上げていた子供。
 夕日の残光が大きな瞳に最後の光を投げかけていた。
 見知らぬ男に、それも全身を黒のマントで包み更にはフードを目深に降ろし顔も良く見えないような相手に声をかけられても、警戒するどころか恐がりすらせずに。
 目も口も丸く開いて、ぽかんと見上げて来た。
 ゾロの方が、コイツ大丈夫なのか・と思ってしまった程だった。

 『仕事』を終えたら直ぐに立ち去るつもりだったアラバスタに、ついつい長居してしまったのもこの子が居たから。



「ゾロッ、戻って来るだろ?!!なぁ、遠く行っちゃったりしないよな?!!」



 しがみついて来る小さな手を振りほどけなかった理由は、自分でも解らない。

 おれみたいな胡散臭いのに懐くんじゃねェよ・と言ったら。
 ゾロはカッコいくて優しいぞ、おっさんくさくなんかないぞ・と的外れな返事をされた。
 父親の様に慕っていた母の義兄が西海の彼方へ旅立って1年足らずだと知った時は、むしろ納得した。
 失った父への思慕を自分にぶつけているのか・と思い、それなら直ぐに自分にも飽きるだろうと、そう見当を付けたのだが。

「……ここまで長居する事になるとは、な」

 事態は予想外の方向へと何度も転がって。
 ルフィとの絆は最早簡単には切れない物にまでなっている。
 更には、アラバスタ王家にまでかなり深くまで食い込んでしまっている現状。
 一つの国に深入りするな・と年寄り達からの苦言は幾度も届いているが。
 だからと言って、今更『仕事』を投げ出す訳にはいかないのも事実だし。

 でもそれは、単に『仕事』だから・というだけではなく。



 吹き抜ける砂を孕んだ乾いた風。
 照りつける強過ぎる程の陽射し。
 踏みしめる大地は固くも厳しく。

 その土地を生きる人々の、それを受け入れて尚も明るく逞しくすらある姿。




 そんな彼らへの、敬意とも憧憬とも言いようの無い想いを感じるからでもあった。











「………………だからこそ、……か」





 





 零れる自嘲に、返る言葉は無く。
 苦言の意味する所は痛い程に良く解っていた。




「……んがっ。んー、んぐ?……んん〜〜〜〜〜」
 規則的だったいびきが乱れ始めて、視線を戻す。
 閉じたままの瞼が動き、時折顔を顰めて。
 どうやら眠りが浅くなって来たらしい。
 そう判断して、ゾロはルフィの肩を揺さぶった。
「おい、起きろルフィ」
「んが?んん〜〜〜?」
 眠りにしがみつこうという様に、首を振って。
 ふが・と息を吐き出してまた寝ようとするから。
「……起きろっつってるだろうが」
 勢い、剣のある声が出た。
 ぴくり・とルフィの眉も動く。
 流石にちょっとヤバそうな気配を感じ始めたのかもしれない。
 それを見定めて、ゾロは大きく息を吐くと。
「…………いい加減にしねェとなぁ」
 1度、瞳を伏せて。
 ほんの僅かの沈黙。

 そして。



「首の骨へし折るぞ」

 殺気と共に言い放った一言に。



「ッ?!!!」

 眠っていた筈のルフィの瞳がカッと開き。
 次の瞬間、凄まじい勢いで跳ね起きていたのだ。


「誰だッ!!!………って、あれ?」
「おぅ、起きたか」
 跳ね起きると同時に臨戦態勢を取ったが。
 ゾロが殺気を解いたから、直ぐにその存在に気が付く。
 更には呆れたような目で見られて。
「ぞ、ゾロ〜〜〜ッ?!!何すんだ、寝てたのに!!!!」
 ベッドの上で仁王立ちして怒鳴ってみたが、ゾロは半眼で見据えて来る。
「寝るなら自分の部屋行けっつってるだろ。おれの部屋で寝てんじゃねェよ」
「ゾロが帰って来るの待ってたんじゃねェかよ!!!それを何だよなーーーッ!!!!」
 ひでェぞ!!と両手を振り回して怒鳴る姿を、ゾロは冷ややかに見ていたが。
 ふと。その視線を緩めた。
 その表情の変化に、ルフィも気が付く。
 首を傾げるとゾロはちょっと笑って、それからベッドに仰向けに転がってしまう。
 座った体勢から上体だけを投げ出すような寝方に、ルフィの目が大きく見開かれた。
 ゾロはそのまま右腕で顔を覆う。
 短く吐き出した息に、ルフィは瞬きした。
 そのままベッドの上に座り込んで、ゾロの顔を覗き込む。
「ゾロ、疲れてんのか?」
「ん?……あぁ、ちょっとな」
 短い答えに、自分の問いが正しい事を知った。
 そのままゾロの顔を見つめる。
 ほんの少しの沈黙が通り過ぎて。

「……バカの考えてる事を考えてたら、疲れた」

「は?」
 ゾロの一言に、ルフィの顎が落ちた。

「え、と?ぞろ?」
 言われた内容が流石に解らず、怪訝そうに名前を呼べば。
 腕を少しずらしてゾロが見上げて来る。
「バカワニ」
「あ!あぁ」
 その名詞で納得したルフィが手を打つ。
 ゾロは微かに眉を寄せた。
「……解んねェんだよなぁ」
「そりゃあそうだ。なんたってワニバカだからな」
 尤もらしく腕組みして、ルフィが頷く。
 そして、全開の笑顔で言った。


「ま、ワニが何を考えてたって、おれ達がぶっ潰すだけだけどな!!」


 その言葉にゾロの瞳が大きく開かれて。
 そして、破顔した。

「……そうだな」
「おう!モチロンだ!!!」
 笑顔で拳を固めるルフィに、ゾロも笑みを向けて。
 そして、そのまま目を閉じた。
 息を一つ吐いて、眠りに落ちそうな体勢に、ルフィの方が焦る。
「わわ!ぞ、ゾロ、ちょっと待て!!まだ寝るな!!」
「ぁあ?……眠ィんだよ、おれは」
「だから待てって!!みやげ!!ゾロにも土産があるんだ!!!そんでおれ待ってて……って、あれ?!」
 大慌てでポケットを探るルフィに、ゾロは辛うじて片目を開ける。
「…………明日でいいだろ……」
 今にも寝入りそうな声に、一層ルフィが焦る。
「ちっちぇーんだよ、無くなると困る!!ってか、どこしまったっけ、おれ?!!」
 必死でポケットを探るが焦れば焦るほど見つからないのは良くある話で。
 ゾロは大きな欠伸をした。
「んじゃ、明日までに探しとけ………やすみ…」
「わーーーッ!!!だから寝るなってばーーー!!!……あ!あった!!!」
 ポケットの片隅に見つけた小さな布の包みを、ルフィは慌てて引っぱり出した。
「見っけた!!ゾロ、ほらあったぞ!!!ゾロのみやげ!!!」
 片手で包みを振り回しながら、ゾロの肩を揺さぶる。
 ゾロは小さく呻いて何とか身体を起こした。何となく、さっきの仕返しをされてる気もするが、気のせいだろう。
 拳で目を擦ってから向き直るゾロのまだ眠たそうな顔に、ルフィは笑顔で包みを差し出した。
 掌に乗る、小さな布の包み。
 確かに、相当小さな物であるようだが。
「……ナザール・ボンジュウか?」
「へ?ナシポンジュース?」
「…………ビビ達に配ってたんだろ?西国の護符」
「ああ、あの目玉か!おう、やったけど、でもこれは違うぞ!ゾロのはトクベツだ!!」
 そう言って歯を見せて笑う顔に、ゾロは怪訝そうに眉を寄せる。
 小さな包みを受け取れば、確かに、中身が入っているのか疑問に思うぐらい、軽い。
 思わずひっくり返したり透かしてみたりしてしまったが。
 隣からの期待に満ちた眼差しを感じて、包みを解き始めた。
 横ではルフィが、まるで自分が贈り物を開いているかの様に目を輝かせて覗き込んでいる。
 その視線に苦笑しながら、ゾロは包みを開いて。
 中に入っていた物に、目を見開いてしまった。


 小さな包みの中には、1組のピアス。
 雫型のそれは、ゾロが今、左耳に1つだけ付けている物と同じだった。


「……これ」
「な!同じだろ、ゾロのと!!」
 驚くゾロの手からピアスを1つ取って、ルフィはゾロの左耳に並べる。
「おし!大きさも色も同じだぞ、ゾロのかーちゃんのと!!」
 嬉しそうに笑って、ピアスをゾロの手に戻して。
「バザーで見っけたんだ!!びっくりしたんだぞ、ゾロのと同じだ・って!!」
 同じ・という言葉を、ゾロは口の中で繰り返した。
「また両方そろうな、これで!!!」
 ルフィはそう言って嬉しそうに笑う。
 ゾロは無意識に、自分の右耳に触れていた。

 そこには2年前まで、同じ形のピアスが下がっていた。


 母の形見だ、と。そうとしか聞いていない。
 自分を産んで直ぐに亡くなったと言う母が、唯一身に着けていた装身具。
 まだ赤児のゾロの耳に、父は迷う事無くそのピアスを付けたと言う。
 ここなら絶対に無くさない・と言って。

 2年前、それを無くした。

 戦いを終え、城から脱出した時にはもう無かったから、城の何処かに落としたのだろうけれど。
 炎上した城の瓦礫の中から、小さなピアス1つを見つけ出すのは不可能だったから。
 1つは残っているから構わない・とそう言った。
 右耳には、引き攣れた小さな傷跡が1つ残った。



 もう2度と出て来ないと、諦めていたのに。






「ゾロ?どうした?」
 ルフィの声に我に返る。
 ピアスを手に黙ってしまったゾロを、心配そうにルフィは覗き込んでいた。
「えーと……あんま嬉しくねェ?やっぱ、本物のかーちゃんのじゃねェし……」
 少し困った様に覗き込んで来る瞳に揺れる、不安の色。
 それを見て、ゾロは少し焦る。
「悪ィ、そうじゃねェ。……驚いたんだ、本当に。もう諦めてたから」
 謝り、そして。
 そっと掌の上のピアスに、指を重ねる。
「確かに、お袋の形見はコイツ1個だけだけどよ……でも、これはお前から貰ったモンだ。だから」
 言葉を区切って。
 視線を上げて。
 ルフィに顔を寄せて、笑った。
「大事にする。……ありがとな」
 はにかむ様に、でも嬉しそうに。
 笑うゾロを見て。
「……!おう!!」
 ルフィも笑った。もう1度、全開の笑顔で。



「1個は予備だかんなー。無くしたらダメだぞ?」
「……却ってどっか行っちまいそうじゃねェか?」
 ルフィの提案に、ゾロはちょっとだけ考え込んで。
 おもむろに頷くと、自分の左耳をつまんだ。
「ゾロ?」
 不思議そうに覗き込むルフィには何も言わず。
 少し押さえて、それから。


 ゾロは自分の耳にピアスを突き立てたのだ。


「いでェッ!!!!」
 思わずルフィの方が耳を押さえて後ずさってしまう。
 それを見てゾロは可笑しそうに吹き出した。
「なんでテメェが痛ェんだよ」
「いぃ?!!だ、だって痛くないのかゾロ?!!」
 耳を押さえたままルフィが全身を竦める。
 ゾロは笑ってもう1つのピアスを手に取った。
「……ガマンできねェ程じゃねェからな」
 そう言うと、もう1つも左耳に付けてしまう。
「ぅぎゃあッ!!!」
 ルフィがまた絶叫を上げるが、ゾロは平然としたまま。
 余りの迷いの無さに、本当に痛くないんじゃないかと思ってしまう程だった。
 手で触れて、ピアスの位置を確認している。
 その指先を伝う血に、ルフィは慌てて身を乗り出した。
「ゾロッ、血!!!血ィ出てんぞ?!!」
「そりゃな。皮膚貫通してんだ。……放っときゃ止まる」
「手当!!チョッパー!!」
「んな大げさなモンじゃねェって」
 慌ててルフィは血を拭こうと袖口を引っぱって、身を乗り出したが。
 ゾロはただ、宥める様に笑って。
 そして、付けたばかりのピアスを指先で弾いた。
 小さな雫が光を弾く。
 その左耳を、ルフィへと向けて。

「どうだ?」

 訊くのは恐らく、ちゃんと付いてるだろ・と言う意味。



 ……だったのだろうけれど。

 いつもの様に、口の片端を上げて、尊大なまでの自負を覗かせる笑みを浮かべて。
 軽く顎を引いて心持ち横を向いて、それで視線だけをこっちへと向けて。
 左耳には新しく並んだばっかりのピアスが3つ。
 顔を反らした弾みで流れた血が1滴、耳の裏から首筋を伝って鎖骨へと流れて。
 何故だかそれすら、奇妙な演出になってしまって。


 多分、本人は、3つきちんと並んでるだろ・と訊きたかっただけなんだろうけど。
 でもそれを至近距離で見たルフィとしては。


 ぽかん・と開けた口が。
 自分でも意味不明な事を口走っていた。








「……オトコマエ?」




「…………そう言う事は訊いてねェが、取りあえず褒められたんだよな?」

「え?!お、おぅ、そうだぞ!!ゾロ似合う!!!」
「いやそこはどうでも良かったんだが……」
 目を輝かせて笑うルフィに、ゾロは困った様に眉を寄せるが。
 ルフィは身を乗り出して来て、付けたばかりのピアスを突ついた。
 代謝の早さか、もう血が止まっているようだ。
「そういやゾロって、怪我治るのも早ェよな」
 半ば感心しながら突ついていると、流石に止められた。
「まだちっと響くからヤメろ」
「んんー、わかった。しししし」
 笑って手を引くと、お返しとばかりに額を弾かれる。
 大げさに痛がって額を押さえたら、ゾロが声を立てて笑った。

 その左耳で揺れる3つの光。

 その輝きがとても素晴らしい物に見えて。
 その光を与えたのが自分だという事が、何だか誇らしくて。
 それをゾロが喜んでくれた事が、何よりも嬉しくて。

 その事が自分の中を暖かな力で満たしてくれたような気がしたから。


「ゾロ!」
「何だ?」


 言葉は、自然と溢れていた。





「戦うからな、おれ!」





 拳を突きつけて宣言すれば。
 何時もの笑みが受け止める。





「……当然だろうが!」





 ぶつけ返す拳の強さを頼もしく思いながら。
 その強さに答えられる自分で有りたいと、心底思った。

 この先必ず来る運命の奔流の中で、大切な物を失う事が無いように。



 宿命とさえ戦えるように。

















 運命の車輪の行く先は、まだ誰も知らない。















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注> 決してゾロの真似をしないで下さい。マジで痛いじゃすみませんから。

さて真面目な話は一行だけにしといて。

ようやく、第2話終了!てか本当はここまで書いてからアップする予定だったんだけどw
そんな事してたら、永遠に無理だったろうな〜・と改めて思う今日この頃。
続きはまたいつになるかわかりませんごめんなさい〜。
完結しない気がするなぁ、本気で。
原作とどっちが先に終わるだろう<オイ!

伏線一杯張ってみたり、何やら小難しい話があったりしたけど。
ホントそんな難しい話じゃ無いから〜。
大風呂敷広げたはいいけど、いざ包んでみたら10分の1になりました・って感じかも。

色々、いい訳ありますが、書いてるとエラく長いので。
纏めました。ヒマな方はどうぞ♪

『途中の戯言』

ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!




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