時の歯車 第2話 3



 部屋に戻ったルフィを出迎えたのは、ずらりと整列する侍女達と、その前に立ったノジコの軽い嫌味だった。
 それを受け流してビビの見舞いに行きたい旨を告げると、当然のようにまずは風呂へ・という事になり。
 予想通り同行しようとする侍女達を振り切る様にして風呂場へと飛び込んだ。
 ただ、ノジコにだけは押し切られてしまったけれど。
 何しろ、ナミの姉である。髪の色こそ違うが顔立ちはとても良く似ているし、雰囲気もそっくりだ。癖のある銀の髪、大きな瞳、意志のはっきりした物言い。流石はナミと血が繋がっていると納得出来る人物だった。

 今のノジコの立場はルフィの筆頭侍女であるが、それ以前はナミと共にビビ付きであった。
 4年前、王妃の療養にビビが同行する事になったとき、足首を痛めていたため王城に残る事になり。
 そしてあの事件が起きた。
 妹の様に大事にしていた王女と、実の妹とが同時に行方不明になったときのノジコの心痛は計り知れない。更にノジコは、母親を失っているのだ。
 ルフィも最初はきつい事を散々言われた。
 けれど、ルフィが本心からビビを助けようとしているのだと解ってからは、城内では1番の理解者になってくれた。
 姉の様に支え、時には諌めてくれるノジコに随分救われたのも事実だった。



「だから、なんでみんなして付いて来たがるんだよぉ」
「……しかたないだろ、それが仕事なんだ。ほら、頭、洗うよ」
「そう言ってもよー……って、あぢーーーーッ!!!ノ、ノジコッ、それお湯、熱過ぎ!!!」
「がまんしな。この乾期にお湯を使えるだけでも十分贅沢なんだから。…ったく、何処で汚して来たんだい?落ちやしない」
「だからあぢぃって!!!それに痛ェ!!!!」
 騒ぐルフィに容赦なくお湯をかけて、ノジコはタオルで乱暴に頭を拭い始めた。
 石鹸の泡が、みるみる汚れで灰色になっていくのを見て、溜息が出る。
 城に上がったルフィの世話を始めて4年が経ったが、この王子はいつまで経って王子らしくならない。
 いつまで経っても城下の子供のままだ。
 2年前からはそこが逆に『庶民派王子』として民に人気がある事は知っているけれど、それにしても。
「…………黙ってりゃあ、それなりなんだけどね」
「へ?」
 ぼそりと呟いてしまった独り言にルフィが振り返る。
 きょとんと目を見開く顔を、泡が付いた手でぴしゃりと叩いた。
「何でも無い。それよりさっさと身体洗いな。ぼさぼさしてると前も洗うよ」
「ぎゃああ!!!!チ、チカン?!!!」
 慌てて前を押さえて飛び上がるルフィに、また溜息が漏れた。
 癖のある銀髪を掻き揚げて、容赦なく言い放つ。
「そんな発育不良の小ナスなんか見たって嬉しくも何ともないっての」
「な、なんか、それエロいぞ?」
「……他の皆も呼ぼうか?」
「それはいやだーーッ!!!!」
「だったら早くしな」
 冷たく見据えられて、ルフィは慌ててタオルを手に取る。
 それを見てノジコはまたルフィの頭を洗い始める。
 腕を擦りながら、ルフィは溜息を吐いた。
「……なんでみんな、男の風呂に付いて来るんだよぉ。恥ずかしくねェのか?」
「男の裸にイチイチ騒ぐようじゃ王宮侍女は勤まらないよ。要求されれば排泄の処理だってやるんだから」
「おれはそんなの頼まないぞ!!」
「はいはい、解ったから目閉じな。泡、流すよ」
 そう言うと同時にルフィの頭にお湯をかけ始める。
 泡を流してからタオルで水気を拭き取ってやる。
 その間にもルフィは大急ぎで自分の身体を洗っていた。先程の脅しを本気だと受け止めたらしい。
 ノジコは小さく笑って、背中をタオルで擦り始めた。
 その背に落とす視線が僅かに眇められる。
 一度手を放すと手桶の中でタオルを濯ぎ、改めて背に当てた。
 肩口近くでその手が止まる。
 そのままじっと見据えて来る視線に、ルフィが怪訝そうに振り返った。
「ノジコ?」
 呼ばれて、ノジコは肩の上を軽く撫でる。
 ゆっくりと開いた口は、懸念の言葉を紡いだ。

「本当に……何して来たのさ。怪我してるじゃないか」

 言われて漸くルフィは、自分の左肩にある小さな傷に気付いた。
 擦れて出来たらしい、赤い小さなかすり傷。
 怪我をした記憶はなかったけれど、心当たりは1つだけだった。


 脳裏を過る記憶。
 荒野に吹き付ける風と、照りつける日差し。
 そして……思い出したくもない顔。

 思い出した事実から目を背ける訳にはいかず。
 ルフィは静かに視線を前へと向けた。


 口を結び、前を見据える。
 ノジコは何も言わない。ルフィの言葉を待っている。
 肩に乗った手の温もりを感じて、ルフィは口を開いた。




「クロコダイルが生きてた」



 ノジコの手が小さく動いた。




「…………そう。それで?」
 ゆっくりと返される言葉。
 自分の肩の上で、その指先に力が籠るのを感じて。
 ルフィは顎を引く。
「ビビにはもう手を出すつもりはねェみたいだけど、まだアラバスタを狙ってる事は確かだ」
「ふぅん……。懲りない男だね。引き際を解ってないヤツはみっともないだけなのに」
 ゆっくりとノジコが手を放す。
 重たい沈黙が浴室を横切った。
 ノジコがタオルを手桶に放り込む音がそれを破った。
「で?ビビには?」
 問われてルフィはちょっとだけ考え込んで。
 そして、顔を上げた。
「話す。アイツ、何考えてんだか解んねェけど、ビビに何のちょっかいも出さねェとは思えねェしな。何も知らねェままだと、とっさの時に身も護れねェから」
 その声に籠る力に、ノジコも頷いた。
 ビビの体調はまだ万全じゃない。だからこそ、身を護る為の備えは必要だった。
 予備知識があるのと無いのでは万が一の際の初動は全然違うのだから。
「解った。じゃあ、そろそろ行くかい?」
「おう!」
 ルフィが頷くのを見て、ノジコは手桶に手を伸ばす。
 そして、湯を汲むと一気にルフィの背に浴びせた。
「ぎゃああああッ!!!!だッ、だから、あぢぃってそのお湯!!!!」
「我慢しな!ほら、さっさと上がって身支度するよ!!」
 絶叫を上げるルフィに、ノジコは更に数回お湯を被せる。
 口調は乱暴でもその瞳は優しく笑っていた。






 ざわざわと、何処か浮ついた空気が部屋の中を満たしている。
 決して不快ではない。楽し気ですらある気配。
 騒がしくはないけれど、でも何時もより少し賑やかに感じる。
 何時もと同じ部屋の中が、何故か華やかにすら思えた。

 ビビがくすりと笑ったのを聞き止めて、ナミが顔を寄せた。
「あら。ビビ様、ご機嫌ですわね」
 そう言われて、ビビは小さく微笑む。
「みんなもでしょ?だって表情が違うもの」
 確かに、部屋の中で仕事をしている侍女達の表情が上擦っている。
 全員、楽しみにしているのだ。

 少し前に先触れの使者が来た。
 だから、もう少しでルフィがやって来る。
 部屋がざわついているのはその為だった。

 侍女達の様子をちらりと見ながら、ナミも笑う。
「本当ですわね。……全く、みんな浮かれちゃって」
 仮にも王宮侍女。それも王女付きなのだ。本当なら、王族に会えるというだけで浮かれていては話にならないのだが。
 破天荒で飾り気の無いルフィは侍女達にも好かれていた。
 だからいつも、来訪の前は皆浮かれてしまうのだった。
 ビビとナミが顔を見合わせて笑った時、部屋の扉が控えめに叩かれた。
 中から侍女が扉を開け、入って来た男性が静かに頭を下げる。
 年齢も背格好も、ほぼチャカと同じぐらいの人物。額周りを覆う特殊な頭飾りと目元から頬に描き込まれたラインが目を引く。これはアラバスタでも北方地域の風習に基づくものだ。
 腰の長剣は、彼がビビ付きのインペリアル・ナイトである証。
 そして同時に竜騎士でもあり、竜騎士部隊隊長も務めていた。
「ペル!!いらしたの?!」
 弾んだ声を上げるビビに、ペルは微笑んで頷いた。
「はい、王太子殿下がお見えになりました」
「すぐにお通しして!」
「了解」
 ペルが一礼して、一度扉の影に姿を消す。
 そうして今度はルフィとノジコ、チャカを先導して戻って来た。
 ペルに軽く頭を下げて、ルフィが部屋に入る。
 ビビは嬉しそうに笑ってベッドから身を乗り出した。
「兄様!!おかえりなさい!!」
「ただいま、ビビ。熱を出したって聞いたけど、大丈夫か?」
「ええ、もう平気よ」
 ビビの方へと歩み寄りながら、ルフィが声を掛ける。何時もより大人し気な態度に、ナミとノジコはこっそりと視線を交わして笑い合った。
 チャカとペルは扉の傍に並んで立つ。
 侍女達はルフィに椅子を勧め、手際よくお茶の準備をする。
 ルフィは椅子に座るとそのまま身を乗り出して、ビビの顔を覗き込んだ。
 大きな瞳が微かに細められる。
「まだちょっと顔色が悪いか?」
「え?そんな事はないと思うけれど……」
「うーん。熱は?」
 そう言うとルフィはビビの額に右手を当てた。そのまま左手で自分の額に触れる。
 軽く眉を顰めてから手を離した。
「うん、下がってるみたいだ。……でも、無理したらダメだからな」
「解ったわ。ごめんなさい、心配をかけて」
 ルフィは謝るビビの頭を笑顔で撫でてやる。
 それからおもむろに、ポケットを探り小さな天然石を取り出した。
 石に目の模様を描き、組紐とガラス玉で飾ったそれは、ルフィが隊商達に渡したお守りと同じ物。
 ただ、こちらの方が大きくて、細工も凝っていたが。
「ビビにおみやげ。西国のお守りなんだ」
「わぁ!綺麗……!!」
「きっとビビを護ってくれる。これを持ってたら、病魔も退散するぞ」
「ありがとう、兄様!!嬉しい!!」
 本当に嬉しそうに笑ってビビは、手の中の小さなお守りを握りしめた。
 ルフィも笑顔でその様子を見守っている。
 それは何処からどう見ても、仲睦まじい兄妹の風景そのものだった。
 周りで仕事をする侍女達もその様子を微笑ましく見遣っていたが、用事を終えた者から一礼して退出して行く。
「ねぇ、兄様!西域に行ってらしたんでしょう?お話、聞かせて!」
「いいけど、長くなるぞ?身体は大丈夫か?」
「平気よ。今日はたくさん休んだから。ねぇ、ナミさん?」
「……ええ、そうですわね」
 話を向けられてナミは笑顔で頷いた。
 それじゃあ・とルフィはビビに向き直って、話を始めた。
 ビビは直ぐにその話しに引き込まれていく。
 ナミとノジコがそれを微笑んで見守る。
 扉の側からはチャカとペルが。
 その間にも用事を済ませた侍女達が退出して行って。
 最後の2人が、ルフィの話の邪魔をしないようにと静かに一礼して退出した。
 小さな音を立てて、扉が閉まる。
 そして、一拍の間を置いて。

「…………ッぷ、はああぁぁああっっ!!!!」

 ルフィはいきなり盛大に息を吐き出すと、そのまま椅子へと沈み込んだのだ。
 しぼんだ風船の様にへたり込むルフィのそれまでとの態度の差に、ビビが吹き出しノジコが呆れた顔をする。
 ナミはすかさずその頭を張り飛ばしていた。
「あんたねぇッ!!!変わり身、早過ぎ!!!!」
「いってェ!!!しょうがねェだろ、肩凝るんだよ、こーゆうのは!!!」
 叩かれた頭をさすりながら、ルフィは襟元も弛める。
「ホント堅っ苦しいよなぁ……ビビ、よくガマン出来んなーーー」
「私は慣れてるもの。ルフィさんが砕け過ぎよ」
 クスクス笑いながらビビは手の中のお守りへと視線を落とした。
「綺麗ーーー」
 ナミもその手を覗き込んだ。
「ホント、綺麗ねー。……ねぇ、ルフィ。ビビにだけなの?」
「あ、あるぞ、ちゃんと!!ちょっと待て!!!」
 ナミに横目で凄まれて、ルフィは慌ててポケットを探る。
 そしてもう2個のお守りを取り出した。
「ナミと!あと、ノジコにも!!ほら!!」
「ふふっ。そうこなくっちゃ。ありがと、ルフィ」
「あたしにも?へェ、あんたにしちゃ気が利くね」
 差し出されたお守りを受け取って2人は笑った。
 ナミがベッドの端に座り、ノジコはその横に立つ。ビビと3人でお互いのお守りを見せ合って楽しそうに話をしている。
 その様子を見ながらルフィは出されたお菓子をつまんでいた。
 不意にナミが振り返る。
「これって、私達にだけ?」
 問いにルフィは怪訝そうに首を傾げた。
「ん?とーちゃんの分なら、まだ荷物ん中に入ってるぞ?」
「そうじゃなくて、ゾロにはちゃんと買って来たの?」
「ゾロに?」
 予想しなかった名前にルフィはぽかんと口を開けてしまった。スコーンの欠片が口端から零れ落ちる。
 呆気に取られているルフィを見てナミは一瞬だけ目を見開いて。
 直後、その柳眉を寄せてルフィを睨みつけて来た。
「…あんたねぇ、今回の件で自分がどれだけゾロに迷惑かけたか、自覚ないの?」
「へ?!!そうなのか?!!」
 驚くルフィに、ナミの堪忍袋の緒が切れた。
「当たり前でしょう!!!クラウン・ガードは本来なら、警護対象者から離れちゃいけないのよ!!それなのにあんた、ゾロにさえも黙って出て行ったでしょ?!!ゾロがちゃんと警護してなかったからだって言われて、責任問題にまでなりかけたんだから!!!」
「何だって?!!!誰がそんなふざけた事言ったんだよ!!!!」
「……見当は付くだろう?」
 怒鳴ったルフィにノジコが冷静に言う。
 腕を組んで真直ぐに見据える瞳に静かな光が灯る。
「あいつはそうじゃなくても貴族連中から逆恨みを買ってんだ。ほんのちょっとのミスでも蹴落とそうと構えてるヤツらは多い。わざわざ『敵』に付け入る隙を作ってやるんじゃないよ。……それに」
 そこでノジコは一度言葉を切って。
 そして、ゆっくりと紡ぎ直した。

「本当の敵が動き出したんだ。くだらない連中を相手にしてるヒマは無いだろう?」


 その言葉にルフィの表情が強張った。


 それはルフィだけではなく他の皆も同様で。
 ビビとナミが驚きに目を見張り、ペルが眉を潜める。
 チャカは弾かれた様に顔を上げた。
「ノジコ殿?!!それは……!!!」
 ナミがノジコを仰ぎ見る。ビビの瞳が震えた。
 ノジコは真直ぐにルフィを見る。
 その視線に促され、ルフィが口を開いた。
「今、ノジコが言ったとおりだ」
 全員の視線が自分に集中するのを感じた。
 部屋の空気が重みを増した気がする。
 その中で改めて口にする。



「クロコダイルが生きてた」



 戦いの再開を意味する言葉を。


 チャカとペルが表情を引き締める。
 ナミの瞳に力が籠り、ビビは唇を噛み締めた。
 ノジコは静かに見据えたまま。
 ルフィは全員を見渡して続ける。
「ビビを攫うつもりはもうねェみたいだけど、だからと言って何もして来ねェとは考えられねェ。警戒だけはしててくれ」
「承知しました」
 その言葉にペルが頷く。ナミも顎を引いた。
 ルフィの瞳は揺るがない。
「あいつが何を企んでるのかは、まだ解らねェ。ゾロはもう少し泳がせるつもりらしいけど」
 クロコダイルの事を確認したあと、ゾロは特に何も言わなかった。
 つまりそれは、まだこちらから動くつもりはない・と言う事だ。
 向こうの狙いははっきりしているから。

「アイツがまだこの国を奪おうとしてるのは間違いねェ」

 その言葉に全員の表情が引き締まった。
 ビビの拳が握りしめられる。
 ナミはそっとその手に自分の手を重ねた。
 それを視界に入れ、ルフィの瞳に力が増した。



「今度こそぶっ潰すぞ!!!」



 乱暴な言葉に籠められた揺るぎない意志に、5人は同時に応えた。

「当然でしょ!!!」
「思い知らせてやるよ!」
「心得ております」
「ご随意に、殿下」
「……勿論よ!!!」

 それぞれの返答に籠る想いの強さに、ルフィは笑みを浮かべて頷いた。


「ビビ」
「大丈夫よ、ナミさん。大丈夫」
 ナミの声にビビが頷く。
 ルフィは2人へと視線を向けた。
 握りしめたビビの拳を、ナミがそっと自分の手で包んでいる。
 決意を秘めたビビの横顔をルフィは覗き込んだ。
「……お母様が命がけで護ってくれたんだもの。もう2度とクロコダイルなんかの思い通りにはさせない」
 大きな瞳が伏せられる。
 静かにビビは息を継ぎ。
 そして、面を上げた。
 強い意志を秘めて。

「この国は絶対にアイツなんかに渡さない」


 幼くてもその決意は大人と変わらないものだった。


「よーし!よく言ったぞ、ビビ!!」
 ルフィは嬉しそうに笑うとビビの肩を叩いた。
 びっくりして思わずよろけた身体をナミが支える。
 慌ててナミが怒鳴りつけようとした時、ルフィは満面の笑みでビビに言ったのだ。





「心配すんなって!ちゃーんとあのバカワニぶっ飛ばして、ビビを次の女王にしてやるからな!!!」





 忘れていたその問題発言に、5人が一斉に飛び退きそうになった。

「ちょ…っ、ちょっと待ってよルフィ!!あんたそれまだ本気なの?!!」
「は?当然だろ、おれがワニをぶっ飛ばすんだかんな!!」
「そっちじゃない、バカ!!!継承権の方よ!!!」
 真っ先に怒鳴ったナミにノジコが続く。
「あんたね、そんな重要な事が自分の一存だけで決めれる訳がないだろ!!!」
「そ、そうよ、ルフィさん!!まだ撤回出来るから!!!」
 ビビにも言われてルフィはちょっと頬を膨らませた。
「何だよみんなして。男に二言はないんだぞ?!」
「こんな時ばっかり男になるな!!普段はただのガキのクセして!!!」
「ルフィ様、そもそも未だ議会が承認してないのですから」
「それにゾロ殿にも何の相談もしていなかったのでしょう?なのに、あんな大切な事を勢いだけで決められるのは……」
「……お前らなぁ。そろっておれの夢の邪魔をする気か?」
 次々と畳み掛ける様に言われて、流石にルフィも不機嫌になる。
 それで引き下がる様な神経の持ち主はいなかったけれど。
「夢じゃないでしょう、アレは!!!」
「何言ってんだ、ナミ!!おれの子供の頃からの夢なんだぞ!!!」
 ナミに怒鳴られて負けじとルフィが怒鳴り返した事は。


「大きくなったらゾロと一緒に傭兵やるって決めてたんだからな!!!!」


 それを夢と呼ぶのはどうかと、誰もが思っている事だった。




 事の起こりは1年前。

 アラバスタでは16歳で成人とされている。
 王族はその歳になると「立志式」と呼ばれる成人の儀を執り行う。
 儀式の後に、国民の前で王家の1員としての決意表明の様なスピーチを行うのだが。
 去年、ルフィはそこで爆弾発言をやらかしたのだ。

 即ち、ビビが16歳になったら王位継承権第1位をビビに返上する事。
 そして、ビビが即位するかもしくは婚姻したら、王族を辞める・と。
 つまり、王族としての権利の全てを放棄し、ただの民間人に戻ると。

 誰もが予想だにしていなかった発言に国中が揺れたのは言うまでも無い。


 色々な人が必死になって説得しようとしたが、ルフィの決意は変わらないままだ。
 最近は口走る事も少なくなったので、誰もが忘れようとしていたのだが。
 依りにも依ってこんな場で蒸し返されるとは思ってもいなかった。
 ナミが頭を抱えて呻く。
「大体においてねぇ……あんたそれ、肝心のゾロの返事をもらってないんでしょ?」
「……ぅッ!そ、それはそうだけど……。でも、おれが大人になったら考えてくれる・って言ったんだぞ?!!」
 一瞬、言葉に詰まってからルフィは慌てて反論したが。
「で、もう考えてくれたのかい?」
 ノジコにさっくりと返され、また言葉を失った。
 呻いたまま悶絶するルフィに、ナミとノジコは顔を見合わせて。
 そして、同時に言った。


「嫌がられてるんだね」


 ノジコは溜息と共に。ナミは天を仰いで。
「ええええぇぇえぇええッ?!!!そんな筈ねェぞーーーーッ!!!!」
「そ、そうよ、ナミさん、ノジコさん!!!まだ迷ってるのかもしれないわ!!!」
「ぅわっ、ビビまでそんな事いうのかーーーッ?!!!」
「……あんたねぇ、落ち着いて考えなよ。大人になったら・なんて、子供をあしらう時の常套句だろう?」
「そうそう、ノジコの言う通りだわ。大体、アイツが本気だったら、とっくに返事してくれてるんじゃない?」
「それを未だに何も言わない・って事は……」
「まぁ、そういう事でしょうねぇ。……可哀想に」
「ひ…っ、ひでェぞ、お前ら2人してーーーッ!!!」
「え、ええと、あの……お、落ち着いて、ね?みんな……」
 ルフィの絶叫にビビの声が小さく被ったけれど。
 その程度で3人のやり取りが修まる筈も無く。
 おろおろするビビの前で、尚も喧噪は続く。
 離れて見守るチャカとペルは、顔を見合わせて苦笑を零した。



 窓の外では夕焼けが空を覆い始めていた。







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