時の歯車 第2話 2



 目の前で、微妙に白くなっているコブラの顔を見て。
 その隣に控え、何だか傾いているイガラムの様子に目が行き。
 自分を取り巻く空気が異様なものである事に気が付いて。
 ルフィは首を捻った。
 後でゾロが笑いを噛み殺している。

「とーちゃん?どした?」

 ヒラヒラと手を振ると、コブラが我に返った。
 そしておもむろに咳払いを1つする。
 それをきっかけに、多方向に固まっていた青金の間の空気が解け始めた。
 コブラはゆっくりと息を一つ吐いて、ルフィへと笑顔を見せる。
 見事なまでに動揺など微塵も感じさせない、落ち着いた笑みだった。
「良く戻った、太子よ。特使の大任、ご苦労であった」
「ん?あ、あー!面白かったぞ!!」
 一瞬、返答に詰まってから、ルフィは慌てて笑った。
 今はコブラと調子を合わせた方が良い・と、流石のルフィでも解っていた。
 自分達を取り巻く状況は嫌と言う程知っているのだから。
 その為に、ルフィよりも周りの貴族達がコブラの言葉にざわめいた。
「はて、特使……とは?」
「我々は聞き及んでおりませぬが」
「殿下は出奔されていたのではなかったのですか?」
 ざわめきを片手で制し、コブラは視線を巡らせる。
「太子には内密に我が特使として出向いてもらっていたのだ。ネフェルタリ家の事情故に、公には伏せさせてもらったが」
 その言葉に貴族達は顔を見合わせながらも口を噤む。
 国王自らに「家の事情」と言われては、例えどれだけ不服であっても黙るしかないだろう。
 ルフィも素知らぬ顔で笑っている。
 本当は、コブラの特命など受けていないのだ。ルフィが書き置き1枚残して勝手に城を抜け出したのであって。
 けれど今それを暴露すれば、周りの貴族達に付け入る隙を与えるだけだ。
 こういう戦いは好きではないけれど、それでもやらざるを得ない時もある。それはきちんと心得ている。
 この4年間で、ルフィも少なからず成長したと言う事だろう。
 表面は何時も通りに笑ってみせる。
 だがその笑顔には、どうやら怒られずに済みそうだ・という本音も含まれてはいたのだが。
 その本音に気付いているのかどうか、コブラも穏やかに笑んで頷いた。
「今は国議中故に、詳しい報告は後で聞かせてもらう事とする。まずは部屋で休むと良い」
「おう!解ったぞ!!」
 笑い返してルフィが手を振る。
 コブラはもう1度頷いてから、今度はゾロへと視線を向けた。
「ロロノア殿にも手数をかけた。太子を送り届けてくれた事、礼を言う」
「恐れ入ります」
 直立不動の体勢からゾロは静かに頭を下げた。
 ルフィが肩越しに振り返って笑う。
 それに視線だけで応えて、ゾロは言葉を続ける。
「飛竜の降下訓練中に偶然お姿を目に止めたましたので。未だ物騒な時勢ですから、御身に何かあってはと思い……」
「待て!飛竜の訓練だと?!何を勝手な真似してやがる、その報告は受けてねェぞ!!!」
 不意にゾロの言葉をモーガンの怒号が遮った。
 いきなり声を荒げた人物に全員の視線が集中する。
 その中でモーガンは片手をテーブルに付いて身を乗り出し、怒りを露にしてゾロを睨みつけている。
 当のゾロは呆れた様に小さく息を吐いただけ。
 むしろルフィの方がむっとした様に口を尖らせた。
「飛竜の訓練はゾロに全部任せてあるんだろ?なんでイチイチお前に言わなきゃならねェんだよ」
 まさかルフィから反論が来るとは思っていなかったらしく、モーガンは言葉に詰まった。
 容赦なくルフィは目を眇めて睨みつける。
 ただ立ち尽くす、それだけであっても感じるのは、凄まじい程の怒気。
 その小柄な身体から想像もつかない程の圧倒的な気迫に、貴族達が竦み上がる。
 彼らは、こういう時に改めて思い知るのだ。
 普段の陽気な言動につい忘れがちだが、この小柄な少年が間違いなく王家の血を引く1員である事を。
 紛う事なき『王たる者』としての気質を兼ね備えているのだ・と。


 日常のルフィが「普通の少年」であればある程。
 垣間見せる「王たる者」としての顔は、他者を威圧するに十分すぎるほどだった。


 ルフィの威嚇が周り中を圧倒している事にゾロは苦笑して、諌める様にその肩に手を置いた。
「構わねェよ」
 だがそのゾロの言葉にさえもルフィは眉を顰め、無言のまま自分の肩に乗る手を強く掴んだ。
 その手を握りしめたまま、ルフィはモーガンを睨みつける。
 モーガンは一瞬気圧されたものの、直ぐに背を伸ばし対峙する様にルフィを見据えてくる。
「お言葉ですが、殿下よ。国軍の一環である飛竜を総将軍である自分に断り無く動かしてはならないのは当然ですぞ」
「ゾロが許可取ろうとしても、いっつもお前、連絡取れねェじゃねェか。探してる間に日が暮れちまう」
「自分にも職務がありますのでな。何時でもその傭兵風情に合せられる訳ではないので」
「だったら使い立てるとかどこ行ったか伝言残すとかしとけ。ゾロの方が忙しいんだからテメェを追い回してるヒマなんかねェんだ。当たり前だろ」
 きつい口調で畳み掛けられ、再度モーガンは言葉に詰まった。
 ルフィは視線を緩めようとはしない。

 モーガンがゾロを毛嫌いしている事は、有名だった。

 元々モーガンの家系は、国軍総将軍を何人も輩出している武家の名家だ。侯爵位も持ち、名家と言って差し支えない。モーガン自身もその事を誇りに思い、幼い頃から軍部を昇り詰める事を目標にしていたのだ。その地位を漸く得たのが7年前である。
 そんなモーガンがゾロを煙たがるのは当然だろう。
 アラバスタ国民ですらない流れ者の傭兵が、今や国軍内部から圧倒的な指示を受け、更には国民の人気さえ得ている。ゾロが『ロロノア』の1人であると解ってからは、英雄の様に扱う者すらいるのだ。
 自らの血筋を誇り、貴族としての矜持を持つモーガンがゾロを敵対視しているのは、まあ当然の成り行きだろう。
 勿論、ゾロにとっては傍迷惑以外の何物でもないのだが。
 そして、そんなモーガンをルフィが快く思わないのもまた、当然だった。

 ルフィの視線に射止められたまま、モーガンが小さく呻く。額に青筋を立てて歯を食いしばる音が微かに響く。
 言い返したくてもそれが出来ない。それが怒りとなって増幅されているのが、手に取る様に解った。
 ゾロは苦笑して、ルフィに掴まれたままの手に力を籠めた。
 それでもルフィはモーガンを見据えて動かない。
 対峙するモーガンもまた、口で返す事は出来なくてもその視線を弛めようとはしない。
 双方の怒気がぶつかり合って膨れ上がり、ただならぬ気配が青金の間を満たそうとした時。
「……双方共、収めてはくれぬか」
 不意にそれを打ち破ったのは、玉座からの静かな声だった。
 コブラの声は静かだったが、その場の空気を一変させる力を持って青金の間に響き渡った。
 貴族達は弾かれた様に玉座を仰ぎ見て、ルフィもあっさりとモーガンから視線を外してコブラの方を振り返る。モーガンは忌々し気に舌打ちをして、玉座へと視線を転じた。
 その様子を確認してからゾロは小さく息を吐いて、コブラへと向き直る。
 全員の注目を一身に集めて、コブラはゆっくりと口を開いた。
「今は国議中である。2人共、余の顔に免じてくれると有難い」
 言葉と共に軽く目礼までされて。
 流石にルフィも小さく唸りながら身を引いた。
「とーちゃんがそう言うんなら、仕方ねェなぁ」
「……陛下のお言葉とあらば」
 ルフィが引いたとあれば、モーガンも矛先を収めざるを得ない。
 和解には程遠いが、それでも両者の収まりがついた事に、大半の者が安堵の表情を浮かべた。
 その様子にコブラは深く笑んで頷いてみせる。
 そして、ゾロへと視線を向けた。
「ロロノア殿には後ほど飛竜の報告を貰いたい」
「承知致しました」
 一礼をしてソロが答える。
 中々自分の手を放そうとしないルフィを促して、漸く力を弛めさせると。
 改めてコブラへと向き直り、踵を鳴らして背筋を伸ばした。
「御前騒がせた無礼を御容赦下さりました事、感謝致します。では失礼します」
 最敬礼を取るゾロにコブラは頷き、背後を振り返った。
「チャカ。太子に随伴を」
「心得ました」
 呼ばれ、1人の男性が返答と共に進み出てくる。肩で切り揃えられた黒髪に、鋭い眼光。背が高く体躯も良く堂々とした風格を持つが、今はそれらは控えめな態度に覆い隠されていた。
 チャカは近衛隊副隊長を務めている。当初こそルフィに対して反感を持っていたが、今では良き理解者の1人だ。
 コブラに礼を取って歩み寄ってくるチャカに、ルフィは慌てて手を振った。
「ベツにいいぞ?!部屋には1人で戻れるしよ」
「……勅命です。お伴、仕(つかまつ)りますぞ、殿下」
「いぃッ?!!い、いやだから……!」
「諦めろ。行くぞ」
 往生際悪く首を振るルフィの襟首を掴んでゾロが歩き出す。
 ルフィを引きずって歩き出すゾロの後を、チャカが付き従う。その口元は軽く緩んでいた。
 入室した時同様、コブラ以外の全員を完璧に無視して、2人はチャカと共に退出していった。
 開いた扉が重々しくしまり、一瞬だけ静寂が訪れて。
 次の瞬間、青金の間は凄まじい喧噪に包まれていた。
「信じられん!!!何たる無作法!!!」
「あの様な無礼者をいつまでのさばらせておくのか!!!」
「大体に於いて傭兵如きが身分も弁えんとは……!!!」
「殿下にももう少し、王家の1員としての態度を身につけて頂かねば!あれでは余りにも……!!」
 怒号の大半はゾロへの批判。それに若干のルフィへの苦言。
 それらに擁護派が苦笑混じりの反言を返す。
「しかし、ロロノア殿のお陰で国が救われたのも、また事実ですぞ」
「左様でしょう。彼がいなければ、今頃この国はクロコダイル卿に乗っ取られていたでしょうな」
「それも如何な物かと。サー・クロコダイルが謀反を企んでいたという事自体、あの者が言い出した事ではありませんか」
「確かに。サー・クロコダイルの謀反を捏造し、王家に取り入り、やがては王国を乗っ取ろうと言う腹積もりやも」
「何を証拠にその様な。ロロノア殿は契約金以外の恩賞は一切求めてはおられぬのに」
「それが手口と言う事もあり得ましょう」
「あんな若造を庇い立てするなど!!卿こそ翻意を抱いているのではないでしょうな!!!」
「失敬な!!!その様な言い掛かりを付けられる謂れはありませんぞ!!!」
「王家への忠義無き者に対して、寛容である理由など何処にあろうか!!!」
「だが彼が今尚アラバスタの為に働いてくれているのは紛れも無い事実では」
「我が国の為ではありません。金の為、でしょう。所詮は傭兵。目当ては金のみと相場が決まっております」
「……これはまた。品格を疑われる様な発言は慎まれた方が宜しいかと」
「何を仰るか!!大体に於いて、卿らは…!!!」
 青金の間を満たす喧噪が収拾付かなくなり始めた時。


「静粛に!!!!」


 響き渡ったコブラの一喝に、全員が一斉に口を噤んだ。
 一瞬にして水を打った様な静けさが青金の間を満たす。
 ある者は息を飲み、ある者は身を竦ませて、それぞれの態度で王の言葉に従う。
 静まり返った広間をコブラはゆっくりと見渡し、そして口を開いた。
「……今は、国議中である。そして、その議題にロロノア殿に対する疑念は入っておらぬ」
 言葉は静かだが、その口調は紛れも無く命ずる為のものであり。
 響き渡る王の言葉に、反論出来る者はいなく。
 静寂をその返答として、コブラは手元の書類を持ち上げた。

「では、議題を再開する」

 その一言で、青金の間は本来の姿を取り戻した。
 この王城の中で最も格式高く品格のある、厳粛な国議議事場としての雰囲気を。













 青金の間を出て、衛視達に軽く詫びを言ってから、ルフィとゾロはチャカを伴って歩き出した。
 すかさずゾロがルフィの頭を引っ叩く。
 あくまでも、軽く・ではあったが。
「アホ。あんなミエミエのケンカ、買ってんじゃねェよ」
 呆れた様にそう言われ、ルフィは口を尖らせる。
「おれアイツ嫌いだ」
「おれだってだよ。……だけどな、あの程度の嫌味はこの仕事してりゃあ日常茶飯事だ。一々気にしてたらキリがねェぞ」
 たしなめられて、むぅ・と唸る。納得は出来ないけれど、ゾロが正しいという事は解る。
 頬を膨らませて隣を見れば、苦笑と共に小突かれる。そのまま頭を乱雑に撫でられて、余計にむくれてしまう。
 こういう時は、大好きな筈のこの仕草がとても辛くなってしまう。
 子供扱いされていると言う事を、嫌と言う程実感するから。
 いつまで経っても対等になれない気がして、悔しい。
 自分はまだ、この年上の親友に追いつけないのだろうか。
 ソロにとって自分は、未だに出会った頃の子供のままなのだろうか。

「……ゾロを侮辱されんの、ガマン出来ねェ」

 不満と不服とが入り乱れて、小さな声がボソリと呟いた。


 ゾロを護る力が欲しいと、本気で思う。
 戦場ではその背を。
 城内でその誇りを。
 護る存在になれればと、本心から望む。

 そうでなければ、このままずっと護られて終わってしまう。
 頼って甘えて助けられたままで。
 ただの無力な子供のままで。


 それだけは絶対に嫌だった。


 小さな声は掻き消えそうだったけれど。
 それでもしっかりとゾロの耳に届いていた。
 ゾロは一瞬その目を見張り。
 そして、笑った。
 本当に嬉しそうに。
「そいつぁ、有難ェな」
 常より少し弾んだ声に、ルフィは驚いて振り返った。
 その視界には、柔らかく微笑むゾロの顔。
 目が合うとゾロがもう1度笑いかけてくる。
 思わず目を見開いたまま、その顔を凝視してしまったが。
 直ぐにルフィも笑い返した。
 『有難い』というゾロの言葉が本心からだと解ったから。
 だから、少なくとも心意気は通じているのだと、そう理解して。
 ルフィは笑った。
 理解してもらえる。
 その事の有難味は良く知っていたから。
「戦う相手はクロコダイルだけじゃねェ。そう言う意味じゃここも『戦場』だ。戦うべき時かどうかは、しっかり見極めろ」
 笑みを見せながらもゾロがそう言う。
 その瞳の力強さにルフィは頷く。
 言葉の奥に籠る意味を、きちんと感じ取って。

 共に戦う者として認めてくれているのだと、そう理解して。

 決意を認め合い、笑みを交わす。
 互いに強い意志を籠めた瞳で。



 そんな2人を、少し後からチャカが微笑んで見守っていた。




「そういや、ビビが熱を出してたっけな」
「え?!!!」
 暫し無言のまま歩を進めてから、不意にゾロが口走った事に、ルフィは飛び上がる程驚いてしまった。
 余りにも平然と言うゾロに思わず掴み掛かる。
「ゾローーーッ?!!!なんでそんな大事なコト、もっと早く言わねェんだよ!!!!」
 怒鳴られて流石にゾロも困った顔を見せる。
「悪ィ。忘れてた。まぁ大した事は無かったんだけどよ。えーと、3日間、だったか?なぁ?」
 振り返ってチャカに確認を取る。
 チャカは微妙な苦笑を浮かべて頷いた。
「ええ、3日程、伏せっておられました。幸い、微熱だったので昨日には治まりましたが」
「そうなのか?だけど、ひでェぞゾロ!ちゃんと言ってくれねェと!!」
「ああ、本当に悪かった」
 素直に頭を下げられて、ルフィもそれ以上責めるのを止めにする。
 ビビが身体を壊したのは、2年前の戦いの時。
 コーザを庇いクロコダイルの毒刃をその身に受けてからだ。
 無事アルバーナに帰り着いてからも暫く高熱が続き、その後も中々平熱には戻らず、微熱で起き上がれない日々が続いた。
 半年程経った頃に北方のドラム王国から亡命して来た小さな医者がいなければ、命も危なかっただろう。その頃には、そこまで衰弱していたのだ。
 彼の治療のお陰で徐々に病状は回復し、漸く3ヶ月程前から衰えてしまった体力を回復する為のリハビリを始めた所である。
 それでも時折こうして熱を出してしまうのだが。
「見舞ってやれ。お前が行くと喜ぶ」
「おう!もちろんだ!!」
 ゾロに肩を叩かれ、ルフィは大きく頷いた。
 じゃあ、さっそく・と足を向けかけた瞬間、チャカにローブを掴まれてしまった。
 振り返ると、チャカがにっこりと笑う。
 何事かと首を傾げると、笑顔と共に言い渡された事は。


「ではまず、部屋に戻って湯浴みからですな」

 別段何でもない様に聞こえて、実はルフィにとってはぎょっとする様な言葉だった。
「え、ええぇッ?!こ、このままでもいいだろ?!!」
 思わず反論すると、ずいと顔を寄せられ凄まれる。
「いいえ、なりません。その様な砂埃塗れの旅装束で貴婦人の部屋を訪ねるおつもりですか」
「いぃッ?!い、いいだろー?そんなサンジみたいな事、気にしなくたってよぉ」
「当然の礼儀です。ましてやビビ様は病み上がりなのですぞ」
「そ、それはそうだけど……え、えと、そうだ!着替えだけじゃダメか?!!」
 そう言った時、不意にゾロが髪を手で梳いてきた。
 驚いて仰ぎ見ると、何やら指先に付いた物を払い落としているゾロの姿が視界に入る。
 ゾロは目を眇めて口を開いた。
「……風呂も入った方がいい。お前、髪の中まで砂だらけじゃねェか」
「うわーーッ?!!ゾロまで言うのかよ!!!」
 思いも依らない方向からの攻撃に、絶叫を上げてしまう。
 ゾロは軽く眉を顰めて、そして言った。
 ある意味、最終通告となる言葉を。

「嫌ならいいけどよ。……だけど、後でナミに小言喰らうのはお前だぞ?」


「……ッッ!!!!」


 一瞬で脳裏に閃いた面影に、ルフィが石化した。
 どういう訳か、ルフィはナミに頭が上がらないのだ。
 自分付きの筆頭侍女であるノジコの妹だからというだけでは無い様だったが、その理由はルフィ本人にも良く解らない。
 ただ何故か、ナミには逆らえないのである。
 逆らえないような気迫を纏っている・というのが、正しいかもしれなかったが。

 固まってしまったルフィの頭をあやす様にゾロが叩く。
「まぁ、なんだ……取って喰われるワケじゃねェんだし」
「くわれそうなきがする…………」
 まだ真っ白なままルフィが呟く。
 呆然としたまま上がった手がゾロのコートを掴んだ。
「……ぞろぉ?」
 見開いた目を震わせながら、哀願混じりの声で呼ばれて。
 捨てられた仔犬の様な目に何となく罪悪感を覚えながら、ゾロはもう1度その頭を軽く叩いた。
「あー…、すまん。おれはまだ仕事が残ってて」
「ええええぇぇええッッ?!!!」
 世にも悲痛な絶叫が、王城の回廊に響き渡った。
 チャカは流石に表情を消して、ルフィのローブを掴んでいる。
 ゾロは困った様な顔で、ルフィの手を自分のコートから引き離した。
「ゾッ、ゾロ!!!おれを見捨てるのかーーッ!!!」
「そこまで大げさな話じゃねェだろ……。悪ィな、練兵塲に第2連隊を待たせてんだ」
「おれも!!!おれもそっち行く!!!!」
「ではビビ様の事は」
「…………ぅぐッ!!!」
 ゾロに飛びつこうとした瞬間、チャカに釘を刺され言葉に詰まる。
 目を白黒させている間に、ゾロはルフィの手を放してしまった。
「風呂ぐらいちゃんと入れって。じゃあ、後でな」
 そう言って背を向けてしまい。
 ルフィはその背に慌てて手を伸ばしたが遅かった。
 立ち去る背中に、必死で叫ぶ。

「だって、アイツら何回言っても風呂に付いて来るんだぞーーーーッ!!!」

「……侍女達にはそれが仕事なのです。諦めて下さい」
 叫ぶルフィのローブをしっかりと押さえながら、チャカは苦悩を浮かべてそう言った。
 ルフィが嫌がっているのは風呂そのものではなく、風呂場に侍女達が付いて来る事なのだ。
 何しろ、思春期真っ直中のお年頃である。
 仕事上の、身の回りのお世話の為とは言え、年上の女性達が嬉々として群がって来るのは本気で勘弁して欲しかった。
 ただ、本気でルフィに色目を使ったり取り入ろうとしている様な侍女などは、とっくに傍付きを外されて他の仕事に回されている。
 なので、今ルフィの傍にいる侍女達は、本気で『面白がっている』者達ばかりなのだが。
 それでもサンジには「なんてうらやましい…!!」と絶叫されてしまった。
 その侍女達もゾロがいれば付いて来ないと解ってから、ルフィは都合が合えば必ず一緒に風呂を使う様にしていたのだ。
 けれど、今日はそう言う訳にもいかなくて。

 何時の間にやらしっかりとチャカに押さえ込まれ、部屋へと引きずって行かれる。
 何とか反論しようと思っても、何を言っていいのかまるで浮かばなくて。
 無駄に口を開閉させても、漏れ出て来るのは意味不明の呻き声ばかり。
 部屋まであと少し・と言う所で、辛うじて言葉になった。
 それは、かなり情けない内容ではあったが。
「あううぅぅぅーーー。フーローーーー、1人で、入るからよおぉぉーーーーーーー」
 内容も声音もどうにも情けないその言葉に、チャカは苦笑して。
 そして、淡々と言った。
「……それはノジコ殿にお話し下さい。私の権限ではありませんので」
 あっさりとそう返され、ルフィは思わず悲鳴を上げて。
 そして、その視界に自分の私室の扉と、その前に立つ衛視の姿。

 何だか何処かで見た事がある様な風景と。
 何故だかついさっきも出くわしたような気がする状況。


 一体今日は何の厄日だ・と思う暇もなく、部屋の扉は開いてしまった。








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