悠久の風 1 〜祭りの空〜
  



 明るく柔らかく晴れ上がった空に、白い花火が大きな音を立てて上がった。
 陽気な音楽に楽しそうな笑い声。
 食材を調理する匂いが更に場を盛り上げる。
 子供達の歓声。時折、沸き上がる拍手。
 活気に溢れたざわめきの広がる空間は、何処までも開放的だった。



 そんな中で、1人、仏頂面の男がここにいた。



「…………状況を説明して欲しいんだが」
 眉間に深く皺を刻んで低く言い放っても、両側の2人には余り効き目が無いのだけれども。
「もー!ブルーってばせっかくお祭りなのに、ダメだよー、そんな顔してたら!」
 右手首をしっかりと捕まえて、ルージュがそう言う。
「っそうだぜぇ〜♪何たって、今日は楽しい祈願祭〜〜〜♪♪♪なんだからさぁ。ホラ、笑う笑う♪」
 左腕を引っ張りながら、リュートが調子外れに歌う。
「………………あのな」
 左右から2人に引きずられる様にして歩きながら、ブルーは低く呻いたが。
 それでも、この2人に通じるわけも無く。
「ブルー!ほら、お祭りー!!お店出てるよーー!!」
「祈願祭は食べ放題〜〜〜!!おーーー、旨いモンが一杯だぁぜ〜〜〜〜♪」
 浮かれて騒いで踊りださんばかりの2人に、間のブルーの不機嫌は増すばかりで。
「わー!!美味しそう!!すっごい好い匂い〜〜!ね、ブルー、どれ食べる?!どれ食べたい?!!」
「酒もいけるぞぉぉぉお〜〜〜!<ヨークランド>自慢の名酒の数々、飲み比べし放題・だっぜぇ〜〜〜♪♪」
「やったー!飲む飲む〜〜〜〜!!ブルー!ほぉらーーーー!!」
「いぇ〜〜〜〜!!!祭りだ、祭りだ、飲めや歌えや大騒ぎぃ〜〜〜〜!!!」
 自分の事情などお構い無しで騒ぎ立てる2人に、とうとうブルーが限界に達した。
「……いい加減にしろ、お前ら!!!!」
 祭りの喧噪すら圧倒する怒鳴り声が、<ヨークランド>の空に響き渡った。




 <ヨークランド>では毎年春に『祈願祭』と呼ばれる祭りを行う。
 この祭りはその名の通り、その年の豊作と春に産まれた新しい命の成長を、空と大地に祈願する為のものである。
 司祭が祈りの言葉を捧げ、巫女が舞いを奉納し、前の年に採れた穀類と最も出来の良い酒を天地に振る舞って、祭事はそれだけで。
 後はひたすら飲んで食べて踊って歌って笑って騒ぐ。
 「笑いと歓びは最大の供物」とされているからだ。
 その大騒ぎは3日間続く。
 街にほど近い草原が祭りの会場になった。
 仮設の小さなステージで腕自慢達が楽を披露し、ステージの前でそれぞれが思い思いに踊る。
 取り囲む人達からは自然と手拍子と歌声が響いて行く。
 傍らでは住人達が交代で様々な食べ物を作っては振る舞う。樽やら木箱やら板やらで作ったテーブルと椅子も並べられ、入れ替わりに人々が寛いで行く。
 近くの斜面では、まだ芽吹いたばかりの芝生の上を子供達が麻袋をソリ代わりにして滑って遊んでいる。
 時折、他のリージョンから来た大道芸人達が様々な芸を披露して、喝采を浴びていた。
 のどかで呑気で、何よりも陽気な祭りは、自分達の為のものだからだ。
 他のリージョンからの観光客目当てではない、自分達が楽しむ為の祭り。
 だからこそ昔ながらのやり方を変えずに、素朴なままで今なお続いているのだった。





「だってー!ブルーが<ヨークランド>に行く・って言ったんじゃないー!!」
「そうだぞー。ブルーが<ヨークランド>に来る・って言ったんだぞぉ〜」
「で、お祭りやってるって言ってたし、それなら当然、行くと思うじゃない!!」
「祭りの時期に来るって言われりゃー、連れてくのがジョーシキだろぅ〜〜?」
「それなのに、なんで怒るのー!ブルーのばかー!!」
「ベツに怒られるような事、してないだろぉ〜〜?」
「……同時に喚くな!鬱陶しい!!」
 騒ぎだす2人をまとめてぶん殴って、ブルーは腕組みして睨みつける。
「俺は州立蔵書館に行くと言った筈だ。誰がこんな馬鹿騒ぎに行きたいと言った!」
「えーーー!!だってお祭りなのに!!」
「そうそう、祭り中だぞぅ〜??」
「そうだな。取りあえず今日は祭りを楽しんだ方が良いのではないかな」
 同時に起こるブーイングに唐突に新たな声が加わった。それも、物凄く聞き覚えのある声が。
 一瞬、身を竦ませるブルーの横で、2人が驚きの声を上げる。
「先生じゃない!どうしたの、こんな所で。診療所は?閉鎖?」
「おんやー!センセーも祭りに来たのか〜?いい酒、一杯あるぜぇ〜♪」
「……………貴様が何故、こんな所にいる」
 驚くルージュと何時も通りのリュートの対応。
 その間で、ブルーだけが思い切り威嚇する。
 三者三様の反応にヌサカーンは妙に楽しげな含み笑いを浮かべている。
 晴れやかな祭りの広場の一角で、何だか奇妙な四竦みの様な状態が一瞬だけあって。
 その変な均衡は、この状況を作った張本人であるヌサカーン自身があっさりと崩した。
「ここにも私の患者はいるのだよ。今日は往診に来たのだがね。たまたま祭りをやっているというから、覗きにきただけだ」
「………………だから、何故貴様がこんな馬鹿騒ぎの場に顔を出すんだと聞いている」
 眉間の皺を深くしながらブルーが問い直す。ヌサカーンと青空の下の祭り。確かに、似合わない事この上ない。
 が、ヌサカーン本人が口を開くより早く、ルージュが声を上げた。
「あ!解った、先生、病人がいると思って来たんでしょ!!」
「なーるほどぅ〜!急性アルコール中毒の心配かぁ!でも、<ヨークランド>人は酒にゃあ滅法強いから、そうそう倒れないと思うぜぇ?」
「……こいつがそんな普通の病気に興味を示すか」
 ブルーの正論も楽しそうにはしゃぐ2人の耳には届かなかった様だ。
 ヌサカーンも楽しげに目を細めただけで、代わりに手にしていたボトルを掲げてみせる。
「それよりも、往診先でこんな物を貰ったのだが、一緒にどうかね?」
 掲げた手に握られていたのは、紛れも無いワインボトル。しかも、結構古いと思われるラベルが貼ってある。
 すなわち、それなりに年代物と解るワイン。
 それを見た瞬間、ルージュとリュートが歓声を上げた。
「わーー!!<ヨークランド>のワインって珍しいんでしょ?!!飲む飲む!!やったー!!!」
「おおおーーー!!ガタルさんとこの14年物じゃないかぁ!!!すげぇなセンセー!やっぱ年の功より亀の甲羅だなぁ♪」
 微妙に間違った事を口走るリュートに、最早突っ込む気力も失せたと言う感じでブルーが肩を落とす。
 ルージュも特に気にせず、ヌサカーンが手にしたワインを覗き込んでいる。
「すごーい!!わーい、先生、ありがとー!!」
「向こうの席を使わせてもらおうか。空いているといいのだが」
「大丈夫だよー、リュートがいるから!あ、おつまみも欲しいね。何かないかなー」
「喰いモンならいっくらでもあるぜぇ〜〜〜♪よーし、そうと決まればさっそく宴会だーー!!!」
「やったーーーー!!!」
「……………………お前らだけで行って来い」
 深く深ぁく溜息を吐いて、ブルーはその場を離れようとした。
 が、次の瞬間、ルージュとリュートにあっさりと捕まってしまう。
「もー、ブルー!往生際が悪いッ!!」
「そうそう、今日は諦めて一緒に飲もうぜ♪」
「……ッ、いい加減にしろ!俺は蔵書館に行くと言っただろうが!!」
 両側から捕まえる腕を振りほどこうと暴れながら、ブルーが怒鳴る。
 それを面白そうに見ていたヌサカーンが、さらりと爆弾を落とした。

「行っても構わんが、今日は休みだぞ?」

 その一言に、ブルーは怪訝そうに振り返った。
「何を言っている。休館日は今日では無いだろう」
 あからさまに不信そうな顔に、ヌサカーンは涼しい表情で答える。
「祈願祭の間、<ヨークランド>はライフライン以外の施設はほぼ全て休みとなるのだが……知らなかったのかね?」
 悠然と答える様に偽わりやからかいの気配はない。
 流石に本当らしいと覚り、ブルーはリュートへと振り返った。それも、思い切り剣呑な表情で。
「……おい」
「あれぇ〜?言ってなかったかい?祈願祭の間、やってるトコなんて警察とか病院ぐらいだよ〜。だってみんな、祭りを楽しみたいに決まってるじゃないか〜♪」
 のほほんと答えたリュートの顔面に、次の瞬間、ブルーの拳がめりこんでいた。……術士が拳に物を言わせるのもどうかと思われるが、その術士にものの見事に吹っ飛ばされるのもどうだろうか。
 幸いなのはここが祭りの広場の一角だ・ということだろう。リュートが派手に吹っ飛んでも、周り中みんな、ふざけてるだけだと思い気にも止めなかった。むしろ、元気だねぇ若いの・と楽しそうな声が飛んでくるぐらいである。
 呑気じゃないのは、殴り飛ばした張本人ぐらいだろう。
 拳を固めたまま、怒りを露に立ち尽くす。全身から怒気が立ち上っている。このままでは術を発動しかねない勢いだ。
 こういう時の無言の怒りというものは、はっきり言って凄まじく恐い。
 周りを行き過ぎる祭りの賑わいが、妙に遠ざかったように思えた。

 だが。
 それでも。

 ブルーは大きく息を吐いた。
 最後の理性で、暴走しそうな怒りをおさめた様だ。
 一時、遠ざかっていた祭りの喧噪が帰ってくる。
 その間、ずっと右腕を掴んでいたルージュが、その顔を覗き込んだ。
 ブルーは視線を返そうとはせずに、一言、言い放った。


「帰る」


「……って、ダメーーーーーーーー!!!!」
 踵を返そうとした瞬間、思い切りルージュに腕を引っ張られる。
 だが、ブルーが大人しく引き止められているワケがない。ルージュの手を振りほどこうと腕を振り回す。
「蔵書館が休みなら、ここにいる意味はない。帰る。お前らだけで勝手に騒いでろ」
「ダメダメダメ!!!せっかくのお祭りなのに何言ってるの!!学院だって設立祭は休みだったじゃない!だから今日は、ブルーも勉強は休み!!」
「設立祭は式典だろうが。大体、<ヨークランド>の祭りと俺は関係ない」
「それに先生がワイン、奢ってくれるんだよ?!滅多にないじゃない!!」
「…………そんな怪しいものを口にする気になれるか」
「おや、心外だな。私がいつ、そんな怪し気な物を提供したと言うのかね」
「……どの口でそれを言うんだ、貴様は」
「大丈夫だよー!だってこのワイン、ほら、封が切ってないから!それに、<ヨークランド>は葡萄があんまり穫れないから、ワインは珍しいんだよ。滅多に飲めないんだよ?!」
「そうそう、その上コレは、<ヨークランド>でも1流の工房のワインなんだぜぇ?おいそれと手に入らない1品なんだからさぁ、今飲まないと一生後悔するぞぉぉ〜〜〜♪」
 いつの間にか復活していたリュートが、がっしりとブルーの左腕を捕らえた。
「お前ら!!」
「とゆーワケで、はぃ、1名様ごあーんなあぁ〜〜〜〜〜〜い♪♪♪」
「わーいっ、ブルー、ゲットーー!!」
 怒鳴るブルーを気にも止めずに、左右からルージュとリュートが腕を引っ張る。
 ブルーはなんとか振りほどこうとしているのだが、こういう時だけは根性を発揮する2人の前には虚しい努力で。
 そのままずるずると引きずられる様にして連れて行かれてしまう。
「いい加減にしろと言っているだろうが!!!」
 それでも怒鳴り立てるブルーに、流石に肩をすくめてヌサカーンが言った。
「君の方こそ、いい加減に諦めてはどうかね?」
「元凶の1人が何を言うッ!!!」
 火を吹くような勢いで怒鳴られても、ヌサカーンもやはり気にも止めない。
 騒ぐブルーを引きずって歩くルージュとリュートの姿も、祭りの喧噪の中ではただの微笑ましい光景になってしまう。
 青空と雲は素知らぬ顔。
 風も楽しそうに笑って吹き抜けて行った。







27th. MAY, 2007


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…………ちょっと、季節外れになりそうでス。
<ヨークランド>の祈願祭。はい、秋には収穫祭があります。当然です。
ウチでは農業と牧畜と林業の土地・という設定です。
5月の初めが、もしかすると4月中にやってるんじゃないかなぁ・と思いつつのアップ。
北海道だと5月でいいんだけど。
でも、背景写真は8月の空(笑)

しかし、改めて気が付いたけど、複数キャラが同時に出てくる話は初めてでしたよ。
しかも、ルージュとリュート。
…………同時に出てくると話が進まない(汗)
よく喋る。しかも、内容のない事ばっかりをー!
大変な子らでしたのね。
しかも、この2人を『親友』と設定してるので…………。
ブルーの理性が焼き切れない事を祈ります(オイ)

それとあの、言い訳しときますが。
ここのルージュは浮かれてるだけですから!!
普段はもーちょっと落ち着いてますからーー!!
………………多分。ええ、きっと。



2007.5.27





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