今、自分がどこに居るのか、一瞬解らなかった。 視界に入る天井と壁。調度。 耳に届く、聞き慣れない声。 自分の浅い呼吸音が、奇妙に耳障りで。 心臓が早鐘を打っている事に気が付いたのは、それを自覚してからだった。 ゆっくりと息を整えて。 そっと視線を巡らせた。 その視界に、見慣れた顔を見つけて。 ようやく、ここが<クーロン>の自分達の部屋だと思い当たった。 ブルーが微かに眉を寄せて、自分の方を振り返っている。 耳慣れない声はテレビの中からだった。リポーターらしき男性が、少し上擦った声で話している。 その声の向こうから、人々が騒ぎ立てる声と、時折、爆発音が響いている。 ニュースか何かだろうか・と思い、大きく息を吐いた。 リビングの椅子に座ったまま、うたた寝をしていたようだ。 「……夢でも見てたのか」 静かな問いに、顔を上げた。 じっとこちらを見遣るブルーの瞳は透明で、感情が読み取りにくいが。 それでも僅かに気遣う様な気配を感じた。 「夢……?」 そう呟き、そして思い出す。 ……そう、夢を見ていたのだった。 それも、学院に居た頃の夢を。 ふぅ・と息を吐き出す。 目覚めてしまえば、夢は只の夢になっていた。 夢の中で感じていた不安も危機感も、嘘の様に消えている。 あの後、言われた事も思い出せるが、夢の中で感じた程の不安は無い。 嫌な気持ちはするが、それだけの事だ。 「う……ん。ちょっとね」 曖昧な返事をして笑みを作れば、ブルーは不審げに眉を寄せた。 それでも、それ以上は問いただそうとしない様子に、もう1度笑顔を見せた時。 不意に、響いた音。 それも、テレビの中から。 それは、夢で聞いた<キングダム>の鎮魂の鐘の音だった。 驚いてテレビを見ると、画面の中で男性リポーターがマイクを手に話している。 その背後の風景は、間違いなく<キングダム>のもので。 思わず目を見張る。 一体、何事なのか・と。 『あの大規模な暴動から13日。ようやく、ここ<マジックキングダム>では、犠牲になった者達の冥福を祈る慰霊祭が執り行われています』 「……暴動?」 『しかし、依然として緊張は解けていません。こちらは保守派の慰霊祭会場となっていますが、このようにIRPOから派遣された特殊機動隊が警備に就いており、何処か物々しい雰囲気を漂わせています』 耳慣れない言葉に懸念を感じながらリポーターに促される様に画面を見てしまう。 そこには未だ破壊の爪痕の残る礼拝堂と、そこに集まる人々の姿と。 そして、それを取り巻くIRPOの物々しい姿があった。 礼装に身を包み集まる人々と、武装した特殊機動隊の姿の取り合わせの異様さに目を見張る。 とても<キングダム>とは思えない光景。 そして、それ以上に驚いたのは。 まるで復興の進んでいない<キングダム>の姿だった。 「な……んで……?」 呆然と呟くとブルーが微かに眉を寄せる。 それに気付かず、ルージュは食い入る様にテレビを見ていた。 画面の中では、過去の物らしい映像が流れている。 リポーターの声がその画像に被さる。 『1年程前から始まった革新派による抗議行動は、ここ3ヶ月程の間にその激しさを増して来ています。小規模な小競り合いは既に日常茶飯事でしたが、これ程の大規模な活動は今回が初めてであり、その為に保守派も対応が遅れたものと見られています』 目を見張る。 画面の中では、術士同士が争う姿や、復興途中の街で爆発が起こる様が映し出されている。 そして再び礼拝堂に集まる人々の姿が映る。 あの、鎮魂の鐘の音と共に。 『<マジックキングダム>内部の争いは、治まるどころか激しさを増す一方であり、あの大災害からの復興は遅々として進みません。このままでは<マジックキングダム>そのものの存亡も危ういとの意見もあり、<トリニティ>内部では早急に何からの対策を講じるべきだとの声も上がっています』 「……?!!<トリニティ>が<キングダム>に干渉?!そんな事、出来る訳が……!!」 「今までならな」 思わず上げた声に、ブルーが冷静に答えた。 弾かれた様に振り返ると、平静そのものの顔に出会う。 あまりにも静かなその瞳に、言葉に詰まった。 その瞳のままに静かな声が言う。 声音とは裏腹の事実を。 「最早、<地獄>は存在しない。そうなれば<マジックキングダム>が存続する意味は無いだろう」 「……ッ!!」 その言葉に一瞬、息が止まる程の衝撃を受けた。 目眩を感じる視界の中、ブルーは表情1つ変えず。 蒼い双瞳は温もりを灯さずにルージュを見据える。 テレビの中のざわめきが遠い。 震える吐息を叱責し、懸命に声を絞り出す。 「…だ、だけど……ッ。最高評議会がそんな事許す訳が……!!」 「とっくに機能していない。16人中生き延びたのは5人。その内の1人は1度も意識を取り戻さないし、1人は廃人状態。あと1人が精神障害を起こし外界との接触を一切拒絶している。残り2人は意見が割れ、話し合いすら出来ていない。この状態で何が出来る?」 「……ッ!!」 予想外の言葉に、声すら出なかった。 言葉を詰まらせ呆然とするルージュに、ブルーが溜息を吐く。 「お前……知らなかったのか?」 呆れた様な口調に、ついカッとなる。 「だって!しょうがないじゃない、<キングダム>の事なんてもう興味無かったんだから!!」 「……だからと言ってニュースも押さえていないというのはどうなんだ」 「そんな事言ったって、<キングダム>のニュースなんて見たくもなかったもん!!」 「その我が侭の結果がこの現状でもか」 そうまで言われると、ぐうの音も出ない。 返す言葉を思いつかずに押し黙るルージュをブルーは静かに見遣る。 軽く首を傾け、ゆっくりとその口が動いた。 「今、<キングダム>は復興の方向を巡って二分化している。当初は、元通りの術を中心としたリージョンを目指していたが、1年前程からそれに反対する者達が現れた。それが『革新派』だ」 ルージュは目を見張る。<キングダム>の内部で意見が分かれる。そんな事自体が、今までならあり得なかった。 徹底した情報管理と、社会システム。全てが最高評議会によって決められ、末端までその意志が統一される。 『揺るぎなき世界』。それこそが<マジックキングダム>だったと言うのに。 ルージュの目を真直ぐに覗き込んでブルーは言葉を繋げた。 「<キングダム>は術に偏り過ぎた為にその力を持て余し、<地獄>のような悪夢を産み出してしまった。だからその轍を踏まない様に、今後は魔力の一切を放棄し、<外>と同じ様に術に頼らないリージョンを目指すべきだ。……これが革新派の意見だ」 「……なッ?!!魔力の放棄なんて出来る訳ないじゃない!!そんな事したら、スフィア自体が崩壊するのに!!」 思わず叫んだ声にもブルーは動じない。 むしろ冷静さは増して行くようで。 蒼の双瞳が静かに硬度を上げた。 「当然、オーバーライゼーション・コントロールは残す。問題視されているのはその事では無い。今までのように固有魔力を絶対視し、その有力値によって生き様全てが決る様な社会を廃止すべきだ・と言っているんだ」 「あ……」 魔力を絶対視した社会。 確かに、それが今までの<キングダム>だった。 けれど。 <地獄>が無くなった今。 今までの様なシステムは、もう必要がない。 <地獄>を封じる事を史上命題とした、<マジックキングダム>は必要なくなったのだ。 当たり前だと思っていたもの全てが、足元から崩壊して行くような気がした。 自分を取り巻く全てが遠い。 テレビの中ではもう、違うニュースが流れている。 秒針が時を刻む音。 窓を叩く雨の音。 見慣れている筈の居間の風景。 それら全てが幻の様で。 消え去ってしまいそうで。 それを嫌って。 ルージュは力を籠めて、ブルーを見据え返した。 「でも、僕達には関係ないよね?」 その言葉にブルーが微かに目を眇める。 ルージュは懸命に視線に力を籠めた。 「だって、僕達はもう<キングダム>を出たんだから」 背筋を伸ばして、息を飲み込む。 大切なものは、あそこにはもう無い。 追憶の世界が崩壊しようとも、護らなくちゃならないのは目の前の現実。 「だから、あそこがどうなろうとも、僕達には関係の無いことだよ」 言い切るとブルーが眉を寄せた。 それを敢えて無視するように、ルージュは顎を引きブルーを見据えた。 「勝手に主権争いでも何でもすればいいじゃない。自分達の気に入る世界を好きに作れば良いんだ」 言い捨てたルージュの目を、ブルーは真直ぐに見つめ返した。 訪れる沈黙。 テレビの音が不釣り合いに響く。 それらを破って、ブルーは大きく溜息を吐いた。 「……『術士の証』を胸に落として、良く言う」 その一言に、ルージュは弾かれた様に立ち上がった。 「…ッ!!!それこそ<マジックキングダム>のシステムじゃない!!!今はもう、術士のまま<キングダム>を出たって構わないでしょ?!!」 これまでは<マジックキングダム>を抜ける時は、魔術の資質を変換する事が条件だったのだ。 魔術の資質は<マジックキングダム>から個々に与えられるもの。 それ故に、ここを出て行く時には資質を変換するように、と。 それは、絶対の掟だった。 けれど、今、2人は資質を持ったまま<クーロン>で暮らしている。 本来なら許されない事が見逃され続けていた理由は解らない。 おそらくは復興に追われてそこまで手が回らない事と、何より2人の功績による特例だと思っていた。 しかし。 「<マジックキングダム>としては、そうは思わない無いだろうな」 ブルーの一言は、まぎれなく真実の一端を示しているように思えた。 言葉を返せず、ルージュは押し黙る。 それは、なるべく考えない様にしていた可能性で。 しかし、もっとも考えられる理由でもあったから。 <マジックキングダム>が未だに自分達をその1員としてみなしている・という事が。 沈黙が、重い。 その重さに耐え切れなくて。 ルージュは、テーブルを叩いていた。 「……じゃあ、ブルーはそれでいいの?!!まだあそこに捕われたままで!!」 見据えると微動だにしない冷静な顔に出会い。 それが一層、神経を逆撫でした。 「僕はもう<キングダム>の生活には戻りたくないのに!!ブルーは平気なんだ!!」 ブルーが微かに眉を寄せる。 何か言おうと口を開きかけたが。 それより先にルージュは畳み掛けた。 ……ブルーの言葉を遮る様に。 「連れ戻されて!!またあんな、押しつけばっかりの窮屈な生活がしたいの?!!あんな生活の方がブルーはいいの?!!僕と一緒にいるよりも!!!」 叩き付ける様に叫んだ言葉に。 ブルーが目を見開く。 珍しく露になった、驚きの表情。 けれどそれも一瞬で。 ブルーは眉間を押さえると、深く溜息を吐いた。 「…………お前、な」 その声音が、呆れている様に聞こえて。 だから、ルージュは。 反射的に叫んでいた。 これ以上、聞きたくなくて。 ……求めていない言葉を返されるのが恐くて。 「もう、いい!!!もう知らない!!ブルーのバカッ!!!」 怒鳴りつけ、そのまま転移する。 ゲートを詠唱する時間すら辛かった。 ブルーの視線に耐えられなかった。 余りにも冷静で真直ぐな瞳は、全てを見透かしそうで。 怖い。 それが、一番の感情だったかもしれない。 雨が、身体に静かに降り注ぐ。 強くはないけれど、冷たい雨。 湿った大気が肌にまとわりつく。 風は吹かず、ただ雨だけが降り続ける。 何も、考えたくなかった。 シップ発着場の近くだと、ぼんやりと辺りを見渡して思う。 殆ど無意識に跳んだから、何処へ向かうか考えていなかった。 軽く身震いして、発着場へと向かう。 何処でもいい。 何処かへ行きたかった。 ここではない何処かへ。 また鐘の音を聞いた気がして、ルージュは首を振る。 あれは、もう、過去の事。 自分には関わりの無い世界の事。 もう、あそこには戻らないと決めたのだから。 過去に自分の向かう先は無いのだから。 『 貴方の様に中途半端な覚悟しか持たない者は、術士には向かないわ 』 「……!」 一瞬、息を飲む。 降りしきる雨音の中、不意に脳裏に蘇った声に。 それは、あの夢の続き。 あのあと、幾つかの言葉を交わしてから言われた台詞だった。 何故、急に思い出したのか。 その理由は解らないけれど。 唇を噛み締めて。 握りしめた指に力を籠めて。 ルージュは歩き続けた。 胸の奥で鳴り続ける幻想の鐘の音に耳を閉ざして。 痛みを置き去りにするかのように。 頬を濡らすものが雨だけなのかは解らなかった。 |
え、と。 ごめんなさい。 終ってませんね〜。はい、終ってないです。 話のテーマが変わるから、ここで切らせていただきました。 仲直りは次の話になりますので、ご了承下さいませ。 学院の事とか、<マジックキングダム>の事とか捏造しまくりです。 考え出すと切りがないですがw 幾つかの説明は次の話で出来るんじゃないか・と。 ……ええと、多分(汗 このままじゃルージュが辛いので、頑張って続きを書きますー。 やっぱりルージュには笑ってて欲しいな・と再認識しました。 まぁ、ケンカというよりは、一方的なすれ違いですが。 ブルーは、言葉が足りなすぎです。 ルージュは夢見が悪かったから情緒不安定なのです。 そんな理由でのケンカですから、尾は引かないですよー。 2名程、オリジが出てます。 リズの本名はクリムゾン。彼女も赤です。また出てくるかどうかは不明。 ルージュの予想通り、<キングダム>崩壊に巻き込まれてますので。 出てくるとしたら、ルージュの回想ぐらいですがね。 もう1人、2話目の最後に出て来た人は……出したいです。 本当に出したい人なのですが。 ……さてどうなるでしょ。 2008.8.27 |