月なきみそらの道化師達 3
  




「も、どこ行ったのーーー!!帰ったんじゃないよねぇ?!!」



 上階にいる2人の元にまではっきりと聞こえる程の大声で叫ぶルージュの姿に、ブルーは思い切り肩を落とした。
 そのまま片手で顔を覆って、深く、本当に深く溜息を吐いてしまう。
 ヌサカーンは可笑しそうに喉の奥で笑った。
「…………何をやっているんだ、あいつは」
「君を捜しているんだろう?呼んでやってはどうかね?」
「………………ここから叫べ・と?」
 眉間に皺を寄せてブルーが呻く。
 ヌサカーンが頷いてみせると、本当に嫌そうな表情を返した。
「ブルーーーーーッッ!!どーーーーこぉーーーーーッッッ?!!!」
 下から尚もルージュの絶叫が響いて来る。
 あの馬鹿・とブルーが唸り、頭を押さえた。
 止めさせたいが、叫ぶのは嫌だ・と言った所だろう。
 心情を推し量って、ヌサカーンは小さく苦笑した。
「……まぁ、私の診療所から気の振れた患者が出て来た・と思われても困るしな」
 そう言って左手をかざす。
 ブルーが怪訝そうな顔で視線を寄越した。
 眼下のルージュへと真直ぐに指先を向け、ヌサカーンは軽く笑んだ。

 指先に光が灯る。
 その光は甲高い金属音を上げると一瞬にして拡散し空中に八方陣を描き出した。
 陣内に渦巻く力の奔流が激しい唸りを上げる。
 ヌサカーンの指先がその只中を弾いた。

「行け」

 瞬時にして力の奔流が黒猫の姿を産み出す。
 猫は自分の飛び出した八方陣を蹴ってその身を空中へと踊らせた。
 そのまま空中を蹴る様にしてルージュの方へと走って行く。
 ブルーが珍しく驚いた顔でその様子を見ていた。

「召還獣を攻撃以外の目的で使役する事も出来るのか?」
 当然、来ると思っていた問いに、ヌサカーンは小さく笑った。
「まぁ、誰にでも出来る訳ではないがね」
「……そうか。妖魔の君のクラススキルか」
「そんな所だ」
 黒猫が2度、3度と空を蹴り、ルージュの方へと走り寄る。
 ヌサカーンは手の中へ握り込むようにして空中に残っていた八方陣を消した。
 その手をゆっくりと降ろして。
 そして。

「……っ!!!!」


 いきなり、弾かれた様にブルーへと振り返った。
 それはもう、全身で。驚きを顔中に湛えて。


「ブ・ルー……?!今、何と…?!!」
「ん?」
 いきなり肩を掴まれて、ブルーも驚いて振り返る。
 その視界に入る、それはもう愕然としているヌサカーンの顔。
 ブルーにしても初めて見るような表情に、何事かと思った時。

「あーーーーッッッ!!何でそんなトコにいるのーーーーーー!!!!」

 今度は階下から響き渡るルージュの絶叫。
 その声にブルーは思い切り顔をしかめて向き直った。
「ブルーってば!!もーッ、一緒に帰るからね・ってあれだけ言ったのにーー!!!」
「別に帰ってはいないだろうが」
「そんなトコにいるなんて、反則!!!ずるいーーーーッ!!」
「……誰がいつ、そんなルールを決めた」
「いやちょっと待ってくれ。それよりも」
 双子の漫才にヌサカーンが口を挟みかけたが。
「今から行くから!!そこ、動いたらダメだからね!!!」
 言葉は虚しくルージュの絶叫に掻き消された。
 固まるヌサカーンに気付かず、ルージュは身体の前で両手を弾く。

「『Open the "GATE"』!!」

 詠唱と同時に両手の間で閃光が弾ける。
 光は渦巻いて激しく色彩を変え、瞬時にして膨れ上がる。
 空間の軋む音が咆哮の様に響き渡って。
 紅の瞳がブルーを見据えた。

「『Target<BLUE>』!!」

 全色彩の輝きが8本の光の帯と化し、一瞬にしてルージュの姿を包み込む。
 渦巻く螺旋は急激に収束され、閃光を放って消えた。
 空間が微かな残響を放つ。
 その直後。
「……ッの、馬鹿が!!!」
 叫ぶと同時に、ブルーがその場から飛び退く。
 同時にヌサカーンも身を翻した。
 直後、ブルーが立っていた場所の直前を、断裂音と共に光が切り裂く。
 激しい閃光は瞬時にして球体となり、8本の光の帯となって螺旋を描き解け。
 その中からルージュが飛び出して来た。
「……ブルーッ!!!」
 ルージュがブルーに飛びつこうとした、その瞬間。


「馬鹿か、貴様はーーーーッッ!!!!」


 怒鳴り声と共にブルーが左手を突き出す。
 次の瞬間、ルージュを凄まじい爆発が襲っていた。
 空間そのものが一瞬にして高圧エネルギーと化し爆裂する。
 その衝撃にルージュは倒れかけて、それでも踏みとどまった。術士の意地だろう。
 ブルーを睨みつけると両手を振り上げた。
「ひっどいーッッ!!いきなり何するの!!!」
「それは俺の台詞だ!!貴様こそ何を考えている!!!」
 負けじとブルーが怒鳴り返す。
「転移双門を人の目の前に開くな!!!重複したらどうなっていたと思っている!!!!」
「ちゃんと重ならないようにしたでしょ?!!」
「俺が動いたら重なっていただろうが!!!」
「それはブルーの責任じゃないッ!!なのにいきなりインプロージョンだなんて酷いーーー!!!」
「そもそもお前が落ち着いて行動しないのが全て悪い!!!!」
「ブルーが黙っていなくなるのが悪いんじゃない!!!!」
「すまんが兄弟喧嘩は後にしてもらえるか」
 不意に、怒鳴り合う双子の口をヌサカーンが両手で塞いだ。
 いきなり割って入った妖魔医師を、2人は驚いて見返す。
 瞬きを繰り返す双子を交互に見遣ってから、ヌサカーンは手を離した。
「ブルー。話を戻したいんだが」
「話?」
 ブルーが怪訝そうに聞き返す。ルージュはきょとんと目を見開いた。
「何の話だ?」
「……先程の、だ。君が私に対して使った銘の事だが」
「銘?」
 ブルーは腕組みして首を捻った。ルージュは交互に2人の顔を見比べている。
 ヌサカーンが焦れた様子を見せるが、どうにもらしくなく口ごもる。
「だから、その……私が、黒猫を攻撃以外の方法で使役した事に対して……、君が用いた表現で、つまり」
「違ったのか?」
「いや違う訳では無いのだが、そうではなくて、つまりその銘を、その何故君が知っているのかが」
「お前が妖魔の君だっていう事か?」
「…………ッッ!!!!」

 再びあっさりと言われてヌサカーンは絶句してしまった。

 表情も動作も全てそのままに固まってしまったヌサカーンを、ブルーが怪訝そうに見遣る。
 ルージュも目を見開いて、滅多にお目にかかれない光景をまじまじと見ていたが。
 不意に大きな声を上げた。
「え?!!もしかして先生、内緒にしてたの?!ゴメン、僕、アセルス君に話しちゃったよ」
「アセルス?ああ、新しい針の城の主か。何でまた」
「だって、3人目の妖魔の君が誰だか解んない・って悩んでたから。その内、菓子折り持って挨拶に来ると思うよ」
 アセルス君、律儀だからねー・とルージュが笑う。
 ブルーは何かを考え込んだが、直ぐに顔を上げた。
 と、その2人の肩をヌサカーンの手がかなりの力で掴む。
 ブルーは眉を寄せ、ルージュは目を見開いて、同時に振り返る。
 その双方の視界に、異様に真剣な顔をしたヌサカーンの姿が入った。
 奇妙な迫力に、双子が同時に瞬きする。
「だから、何故、それを知っているのかね」
「は?」
「え?」
 押されつつも、やはり同時に首を傾げる。動作が見事に線対称だった。
 普段は察しの良い2人が、示し合わせたかのように反応が鈍い。
 多少、苛立つのを感じながらも、ヌサカーンはもう一度、問い直した。
「私は君にその話をした覚えは無いのだが」
 その問いにブルーは不思議そうに首を捻り。
 そして、言った。


「そんなの見れば解るだろう」


「………………見て解った者はいなかったのだが」
 答えが予想外過ぎたのか、ヌサカーンが微妙に白くなりながら言った。
 ブルーが腕組みをする。
「保護のルーンとお前の波動が同じだったぞ」
「…………それが何故解るんだ」
「だから見れば解るだろうが」

 保護のルーンへは何人もの人を案内したが、誰一人としてそれを解った者は居なかったのに。
 ルージュは融合中にブルーと知識を共有している。その時に知ったのだろうけれど。
 だがブルーは、自力で、あっさりと看破した。
 只の一人たりとも、見破った事の無い事実を。
 妖魔達さえ感づいた事の無い、真実を。

 妖魔の君の1人、「沈黙の君」。
 誰にも銘を明かす事無く、その所在さえも不明の存在。
 一部の上級妖魔を除いて、その存在さえも知られていない、全てが謎の妖魔の君。
 そう呼ばれて、もう何千年にもなると言うのに。


 誰にも看破された事の無い真実をあっさりと見抜かれていたという事は、とてつもない衝撃だった。



 すっかりと停止してしまったヌサカーンを、ブルーは眉を寄せて眺めていたが。
 溜息を吐いて口を開いた。
「……俺はそろそろ帰りたいんだが」
「あ!そうだよ、帰らないと!タイムバーゲン、終わっちゃう!!」
 ブルーの言葉にルージュが声を上げる。
 それから慌ててブルーの腕を引っ張った。
「急ごう、ブルー。お砂糖と小麦粉と大根とバラ肉、買わなきゃ!」
「……別にそれが目的じゃあないんだかな」
「一緒に行くんだからね!お砂糖買うの、手伝ってよ?じゃあ先生、お邪魔しましたー!」
「…………また来る」
 固まったままのヌサカーンを訝し気に見遣りながら、ブルーはルージュに引っ張って行かれた。


 後には一人、停止したままのヌサカーンが取り残されていた。







「……何だか悪い事、しちゃったかなぁ」
「別に構わんだろう、あいつなら」
 ちょっとバツの悪そうなルージュに、ブルーはあっさりとそう返した。
「特に口止めもされていなかったしな」
「んー。そうなんだけどねぇ」
 気に留めていないブルーに対して、ルージュはどうにも気になる様だ。
 裏通りの階段を上りながら、ブルーはちらりとルージュを見遣る。
 それから軽く息を吐いて言った。

「……趣意返しみたいなもんだ」

 その声は小さ過ぎたようでルージュの耳にはきちんと届かず。
「え?何?ごめん、聞き取れなかった」
 振り返るルージュからブルーは視線を外した。
「何でも無い。……急ぐんだろう?」
「そうだけど、気になるじゃない。何て言ったの?」
「大した事じゃない。それより、雨になりそうだな」
「え?!大変、急がなくちゃ!」
 空を仰ぎながらブルーそう言うと、ルージュは慌てて階段を駆け上がって行く。
 上り切った所で振り返った。
「ブルー!急いでよー!!」
「……解った」
 視線を緩めながらブルーが答える。
 階段の上でルージュが大きく手を振った。




 <クーロン>の空無き空から、雨が降り始めるのは、もう暫く経ってからの事。









9th. SEP., 2007


<<before   




……支離滅裂とはこの事ですか?ですよね。
なんだか、ここまでかかって全く内容の無い話で終わったような気が……申し訳ありませんー。

ヌサカーンが妖魔の君・というのは、随分前からある設定です。
裏解体の小林先生のコメントを読んでから、ずっとそう決めてました。勝手に。
秘密にしていた訳ではないんですけど、誰も気が付かないのが楽しかったんでしょう。
だから、こうもあっさりと見破られてた事がショックだったんですね。
しかし、今回の先生は崩れっぱなしで……なんか悪い事した気分ですが。

アセルスは半妖ですが、針の城の主です。
どのエンディングでも、力に大差は無いと思いますので。
正式に妖魔の君になるのは、もうちょっと先です。

術の詠唱と印唱ですが、基本的にやらなくても平気です。
術者のレベルが低い内は、集中を高める媒介として行う方が多いです。
双子クラスになると、詠唱しようとしまいと、さして威力に変化はありません。
ブルーは面倒なのでやらないです。
ルージュは気分が出るのでやりたがります。
その程度の違いです。

ゲートの応用で、目標を個人に設定する事は可能なのです。
でも、これもやっぱり、誰にでも出来る事ではないんですけどね。
本当なら1メートル以上離れた場所に出現しなくちゃいけません。
物質が重なり合って存在すると、核融合反応が起きてしまいますから。
(……間違ってたらツッコミお願いします〜)

タイトルはまたFFから。今度は9です。
おじゃるとごじゃるのテーマ。……本名、なんだっけ。あれ?
そういえば、あの2人も青と赤でしたねぇw


では、ここまで読んで下さった方。
本当にありがとうございました。
…………すいません、ホント、内容の無い話で。



2007.9.9





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