年末のこの時期が、<マンハッタン>の街並が一番美しい季節だと言われている。 街路樹という街路樹は全てイルミネーションで彩られ、通りに幻想的な雰囲気をもたらしている。 当然のようにビルや店舗、個人住宅さえも様々な飾り付けを施され、その雰囲気を更に盛り立てている。 ここ数年の飾り付けの主流は、中に光を灯すタイプのモニュメントか光を当てると様々な色に反射するオーナメントである。 窓に貼る特殊なシールは昔からの伝統だ。最近は、昼間に太陽光を吸収して夜になると淡く発光するタイプが多く使われている。 <マンハッタン>の住人は光の扱いが上手い。所狭しと並べ立てるのではなく、1つのモニュメントないしはオーナメントを如何に綺麗に見せるかに重点を置いた飾り付けを好む。 そうして出来上がった街並は本当に美しく、この時期の<マンハッタン>を「光の美術館」と称する者もいる程だ。 更に<マンハッタン>では、年末に家族や親しい者とプレゼントを贈り合うという風習がある。 元々は<オウミ>で始まった風習なのだが、今ではすっかり本家を凌ぐ程の「<マンハッタン>の行事」として定着している。 光で彩られた街に、プレゼントを買う為に繰り出す大勢の人達。 その楽し気な表情は、美しく飾られた街並に、より一層の彩りを添えていた。 その光の街の一角で、ルージュは圧倒されて佇んでいた。 「…………綺麗だねぇ」 感嘆の溜息と共に呟く。 胸の前で両手を組み合わせ、瞳を煌めかせて立ち尽くしている。 見開いた瞳にイルミネーションの光が灯って、より輝いて見える。 ゆっくりと視線を巡らせて、光の芸術を楽しむ。 折しも空から舞い降り始めた雪片が、更に風景を幻想的に見せていた。 嬉しくてたまらない。 そんな表情のルージュと対照的に。 少しだけ離れた場所で。 完全なる仏頂面を浮かべブルーは仁王立ちしていた。 「……おい」 「うん、キレイだねぇ」 「…………そうじゃない」 「そうだよねぇ。本当に綺麗」 「………………だから違うと」 「こんな幻想的な風景、初めて見たね。凄いねぇ」 「……いい加減にしろ」 何回声を掛けても、ルージュが自分の世界に入った感想しか口にしないから。 とうとう、ブルーが限界に達した様だ。元々、我慢強い方ではない。 いきなり両手でルージュの頭を鷲掴みにすると、強引に自分の方へと向かせる。 驚いて目を見開くルージュを、氷点下の瞳がきつく見据えた。 「……選択する権利をやる」 「え?・と、な、何?を??」 こわばった笑顔で答えるルージュに、ブルーが瞳を細めて。 ゆっくりと、でも、しっかりと通る声で言った。 「このまま此処に置き去りにされるか、俺に首根っこを引き摺られて帰るか、好きな方を選べ」 言い放ったブルーの目が完全に座り切っていたので。 この言葉は紛う方無く本心である・とルージュは悟った。 マンハッタン公立図書館は、<トリニティ>直営のリージョン界でも1・2を争う大きな図書館である。 当然だか、この図書館もこの時期は見事なイルミネーションで彩られている。 朝にここへ着いた時にはまだ解らなかったが、日が暮れてから外へと出て来た双子を迎えてくれたのは、前庭に溢れる見事なまでの光の芸術だった。 図書館前は小さなロータリーになっていて、その中央に置かれた彫像はライトアップされている。 そして、その道に沿う様に植えられた街路樹には、全てイルミネーションが灯されていた。 所々の根元に点灯式のモニュメントが置かれているが、それらはあくまでもアクセント的な物であって。 この空間を彩るのは、光の華を灯した木々の姿だった。 ルージュは数歩進んだだけで、目を奪われて動けなくなってしまったのであったが。 ブルーは全く正反対な事に、まるで興味を示していなかった。 「……信じられない!ブルー、どうして何も感じないのー?!」 思い切り抗議するルージュに、ブルーは腕組みして目を眇める。 「何を感じろというんだ、お前は」 「うわー!あり得ない!こんな綺麗な物を見て、なんで感動しないわけ?」 世にも奇妙なモノを見た・と言わんばかりに非難するルージュに、ブルーの呆れたような溜息が返った。 そして、続けてその口から出た言葉は。 「……木に電球括り付けて光らせて、それの何処が綺麗なんだ?」 余りの暴言に、ルージュが抗議の説教をあげた事は、言うまでも無い。 「…………僕、ホントに、ブルーって解らない」 散々抗議し続けて疲れ果てて肩を落として、ルージュは呻いた。 どうやら起こり疲れて拗ねて来たようである。 口を尖らせて首を振る。 子供のような仕草に、ブルーは眉を寄せた。 「……俺もよく解らん」 そう言い切られて、ルージュが唸る。もう、抗議しようという気持ちも起きて来ない。 ブルーの芸術音痴ー・と小さく悪態をつく。 折角、同じ物を見ているのに、どうして同じ様に感じてくれないのだろう。 <キングダム>から独立して、やっと2人で一緒に暮らして、一緒に行動も出来る様になって。 同じ物を見て、同じ様に笑ったり感動したりしたいのに。 そう拗ねている時に耳に届いたのは、予想とはまるで違う言葉だった。 「木は木のままそこにある方が綺麗なんじゃないのか?」 「……!!!」 まるで予想していなかった言葉に、ルージュは弾かれた様に顔を上げた。 怪訝そうに首を傾げるブルーと目が合う。 そのまま目も口も大きく開けて凝視してしまう。 ブルーがまさか、こんな事を言い出すとは、思いもしなかった。 呆然としていると、ブルーは更に言葉を紡いだ。 「春に芽吹き、夏に葉を茂らせ、秋に色付き、その葉を落として冬を迎える。そうして時を重ねて行く姿が綺麗なのだと俺は思うが」 そう言うと、首を巡らせる。 木々に飾り付けられたイルミネーションを見る視線は固く、批判の色さえも見える。 「これらは全て、人が勝手に手を加えた姿だろう。……そんな人の身勝手な行動を綺麗だとは、俺には思えない」 声音は静かだったけれど。 でも、力の籠った声だった。 だから、ブルーが本心を語ってくれたのだとよく解って。 ルージュはそれ以上、否定する言葉を見つけられなかった。 何よりも、ブルーがこれだけ本心を語ってくれたのは、初めてだったから。 「…………そうだね」 真直ぐに見つめ返して。 静かにそう答えた。 他の言葉が必要だとは思えなかった。 静かな沈黙を舞い落ちる雪片が緩やかに埋めて行く。 装飾の為の光が2人の姿も淡く包み込む。 遠いざわめき。微かに届く街の音。 大時計が時を告げる鐘の音が彼方から響いた。 時が世界を包む音の様に。 二色(ふたいろ)の瞳が、積もる時を静かに見守っていた。 「…………うん。決めた!」 不意にルージュが声を上げた。 ブルーは瞬き一つして、首を傾げる。 その視界には、両手を握りしめて笑みを浮かべた弟の姿。 思わず眉を寄せてしまったのは、条件反射だろうか。 「何をだ」 一応そう尋ねると、ルージュはにっこりと楽しそうに笑う。 そして、いきなりブルーの手首を捕まえて。 全開の笑顔で、言った。 「ブルーに、違う綺麗なモノを見せてあげる!」 「は?」 怪訝そうな顔をした瞬間に、ブルーはルージュに引っ張られていた。 ルージュはそのまま上機嫌で歩き始める。当然、ブルーを引っ張りながら。 焦ったのはブルーの方だ。 大人しくなったかと思った弟が、突然、突拍子も無い行動に出たのだから。 「お、おい!ちょっと待て、何処へ行く気だ!」 「ふふふ。着くまでナイショ♪」 「何をふざけてる!まず手を離せ!!」 「だぁめ。離したらブルー、付いて来ないでしょ?だから、ダメ」 「引っ張るな!手を離せ、鬱陶しい!!」 「ダメでーーーす。ちゃんと一緒に来てくれるんなら離してもいいよ?」 「……っ!お…前!」 「あ・こっちだね。ホラ、ブルー?ちゃんと付いて来てよ?」 「…………いい加減にしろ!!」 図書館前の閑静な通りから、人通りの多い街並に出て。 より一層輝きを増す街の中を、ルージュはどんどん歩いて行く。 文句を言い続けながらも引き摺られていくブルーと一緒に。 <マンハッタン>のざわめく街の中で、その姿は特別賑やかに映っていた。 |
ブルーがこういう考えの持ち主だとは、私も知りませんでしたー。 意外と自然派だったんですな……ちょっとびっくりですヨ。 ルージュはこーゆうキラキラしたもの、大好きだと思います。 でもブル−にとっては、イルミネーションもネオンも同じ物みたいです。……味気ない。 や!あたしは好きですがね!イルミネーション!道民だし!! 「こちら」の世界特有の行事や風習を考えるのは楽しいです♪ <マンハッタン><オウミ>では年末に親しい人達に、1年分の感謝の気持ちを籠めてプレゼントを贈ります。 逆に<シュライク><京>なんかでは、年明けに「今年も宜しく」という気持ちで贈るのです。 でも特に贈り物はしない・というリージョンもあります。 新年の迎え方もリージョンそれぞれ。 お祭り騒ぎの所もあれば、厳かに過ごす所もあります。 特に何もしない所もあります……何処とは言いませんがw タイトルはB'zの「どうしても君を忘れなれない」の歌詞から。 響きが良かったので付けただけだから、内容は別に合わせてませんw 2007.12.22 |