HOME SWEET HOME  2
  



「ええ、と。歯磨き粉買ったしコーヒー買ったし、特売の卵も買えたし。他に買い忘れたもの、ないよねぇ」
 メモを片手に<クーロン>の通りを歩きながら、ルージュは隣にいるユニコーンに声をかけた。中身はスライムなのだが、今日は買い物の付き合いなので荷物を背負えるこの姿をしているようだ。背中に乗っているボックスティッシュが可愛らしくみえると言おうか、所帯染みてると言おうか。
 スライム・ユニコーンが頷くのを見てルージュも笑顔でメモをポケットにしまう。
「美味しそうなアサリが買えて良かったー。スープでもいいけど、折角だからこの前もらったトマトソースでペスカにしよっか♪」
 冷凍庫にエビも入ってるしねー、とルージュが笑うと、スライム・ユニコーンが妙に慌てた素振りを見せる。
 それを見てルージュは首を傾げてから言わんとする事を察したらしい。軽く口を尖らせて反論した。
「大丈夫だよ。今度はちゃんと砂出ししてあるヤツを買ったんだから」
 どうやら以前、何も知らずに砂を吐かせていないアサリを調理してしまった事を根に持たれていたようだ。まぁ確かに、自分でも食べられた物ではなかったけれども。
 スライム・ユニコーンがほっとしたように頭を擦り寄せてくる。現金だよ、お前・と軽口を叩いて、ふとルージュは足を止めた。
 その視線の先には、一軒のケーキ屋。<クーロン>で暮らし始めて、初めて行った店だ。味も品揃えもまずまずで、結構良く買いに来ている。折しも今日はバレンタインデー当日。店の前には限定品の案内ボードが飾られている。
「そう言えば、<キングダム>を出て初めて、お菓子がこんなに沢山ある事を知ったんだっけ」
 ふと懐かしそうにルージュがそう言った。<マジックキングダム>の菓子と言ったら、何の変哲も無いスコーンかあまり甘くないプレーンクッキー、そうでなければ『プレモード』というパウンドケーキを更に固く焼きしめたような独特の焼き菓子だけだった。そのせいかブルーは未だにゼリーやムースのような柔らかい菓子に馴染めないでいる。「ふやけた食感が嫌だ」と言って口にしようとしない。
 逆にルージュは、こういった他のリージョンの菓子が大好きだった。旅の最中も実は密かに食べ歩きを楽しみにしていたぐらいである。
 案内ボードを眺めながら暫くその場に立ち止まっていたが、ふと笑みを漏らした。
「そうだよねー。何たって、バレンタインデーなんだから」
 嬉しそうにそう言うと、店へと一歩踏み出す。

 バレンタインデー・と言う物を知ったのも、旅の途中でだった。
 リュートに訊ねると、妙に嬉しそうに「女の人が恋人や片想いの相手に、愛を込めてプレゼントを送る日なんだぜ〜」と教えてくれた。
 けれどその後、女性同士がプレゼントを交換している所を見かけ、じゃああの2人も恋人なんだね、女性同士の恋人もいるんだね・と言ったら、異様に慌てて補足をしてくれた。
 曰く、恋人同士以外にも義理チョコ・友チョコ・パパチョコ、最近じゃ自分へのご褒美チョコなんてのもあるし、母から娘に送ったりもする・と。特に、親しい友人間や家族間なんかだと気楽に送り合ったりする・と。職場の同僚や上司に送るのは、完全な義理で。でもまぁ世話になってる人や友達だとフツーに手軽なプレゼントとして送ったりもするんだ・と、改めてそう教わったのだった。

 この前のチョコムース、造ったのはエミリアだから、要はエミリアから貰ったと言えなくはないんだけれども。
 でも、持って来てくれたのはブルーだし。
 バレンタインデーは恋人同士だけじゃなくて、家族間でも贈り物をする・ってリュートも言ってたし。

 ふふ、と笑って、スライム・ユニコーンを振り返った。
「チョコレート、買ってくるね。ここで待っててくれる?」
 鼻先を撫でるとスライム・ユニコーンは嬉しそうに前足で地面を掻く仕草を見せた。スライムの姿でなら連れて入れるけれど、この姿では流石に無理だろう。かといって背に荷物を積んでいる以上は他の姿になる訳にもいかない。
 スライム・ユニコーンが店の側に大人しく身体を寄せるのを見て、ルージュは軽く手を振って店の扉を開けた。
 古風な鐘が来客を告げると店員がカウンターの中から笑顔で出迎えてくれる。さして広くない店内には高校生ぐらいの女の子が3人。ギフトコーナーになっている一角でパウンドケーキやクッキー・スフレ等を楽しそうに物色している。
 その様子を素通りして、ルージュは真直ぐにカウンターのショーケースへと向かう。
 女の子達は話を止め、驚きと好奇心一杯の表情で凝視していた。

 リュートは、補足した時に大事な事を強調するのを忘れていたらしい。
 確かに、元々バレンタインデーは男女問わずプレゼントを贈り合うものだった。
 けれど、最近ではむしろ、女性が男性に贈る日・と言うのが一般的である、と。


◇       ◆       ◇


 時計の針がちょうどLの字を描く頃、廊下を歩いてくる聞き慣れた足音が耳に響いた。
 ドア越しの、本当に微かな筈のその音さえもしっかりと聞き止め、ルージュは大急ぎで立ち上がる。ルージュが犬なら耳がピンと立った状態だろう。
 そのままの勢いで玄関まで走って行く。その足下をスライムが飛び跳ねながら付いて来た。
 ドアの前で立ち止まりワクワクした表情で待つ。見えない尻尾が後ろで大きく揺れている。
 自分からドアを開けて飛び出したい衝動を懸命に堪えて待つ事少し。
 足音が直ぐ前で止まり、次いでガチャン・と音を立てて鍵が開いた。
 一瞬のためらう様な間の後で、ちょっとゆっくりと古くて重たいドアが開いて。
「………………た」
「わーーーーーーい!!!!おかえり、ブルー!!!」
 ブルーの言葉をロクに聞かずに、ルージュが飛びつく様な勢いで叫んだ。
 ただいま、すら言い切らない内に、いきなり物凄い勢いで出迎えられて、流石のブルーもギョッとして1歩引いてしまう。
 ルージュはそんな事もお構い無しに、見えない尻尾の代わりに両手をバタバタと振り回す。スライムも同じようにポンポンと飛び跳ねている。
 予想だにしなかった出迎えに完全に固まったまま、ブルーは呆然と口を開いた。
「    な  に、    してい 」
「待ってたんだよーー!!早く早く!!」
 ぎこちなく紡ぎかけた言葉はまたしても途中で遮られて。
 固まったまま玄関にすら入っていないブルーに、とうとうルージュが我慢し切れなくなって手を伸ばした。
 腕を掴んで、引っ張る。ブルーがよろけて玄関へと倒れ込みそうになり、反射的に踏みとどまった、その時。

 不意に鼻先をかすめた、微かな香り。

 あれ・とルージュは動きを止めた。
 この香りには覚えがある。というか、今日のこの日に無い方がおかしい。
 で、しかも、つい3日前にもこの香りがブルーからしてて   ?

「チョコレートの匂い?」

 不思議そうに首を傾げる。
 チョコは嫌いじゃない筈だけど、だからと言って、それ程しょっちゅう食べたがる程、好きでもない筈じゃ?
 瞬きをしてそのまま動かなくなったルージュに対して、ブルーは微かに瞳を見開いてそれから深く溜息を吐いた。
 不意に左手をルージュの胸に叩き付ける様な勢いで突き出してくる。
 驚くルージュにぶっきらぼうに言い放った一言。
「やる」
「え?」
 今度はルージュが呆然とする番だ。言葉の意味が解らずに思わず問い返すと、じろりと視線を寄越す。
「やる」
 もう1度、もう少し強い口調で繰り返された言葉。
 同時に胸に押し付けられる左手に視線を落とすと、その手が何か包みを持っている事に改めて気が付いた。
 焦げ茶色の、それ程大きくもない、包み紙。
 スライムが2人の間で、交互に見上げて来るように身体を揺らした。
「え?……これって」
 包みとブルーを交互に見比べて口を開くと、ブルーは思い切り不機嫌そうに眉を寄せた。
 もう1度ルージュの胸に手を押し付け、そのまま手を離そうとする。ルージュは慌てて両手を上げて包みを受け取った。
 それを見てブルーは憮然としたまま背を向け、かなり乱暴にドアを閉める。鍵を掛ける音までぶっきらぼうだ。
 そのまま呆然としているルージュの横をすり抜けて居間へと歩き出す。ブルーが隣を通り抜けてようやく、ルージュも我に返った。
「え?!ど、どうしたの、これ」
 慌てて後を追う。2人の足下で困っていたスライムも急いで付いて来た。
 ブルーが自分に寄越した包みが自分宛のものだとは理解出来たが、そもそもなんでブルーがこれを持って来たのかが見当もつかない。また誰かから預かったのなら、そう言う筈だし。
 問いかけるとブルーは振り返りもせずに言い放った。
「お前にやると言っている」
 棘だらけの声音で、それでもその内容は遥かに予想外で。
 言葉が耳から脳に達し、吸収され意味を持つ言語として解析されてその内容が解釈されて、理解済み・と書かれたフォルダに収まって。
 そこまで処理されてから更に1呼吸置いて、ようやくルージュは全てを理解した。
 つまり、これは、『ブルーが』『自分に』くれた物なのだ。
「僕に?!僕に?!!ええええ、ホントー?!!ホントにくれるのーー!!!!」
「………………くどい」
 フリーズから一転して大はしゃぎするルージュに一言呻いて、ブルーは台所に入るとケトルを取り出した。
 ルージュは包みを手にくるくる回って掲げて見て飛び跳ねて。スライムも一緒になって飛び回っている。あとで近所から苦情が来るかもしれない。ブルーは溜息を吐いてケトルに水を張る。
 ひとしきりはしゃいでいたルージュがふとある事に気が付いて動きを止めた。手にしている包みに視線を落とし、そのままじっと見つめる。ゆっくりと回して周りを眺め、そのまま持ち上げて底を見た。
 焦げ茶色の包み紙と臙脂に金の縁取りのリボン。他にはなにもない。ラベルも貼っていないし、包み紙も無地。
 ロゴもブランド名もバーコードも無い。と言う事は。

「これ、手作り?」

 その質問にブルーはあからさまに動揺し、ケトルを火にかけようとしていた手元が狂ってコンロにぶつかり、がちゃんという音が思い切り響き渡った。
 返事が無くても、答えとしては十分だった。
「ブルーが作ったのー!?」
「喰いたくなければ捨てろ!!」
「そんな事、言ってないってーーー!!!!」
 振り返らずに怒鳴るブルーに笑いながら答える。改めて見れば確かに、角がいびつな包装に少し形の歪んだリボン。何処からどう見ても、ブルーが自分で包んだと良く解る。
 スライムが肩に飛び乗って来て覗き込む。頬を寄せてスゴいね、と笑い、ブルーの方へ顔を向けた。台所の後ろ姿は、さかんに火の調整をしている。振り返らない細い首筋が、遠目にも赤い。
 それを目に留めてルージュの笑みが一層深くなった。
「ありがとう、ブルー。すっごく嬉しい」
 礼を言えば、別に、とか呟いているのが聞こえる。こんな風に照れる人だと知ったのは、極最近の事。別々に生きた22年間を埋めるように、少しずつお互いを知って行ける事が、嬉しい。
 笑みを浮かべて見つめる背中が小さく揺れて、歯切れの悪い言葉を紡ぎだした。
「…………まぁ、何だ」

「お前には色々と世話になっているし」
「うん」
「食事や買い出しや、……色々と」
「うん、家事全般、僕の役目だもんね」
「解っている。それで、今日は家族や知人に感謝の品を贈る日だと言われて」
「……うん」
「それで…………だから」
「うん」



「………………だから、だ」



 小さな声で。それでもしっかりと。
 確かに伝わった気持ちに、ルージュは破顔した。

「ね、ブルー!僕も買ってあるんだよ!バレンタインケーキ!!」
「何?」
 包みをテーブルに置いて駆け寄ってくるルージュにブルーが振り返る。その表情は既に何時もの物で。
 ルージュもさして気にせず、嬉しそうに笑いながら冷蔵庫を開けた。中からケーキの箱を、じゃーん♪と効果音付きで取り出して見せる。
「俺はケーキは」
「大丈夫!ガトーショコラにしたから!これならブルーも食べれるでしょ?」
 そう言って箱を開け、中のケーキを見せる。強いチョコレートの香りが漂うケーキの上に掛かったパウダーシュガーが、ハート形に抜いてある。前に買った時は普通に掛かっていたから、恐らく今日だけの趣向なのだろう。
「これなら喰える」
「でしょー?前にもそう言ってたもんね♪お湯が沸いたらお茶にしよ。ブルーのチョコも食べなくちゃねー」
「……味の保証は無いからな」
「えー。大丈夫でしょー」
 ティポットを取り出しながら笑うルージュに、ブルーはどうにも気まずそうな顔をする。スライムが棚に上がって来て、紅茶の缶を取り出した。
「…………腹の保証もしないぞ」
「もー。心配性なんだから、ブルーは。あ、もしかして」
 不意に手を打ったルージュにブルーが怪訝そうな視線を寄越す。
「この前、チョコの匂いさせて帰って来たのって、練習しに行ってたから?」
 今度はブルーの方が硬直した。そのまま固まって動かない後ろ姿に視線を投げ掛けていると、ぎこちなく左手が伸びて来た。
「……………………ポット」
「え?」
 何を言われたのか解らなくて聞き返すと、かなり乱暴に言い返される。
「ポット!湯が沸くだろうが、さっさと寄越せ!!」
「わー!ブルーってば図星?!照れてる?!」
「いいからさっさとしろ!!」
「わーん、兄さん横暴ーーーー!」
 ふざけるルージュの代わりに、スライムがポットを持ち上げる。不安定な持ち方に、ルージュは慌てて手を伸ばした。ポットをブルーに渡して、紅茶の缶を開ける。ケトルからは湯気が立ち始めていた。
「テーブル、準備してくるねー♪」
 缶をブルーに手渡して、ルージュはケーキの箱と皿を持ってテーブルへと走って行く。その後ろ姿に溜息を吐いて、ブルーはポットに茶葉を入れた。カップを出して並べる。
 包みを開いたルージュが歓声を上げるのが聞こえる。さかんにすごいすごい・と騒いでいる。そう言われるに連れて、やっぱりどうにも落ち着かない気持ちがする。自分らしくない。こういう事は、性分じゃない。それに結局バレたじゃないか。やっぱりどうにも落ち着かない。
 落ち着かない。けれども。
 何故だかこれが、悪い気はしないもので。
 それがまた不思議な感じがする。
 こういう気持ちを味わった事は、なかった。
 「バレンタインデー」と言う物の話を聞かされた時には、、面倒くさい風習もあったものだ・と思ったけれども。

「…………まぁ、悪くはない・か」

 そう小さく呟いて。
 ブルーはコンロの火を止めた。




 程なく、ダージリンとチョコレートの香りとルージュの楽しそうな声が、小さな居間を満たす事になる。





14th. FEB., 2007


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てな感じで、後編です。
なんか、前編と長さが違います。おかしいなぁ。
んでま、本当に双子のホノボノだけで終わってしまった(笑)

ブルーにバレンタインを教えたのは、ライザです。
「恋人や家族・極親しい友人同士で、日頃の感謝を込めてプレゼントを贈り合う」という、
古式ゆかしい風習のみを教えた様です。
そして、普段ルージュに色々と世話になっているんだから、こんな日にぐらいお返しをしなさい
と、勧められたのですよ。
で、どうせなら手作りにしなさい・と言われて、その場で練習させられた訳ですな。
初めてのお菓子作りは、失敗するもんです(汗)
ましてや、ウチのブルーは「物を作る」事に関してはぶきっちょなので。
そんで、匂いをさせて帰ると怪しまれるから、カモフラージュにエミリアの手製お菓子を持たされたのですよ。
「バレない」と笑ったのは、アニーです。

正直言って、こういういかにも「こっち」の行事を、サガフロ界でやるのはどうだろう・と思ったんですが。
まー、バレンタインぐらいならいいかな・と。
クリスマスはやらない気がする。あれは宗教行事だから。

あ、ペスカトーレは私が好物なだけです(笑)
杏ジャムもガトーショコラもです。



2007.2.14





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