HOME SWEET HOME  1
  



 <クーロン>の一角にある少し古びたアパートで、異様に目立つ双子が暮らし始めたのは、少し前の事。
 <マジックキングダム>の術士特有の法衣に身を包んだ2人は、受ける印象こそ正反対だったが顔立ちは瓜二つで、その上揃いも揃ってとてつもなく端正な顔立ちをしていたが為に、一時<クーロン>在住の女性達の話題を独占する形になってしまった。2人が暮らし始めたアパートは入居希望者が殺到した程だ。
 もっとも当人達はそんな騒ぎにはまるで興味を示さず、のんびりと<クーロン>での生活を楽しみ始めていた。
 時間が経つに連れ騒ぎも一段落して、新しい話題の種が街中に出回り始めると、2人の周囲は穏やかになっていった。まぁそれでもまだ、街中を歩けば年齢問わず女性達の視線を集めてしまうのも事実だったが。





「…………ただいま」
「わー!おかえり、ブルー!」
 古びたアパートの、やはり古くて重たいドアを開けて、まだ少し戸惑いがちに放った言葉に、予想以上の元気な声が応えた。直ぐに走り寄ってくる元気な足音が響いてくる。
 手に抱えた大きな紙袋がずしりと重たい。けれどそちらよりも、右手に持ったもう1つの、若干小さめの紙袋の方に視線を落とすと、ブルーは何とも言えない複雑な表情をした。

 「ただいま」と言う事に、ブルーはまだ多少の戸惑いと照れを見せていた。<マジックキングダム>には無かった習慣だからだ。1人で暮らしていた部屋に、ただ無言で入るだけだった。
 ルージュの方は、旅の途中で同行者だったリュートから様々な『<マジックキングダム>以外のリージョンの常識』と言う物を教わっていたので、特に気せず口していた。むしろ、無言で帰ってくるブルーに対して「ただいまぐらい言ってよ」と詰め寄り、懸命にその他にも日常の挨拶を教え込んでいたりするぐらいだった。
 努力の甲斐あってか、
最近になってようやくブルーは挨拶を口にするようになって来ていた。多少の照れや戸惑いはあったが、それでも立派な進歩だろう。

 ブルーの照れなど物ともせずにルージュは全開の笑顔で台所から駆け出して来た。その足下をスライムがふよふよと飛び跳ねてくる。
「タイミングぴったりだねー!もうちょっとでラザニア焼き上がるから、直ぐにご飯に出来るよー!」
 そう言って嬉しそうに走って来たルージュが、ブルーの手前で不意に立ち止まった。
 そのまま不思議そうに首を傾げると、妙にまじまじとブルーを見つめる。
 凝視されて眉を寄せるブルーに瞬き1つして訊ねた。
「……ブルー、なんか好い匂いする?」
「匂い?」
 怪訝に問い返すブルーに顔を寄せて軽く鼻を鳴らし、驚いた顔で目を見開く。
「チョコレートの匂い??」
 そう言ってまた顔を寄せる。その足下でスライムも真似をするように纏わり付いている。
 ブルーは一瞬唖然としてから、犬か・と小さく呟いて、手にしていた小さい方の紙袋を押し付けた。
「………………お前に、グラディウスの五月蝿い女から・だ」
 押しつけた紙袋をルージュがちゃんと受けらない内に手を離してしまう。ルージュは慌てて落ちかけた袋を受け止めた。
 表現からエミリアの事だと解ったけれど、この2人の仲は相変わらずだなぁ、と小さく苦笑してしまう。初対面の時に、お互いに「最悪」と抱いた印象は、早々簡単には拭えないらしい。
 その間にブルーはさっさと居間へと入り、もう1つの大きな紙袋をテーブルに無造作に置いた。ゴトリと重たい音が居間に響く。
 後に続いて居間へと歩きながら、ルージュは受け取った方の紙袋の口を開く。
「これ、何だろう?」
「知らん」
「でも、好い匂い〜♪チョコだよねー、絶対。チョコの匂いだもん」
 嬉しそうにガサガサと紙袋を開くルージュを片目で見ならがら、ブルーはテーブルに置いた大きい紙袋を開く。ブルーが中の物を取り出そうとした時、ルージュが嬉しそうな歓声を上げた。
「ムースとクッキー!!わー、すごい!手作りだよー!!」
 袋の中身は手作りのチョコムースにチョコチップクッキーとココアクッキーだった。ルージュには好物ばかりだ。
「ブルー、ほらほら!美味しそうだよ〜。ムースがプルプル♪」
「俺はいい」
「えー。またそう言うんだから」
「その手の菓子は好きじゃない。
……こっちは厨房の連中からだ」
 ブーイングするルージュを気にも止めずに、ブルーがもう1つの紙袋の中身を取り出す。大瓶に詰めたトマトソース、小瓶には杏ジャムとオレンジマーマレード、その他に野菜が何種類か。独立生活を始めて間もない双子の為に、グラディウス経営のイタメシ屋のメンバーは何かと差し入れをしてくれていた。
「もー。折角、2つ入ってるのに」
「お前らで喰え。…………店中、凄い匂いだったな」
「そっか。バレンタインが近いもんね。これ、レンへのプレゼントの試作品かな〜」
「………………バレンタイン」
 少し怪訝そうに呟いたブルーに、ルージュは笑う。
「そうだよ。あ、もしかしてブルー、「バレンタインデー」って知らない?」
「…………知ってる」
「じゃあ、解るよね〜。そうだよね、エミリアにとっては何時もより特別なイベントになるんだぁ。気合いも入るよね」
 何処か不機嫌そうに応えるブルーへ、ルージュはにこにこと嬉しそうに続けた。エミリアには挙式してから初めてのバレンタインデーである。気合い5倍増しと言った所だろうか。姉の様な友人の倖せ一杯の笑顔を思い出して口元を綻ばせながら、ルージュは紙袋を覗き込む。これは倖せのお裾分けに違いない。
「これ今日のデザートにしようよ。ブルーもクッキーなら大丈夫でしょ?」
「まぁ、それなら」
「じゃあ、決まりだねー!…………と、ラザニア、焼き上がったー!!」
 不意に響いたアラームにルージュが慌てて走り出す。オーブンに駆け寄ると慌ててミトンを手に取る。扉を開けると、湯気と一緒に美味しそうな香りが溢れ出て来た。焼き上がりの色といい、文句無しの出来映えだ。
 満足げに振り返れば、まだブルーはテーブルの側で立ち尽くしている。考え事でもしている様だが、タマネギ片手なのが何とも言えない。
「ブルー、ご飯ー!ご飯だから、テーブルの上、片付けてー。それは今度のご飯に使うから、しまってくれる?はい、スライムも手伝うー」
 振り返って頷くブルーに笑って、ミトンを手にはめてオーブンへと向き直った。ガサガサとブルーがテーブルに出した物をもう1度紙袋へと入れる。スライムはテーブルに上がると、2つの小瓶を
器用に身体に乗せて飛び降りた。ふよふよと台所に向かう後ろをブルーが付いて行く。
 冷蔵庫を開けて袋の中身を無造作に放り込みながら、ブルーはふと手を止めた。

 『   大丈夫だって。結構バレないモンよ?   』

 耳に蘇る、闊達な女性の声。何処か楽しげな声音を思い出し、思わず漏れる溜息。
「…………まぁ、その通りだったが」
 口を付いて出た言葉にスライムが不思議そうに身体を寄せる。その行動に改めて自分が独り言を漏らした事に気付き、少し慌てた。
 何でも無い・と言おうとした時、不意にルージュの慌てた声が響いた。
「ごめんスライム、鍋敷き持って来てくれるー?ブルー、そこのサラダと、それから食器も持って来てー」
 焦った声にスライムは飛び跳ねて、慌てて鍋敷きを取りに向かった。
 ブルーはもう1度小さく溜息を吐く。どうにも、らしくない。色んな事が、自分らしくない気がして堪らない。
 独り言もそうだし、土産を受け取ってくる事もそう。いやそもそも……。
 思考に沈みかけた意識は、またもやルージュの声に遮られた。
「ブルー、早くー!冷めちゃうよー!!」
 そんな簡単に冷めるか・と思いつつ立ち上がる。『らしくない』溜息も沈みそうな思考もまとめて冷蔵庫に放り込み、パタンと扉を閉める。
「はーやーくー!」
「…………今、行く」
 せかすルージュの声に答えを返し、棚から食器とサラダを乗せる為のトレイを取り出した。





11st. FEV., 2007


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バレンタイン話、その前編です〜〜♪
双子のほのぼのバレンタイン。いやホント、ひたすらホノボノです。
ネタとしてはもう何年も前からあったんだけど、何故か書くきっかけがなくてずっと寝かせてあった話。
2月になった頃に唐突に「今年書こう!」と思い立って、一気に書きましたのよ。
前後編に分かれてるけど、そんなに長い話じゃないです(笑)
ここで分けた方がいいな・と思っただけ。

2人が暮らし始めたアパートは、「CIPHER(白泉社・成田美名子作)」の中で、
あちらの双子(笑)が暮らしてた部屋のようなイメージで書いてます。
間取りは違うけどね。2LDK。バス・トイレ付き。

スライムはタンザーの中でブルーにくっついて来た例のスライムです。
双子が<クーロン>に来てからすぐに戻って来て、現在は同居(?)中。
ルージュに可愛がられてます♪
特殊なスライムに育ったらしく、吸収してある能力が象徴するモンスターなら何にでもなれます。
普通のモンスターは、最も強く象徴するもの1種類にしかなれないんですけどね。
<地獄>で何かに感化されたのかもしれないですなー。


つーか、やっとホノボノ話が書けたよ(苦笑)



2007.2.11





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