のぞみのことば






 こんなにも血を流す生き物を見た事が無い。
 こんなにも怪我をしている生き物を見た事が無い。
 こんなにも傷だらけでそれでも生きているものを見た事が無い。
 こんなにも死に近い場所で立っている生き物を知らない。


 だから、かもしれない。


 こんなにも死に近い場所にいるから、ゾロはきっとその境界線を知ってしまったのだろう・と。
 だからゾロは、どれだけ酷い怪我をしても、その一線を越えずに済んでいるのだろう・と。

 ゾロは、どれだけ傷ついても、きっと最後の死線を越える事はないだろう・と。




 いつのまにか、そう思っていたんだ。











 あの怪我を見るまでは。










 チョッパー、さっさと来い!!あのクソッタレ、今度こそ死んじまう!!!

 物凄い勢いで走って来たサンジに、そのままの剣幕で怒鳴られて。
 びっくりしていると、引っ掴まれて抱えられていた。
 おれを抱えて駆け戻る間もサンジは、ずっと怒鳴り続けてた。
 ゾロの事だ・ってのは、すぐ解ったけど。


 何を急いでいるのかが解らなかったんだ。
 だってゾロが死ぬなんてありえないから。

 ……そう思い込んでたから。




 それが単なる思い込みだった・って、着いた瞬間、思い知らされた。




 目の前の状況を、頭が受け入れられない。

 血の海。そうとしか言いようが無い程の大量の血が地面に流れていて。
 ゾロの身体も、皮膚の見分けがつかないぐらいの鮮血で染まっていて。

 立っているけど。
 目は開いているけど。
 意識があるのかどうか、判別付かない。

 ただ一点を見ているゾロの目が、本当に辺りを映しているのか。

 こんな怪我、見た事無い。
 こんな大量の出血、聞いた事も無い。
 こんなの、こんな怪我、こんな症状……!


 こんな状況で生きてられるヒトなんて…………!!!


 手当をしなくちゃ・と思うのに、心がパニックを起こしてる。
 どうしたらいいんだろう。どこから手を付けたらいいんだろう。どんな処置が最善なんだろう。どうすればゾロの命を繋ぎ止められるんだろう。どうやって…………。

 ナミが泣いてる。ウソップが叫んでる。ロビンが取り乱してる。サンジの怒鳴り声。フランキーが落ち着かせようとして逆にパニックになっている。ブルックがおろおろしてる。

 急がなきゃ急がなきゃ急がなくちゃ。これだけの怪我だ。処置は時間との戦いなんだ。落ち着いて落ち着いてああでもどうすれば。ゾロがゾロがゾロがこのままじゃ。


 周りの声と、自分の中の声と。
 頭の中を駆け巡って鳴り響いて。
 医療道具を取り出す手が震えて、何から出していいのかすら解らなくなりそうになった時。





    ぞ  ろ 。





 全てをすり抜ける様に、ルフィの声が聞こえた。

 皆の声も、おれの中のパニックも、通り抜ける様な声が。



 ゆっくりとルフィがゾロを呼んだ。



 それまでただ立ち尽くしていたゾロが、初めて反応した。
 視線をぎこちなく動かして、ルフィを見る。
 ルフィもゾロを見てた。ただ真直ぐに。
 ゾロは、間違いなく、ルフィを見て。

 その瞳を、笑みの様な形に細めて。



 そして、倒れた。





 崩れる様に、ゆっくりと…………ようやく、倒れた。





 崩れ落ちる寸前で、ルフィがその身体を受け止める。
 ゾロを見下ろして、何かを呟いた。声が聞こえない。
 でもその言葉は、確かにゾロに届いた様で。
 応える様に、ゾロの指先が、小さく動いた。


 ルフィが唇を結んだ。


 …チョッパー。

 顔を上げたルフィが、真直ぐにこっちを見て。
 強い意志を秘めた瞳がおれを見据えていた。



 ゾロを頼む。



 言葉は短いけど。
 その奥に込められた想いは、一瞬で解ったから。

 だから。




 その一言が、おれの中の混乱を吹き飛ばした。





 ……任せろ!!!

 そう叫んで、治療にとりかかる。
 今度はさっきと違って、やるべき事が手に取る様に解った。
 今、ゾロを助けられるのは、おれしかいなんだ。
 だからおれが全力を尽くさないと!

 万能薬になる・と誓った。
 どんな病気も治せる薬になるんだ・と。
 どんな怪我も治せる医者になるんだ・と。
 そう誓ったんだ。

 命があるなら絶対に死なせない……!!!


 ゾロを救えなかったら、おれに医者を名乗る資格は無いんだ!!!!











 被害者の会の船医達が、みんなの治療を引き受けてくれたから。
 おれはゾロの手当に没頭出来た。








 最善は尽くしたよ。

 処置が終わって、みんなに言えたのは、まずその一言。
 おれを見る皆の目線に、望む言葉を知るけれど。


 ……でも、医者として、安易な気休めは言えない。


 息を飲む皆の目を、真直ぐに見た。
 医者は…中途半端な言葉を言う事は出来ないんだ。
 口に出来るのは、確実な一言だけ。



 今日一日、持ち堪えられるか。そこに懸かってる。



 ウソップが何かを言おうとして、口を何度も動かしている。
 口元を押さえるナミの肩を、サンジがそっと支えて。
 ルフィは真直ぐにこっちを見ていた。

 そんな皆に、覚悟を決めて言った。





 おれは出来る限りの事はやった。あとはゾロの生命力次第だ。





 静寂は、一瞬だけで。


 真っ先に叫んだのはウソップだった。

 な……っ、何だよ、それ!!!チョッパー、お前、それでも医者かよ!!!
 落ち着け、ウソップ!!チョッパーを責めてもしかたないだろう!!!
 だけど……っ、だけどよ!!!もう大丈夫だ、とか、心配ねェとか……!ウソでも言ってくれてもいいじゃねェか!!!
 ……医者として、そんなウソは言えないよ。

 その答えに、ウソップが更に怒ると解っていたけれど。
 でもそこは譲れなかった。
 医者は自分の診断に、全責任を持たなくちゃいけないんだ。
 それに、半端な気休めを言って、もし容態が急変したら……?
 一度安心した後で来るショックは、どれだけ酷い物になるだろう。
 そんな、残酷な真似は出来ないから。

 ウソップが怒る気持ちも解るけど。
 それでも譲れなかった。

 叫ぶウソップをサンジが怒鳴りつける。フランキーが押さえ付けようとしてる。ナミが怒ってる。ロビンがナミを宥めてる。
 皆を落ち着かせてやりたのに、なんて言っていいのか解らない……。
 周りで他の皆が困ってる。口を挟めないでいるんだ。
 何か……何か。皆の気持ちを宥める言葉をかけたいのに。

 そう思って、困っていたら。


 なぁ、生命力しだい・って事は、ゾロの生きる気持ち・って意味だよな。


 不意に、ルフィがそう訊いて来た。
 それは驚く程、落ち着いた声で。
 振り返って、そうだよ・と答えると、まるで動揺していない顔に出会う。
 そう言えばルフィは、今までずっと黙ってた。
 この状況で、信じられないぐらい平静な顔のままで。

 真直ぐに見つめて来る目を、驚いて見つめ返す。

 そうしたら、ルフィは。
 笑ったのだ。
 いつもみたいに。




 じゃあ、大丈夫だ。ゾロは死なねェよ。




 太陽みたいな笑顔がそう言って。
 おれは一瞬、言葉を失った。

 ……おっ、おいルフィ!お前、何を適当な事……!!
 適当じゃないぞ。だってゾロ、約束したからな。
 約束って何を……?

 ん。もう2度と負けねェ・って。



 その言葉の意味が掴めない。



 負けねェ・ってのと、今、この状況がどう関係するってんだ?
 そりゃああの約束が、オメェとゾロにとっちゃあクソ大事だってのは解るがよ……。
 ゾロなら死にも負けない・って言いたいの?
 そうじゃねェよ。

 そう言ってルフィは笑った。


 ゾロはあん時、おれと約束したんだ。もう2度と、自分から死なねェ・って。
 だから、チョッパーがゾロの命を繋ぎ止めてくれたんなら、もう大丈夫だ。
 ゾロが自分から死ぬ事は、もうない。だから。




 ルフィの笑顔と。
 真直ぐな瞳と。
 その意志が。

 伝わる。















「ゾロを信じろ」
















 その一言で。


 全てが納得出来た。







 そうなんだ。
 今、一番大事な事は、ゾロを信じる事。
 医者として・じゃなくて。

 仲間として。




 ゾロの意志を信じる事なんだ。




 ルフィの言葉に、みんなが頷いた。
 ウソップも泣きながら、何度も大きく頷いていた。


 大丈夫だ。

 ゾロは強いから。


 死神にだって負けたりしない。


 これは気休めなんかじゃない。
 れっきとした事実なんだ。
 ゾロは負けない。

 ゾロは、死なない。



 ゾロの強さを信じてる。







 …………だから。
 だから、ゾロ。







 早く目を覚まして?
 目を覚まして、安心させて。
 ホラやっぱりゾロは強いんだ・って納得させて。

 そうして、何時もみたいに怒らせて。

 包帯取るな・って怒らせて。
 ムリしちゃダメなんだぞ・って怒らせて。
 トレーニングしすぎだ・って怒らせて。


 そして、おれの事も怒ってくれ。


 おれが弱音を吐いたら。
 情けない事言ったら。
 諦めそうになったら。



 男だろ・って。



 また、あの時みたいに怒ってくれ。


 おれ達には、ゾロの強さが必要なんだ。
 ゾロは方向音痴だけど、でも、おれ達が目指す場所に行く為に必要なものを持ってるから。
 ゾロの持つ信念とか厳しさは、おれ達には必要なものなんだから。

 だから…………ゾロ。








 また、いつもの声を聞かせて。
 朝か?って、目を覚ましてね……?




 









13th, SEP., 2009





チョッパー語り。
チョッパーはゾロの強さに惹かれてると思うのだ。
子供が強い大人に憧れる様なものなのかなー。

医者はねー。確証の無い事は言えんのですよー。
推測でものを言っちゃーいかんのですよー。
憶測で「○○かもしれません」って言って、間違えてたら、
誤診・って事になるから。
責任問題だもんなー。ヘタしたら医療事故。
だから、確証の無い事は言わんのです。
医者がはっきりと病名を言わないのは、その所為なんですなー。
責任のない人間は気楽に言うけどね。

一味の要はルフィだけど。
ゾロは柱かな・と思った。
皆を一つに纏めるのが、ルフィ。
皆に一つの方向性を持たせるのがゾロ。
そんな感じで。



オマケで、倒れて来たゾロを抱きとめた時のルフィ。
ルフィも本当は呆然としてたんだよ・という言い訳。
こちらから。
絵はラフで失礼〜。





2009.9.13



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