「頼む、ゾロ!おれと『契約』してくれ!!」 ルフィがゾロの元へと駆け込んだのは、王城に上がって1ヶ月も経たない内だった。 僅か1ヶ月だが、それだけあれば十分だった。 自分を取り巻く環境を思い知るには。 自分自身の無力さを叩き付けられるにも。 アラバスタには王家は全部で5つある。 本家であるネフェルタリ家と、分家とも言える衛星王家が4つ。 そして、王の子に何からの『不測の事態』が起きた時には、衛星王家から次期王位継承者が選ばれるのだ。 今回の一件は衛星王家にとって、自分の家から次期国王を出す機会であり。 そこに降って湧いたルフィの存在を、彼らが快く思わないのも当然だった。 また、家柄や格式を重んじる貴族達の『庶出の王子』への態度は、言うまでもなく。 慇懃無礼に無視され、時としてあからさまに軽んじられ。 王子とは名ばかりで、実は何も無いのだと痛感した。 ルフィに協力的だったのは、コブラとイガラムの他は、イガラムの妻で侍女頭のテラコッタと、ルフィ付きの侍女となったノジコだけだった。 ウソップやサンジ達も協力しようとしてくれたが、城下街の子供達が出来る事には限界があった。 せめて義理の伯父がいれば手を貸してくれたかもしれなかったが、彼が遠く西海の向こうへ旅立ったのはもう3年も前だった。 ビビを助ける為に王城に上がったのに、その為の手は何も打てないまま。 毎日押し付けられるのは、王族としての知識や教養の為の勉強ばかりで。 何も出来ない焦りだけが募る。 行動を起こそうにも、その為の手立てすら解らない。 ただ闇雲に動けば、ルフィを蹴落とそうと待ち構えている王侯貴族達にここぞとばかりに攻撃される。 コブラやイガラムが口添えしてくれても、上辺だけを繕い遠回しに拒絶されて。 誰かに協力を・と思った時、思い浮かんだのはゾロだけだった。 ゾロの仕事がフリーランスの傭兵だという事は知っていた。 そして、「ロロノア」と呼ばれる者達が、どれ程の者なのかも。 仕事として、『契約』を交わす事が出来れば。 そうすれば必ず、協力してくれる筈だ・と。 友人として頼むには、余りにも事が大き過ぎた。 だから、仕事として依頼しようと思ったのだが。 ノジコの手引きで王城を抜け出し、ゾロと落ち合って。 契約の話をした時。 その瞬間のゾロの瞳を、ルフィは今でもはっきりと覚えている。 瞳の温もりが影を潜め、顔からは表情が消える。 真直ぐに見据える視線は硬質の光を持ち。 「熱を持たない光」と言う物があれば、まさにそうだろう。 色の薄い瞳がまるで硝子のように無機質にルフィを射竦めた。 ゾロの『仕事』の時の顔を、ルフィはこの時、初めて見たのだ。 そのまま、幾つかの言葉を交わし。 ゾロは、ロロノアとして雇う気なら・と前置きをして。 そして、はっきりと言い放った。 「おれは1億ベリー以下の仕事はしねェ」 その言葉に受けた衝撃も、忘れられない。 助けを求めた手を振り払われたのだ・と思い知った時の。 絶望にも似た、その感情を。 「ゾォロ〜。頼むからいい加減に降ろしてくんねェ?」 「却下」 ルフィの懇願めいた呻きをゾロはあっさりと切り捨てて、そのまま歩き続ける。 肩に担がれたままのルフィが、情けない声を上げた。 「てかさぁ。肩当てがハラに食い込んで痛ェんだけど」 「我慢しろ」 「……吐く」 「吐いたら自分で掃除しろよ」 「うっわぁー……。オニだ、やっぱ」 「……黙ってろ」 眉間に皺を寄せて言い捨てると、もう1度ルフィを担ぎ直す。 うげ・と呻いてからルフィは、どうあっても降ろしてくれそうにないゾロに不貞腐れた声を出した。 「…ひでェ。コレが『盟約』まで結んだ相手に対する態度かよぉ」 呟いた言葉は、本当に何気に出たものだったけれど。 だが、予想以上の効果を発揮した。 いきなり、ゾロが立ち止まったのだ。 余りにも突然過ぎて、肩の上でルフィはバランスを崩してしまう程だった。 「ぉわ?!!!」 振り落とされそうになって、慌ててゾロにしがみつく。 足を止めたゾロは、そのままそこに立ち尽くしていて。 「ゾ、ゾロ?」 肩に手をかけて身体を起こし、顔を覗き込もうとしたが、それはちょっと体勢的に無理があって。 視界に入る後頭部をそのまま凝視する。 ゾロは立ち止まった体勢のまま動かずにいたけれど。 ふと、その雰囲気が和らいだ。 「…………『盟約』、か」 低く、静かな声が呟く。 それは、穏やかな、柔らかな声で。 ルフィの方が驚いてしまった。 まさかこんな一言で、こうも態度が軟化するとは思わなかったのだ。 ゾロが、ふ・と笑みを漏らすのも解って。 見えない顔を覗き込んでしまう。 「確かにお前は、『盟約の主』だからな」 優しい声音が笑みを乗せて響く。 その響きに、ルフィの表情が輝いた。 「ゾロ、じゃあ……」 降ろしてくれるんだ・と思ったその次の瞬間。 ゾロに再び、肩へと担ぎ直されたのだ。 「うげッ?!!!」 手を滑らせて又もや腹部を強打したルフィに、ゾロが下した決断は。 「仮にもおれの盟主なら、テメェのやった事のオトシマエぐらいはきちんと付けてもらおうじゃねェか!!!」 それはもう容赦の欠片も無い言葉だった。 「なんでそうなるんだーーーーッッ!!!!」 「うるせェ!!いい加減にハラ括りやがれ!!!きっちりコブラに怒られて来い!!!」 「後でいいだろー!!!とーちゃん、国議中なんだからよーッ!!!後で怒られっから!!!」 「そう言って逃げねェ保証はあるのか!!!」 「…ぅッ!」 「……やっぱり逃げる気じゃねェかよ。丁度いい、アホ貴族共の前で怒られておけ!!!」 「だからそれがイヤなんだーーーッッ!!!!」 廊下に響き渡る絶叫も虚しく。 角を曲がったゾロが声を上げる。 「おし、着いたぞ」 「いッ?!!!」 曲がった先には今までより広い回廊と、そのほぼ中央に荘厳な扉。 扉の左右には衛視が長槍を手に配置に着いている。 「青金の間」は国議にのみ使われる王城で最も正式な会議用広間だ。 当然、そこは城の奥の方にあり、そこ迄の道程は複雑なものなのだが。 「ええええぇぇぇ?!!!ウソだろ、なんで方向音痴のゾロが1回も迷わないで着くんだよ?!!」 ルフィが叫んでもゾロは顔を引き攣らせただけで。 そのまま扉の方へと歩き続ける。 「さてな。運命のお導きってヤツじゃねェのか?」 「ゾロが言っても説得力ねェぞ!!」 「……テメェ、本気で刻まれてェのか」 言い合いながら扉に近づく2人を、当然の様に衛視が止めに入るが。 そもそも、衛視にゾロが止められる訳も無く。 制止を振り切りゾロは扉を開け放った。 4年前、結局ルフィは、ゾロと『契約』を交わす事は無かった。 はっきりとした言葉で断られ、その後に続けて言われた事は良く覚えていない。 ただ、一言毎に胸が抉られていく様な気持ちがした。 幾つか続いた言葉。その一言毎に身体が冷えて行く様な気がして。 ゾロが言葉を区切った時には、奈落の底に突き落とされた様な気分だった。 その絶望のどん底から。 救い上げてくれたのも、ゾロの言葉だった。 「ただ、な」 その一言で。 ゾロの纏う雰囲気が変わるのを感じた。 それまでとは違う、柔らかな物に。 何時ものゾロの物に。 「盟約だったら、話は別だ」 真意を掴み損ね。 意味を量りかね。 ぎこちなく顔を上げた。 ゾロが何を言おうとしているのか、解らなくて。 向けた視界の中には、机に肘を付いて身を乗り出したゾロの姿。 その口元に浮かぶのは、見慣れた自負に溢れた笑みだった。 即ち。 『契約』とは、利害の関係。金に依って雇われ、報酬分だけの働きをする。 そして、切れればそれまで。 要求されれば主従の関係も取るが、あくまでも『仕事上』の物に過ぎない。 だが、『盟約』は違う。 『盟約』とは、相手の信念への協力。そこに利害は無い。当然、報酬も関係ない。 相手の信念に共感し、その志を全うする迄、助力する。 その「心」と交わす約束。相手がその心を折らない限り、全力で共に戦う。 『盟約』は、ロロノアにとって『契約』を上回るもの。 その信念を認めた相手に対してのみ交わす『絶対の約束』なのだ、と。 その言葉に、ルフィは目を見開いた。 ゾロは『契約』は出来ないが『盟約』は交わせる・と言っている。 つまり、『無償の協力』を申し出てくれているのだ。 それが解らない程、幼くは無かった。 膝の上で握りしめた拳が震えた。 見開いた瞳を瞬く事すら忘れ。 息を飲み込む。言葉を紡ごうとして失敗する。 喉に引っかかった声を飲込み直し、もう1度、形にしようとして。 ようやく出たのは、震える、上擦った声。 「……そ、れって」 何とか発した言葉はそこでまたつかえて。 望み以上の返答に、喜びよりも驚きが勝り。 確認するのすら、戸惑ってしまい。 言葉を詰まらせたままのルフィに。 ゾロは、相好を崩した。 「ばぁか」 言葉と共に伸びた手が、ルフィの頭を軽く叩いて。 そのまま、くしゃり・と髪を撫でた。 それは、何時ものゾロの仕草そのものだった。 「最初っからなぁ、回りくどい事言ってねェで、困ってるから手を貸してくれ・って言やぁいいんだよ」 何時もと同じ口調でそう言われて。 何時もと同じ優しい手で頭を撫でられて。 ようやくルフィは実感した。 自分が、最強の味方を得たのだ・と。 嬉しくて嬉しくて。 満面の笑みを浮かべて何度も頷く。 改めて、手を貸してくれ・と言うと、あっさりと、いいぞ・と答えが返る。 くしゃくしゃと髪を掻き回す手は、何時も通り大きくて優しくて力強くて。 それだけで喜びが沸き上がって来るのに。 何故か、涙も零れていた。 交わした『盟約』は2つ。 ビビを助け出す事。 黒幕を叩き潰す事。 1つ目だけでは不十分だぞ・と、教えてくれたのもゾロだった。 拳を差し出し、手首を交差させて、引き合う。 真直ぐに見据える瞳に満ちる、強い光。 それを真正面から受け止めて、ルフィは口元を引き締めた。 「約束する、ルフィ」 揺るぎの無い声がルフィの耳を打つ。 「お前がその信念を折らねェ限り、おれはお前の剣となって共に戦う」 下された宣言。 言霊を震わす声に、大きく頷いて。 そして、ルフィも応じた。 「おれも約束するぞ、ゾロ」 ルフィの宣言は、たった一言だった。 「絶対に諦めねェ」 迷いの無いその言葉に、ゾロが破顔した。 誓約書の1枚も無く。 互いの心に宣誓を交わして。 この時より、戦いは始まった。 後のアラバスタ史に名を刻む事となる2人の戦いが。 |
いやどう見ても尻切れだけど、取りあえずここでアップ。 何とか、この日の出来事だけは書きたいんだけど〜。 ホントに、ラストまで行く自信は無いでス……。だってこの4年後なんだもーんorz えー取りあえず言っときたい事としては。 ルフィの『殿下』とゾロの『閣下』は笑うトコかと! だって、自分で書いてて吹き出しそうになった!似合わん!! で、このゾロの格好が、絵板の76番なのですヨw |