時の歯車 1



 王都アルバーナに程近い荒野を、数台の荷馬車が土煙を上げて走っていた。
 アラバスタ王国は元々雨の少ない国であるが、乾期に入ったこの時期は更に大気は乾燥していた。
 見上げる空は高く、雲の影は疎らである。
 荒野の所々にある潅木は既に葉を落とし、長い乾期を乗り切る為にその表皮を固くしている。
 直ぐ側まで迫る切り立った険しい山々から、乾いた風が吹き下ろしていた。


 不意に1台の馬車が速度を落とし、それに伴って他の馬車もスピードを緩める。
 土煙の中、馭者が馬を鎮める声が響く。
 他の馬車を引く馭者達が驚いて見守る中、最初に進みを止めた馬車から小柄な少年が飛び降りた。
 身体には大柄な臙脂色のローブに、背に荷物を背負い、頭には麦わら帽子。
 そんな出で立ちで身軽に飛び降りた少年に、初老の男性が馬車から怒鳴りつけた。
「何を考えとるんじゃ、小童!!王都まであと少しなんじゃぞ!!」
 その声に少年は振り返ると、にっと笑う。
「うん。でもおれ、山に寄ってくからここでいいや」
「山って、こんな岩山に何の用があるっていうんじゃ!!何もありゃあせんぞ!!」
「何かあったのかい、ルフィ君。シュシュが噛み付いた訳でもないだろうに」
「ワン!」
 馭者台に座る老人も怪訝そうに声をかける。その隣で小柄な白い犬が一声吠えた。
 ルフィは笑って手を振る。
「そんなんじゃねェよ。あの山、玉(ぎょく)がありそうだから寄ってみようと思ってよ」
「玉?!見ただけで解る訳がなかろう!!」
「勘だ!大丈夫、外れた事ねェから!」
 自信たっぷりにそう言って笑うルフィに、馬車の老人は顎を落とした。
「山師だったのか、小童!」
「まだ見習いだけどな。でも、師匠にも勘がいいってホメられるぞ」
「それならまぁ、仕事じゃから仕方がないかの」
 馭者台の老人が溜息を吐き、隣で犬が首を傾げる。
 ルフィは犬の頭を撫でると、2人の老人へと向き直った。荷物の中から、小さな袋を取り出す。
「おっさんたち、ここまで乗せてくれてありがとな!これ、お礼にやるよ。玉で作ってあるんだ。西国のお守りなんだってさ」
 そう言って取り出したのは、目を象った模様が描かれた楕円形の玉。綺麗に編み込んだ紐で括ってあり、小さな硝子玉も付いている。
「ナントカの目って言うんだって。魔除けの目玉らしいぞ。さすがに人数分はないから、馬車に付けてくれな」
 6つのお守りを老人の手に握らせると、ルフィは笑って手を振った。
「じゃあ、あとちょっとだけど気ィ付けてな!シュシュも元気でなー!」
「ワン!」
「お、おい!待たんか!!こんな高価な物を貰う訳には……!」
「いいって!じゃあな!!」
「ルフィ君、せめて水をもう少し持っていかんかね!」
「ワン!ワンワン!!」
 2人と1頭が呼び止めるのも聞かずに、ルフィは身軽に山の方へと走り去って行ってしまい。
 その背を遥かに見送って、先に怒鳴った老人は眉間に皺を寄せ首を振った。
「馬鹿者が…!こんな物目当てで乗せてやった訳ではないと言うのに……!」
「まぁ、あの子の気持ちだ。有難く受けとろうじゃないか」
 馭者台の老人は少しだけ苦笑し、犬は老人の手の中の玉を不思議そうに見つめていた。
 他の馬車に乗っていた者達が、2人の所に集まってくる。
 2人から事情を聞き、驚き山の方を仰ぎ見た。
 ほんの数日同行しただけだが、明るく人懐っこい性格のルフィを皆、好いていたから。
 寂しさと諦めの混ざった表情で、暫くその姿が消えた方向を見つめていたが。
 直ぐに、皆それぞれの馬車へと戻って行った。
 それから少しして、6台の馬車はまた走り出した。
 それぞれの荷台に、玉のお守りを揺らしながら。






 馬車の土煙が遥か彼方に遠ざかった頃。
 山へ向った筈のルフィは、途中で方向を変えまた荒野へと戻って来た。
 先程よりは山裾に近い辺りで足を止める。
 片手を額に当て、馬車の走り去った方角を眺めた。
「これだけ離れれば、平気か」
 そう呟く口元は笑みの形に結ばれたまま。
 瞳にだけは硬質の光が宿っていた。
 くるりと振り返る。
 その視界に馬に乗ったまま近寄ってくる3人の人影が入った。
 男が2人と女が1人。
 見返す視線には、確かな敵意。
 それを受け止めて、ルフィの口角が引き結ばれた。


 ルフィは、山師などではない。
 玉がありそうだ・と言うのは、馬車を降りる為の口実に過ぎなかった。
 随分前から後を付けて来ている者達の気配は感じていたし。
 それが徐々に敵意を持ったものになっていくのも感じていた。


 無関係な隊商を巻き込まないために、敢えて1人になった。


 狙いは自分だと、解り切っていたから。








 乾いた大地に容赦の無い日差しが影を落とす。
 高山から吹き下ろす風が砂塵を巻き上げる。
 遠く高空を横切る影は鳥の物か。
 雲は地平線の上に微かに揺らぐのみ。






 真直ぐに自分へと向ってくる3騎の影を、ルフィは身動き取らずに見据えていた。
 その視線は鋭く容赦が無い。
 先頭に立つ男と目が合うと、その眼光は鋭さを増した。

「…………クロコダイル」

 低い、小さな声は。
 それでも全てを圧倒する強さを持ち。
 微かだが混じりけの無い怒気を孕んでいた。



 葉巻を銜えた男が殺意を叩き付けて来る。
 首筋から頬にかけて残る火傷の痕。
 そして、その左腕の大きな鍵爪。
 それらを認め、ルフィの身体から一瞬闘気が吹き出した。

 2年前の戦いで、ルフィ達がこの大男に打ち勝った証。
 あの左腕を落としたのはゾロだった。
 吹き上がる炎と崩れ落ちる城の姿は、今尚、脳裏に焼き付いている。


 あの時の、怒りと共に。
 

 2年前、ルフィはクロコダイルと戦った。
 友と、妹と、そして自分の生きる国を護る為に。
 僅かな友人達と共に始めた戦いは、やがて国軍を巻き込むものとなり。
 そして、決着を付けた。

 あの炎上する城からルフィ達は脱出したが、クロコダイルには逃れる術は無かった筈だった。

 それでも、遺体が確認出来なかった事もあって、その行方を探していた。
 その張本人が、今、目の前に現れたのだ。
 2年前の炎が、再び蘇る。
 胸の内に。鮮やかに。





 その闘気を受けたかのような風が吹き抜けて行った。
 









 強く吹き下ろす風と。
 容赦の無い陽光の元で。


 荒野より、今、新たな戦いが始まる。











<<before        next>>


   BACK / ONE PIECE TOP / fake moon TOP