剣の稽古でもしようかと思っていたら、白薔薇におつかいを頼まれた。 「……えーと、これ全部?」 「ちょっと多いかもしれませんが、全て必要な物なのです。よろしくお願いしますわ」 有無を言わさぬ微笑みに見送られて、アセルスは宿屋を後にする。 明日が何の日なのか、気付かぬまま……。 〜そのチョコにこめる想い(もの)〜 頼まれたおつかいはちょっと多い、程度ではなかった。 故に。 もう日も暮れかかろうと言う頃になっても、買い物は終わらない。 「まだ二つも残ってるのか……」 多種多様の品物が入った袋を抱え、アセルスは溜息をつく。 それでも、急がなければと足早に店を出ようとした時だった。 出口の横の特設売り場のおばちゃんから、声がかかった。 「お嬢さん、明日のバレンタインチョコは用意できてんのかい?まだったらぜひ買ってっとくれ!」 「お嬢さん……て私のことか?」 慣れない呼び名に思わずアセルスは立ち止まって、そして激しく後悔する。 あああっ、こんなとこで時間食ってる場合じゃないのに……ってバレンタイン? 「そう、あんたのことだよお嬢さん。恋人は?いない?好きな人もかい?」 「あ、あの……」 会話についていけないアセルスにかまわず、話は進んでいく。 「だったら、大切な人とかお世話になった人とかにどうだい?」 「大切な人とかお世話になった人?」 「いるだろう?それくらい」 いる筈だとばかりに問われて、考える。 大切な人……いる。白薔薇は人ではないけれど。 次いで、お世話になった人……そこまで考えて浮かんだのは、黒き翼とも宵闇の覇者とも呼ばれるまたもや人ではない存在。 うわ、イルドゥンか。 そう、何故か鬼師匠だった。 ☆
アセルスがイルドゥンについて知っていることは、あまり多くはない。 オルロワージュの側近の上級妖魔。 針の城で目覚めた自分の教育係で、逃亡した現在も何の因果か師匠として行動を共にしている。 再会した時、イルドゥンは言った。 鍛えて強くしてやる、と。 その言葉に嘘はなかったけれど……。 「だから、妖魔武具を使えと言ってるだろうがっ!」 「やだっ」 確かに妖魔武具の憑依能力は魅力である。だがそれは、自分の力ではない。 「おまえは甘い」 分かってはいる。それでも譲れない。 「人として戦う気なら、当然奥技くらい全部修得済みなんだろうな?」 アセルスは剣使いである。他も試してみたが、それが一番しっくりきた。 なぎ払いや切り返しなどの技から始まる剣技。 初等、皆伝と続き奥技。その奥技書の最後に書かれている技を、この時のアセルスは修得できていなかった。 「どうなんだ」 やばいとは思いつつ、まさかついてもすぐばれる嘘をつく気にもなれず。 「ロ、ロザリオインペールがまだ、かな」 「まだ、だと?」 「だって閃かないんだから仕方な……」 アセルスが最後まで言うより早く、イルドゥンの怒りが炸裂した。 「この身の程知らずがっ!己の力量も分からぬバカは、恥を曝す前にこの手で葬ってくれるっ!!」 「え……うわああああっ!!!」 ☆
あれは真面目に死ぬかと思った。途中で閃いてなかったら、間違いなく今この場にはいないだろう。 「お嬢さん?どうするんだい??」 それでもロザリオインペールを修得できたのは、イルドゥンのおかげと言えば言えなくもない。 「二つ……もらおうかな」 「まいどありっ」 ……買っちゃった。白薔薇の分と鬼師匠の分と。 渡された包みを大事そうにしまい、アセルスは久しぶりにうきうき気分で店を出た。 すでに辺りは暗いが、そんなことは気にならない。 弾む足取りで、宿までの道を辿る。 明日、どうやって渡そうかな。妖魔だからなー、白薔薇もイルドゥンも。バレンタインなんて知らないだろうなー。 車道を渡るために、立ち止まって左右に目をやろうとした時だった。 そのうきうき気分に水をさすかのように、ポケットからひらひらと一枚のメモが落ちたのは。 何の気なしに拾ったアセルスの顔が、蒼白になる。 「あーっ!白薔薇のおつかいっ!!」 ☆
その頃、宿屋では。 「アセルス様が帰ってこないんですの……!」 白薔薇がイルドゥンを相手に大騒ぎをしていた。 「落ち着け。今のアセルスを倒せるのは上級妖魔くらいだ。心配ない」 セアトを倒した現在、このリージョンまでやってくるような上級妖魔の追っ手はいない。 「それより、チョコとやらはできたのか」 そう。 白薔薇がちょっとどころではない買い物をアセルスに頼んだのは、わけがある。 手作りチョコを(宿の厨房を借りた)明日のバレンタイン当日まで内緒にしておきたかったのだ。 「会心の出来ですわ」 イルドゥンの問いに、白薔薇は満面の笑みで答えた。 そしてアセルスが宿に戻るのは、夜もかなり更けてからのことになる……。 8th. FEB., 2008
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ロンママちゃんから、強奪しましたw 「なんか書いてv」とお願いしたらば、本当に書いてくれましたよ・・・! 言ってみるもんだなぁ!ありがとうです!! しかも! な・何ですか、このアセルスの可愛らしさは・・・・!! お嬢さんと呼ばれて戸惑い、チョコを買って上機嫌になり・・・・。 か・・カワイイ・・・・。 可愛過ぎです! そして、何なんですかーっ、このイルドゥンのカッコ良さは!! 修行のシーンで、思い切り笑いましたよ♪鬼師匠、最高w 白薔薇は初めてのチョコ作りでも、失敗なんてしないんでしょうねー。 すごく美味しいチョコを作りそうです♪ わー、ホントにありがとうございます〜〜〜!! エビどころか、ミジンコで鯛を釣った気分♪ 2008.2.8 |