剣の稽古でもしようかと思っていたら、白薔薇におつかいを頼まれた。
「……えーと、これ全部?」
「ちょっと多いかもしれませんが、全て必要な物なのです。よろしくお願いしますわ」
 有無を言わさぬ微笑みに見送られて、アセルスは宿屋を後にする。
 明日が何の日なのか、気付かぬまま……。



    〜そのチョコにこめる想い(もの)〜



 頼まれたおつかいはちょっと多い、程度ではなかった。
 故に。
 もう日も暮れかかろうと言う頃になっても、買い物は終わらない。
「まだ二つも残ってるのか……」
 多種多様の品物が入った袋を抱え、アセルスは溜息をつく。
 それでも、急がなければと足早に店を出ようとした時だった。
 出口の横の特設売り場のおばちゃんから、声がかかった。
「お嬢さん、明日のバレンタインチョコは用意できてんのかい?まだったらぜひ買ってっとくれ!」
「お嬢さん……て私のことか?」
 慣れない呼び名に思わずアセルスは立ち止まって、そして激しく後悔する。

 あああっ、こんなとこで時間食ってる場合じゃないのに……ってバレンタイン?

「そう、あんたのことだよお嬢さん。恋人は?いない?好きな人もかい?」
「あ、あの……」
 会話についていけないアセルスにかまわず、話は進んでいく。
「だったら、大切な人とかお世話になった人とかにどうだい?」
「大切な人とかお世話になった人?」
「いるだろう?それくらい」
 いる筈だとばかりに問われて、考える。
 大切な人……いる。白薔薇は人ではないけれど。
 次いで、お世話になった人……そこまで考えて浮かんだのは、黒き翼とも宵闇の覇者とも呼ばれるまたもや人ではない存在。

 うわ、イルドゥンか。

 そう、何故か鬼師匠だった。





 アセルスがイルドゥンについて知っていることは、あまり多くはない。
 オルロワージュの側近の上級妖魔。
 針の城で目覚めた自分の教育係で、逃亡した現在も何の因果か師匠として行動を共にしている。
 再会した時、イルドゥンは言った。
 鍛えて強くしてやる、と。
 その言葉に嘘はなかったけれど……。


「だから、妖魔武具を使えと言ってるだろうがっ!」
「やだっ」
 確かに妖魔武具の憑依能力は魅力である。だがそれは、自分の力ではない。
「おまえは甘い」
 分かってはいる。それでも譲れない。
「人として戦う気なら、当然奥技くらい全部修得済みなんだろうな?」
 アセルスは剣使いである。他も試してみたが、それが一番しっくりきた。
 なぎ払いや切り返しなどの技から始まる剣技。
 初等、皆伝と続き奥技。その奥技書の最後に書かれている技を、この時のアセルスは修得できていなかった。
「どうなんだ」
 やばいとは思いつつ、まさかついてもすぐばれる嘘をつく気にもなれず。
「ロ、ロザリオインペールがまだ、かな」
「まだ、だと?」
「だって閃かないんだから仕方な……」
 アセルスが最後まで言うより早く、イルドゥンの怒りが炸裂した。
「この身の程知らずがっ!己の力量も分からぬバカは、恥を曝す前にこの手で葬ってくれるっ!!」
「え……うわああああっ!!!」





 あれは真面目に死ぬかと思った。途中で閃いてなかったら、間違いなく今この場にはいないだろう。
「お嬢さん?どうするんだい??」
 それでもロザリオインペールを修得できたのは、イルドゥンのおかげと言えば言えなくもない。
「二つ……もらおうかな」
「まいどありっ」

 ……買っちゃった。白薔薇の分と鬼師匠の分と。

 渡された包みを大事そうにしまい、アセルスは久しぶりにうきうき気分で店を出た。
 すでに辺りは暗いが、そんなことは気にならない。
 弾む足取りで、宿までの道を辿る。

 明日、どうやって渡そうかな。妖魔だからなー、白薔薇もイルドゥンも。バレンタインなんて知らないだろうなー。

 車道を渡るために、立ち止まって左右に目をやろうとした時だった。
 そのうきうき気分に水をさすかのように、ポケットからひらひらと一枚のメモが落ちたのは。
 何の気なしに拾ったアセルスの顔が、蒼白になる。
「あーっ!白薔薇のおつかいっ!!」





 その頃、宿屋では。
「アセルス様が帰ってこないんですの……!」
 白薔薇がイルドゥンを相手に大騒ぎをしていた。
「落ち着け。今のアセルスを倒せるのは上級妖魔くらいだ。心配ない」
 セアトを倒した現在、このリージョンまでやってくるような上級妖魔の追っ手はいない。
「それより、チョコとやらはできたのか」
 そう。
 白薔薇がちょっとどころではない買い物をアセルスに頼んだのは、わけがある。
 手作りチョコを(宿の厨房を借りた)明日のバレンタイン当日まで内緒にしておきたかったのだ。
「会心の出来ですわ」
 イルドゥンの問いに、白薔薇は満面の笑みで答えた。


 そしてアセルスが宿に戻るのは、夜もかなり更けてからのことになる……。








8th. FEB., 2008




ロンママちゃんから、強奪しましたw
「なんか書いてv」とお願いしたらば、本当に書いてくれましたよ・・・!
言ってみるもんだなぁ!ありがとうです!!

しかも!

な・何ですか、このアセルスの可愛らしさは・・・・!!
お嬢さんと呼ばれて戸惑い、チョコを買って上機嫌になり・・・・。
か・・カワイイ・・・・。
可愛過ぎです!
そして、何なんですかーっ、このイルドゥンのカッコ良さは!!
修行のシーンで、思い切り笑いましたよ♪鬼師匠、最高w
白薔薇は初めてのチョコ作りでも、失敗なんてしないんでしょうねー。
すごく美味しいチョコを作りそうです♪


わー、ホントにありがとうございます〜〜〜!!
エビどころか、ミジンコで鯛を釣った気分♪



2008.2.8





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