『 もし、明日世界が滅ぶとしたら、あなたはどうしますか? 』 「別にどうもしないが」 突拍子も無い質問には、無感心そのものの答えが返って来た。 テレビの中では賑やかなCMが流れている。 向かい合うように座ったテーブルの上にはルージュが並べたお菓子の数々。 それらをスライムと2人でつまみながら、ふと尋ねてみたその問いに。 実兄は、実にあっさりと、実に面白みの無い返答を寄越した。 思わず呆然と自分と同じ造りの顔を眺める事暫し。 テレビのCMが終り、再び楽し気な紀行番組が始まっても、それ以上の返答は無いらしく。 ブルーが本を捲る音が静かに響いて。 ようやく、ルージュは身を乗り出して叫んだ。 「え!え・ええぇぇぇえ?!!なんで?!!」 「……何でと言われてもな。別にどうしようもないだろう?」 悲痛な絶叫に淡々とした声が答える。本から顔を上げもしない。 その態度に、ルージュは思い切り頬を膨らませた。 「だって、明日で世界が終わるんだよ?!行っておきたいトコとか、やりたい事とかある方が普通だよー!」 ブルーはちらりと視線を寄越してから、ふぅ・と溜息を吐いて本に向き直った。 ルージュは負けじと身を乗り出す。 「ねーぇ。行きたいトコとかないの?」 「ない」 間髪置かずどきっぱりと答えが返る。 ルージュは口を尖らせて首を傾げる。 「じゃあ、やっておきたい事は?」 「……あったとしても、1日では何も出来ないも同然だな」 「あ!じゃあ、ある事はあるんだ!ねぇ、何?何ー??」 嬉しそうに瞳を輝かせてブルーの顔を覗き込む。 ブルーは微かに眉を寄せた。 「あると言うか……この本を読める所まで読んでおきたいだけだ」 だから邪魔するな・と付け加えられて、ルージュは一瞬、呆気にとられた。 けれど、素早く立ち直ると、聞かなかった振りをして更に問う。 「それじゃあ、会いたい人は?最後だよ、あっておきたい人、絶対にいるでしょ?」 ずいずいとテーブルに被さるようにして身を乗り出して。 本を避けるようにして顔を覗き込み。 何が何でも答えを導き出そうとしているルージュに。 ブルーはとうとう、眉間に深く皺を寄せて盛大な溜息を漏らした。 呆れ返った・と言わんばかりのその態度にもルージュは引かない。こんな事ぐらいでメゲていては、この兄の弟は務まらないのだ。 ずいい・と顔を突き出して答えを待つ。 あまりにも諦めの悪い根性に、ブルーの方が折れた。 ゆっくりと口を開くと答えを返す。 実に、面白みの無い答えを。 「別にいない」 さっくりとそう返して、本に向き直る。 その答えにルージュはまたもや絶叫を上げていた。 「うーそーーーッ!!!ブルー、変!!おかしい!!!人として間違ってるよ、そんなのーッ!!!」 「…………そこまで言われる筋合いは無い」 流石にムッとしたようにブルーが唸る。 ルージュは口を尖らせて腕を組んだ。 スライムはきょろきょろと2人を見比べている。 「会いたい人の1人もいないなんて、変だよ絶対。大切な人がいない・って言ってるのも同然じゃない」 ルージュの言葉にブルーは眉間の皺を深くする。 本を閉じると目の前の不機嫌な顔を見据えた。 「そうは言ってないだろう」 「そう言ったも同然だよ。本当に誰にも会いたくないの?先生には?」 ルージュがそう訊いた瞬間。 ブルーは手にしていた本をテーブルに叩き付けたのだ。 その凄まじい音と、一転した怒りの形相に、流石のルージュも思わず引いてしまう。 引いた体勢でそのまま防御に入ろうとするルージュを容赦なく睨みつけ、ブルーは押し殺した声を出した。 「……わざわざ解剖されにいく馬鹿が何処に居る」 怒りで震える声に、ルージュは恐る恐る見解を返す。 「え・え、と……本当に解剖は、しないでしょ?…………多分」 「する。あの変態医者を甘く見るな。ましてや世界最後の日なら、心残りが無いように、どんな手を使ってでも切り刻まれるぞ」 「そ、そうでスか……ゴメンナサイ」 余りの剣幕に飲まれ、ルージュは慌てて謝った。 ブルーは眉間を押さえて深く溜息を吐く。 その様子を伺いながら、ルージュは改めて問う。 「んーと、じゃあ……リュートとか」 「……あの馬鹿に会いに行く理由があるか」 「えー。それじゃあ、ヒューズ達は?」 「…………馬鹿騒ぎに飲込まれに行ってどうする」 「んんー。……ゲンさんは?」 「……なんでアイツに会いに行くんだ」 「えええ〜?だってお世話になったじゃない」 「だからと言って、世界最後の日に会いに行く程でも無いだろう。電話で十分だ」 ブルーの場合、それすらもしない様な気もするが。 しかし、この分だと他に誰を出そうとも、否定されそうで。 そう思うと何だか、それ以上訊く気力が無くなってしまった。 小さく溜息を吐いて、椅子に沈み込む。 解っていたつもりでも、ここまで冷たい返事が連発すると、やっぱり寂しい。 カップを手に取ると、もう随分冷めてしまった紅茶を口に含んだ。 ブルーは改めて本を手に取る。 どうやら、会話は終りだと判断した様だ。 再び響くページを捲る音に、ルージュは空になったカップへと視線を落とした。 TVの中の声が虚しく響いて来る。 何となく侘しくなりながら、ポツリと呟いてしまう。 「……ブルー、本当に、会いに行きたい人、いないの?」 それって寂しい事じゃないのかな・と思うけど。 人それぞれと言われれば、確かにそれまでかもしれない。 でも、最後なんだから、会っておきたい人の1人ぐらいいてもいいんじゃないだろうか。 そう思ったのだけど。 ブルーは溜息を吐いて言ったのだ。 ある意味、予想外の一言を。 「会いたいヤツなら目の前にいる」 一瞬、何を言われたのか解らなかったけれど。 その言葉を頭の中で反芻して。 漸く意味を悟りかけた時。 付け加えるように、ブルーは言った。 「だから、わざわざ会いに行く必要など無いだろうが」 本から顔を上げる事も無く。 その表情を変える事も無いまま。 さらりと言い切った、爆弾発言。 その意味を理解したルージュの顔が、ポン・と音を立てて真っ赤になった。 口をぱくぱくさせて、返す言葉を探しても出て来なくて。 逆にブルーは平然としたまま、カップを手に取る。 そのまま口を付けて、冷めている事に気が付いたのだろう。微かに眉を寄せる。 その表情を見て、慌ててルージュは立ち上がった。 「あ!お、お茶、煎れ直してくるね!!」 「ああ、頼む」 大急ぎでポットとカップを集めてキッチンへと走り込む。 スライムはテーブルから飛び降りてその後を追った。 湯を沸かす音も、紅茶の缶を取り出す音まで妙に慌ただしい。 混ざってルージュの楽し気な叫び声まで聞こえてくる。 どうやら、機嫌が一気に上昇した様だ。 その音を聞くとは無く聞きながら、ブルーの頬に微かな赤みが差した。 ……ガラにも無い事を言った・と。 その僅かな照れを、<クーロン>の薄暗い空だけが見守っていた。 4th. JAN., 2009
|
本当は年末に上げたかったんですが、間に合いませんでした(汗 ウチのブルーも随分と穏やかになったようです♪ 一緒に暮らし始めた頃なら、こんな事、言わなかったでしょうね〜。 思ってても口に出さなかったと思いまス。 人間、変わるものです。はイ。 ルージュは色んな人に会いに行って、最後にブルーと一緒に居られればいいのかな・と。 お世話になった人、全員に会って、挨拶したいんでしょうね。 結構、律儀? 2009.1.4 |