しとしとしとしとと。 <クーロン>は、今日も雨。 見上げれば、薄暗いもやの空。 天上都市の灯火もその影に隠れている。 「うっとおしいなぁ」 降りしきる雨の音を聞きながら、ルージュはそう呟いた。 雨の音は建物に反響して、静かでも止む事無くその鳴り続けている。 ここは、裏通りにあるヌサカーンの診療所。 今日は書庫ではなく、居住スペースのリビングで寛いでいた。 テーブルの上には、ブルーが書庫から持ち出して来た大量の本が積み上げてある。 建物の主は、奥にある怪し気な研究室へ、何やら得体の知れない実験動物の様子を見に行っていた。 主不在のリビングで、そんな事を気にもせず、まるで我が家の様に双子は寛いでいた。 窓辺に頬杖を付いて、ルージュは空を見上げる。 しとしとしとしとしと。 降りしきる雨は、止む気配も無い。 溜息で曇ったガラスを手で拭いて、また空を見上げる。 「何時まで降るのかなぁ」 薄暗い空。 そうでなくても暗いリージョンは、一層、闇に包まれている。 昼でも消える事の無い街灯の明かりが、僅かに窓に反射した。 「つまんないなぁ」 降りしきる雨に、湿度も上がる。 気温が低い事が救いだろう。 年間を通して、天候に変化は無い。 常に、薄闇に包まれた様な風景が広がる。 「止まないのかなぁ」 そんな空を眺めながら、口を吐いて出る言葉に、返事は無く。 その事にルージュは口を尖らせ、くるりと振り向いた。 視界に入るのは、見慣れた兄の姿。 1人掛けのソファに陣取り、黙々と本を読みふけっている。 露骨な無視の態度には、流石に虚しくなる。 「ねぇ、ブルー」 「…………」 呼びかけても、返事しない。 聞こえていないのではなく、敢えて答えないのだ。 本当に没頭して聞こえていない時とは、表情が違う。 ここまで露骨なのもどうかと思ってしまう。 「何か言ってよぉ」 だから、つい、拗ねた口調になってしまったのだが。 相手が悪過ぎた様だ。 「…五月蝿い」 容赦の欠片も無く、ぴしゃりと言い切られてしまった。 「ひどいーーーッ!そんな言い方って無いよー!」 「……何がだ。お前が何か言えと言ったから、言ってやったんだろうが」 「何でもいいって訳じゃないでしょーーー?!!会話してよー!!」 「やかましい」 「わーん!横暴!!横柄!!」 「…………いい加減にしろ」 乱暴に本を閉じると、ブルーはテーブルに置いた。 それからじろりとルージュを見据える。 ルージュは頬を膨らませてブルーを見返した。 しとしとしとしとと、雨の音が2人の間を通って行く。 珍しく、ブルーの方が先に溜息を吐いた。 「……向こう1週間は雨が続く。それが嫌なら、他のリージョンに避難するんだな」 「ええええぇ?それもヤダー」 ルージュが嫌そうに不服の声を上げた。 その反応に、ブルーが再度溜息を吐く。 目を眇めてルージュを見遣る。 「じゃあ、どうすればいいんだ」 呆れた様な困った様な口調に、ルージュは威勢良く答えた。 「雨が止めばいいの!!」 ピシッ・と人差し指を突きつけて言われた言葉に。 その、あまりの傍若無人っぷりに。 ブルーは呆れ返って頭を抱えた。 降りしきる雨の音だけが変わらない。 思わず、深ーーーい溜息が漏れた。 「………………それは、誰に頼んでも無理だろう」 「何とかならない?」 「歴史上、ただの1度たりとも成功していない」 「それはそうだけどーーー」 そう、天候を人為的に操作する・という試みは、リージョン界の歴史の中では未だに成功していないのだ。 科学がどれだけ進んでも、結局の所、世界そのものには敵わない・と言う事なのだろう。 ルージュも解っているから、むくれてもそれ以上の反論はしない。 まるで、駄々をこねている子供そのもの。 その姿に、ブルーはどうやって説得するか・と思案したが。 それより先に、ルージュが不意に顔を輝かせたのだ。 何か、名案が浮かんだ・といった風情で。 「そうだ!」 ぽん・と手を打って。 次いで、嬉しそうに笑う。 自分のアイデアが気に入った様だ。 にこにこと、全開の笑顔を見せて。 そして、言った事は。 「てるてる坊主、作ろう!!!」 激しく想定外の言葉に、ブルーはソファから転げ落ちそうになった。 辛うじて踏みとどまったのは、偏にプライドの所以。 降り続いている筈の雨の音さえも、止まった気がした。 ルージュへと視線を戻すのすら、馬鹿馬鹿しい気がしてくる。 尤も、見なくて向かいからは上機嫌のオーラが、これでもか・というぐらい漂って来るのだが。 そんなブルーの様子を気にも止めずに、ルージュは弾む足取りで立ち上がった。 「うん!それがいいよね!困った時は、てるてる坊主〜!!」 ……なんだか違う様な気もする。 そう思って、眉間を押さえる。 楽しそうな足音は止まらずに響いている。 「そうだ、どうせなら大きいの作ろう。その方がきっと効き目があるよねぇ」 あるよね・と言われても、返事のしようもないのだが。 今度は無言のままでも、特に反応は無かった。 さっきとはエラい差である。 ルージュは楽しそうに鼻歌を歌いながら、歩き出す。 「えーっと、布が要るんだよね?白くて大きいのって言ったら、やっぱりシーツかな。先生んちなら一杯あるよね〜」 ここのシーツは何の生き物の体組織が付いているか解らないから止めておけ・と言いたかったが。 余りにも呆れ過ぎて、反応が出来なかった。 その間にもルージュは、シーツを探してあちこち漁っている。 首を捻ってから、ああ!と声を上げた。 「そっか!こっちじゃなくて診療所の方にあるんだー。うん、じゃあ僕、探してくるからねーーー」 「………………頑張ってくれ」 笑顔で手を振って走って行くルージュに。 辛うじてそう応えて。 その後ろ姿を呆然と見送って。 やがて、診療所の方から、何やらけたたましい物音が響いて来たけれど。 それが何なのか、確認する気力は湧かず。 暫く、その場で固まっていたが。 降りしきる雨の音が、再びその耳に届き始めて。 ブルーは、漸く動き始めた。 テーブルに置いたままの本に、のろのろと手を伸ばして。 妙にゆっくりと持ち上げると。 その表紙へと視線を落とし。 そのまま、少しだけ呆然として。 おもむろに、ページを開いた。 そして、再び本に没頭する。 今度こそ、ルージュが何をしても反応するまい・と。 頑なに心に誓って。 <クーロン>の雨が降り止むのは、まだ当分、先の様だった。 14. JUL., 2008
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ルージュが、弱年齢化した気がします……。これじゃ幼児(汗) リュートが乗り移って来たようにも思えますがー。 てるてる坊主。何処のリージョン発祥でしょうかね。<シュライク>か<京>でしょうか。 でも、<クーロン>では意味が無いと思いますけどねー。 特に裏通りはねーーー……。 先生んちの書庫の本が心配なんですが。 『リージョン界では、人為的に天候を操作出来た試しは無い』の件ですが。 思いっきり割愛しましたw やろうとはしたんですけど、成功しませんでした。 必ず何処かに歪みが生じてしまって、ダメだったのです。 ただ不思議な事に、妖魔の君だけは自分のリージョンの環境に影響を与える事が出来るのです。 何故なのかは解っていません。 その事実すらあまり知られていない・と言う事もありますが、 それ以前に、妖魔の君自身が研究に協力してくれないでしょうw スフィア学界の永遠の謎なのです。 2008.7.14 |