夢のような日々・その3
  


 しとしとしとしとと。
 <クーロン>は、今日も雨。
 見上げれば、薄暗いもやの空。
 天上都市の灯火もその影に隠れている。


「うっとおしいなぁ」
 降りしきる雨の音を聞きながら、ルージュはそう呟いた。
 雨の音は建物に反響して、静かでも止む事無くその鳴り続けている。
 ここは、裏通りにあるヌサカーンの診療所。
 今日は書庫ではなく、居住スペースのリビングで寛いでいた。
 テーブルの上には、ブルーが書庫から持ち出して来た大量の本が積み上げてある。
 建物の主は、奥にある怪し気な研究室へ、何やら得体の知れない実験動物の様子を見に行っていた。
 主不在のリビングで、そんな事を気にもせず、まるで我が家の様に双子は寛いでいた。

 窓辺に頬杖を付いて、ルージュは空を見上げる。
 しとしとしとしとしと。
 降りしきる雨は、止む気配も無い。
 溜息で曇ったガラスを手で拭いて、また空を見上げる。
「何時まで降るのかなぁ」
 薄暗い空。
 そうでなくても暗いリージョンは、一層、闇に包まれている。
 昼でも消える事の無い街灯の明かりが、僅かに窓に反射した。
「つまんないなぁ」
 降りしきる雨に、湿度も上がる。
 気温が低い事が救いだろう。
 年間を通して、天候に変化は無い。
 常に、薄闇に包まれた様な風景が広がる。
「止まないのかなぁ」
 そんな空を眺めながら、口を吐いて出る言葉に、返事は無く。
 その事にルージュは口を尖らせ、くるりと振り向いた。
 視界に入るのは、見慣れた兄の姿。
 1人掛けのソファに陣取り、黙々と本を読みふけっている。
 露骨な無視の態度には、流石に虚しくなる。
「ねぇ、ブルー」
「…………」
 呼びかけても、返事しない。
 聞こえていないのではなく、敢えて答えないのだ。
 本当に没頭して聞こえていない時とは、表情が違う。
 ここまで露骨なのもどうかと思ってしまう。
「何か言ってよぉ」
 だから、つい、拗ねた口調になってしまったのだが。

 相手が悪過ぎた様だ。


「…五月蝿い」


 容赦の欠片も無く、ぴしゃりと言い切られてしまった。

「ひどいーーーッ!そんな言い方って無いよー!」
「……何がだ。お前が何か言えと言ったから、言ってやったんだろうが」
「何でもいいって訳じゃないでしょーーー?!!会話してよー!!」
「やかましい」
「わーん!横暴!!横柄!!」
「…………いい加減にしろ」
 乱暴に本を閉じると、ブルーはテーブルに置いた。
 それからじろりとルージュを見据える。
 ルージュは頬を膨らませてブルーを見返した。
 しとしとしとしとと、雨の音が2人の間を通って行く。
 珍しく、ブルーの方が先に溜息を吐いた。
「……向こう1週間は雨が続く。それが嫌なら、他のリージョンに避難するんだな」
「ええええぇ?それもヤダー」
 ルージュが嫌そうに不服の声を上げた。
 その反応に、ブルーが再度溜息を吐く。
 目を眇めてルージュを見遣る。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
 呆れた様な困った様な口調に、ルージュは威勢良く答えた。
「雨が止めばいいの!!」
 ピシッ・と人差し指を突きつけて言われた言葉に。
 その、あまりの傍若無人っぷりに。
 ブルーは呆れ返って頭を抱えた。
 降りしきる雨の音だけが変わらない。
 思わず、深ーーーい溜息が漏れた。
「………………それは、誰に頼んでも無理だろう」
「何とかならない?」
「歴史上、ただの1度たりとも成功していない」
「それはそうだけどーーー」
 そう、天候を人為的に操作する・という試みは、リージョン界の歴史の中では未だに成功していないのだ。
 科学がどれだけ進んでも、結局の所、世界そのものには敵わない・と言う事なのだろう。
 ルージュも解っているから、むくれてもそれ以上の反論はしない。

 まるで、駄々をこねている子供そのもの。
 その姿に、ブルーはどうやって説得するか・と思案したが。


 それより先に、ルージュが不意に顔を輝かせたのだ。


 何か、名案が浮かんだ・といった風情で。

「そうだ!」
 ぽん・と手を打って。
 次いで、嬉しそうに笑う。
 自分のアイデアが気に入った様だ。
 にこにこと、全開の笑顔を見せて。

 そして、言った事は。



「てるてる坊主、作ろう!!!」





 激しく想定外の言葉に、ブルーはソファから転げ落ちそうになった。




 辛うじて踏みとどまったのは、偏にプライドの所以。
 降り続いている筈の雨の音さえも、止まった気がした。
 ルージュへと視線を戻すのすら、馬鹿馬鹿しい気がしてくる。
 尤も、見なくて向かいからは上機嫌のオーラが、これでもか・というぐらい漂って来るのだが。
 そんなブルーの様子を気にも止めずに、ルージュは弾む足取りで立ち上がった。
「うん!それがいいよね!困った時は、てるてる坊主〜!!」
 ……なんだか違う様な気もする。
 そう思って、眉間を押さえる。
 楽しそうな足音は止まらずに響いている。
「そうだ、どうせなら大きいの作ろう。その方がきっと効き目があるよねぇ」
 あるよね・と言われても、返事のしようもないのだが。
 今度は無言のままでも、特に反応は無かった。
 さっきとはエラい差である。
 ルージュは楽しそうに鼻歌を歌いながら、歩き出す。
「えーっと、布が要るんだよね?白くて大きいのって言ったら、やっぱりシーツかな。先生んちなら一杯あるよね〜」
 ここのシーツは何の生き物の体組織が付いているか解らないから止めておけ・と言いたかったが。
 余りにも呆れ過ぎて、反応が出来なかった。
 その間にもルージュは、シーツを探してあちこち漁っている。
 首を捻ってから、ああ!と声を上げた。
「そっか!こっちじゃなくて診療所の方にあるんだー。うん、じゃあ僕、探してくるからねーーー」
「………………頑張ってくれ」
 笑顔で手を振って走って行くルージュに。
 辛うじてそう応えて。
 その後ろ姿を呆然と見送って。
 やがて、診療所の方から、何やらけたたましい物音が響いて来たけれど。

 それが何なのか、確認する気力は湧かず。



 暫く、その場で固まっていたが。



 降りしきる雨の音が、再びその耳に届き始めて。

 ブルーは、漸く動き始めた。
 テーブルに置いたままの本に、のろのろと手を伸ばして。
 妙にゆっくりと持ち上げると。
 その表紙へと視線を落とし。
 そのまま、少しだけ呆然として。

 おもむろに、ページを開いた。

 そして、再び本に没頭する。
 今度こそ、ルージュが何をしても反応するまい・と。
 頑なに心に誓って。









 <クーロン>の雨が降り止むのは、まだ当分、先の様だった。


 





14. JUL., 2008




ルージュが、弱年齢化した気がします……。これじゃ幼児(汗)
リュートが乗り移って来たようにも思えますがー。
てるてる坊主。何処のリージョン発祥でしょうかね。<シュライク>か<京>でしょうか。
でも、<クーロン>では意味が無いと思いますけどねー。
特に裏通りはねーーー……。

先生んちの書庫の本が心配なんですが。

『リージョン界では、人為的に天候を操作出来た試しは無い』の件ですが。
思いっきり割愛しましたw
やろうとはしたんですけど、成功しませんでした。
必ず何処かに歪みが生じてしまって、ダメだったのです。
ただ不思議な事に、妖魔の君だけは自分のリージョンの環境に影響を与える事が出来るのです。
何故なのかは解っていません。
その事実すらあまり知られていない・と言う事もありますが、
それ以前に、妖魔の君自身が研究に協力してくれないでしょうw
スフィア学界の永遠の謎なのです。



2008.7.14





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