夢のような日々・その2
  


「……つっ!」
「え?!どしたの、ブルー!」
 不意にブルーが上げた小さな声に、ルージュは驚いて振り向いた。


 今日の<クーロン>は雨。雨粒が窓を叩く音が絶え間なく響いている。
 そうでなくてもほの暗いリージョンは、今日はより一層、闇に沈んで見えた。
 こんな日は出歩く人影も疎らになる。
 ブルーは今日も読書、ルージュはリュートに教わったばかりのゲームに没頭していたのだが。


 不意に響いた声に振り返ると、そこには右手を持ち上げて顔を顰めているブルーの姿。
 人差し指を親指で押さえて、小さく溜息を吐いた。
「……何でもない。切っただけだ」
 少しバツが悪そうに呟く声に、ルージュが叫ぶ。
「わーー!ひょっとして紙で切ったの?!痛いよねー、ソレって!!」
 自分も眉を寄せて身震いするルージュに、ブルーは少しきつく口を結んだ。スライムもルージュの足元で真似をして震えている。
 2人で震える姿に小さく溜息を吐くと、人差し指を口元に寄せて、傷口を舐めた。
 その仕草にルージュが慌てて声をかける。
「ダメだよ、ちゃんと手当しないと!」
「平気だ。この程度」
「ダーメ!傷口にばい菌が入ったら病気になるんだよ?」
「そんなにヤワじゃない」
「小さな傷だからって甘く見ない!ホラ!!」
 そう言ってルージュが右手を掲げる。その指先に光が灯る。
 それを見てブルーは慌てて右手を引いた。
「要らんと言っている!この程度で術を使うな!」
 怒鳴られてルージュはむっとした様に口を結んだ。スライムが飛び跳ねて、ブルーの側にあるテーブルに上がる。
 ルージュが腰に両手を当てて、ブルーの方へと身を乗り出した。
「何、言ってるの!手当しないとダメ!そうじゃなくても指先の傷なんて、触れる事が多くて痛いんだから!」
 引こうとしないルージュに、ブルーもむきになる。
 眉間に深く皺を刻んでルージュを睨みつける。
「こんなもん、舐めれば治る!逐一、大げさなんだ、お前は!」
 怒鳴られて、余計にルージュは不機嫌になる。口を尖らせると、つい・と顔を寄せた。

「へ〜〜〜〜ェ、そう。……じゃ、舐めてあげよっか?」


 けれど、嫌がらせのつもりで口走った一言は、思い切り逆鱗に触れただけだった。


 一瞬、ルージュの視界が真っ白になる。次いで身体を包んだ凄まじい衝撃。浮遊感。そしてようやく耳に届く炸裂音……の、残響。
 焦げ臭い匂いと、全身の感覚の麻痺。
 吐いた息に煙の匂いが混ざって。

 ぐらりと回った視界が元に戻ると同時に、ルージュは復活した。


「インプロージョンの3連撃はあんまりだと思うーーーーーッッ!!!!」
「貴様が不気味な事を口走るからだろうがッッ!!!!」
「術を気楽に使うな・って言ったクセにーーーーッッ!!!」
「今のは当然の報いだ!!!自分の愚かさを反省しろ!!!」
「舐めれば治るなんて言うからー!!!もー、いっそ、先生に舐めてもらう?!!」



 次の瞬間、巨大なルビーがルージュの頭上で砕け散り、真紅の嵐と化してその身を切り刻んでいた。



 漫画の様に全身から煙を上げて目を回していたルージュが、ようやく復活するまで。
 反対側でブルーは顔色が無くなる程激怒して、全身で大きく息をしていた。
 テーブルの上でスライムが本気で震えて小さくなっている。


 ルージュが復活するのと、ブルーがようやく怒鳴りつけるのは、全く同時だった。



「バーミリオンサンズを気楽に使わないでくださイッッ!!!!」
「……貴様っっ、1度死んでみるか?!!!」
 同時に怒鳴り合う双子に、スライムが小さく飛び跳ねる。
「ブルーが舐めれば治るって言うからでしょ!!!」
「例えだ!!!その程度、解れ、この馬鹿者!!!」
「例えだとしても、先生に治してもらえばいいじゃない!!!」
「あいつに借りなんか作ったら、どんな実験に使われるが解ったもんじゃないだろうが!!!」
「ひっどーーーー!!!アレでも医者だよ?!!!一応!!!」
「それ以前に実験マニアの変質者だ、あれは!!!!」
「そうだとしても、医者は医者でしょーっ!!!」
「そもそも、この程度の怪我で医者に行く馬鹿が何処にいる!!!!」
「ブルーがスターライトヒールかけさせてくれないからじゃないッ!!!」
「放っておけば治ると言ってるんだ!!!」
「……そう、解った!」
 不意にそう言うと、ルージュはいきなりブルーへと手を伸ばしてきたのだ。

「じゃあ、実力行使!!!」

 怒鳴って無理矢理手首を掴もうとするルージュから、ブルーは慌てて身を捻る。
「要らんと言っているだろうがッ!!!!」
「ダーメ、却下します!!!」
 尚も手を伸ばして来るルージュから、思い切り右手を引いて。
 その瞬間、何か柔らかい物が指先を包んだ。
「……?!!」
 驚き振り返ると、そこにはテーブルから身を乗り出す様にして身体を伸ばしているスライムの姿。
 ブルーの指先を身体の1部で包み込んでいる様な状態で。
 双子が何か言うより早く、スライムの身体に淡い光が灯っていた。


 ぽぅ・と点いた光はそのまま柔らかく放たれる。
 拡散して一瞬宙に留まり、直ぐにまた集結し。
 そして、目映く光って消えた。


 スライムが、ふよん・とブルーの指先から離れる。
 そしてテーブルの上で身体をふるふると揺らした。
 瞬きをして、ブルーは改めて自分の指先へと視線を落とす。
 そして、あっけに取られたまま呟いた。

「……治ってる」

「え?!!あ、本当だ!!!」
 慌てて一緒に覗き込んで、ルージュも驚きの声を上げた。
 少しの間、双子は同じ様にブルーの指先を覗き込んでいたが。
 不意にルージュが笑った。
「そっかぁ!マジカルヒールだ!!」
「あ」
 そしてスライムの方へと振り返ると、笑って手を差し伸べた。
「スライム、エラい!!ありがとねー!」
 スライムも跳ね上がると、そのままルージュに飛びついた。
 ルージュはスライムを抱きとめて撫でてやる。
 で、ブルーはまだ呆然と自分の指を眺めていたが。
 やがて、脱力した様に椅子に座り込んで大きく息を吐いた。
「……だから、放っておいても平気だと言っただろうが」
 そう呟きはしたが、既にさっきまでの様な頑なな空気は消えていて。
 ルージュもそれを感じ取ったから、今度は怒りもせずににこにこと笑っている。
 その肩の上でふよふよと身体を揺らすスライムの姿。
 ちらりとそれを見遣って、ブルーは拍子抜けしたまま呟いた。
「…………すまんな」
 そんな物言いでも、ブルーなりに気を使っていると解るので。
 ルージュはいいよ・と笑って、スライムはその肩からブルーの膝へと飛び降りた。
 ブルーは膝の上で嬉しそうに跳ねるスライムを宥める様に叩いてやる。
 その様子にルージュは笑みを深くした。
「お茶、煎れよっか」
「ああ、頼む」
 ルージュの提案にブルーが答えて。
 そしてまた、穏やかな時間が流れ始めた。




 雨は、何事も無かったかのように降り続いていた。






14th. JAN., 2008




古来から言いますよね。
「喧嘩する程、仲が良い」ってw
そんな感じで捉えて頂ければ〜〜〜〜。
でもここまで怒鳴りあう為には、そうとう気心知れてないとムリだと思いますガ。

ウチのブルーは怒ると無言で術を発動させる傾向にあるようです。
でも日常ではあまり使いたくないヒトです。
……我が侭なんです、無自覚に。



2008.1.14





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