目覚めの時
  


 ーーーー 何処か、懐かしい香りがしていた。
 包み込むのは、優しい静けさ。時折、紙をめくる微かな音が響く。
 穏やかな温もりが心地よい。全身を包み込むこの感触は、一体、何なのだろう。
 身じろぎをした。自分の身体が普通に動く事を自覚するまでもなく。
 その時、不意に響いた声。
「何だ。気が付いたのか」
 聞き覚えのある澄んだ声に誘われるようにして瞼を開く。その視界に入るぼんやりした影。
 焦点が合わさるのにほんの少し、時間はかかりーーー 。
 その姿を視界に捕らえるのと同時に、ルージュは思わず跳ね起きていた。
「ブルーッ?!! 」



「え?! え?!! えーーッ?!! な、何でッ?! 何で、ブルーが?! ここに……って、ここ何処?!! え?! どうして、僕、ここにいるの?!! だって、え?! あれ?! あれッ、え、何でッ?!! えーッ、だって」
 一瞬にしてパニックに陥った頭に、バチンッと言う音と共に衝撃が走る。額を思い切り平手でどつかれたのだと言う事に気が付いたのは、一拍後だった。
 ヒリヒリする額を押さえつつも、呆然と自分の前に座る相手の顔を見やる。自分と瓜二つの顔を持つ、双児の兄の顔を。
 そっくりな顔の中で色違いの瞳がルージュを見返していた。その表情は平静そのもの。けれど同時に少しだけ呆れているようにも見えなくは無かった。
 ルージュが言葉を繋げずにいると、不意にブルーは親指で自分の背後を指し示した。
「あっちにシャワーがあるから、取りあえず頭を落ちつけてこい。着替えはクローゼットの中だ」
「あ…………う、うん。そうする」
 立ち上がる身体がまだ少しよろめいていたのは、目覚めたばかりだから、と言うだけでは無いのだろう。頭の奥が麻痺しているのを感じながら、事態がさっぱり掴めないまま、とりあえずルージュはシャワーを浴びる事にした。

 その後ろ姿に、ブルーがちょっとだけため息をついていた事は、知りもしない。



 確かに、シャワーを浴びると頭も少しはスッキリした。
 着替えの中から何時ものようにキングダム術士の法衣を選ぶ。クローゼットは2つあり、片方には青を基調とした服が並び、もう片方には赤を基調とした服が並んでいて、明らかに、ブルー用とルージュ用だと見当がついた。

 部屋へ戻り改めて落ち着いて見回すと、広すぎもせず狭すぎもしない部屋に必要なだけの調度類が使い易く配置されているのが解った。華美でも豪華でも無いが、滑らかな曲線で造られた家具はとても品が良く、デザインは全て統一されていて、落ち着いた色彩と相まって部屋をくつろげる空間にしている。
 窓は無いが幾つものライトが生み出す色彩の調和と薄く見える影が閉鎖感を打ち消していた。

 ブルーはルージュの方に目線を向けると、手にしていた本を閉じてテーブルの上に置いた。
 ルージュは歩み寄って、向い合せの椅子に腰を降ろす。何となく、妙にかしこまってしまうのは何故だろうか。
 反対にブルーは相も変わらず平静そのものである。ルージュの顔に視線を置いたままだが、何を考えているのか、その表情からはまるで読み取れない。ふと、ブルーが何時もの髪飾りをしていない事に気が付いたが、いきなりその事を問うのもどうかと言う気がした。
 ルージュがどうにも口火を切れないでいると、ブルーの方が先に口を開いた。
「まず、確認したいんだが」
「あ、うん」
 頷いてルージュは少し身を乗り出した。
「資質を賭けて俺と対決した所までは覚えているな?」
「うん、それはね。それで僕が負けて、ブルーに吸収されたんだよね」
「で、その時『真実』が解り、<キングダム>に戻ってみたら、<キングダム>は崩壊の危機の直中にあった。その原因を絶つ為に俺達は<地獄>をぶっ潰しに行き、その後<ボロ>に脱出した。ここまでは?」
「 ーーーうん……。覚えてる」
 頷きながら、ルージュは妙な違和感を感じていた。どうして、ブルーと融合している最中の事を覚えているんだろう?あの時、意識なんて無かった筈なのに……。そう思ってから、ふと首を傾げた。
「あれ?でも、それから先の事は良く覚えていないんだけど」
 首をかしげるルージュと反対に、ブルーはむしろ納得したように息をついた。そして、みるみるその表情が不機嫌になる。
「……お前、あの時、納得しただろう」
「え?ーーー あ、そうだった。うん、納得っていうか、満足したんだよ。これで僕のやるべき事は終わったんだって、そう思ったから」
「…………何がだ」
 思い出し、ふんわりと笑顔を見せるルージュと裏腹にブルーは思いっきり仏頂面になってしまう。
「……ったく、対決の時から手を抜きやがって」
 顔を背けて吐き捨てるような一言に、ルージュは完璧に戸惑った。ブルーがいきなり不機嫌になった理由が、さっぱり分からなかったからだ。
「え??あ、あの……?」
「ーーーまあ、いい。とにかく、とりあえず、<ボロ>で暫く休んでいたんだが、その間にどうにも気になって仕方が無い事があった」
「気になる事って?」
「<地獄>に入る直前に言われた言葉だ。覚えていないか?」
「え?え、と」
 ルージュは少し考え込み、そして、あ、と声を上げた。ブルーが頷く。2人は同時に口を開いた。

「『お前達は本当の』」

 それが、<地獄>突入直前ーーー正確には、突入の瞬間に言われた言葉。
「あれがどうにも気になって仕方が無かった。あいつは一体何を言おうとしていたのか」
 驚き、ルージュは頷いた。しっかりと忘れていたのだが、確かに言われてみれば気になる台詞ではある。
 目を見張るルージュの前でブルーは頬杖を付くと、つまらなそうに言葉を続けた。
「それで、はっきり言って『嫌』だったが、『仕方が無い』ので、『やむを得ず』、確かめる為に『一度だけ』、<キングダム>に戻って『やる』事にした」
「………………ブルー、あの……」
 そこまで強調する程、嫌だったの?と言う問は、呟き以上にはならなかったので、聞こえなかった様だ。
「で、あの時の奴を探し出して締め上げたら白状しやがった」
「…………ブルー、犯罪者じゃないんだから」
 今度の呟きはさっきよりは大きな声だったが、ブルーには届かなかったようだ。もしくは、気に留めてもらえなかったのか。
 ブルーは身体を起し、背もたれに乱暴に身体を預ける。そのまま腕組みをすると不機嫌に言い放った。

「俺達は、『本当の』、『双児』だったそうだ」

 言われた言葉に、ルージュは即座に反応出来なかった。一瞬、頭の中が真っ白になり、思考回路が停止する。ブルーが何を言ったのか、確かに聞いたはずの言葉を理解するのには、1拍の時間が必要だった。次いで、その台詞が改めてルージュの中で意味を為す。だがそれは、とっさには『驚き』よりも『戸惑い』を生んだ。ーーー今、ブルーは、何て言った?聞き間違い?それとも、言い間違い?? だって、まさか、そんなハズは…………。
「あ、あの、ーーー今、なんて……?」
「……聞き返すな、鬱陶しい。『俺達は本当の双児だった』とそう言ったんだ」

 『驚愕』はそれからようやく訪れた。ーーー今、ブルーは、何て言った?!!

「ーーーぇええええええッ?!! え?!! まさかそんな!! だ、だって、それじゃあ、融合とか無理なんじゃないの?!! 」
 パニックに陥るルージュとは反対にブルーは冷静に続けた。
「<キングダム>には、正確にはもう長い間『双児』は生まれて来ていない。今いる双児達は全て、誕生後に処置をして双児に『した』者達だからな。もともと1人の人間を術で無理矢理2人にしている訳だから、術が解ければ、また1人に戻る。『吸収』だの『融合』だの言っているが、正確にはそういう事だ」
 ルージュは呆然とその言葉を聞いた。そこまでは、ルージュも知っている事だ。
 それから<キングダム>に生まれた全ての人間が双児に分けられる訳では無い。『処置』を受けるのは、あくまでも『術士としての高い資質を持つ者』だけである。中途半端な強さの『完全な術士』では意味が無いし、それ以前に融合に失敗する恐れもある。
「だが、俺達は『純正の』双児だった。したがって他の奴らの様に『吸収』や『融合』などと言う真似はまずできる訳が無い。それに他者から一度に引き継げる資質は一つのみだから、俺達がまともに対決しても、はっきり言って意味は無かった。だから本来ならば俺達2人をそれぞれに2人に分けるベきだったのだろうが、二つの事情により状況が変わった。まず第一に余りにも俺達の資質は高すぎた事と、もう一つは僅かだが究極の『完全な術士』を作り上げる可能性が出て来たからだ」
 ルージュの瞳が驚きに見張られる。ブルーは腕を組んだまま身じろぎもせずに続ける。
「『禁呪法』だが全くの別人を一人に融合させる方法が見つかった。しかし、その成功率は凄まじく低い。成功例となっているのは事実かどうかも怪しい伝説上の存在だけだ。ある程度能力の高い『完全な術士』を2人造るか、それとも低い確率に賭けて究極の『完全な術士』を1人だけ造るか。ーーー<キングダム>がどちらを選んだかは言うまでも無い。その結果が『俺達』だからな。過去に失敗例しか無い方をわざわざ選んだ理由は<地獄>がそれまでの封印では抑え切れなくなりそうな程に活性化して来たからだとは言っていたが、それと恐らく俺達が一卵生の双児だったからだろう。受精時まで遡れば、確かに俺達は『同一人物』と言えなくも無いと言う事らしい。だから、全くの他人を融合させるよりは成功率が上がると予測したんだろう。ーーーーバカバカしい限りだ」
「う……うん」
 ようやくルージュも頷く事が出来た。何処の世に『受精卵』が同じだからと言って、『一卵生双生児』を『同一人物』とみなす者がいると言うのか。
「ま、そうして、俺達2人は相手を倒した時に勝った方が負けた方を吸収する様に処置を施され、他の『双児もどき』の連中と同じように扱われ、相手を倒せと言われて旅立った。融合後には自分達は本当は一人なのだと『知る』様にも処置されていたのだろう。ーーーつまり、<キングダム>は二重に俺達を騙していた訳だ。何処までもふざけた事にな」
 ブルーはそう言うと、またもや不機嫌そのものの顔になって瞳を伏せた。
 ルージュはまだ少し呆然とした顔で溜め息を付いた。
「そ……っか。そうだったんだ……。ーーーあれ?じゃあ、今はどうしてまた2人に戻ってるの?」
 ルージュが顔を上げるとブルーはちらりと目線を寄越した。ルージュは慌てて続ける。
「だって、どっちにしろ、僕は1回ブルーに吸収されたよね?それなのに、再分離なんて出来るの?それなら、僕から更に麒麟を分離したりとかも出来るんじゃあ……」
「それは無理だな」
 キッパリとブルーが言う。ルージュは一瞬、言葉を失った。
「え?あ、あの、だって……」
「奴らの場合は、相手を倒した上で資質のみを抜き出して吸収した。だが俺達の場合は、存在そのものと融合した。状況が違う」
「…………じゃあ、どうして、僕達はまた2人に戻ってるの?」
「<キングダム>の連中に再分離させたからだ」

 またもや、驚きは1テンポ遅れた。

「 ーーーーえええぇッ?! 『再分離させた』って、なんで?!! 」
「……当たり前だろうが!! 」
 それまでどんな不機嫌な顔をしても淡々と喋っていたブルーが、初めて声を荒げた。ルージュは思わず身を竦ませてしまう。
「本来、 同一人物でも無いのに、 何時までもお前と融合している必要が何処にある?!! <キングダム>に押し付けられた責務は果たした!! もともと、奴らの都合で勝手に融合させられていたんだ!元に戻すのも、奴らの義務だろうが!!! 俺はこれ以上、<キングダム>の言いなりになど、なっているつもりはない!! 」
 驚き目を見張るルージュの前で、ブルーは拳をテーブルに叩き付けた。その瞳がルージュを睨み付ける。それまでは『不機嫌』だった顔に今は完全に『怒り』が浮かんでいた。その理由も解らず、只、ルージュは身体を硬くする。
「それに、お前に聞きたいこともある」
「は、はいっ。何?」
 思わずルージュは畏まって答えてしまう。ブルーの瞳に更に力が篭った。
「対決の時、何故、手を抜いた」
「え?」
 問われた内容を、一瞬、理解出来なかった。戸惑いながらルージュは答える。
「あ、あの、別に手を抜いたつもりは無いんだけど?」
「黙れ。見え透いた嘘をつくな」
 ルージュにはどう答えて良いのか、解らなかった。本当に、身に覚えは無いのだ。
「ウソって……本当に、僕はそんなつもりじゃーーー」
「終始、本気でいるようには見えなかった。特に最後の一撃はわざと喰らっていたな。どういうつもりだったんだ、あれは。負けた方が吸収されるーーーつまり、消える事になる。それは解っていた筈だろう」
「ーーーそれは、ワザとじゃないよ!手を抜いたとか、そういうんじゃない!僕は、本当に構わないって思ったから…!」
「『構わない』? 何がだ!負けても構わないと言う事か?! 消えても良いと?! それがわざとじゃ無いと言うのか?!! 真剣勝負に手を抜かれる程の屈辱があるか!!! 」
「だから、違うってば!! そうじゃなくて、ブルーに吸収されるんなら構わないって、そう思ったんだ!! 」
「どう違う?! 何が言いたい!! 」
「だから、あの、だからね……っ、ーーー僕は……!! 」
 ルージュは言葉を詰まらせた。どう言えばブルーに解ってもらえるのだろうーーーいや、きっと、ちゃんと話せば解ってくれる筈。だって自分達はーーー。
「僕はーーーブルーと戦うよりも、話し合いたかったんだ。まず、きちんと話をしたかったんだよ……!」
「話す?! 何を」
 ブルーが問返す。怒りで満たされていた表情に、怪訝そうな色が差した。ルージュは必死で自分の思いをブルーに伝える。『思い』ーーーいや、『疑問』を。
「だって……だって、変じゃ無い?どうして僕達だけがーーー僕達『双児』だけが、戦わなくちゃいけないの?」
「相手を倒し、その持つ資質を吸収し、『完全な術士』になる為に、だ。お前、<キングダム>にそう吹き込まれなかったのか」
「だから、そもそも、それがどうしてなの?」
 ブルーが完全に怪訝そうな顔になる。ルージュは懸命に言葉を繋げた。
「僕達は、生まれて直に別々にされたよね?そして、そのまま育てられたーーーお互いからも、両親からも引き離されて。そして、修士過程が終了したら、相手と戦えって、そう言われて。ーーーでも、どうして?どうして『双児』だけが、そんな事しなくちゃいけないの?」
「ーーーだから、それは基本的には『双児』ではなく、もともと……」
「うん、今はね。全部解ったたら理解できるけど、でも、あの頃は何も知らなかったから。だから、どうしても納得出来なかったんだ。だって、『双児』以外は、みんなちゃんと家族で暮らしているじゃない?普通の兄弟とかなら……!それなのに、どうして、『双児』だけが?って、ずっとそう思ってたから。それに、それじゃあもしも、『双児』じゃなくて『三つ子』とか『四つ子』とかなら?その時はどうするの?って。それで、ダメだって解ってたけど、こっそり<外>の本とかも読んでみたんだ」
「……お前、それは禁忌だろうが」
 流石のブルーも唖然となってしまう。以外とルージュの方が型破りなのかもしれない。
「そ、そうなんだけど、でも、気になったから。<外>ではどうなんだろうって。あと、それから、旅立ってすぐに<マンハッタン>にも行ったんだ。あそこには<トリニティ>運営の大きな図書館があるって聴いてたから。ーーーでも、それで、余計に疑問が強くなっちゃったんだ。だって、<外>では『双児』だってちゃんと『兄弟』として一緒に暮らしてるんだもの。それなのに、どうして<キングダム>の『双児』だけが、戦わなくちゃならないんだろうって、そう思ったら、もう、どうしようも無くなっちゃってーーーだから、ブルーに会ったら、どうしてもその事を聴きたかったの。ブルーはどう思ってたのか、それを確かめたくて…………なのに」
 ルージュはちょっと拗ねたような顔をして見せた。
「ブルーってば、会うなり『シャドウサーバント』からの『ヴァーミリオンサンズ』なんだもん」
「……当たり前だろ。俺はお前を倒す事しか考えて無かったぞ」
 冷静な表情に戻って『当たり前』と言い切るブルーを上目遣いに見てルージュは口元に笑みを浮かべる。
「うん、そうだったね。ブルーは最初っから全力だったからーーーだからなんかね、いいかなって気持ちになったんだ。なんかーーー勝つとか負けるとか、あと、資質の事なんかも……僕にはどうでもいい事なんじゃないのかなって。だって、ブルーはすごく本気だったから。僕みたいに<キングダム>に疑問を感じて、中途半端な気持ちでいる方が勝ち残るよりも、ブルーみたいにちゃんと真剣に頑張ってる方が勝った方がいいんじゃないかな……って、そう思ったし、それにね」
 ふわりとルージュが顔を上げる。ブルーは誘われるように目線を合わせた。澄んだ蒼の瞳が真直ぐにルージュの暖かな紅の瞳を見つめる。自分の話を真剣に聴いてくれているのが良く解り、ルージュは嬉しくて微笑んだ。
「ブルーに吸収されても、『僕』が消えて無くなるワケじゃないんだって、そうも思ったんだ。確かに、今ここに居る『僕』って人格は消えるのかもしれないけど、でも、僕が修得して来た資質はブルーが引き継いでくれるんだから。それなら、『僕』が完全に消えるワケじゃ無いって。僕の資質が、僕が得て来た物がブルーの中で息づているのなら、それは僕にとって消滅とは違うんだって、そう思ったから、だから」
 ルージュが笑った。嬉しそうに。心からの笑みを。
「ブルーに吸収されるんなら構わないって、そう思ったんだ」
 ブルーが微かに眼を見開いた。ルージュはにっこりと笑う。
 その笑顔を一瞬見やって、それからブルーは身体の力を抜いた。溜め息と共に椅子に細い身体が沈み込む。
「…………呆れたお人好しだな、お前は」
「そうかなぁ」
 口調に、言葉程の冷たさは無い。それが解るからルージュは特に気にせずニコニコと笑う。
 確かにブルーの瞳には今までに無い柔らかな光が浮かんでいた。
 それを見るにつれ嬉しくて、ルージュは笑顔になる。
「でも、本当に嬉しい」
「……何がだ」
「ブルーとこうして話が出来る事が」
 笑顔でルージュは身を乗り出した。ブルーは椅子に沈み込んだ体勢から動かない。
「だって、ブルーが僕達を再分離してくれるように頼んでくれたおかげで、こうしてちゃんと話が出来るんだもの。僕はずっとブルーと話し合いたかったから、その願いがようやく叶って、本当に嬉しいよ」
 満面の笑顔を見せるルージュにブルーは答えず軽く額を掻いただけだった。けれどその仕種は、何処か照れているようにも見えなくは無かった。

 ようやく、本当の意味で『出会えた』双児の兄。この世で唯1人の同じ遺伝子を持つ兄弟。血を分けた肉親。両親すら解らない自分のたった1人の家族。随分と遠回りをしてきたのだろうけれど、その人とこうしてきちんと向かい合えて、本当に良かった。心の底からそう思えて、それがまた嬉しくて、ルージュの顔から笑顔が絶えない。日溜まりのように、おっとりと柔らかくルージュは笑う。

 対してブルーは、椅子に沈み込んだ姿勢から身動き一つしないままである。けれど、その表情から無表情な冷静さは消えていた。相変わらず感情は余り見受けられないけれど、もう氷の様な鋭さは消えていた。

 ルージュの笑顔が、ふと止まる。軽く首を傾げて両手で胃の辺りを押さえ、ちょっと考え込んだかと思うと、照れくさそうに笑って言った。
「なんだかホッとしたら、オナカ空いちゃった」
 ブルーが瞬きをしている間にルージュは元気良く立ち上がる。
「ね、ブルー、ご飯食べに行こうよ。僕、おいしい所、知ってるから。ね?行こ」
「あーーーーーいや」
 笑顔でドアに歩み寄るルージュにブルーが身体を起して何かを言いかける。そのまま、顎に手を当てて、何かを考え込み始めた。
 ドアの手前まで来てブルーをもう一度呼ぼうとしてルージュはある事に気が付いて立ち止まった。その瞳が驚きに見開かれる。きょとんとして首を傾げ、まじまじとドアの一点を見つめる。そこに当然あるはずの物が何故か見当たらない。普通、ドアには当然付いているはずの物ーーードアノブが見当たらなかったのだ。
「あーーーれ?あれ??え?」
 本来、ドアノブがあるべき所には、鉄製のプレートが打ち付けてあるだけである。
 どうやって開けるのだろうかと困惑顔のままあちこちを見渡し、それでも何も見当たらないから自動ドアなのかと思ってプレートやその他の場所を色々触ってみたが反応は無く、それじゃあと押してみたり引いてみたり横に引っ張ってみたり、思い付く限り試してはみたが、ドアは結局ピクリともしなくて 。
 呆然となっているルージュの後ろで、ブルーが実にゆっくりと口を開いた。
「ーーーーーーいや……俺達は」
 振り返るルージュの視界の中で、ブルーが淡々とした表情のまま爆弾を落した。

「<キングダム>の連中に、ここに『監禁』されているんだが」

 またもや、一瞬、ルージュは凍り付いてしまった。
 が、こうも何度も続くと驚く事にも免疫が付くのだろう。次の瞬間には驚愕の表情に変わり部屋中に響き渡るような絶叫を上げていた。
「ぇえええええええーーーッッ??!!! 」
「……言って無かったか?」
「聞いてないよぉッッ!!! なんで?!! 一体どーしてッ?!! 」
 相変わらず、驚くルージュとは正反対の態度でブルーが答える。
「当然だろうが。俺達は180年振りに生まれた『純正の双児』で、しかも一度は『融合』しながらも『再分離』された経緯を持つ、極稀な存在だぞ?<キングダム>の連中にとってはこの上なく貴重な『サンプル』だろうが」
「『サンプル』ゥ?! 」
 あまりの言い種に絶句してしまう。そんなのってアリなの?! だってーーーだって!!
「そんなーーーそんなのって…………だって!! <地獄>を壊滅させたのはブルー達なのに!! それなのに、こんなのってヒドイよ!! 本当なら『英雄』とか言って感謝しなくちゃならないくらいじゃないの?! それをなのに、なんで『サンプル』なんて言い方するのぉっ?!! 」
「………………俺が知るか」
 ブルーがボソッと呟く。が、ルージュに聞こえたのかは疑問である。もっともルージュは『怒っている』と言うよりは、ただひたすら『わめいている』と言った感じだが。
 ブルーは軽く溜め息を付くと頬杖を付いて言った。
「まぁ、とりあえず、お前の意識が戻って色々と確認を取るまで俺達に手を出すなと言ってあるからな。今すぐにどうこうと言う事はないだろう」
「え?確認ってーーー」
 その言葉にルージュが振り返った。今まで騒いでいたので多少上気した顔をしているが、瞳は少し平静に戻っていた。
 もっとも、ブルーはルージュの感情の変化にはさして気は使っていないようだ。特に何も気にしていないかの様に両手を胸の前で組み直し、真剣な表情で軽く身を乗り出してくる。
「術は使えそうか?」
 ルージュが瞳を大きく見開いた。それから少し急いで胸の前に両手を合わせ、軽く一息付くと、意識の奥底、自分の内なる所へと感覚を潜らせる。術の資質……生まれた時より『そこ』にある自身の内なる『力』/それへと静かに降ろした意識/触れる輝き/何時もと変らずに/それこそが『資質』の存在……以前と変らずに感じる『それ』はーーーー『それ』は!!
 またもや、驚愕がルージュを支配した。予想外の事態が自分に起きている事を知って。
「ーーーーウソッ!!! 全部、あるよ?!! 」
 二人で手に入れて来た資質が、全て自分の中にあるのだ。と言う事は、もしかして?!
「え?!! も、もしかして、僕、資質全部取っちゃったの?!! 」
「心配するな。俺も全部ある」
 一瞬反応出来ないルージュと反対に、ブルーは口元に薄く笑みのような形を造る。瞳に点る強い光。笑っているとは言い切れない、挑むような表情。
「俺が全部吸収したのかと思ったが、違った様だな。それに、お互いが得て来た物だけに戻ったのかとも危惧していたがそう言う訳でもなかった様だし」
「じゃあ、僕達二人共、資質全部持ってるの?な……なんで?」
「俺が知る訳ないだろうが。ま、いい。行くぞ」
「え?」
 まだ少し呆然となっているルージュの前でブルーは平静な表情に戻って立ち上がった。ルージュが慌てて声をかける。
「あ、あのーーーー行くって?」
「<クーロン>に腕の良い医者を知っている。多少、性格に難はあるが、<キングダム>の連中よりは信頼出来るヤツだ。あいつに診てもらうのが一番確実だろう」
 ブルーは歩み寄って来てルージュの向いに立つ。ルージュはまだ驚き顔のまま、訊ねる。
「でも、さっき、<キングダム>が僕達を監禁してるって」
「それは<キングダム>が勝手にやっている事だ。俺達が従う義務は無いだろうが」
「ーーーはい?! 」
 どうもブルーの言動はルージュの想像を超えてしまう。一体今日一日で、いや目覚めてからのこの短い時間に、何回愕然となればいいのだろう。しかも、その度にブルーは何も動じずに平然としているのだ。
「当たり前だろう。俺は<キングダム>の監禁命令に従っていた覚えは無いぞ。ただ単に自分の意思でここに居ただけだ。ここを出ないとは一言も言っていない」
 余りにも平然と言い放つその台詞に、正直ルージュは目眩すら感じそうだった。何をどう育てれば、ここまで傍若無人な性格になると言うのだろうか。いや、『誇り高い』と言う表現もあるかもしれないけれど、しかし、でも……。
「でもーーー出れるの?ドアはあの通りだし、それに、この部屋、対術用の結界がしいてあるみたいだけど……」
「ああ、術士の2、3人ぐらいなら軽く押さえ込めるヤツだな。だから、お前の意識が戻って資質があるかどうか確かめてからと思っていた」
「僕のって……僕が術を使えてもどうしょうもないんじゃないの?そんな結界の中なら僕達二人だけじゃ、押さえ込まれちゃうんじゃない?」
 ルージュが不安そうに口にしたその言葉をブルーはあっさりとはね除けた。

「二人『が』術を使うのと、二人『で』術を使うのとは違うだろう?」

 え、と言う顔をしてから、ルージュは意味を理解した。大きく瞳を見開いてブルーを見つめる。驚いてはいるが、それだけではない。瞳に強い光が映る。不謹慎かもしれないが、胸が踊り出すのを感じずにはいられなかった。そう、まるで、子供の頃にちょっとした悪戯をする事になった時の様に。
「……出来るかな。凄い事だよね、それって」
 押さえ切れない感情が滲んだようにルージュの声が少し上ずる。
 対してブルーは再びその口元に笑みを浮かべる。挑むような笑顔。口元は笑みの形に結ばれていても、その瞳は真直ぐに見据えてくる。
「俺達に、しか、出来ない。ーーーどうする?どの道、ここに残っていたら間違い無く、生涯<キングダム>の中から出して貰えないのは確実だぞ」
「やだよ、そんなの!!! 」
 ルージュが即答した。
「だって、僕、リュートにもまた会いたいし、 ゲンさんとヒューズと、あと、 IRPOのみんなにもお礼を言いたいし、そうだ、朱雀がどうしてるかも気になるし、あとヌサカーン先生にもちゃんとご挨拶したいし、レオナルドとまた一緒にご飯食べる約束もしてるし、エミリア達のお店にも行くって言ってあるし、それから零姫に麒麟倒しちゃった事お詫びしたいし、それからそれから……」
「…………お前、そんなにいろんな奴の世話になって来たのか」
 ブルーの反応は呆れているのか感心しているのかどうにも見分けが付かない。ただはっきりしているのはそんな感情さえもあまり長く続かないと言う事だ。すぐにいつもの態度に戻ってしまう。
「とにかく、これで決まりだな。行くか」
「 ----------うん!」
 ルージュが瞳を輝かせて頷く。ブルーも頷くと、ルージュの方に右手を伸した。ルージュはその指先にギリギリ触れないぐらいの位置まで左手を伸す。お互いの瞳が会い、二人は同時に笑った。ブルーは挑むように勝気に。ルージュは本心から嬉しそうに。
 一拍の間。そして二人が同時に口を開く。

「『Open The "GATE"』!! 」

 詠唱は同時。次の瞬間、二人の指先の間から、凄まじいまでの光が放射状に迸る。溢れる輝きは圧倒的な力を伴う全彩色の光の帯。目紛しくその色彩を替え部屋中を駆け廻り、堪え切れずに結界が圧され悲鳴を上げる。全ての色彩を伴う無彩色の光の渦。抑えようの無い輝きが全てを圧する。
 渦巻く輝きの嵐の中、影無き二人の姿が眩く照らし出される。光にあおられ髪とローブがはためく。全ての光が生まれるのは二人の指先の合わさる一点。色の違う双瞳が同じ光を湛え笑った。

「『Region<KOOLONG>』!! 」

 その声と同時に一際激しい閃光が辺り一面を支配しその中に二人の姿が一瞬霞んで消え ------------- 。













 その日、ようやく復興が進み始めていた<マジックキングダム>の中の比較的無事だった建物の一角で、小規模な爆発があった。『小規模』とはいえ、その爆発で建物の一部は完全に吹き飛び、軽傷者を除いて死傷者が出なかったのが不幸中の幸いと言った所であった。また、爆発としては奇妙な事に、破片が極めて少なく、むしろ建物の一部が消失したかのようであったともいう。原因は不明だが、『災害復興時には良くある事』として、詳しい解明は行われなかったとの事である。






17th, APR., 2002



ぴりか・すとりーむさんに差し上げたブツの採録です(笑)姑息採録・と言うらしいです。
微妙に改訂してたりします。内容は変わってないけどね。改行とか、細かい所。
にしても、今と文章の書き方が違う……。この頃の文章は北条風奈先生の影響が濃いですな。
ルージュの笑顔に対する表記なんざ、まんまオラクルの笑顔だわ〜(苦笑)
開き直って、当時は敢えて変えてみた表現を、イメージのままやってみました。さて何処でしょ?


そして!
な、なんと、こんな拙い文章に、フラッシュを作って下さったという有難いお方が!
Blue Berry Bat の空木 忍さまです!ありがとうございました〜〜!!
ラストの詠唱シーンです。是非、ご覧下さい。カッコいいんですよぉ〜〜〜!



2006.8.8





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