二つ名の行方






「四皇の一人、赤髪のシャンクスの帽子……ねぇ」
 丸テーブルに付いてルフィの麦わら帽子を手に、ナミがしみじみと呟く。
 ナミを挟む様にして座ったロビンとチョッパーも、興味深そうに帽子を覗き込んでいた。



 アクアラグナの復興真っ直中のウォーターセブンにて。
 嵐の様にやってきたルフィの祖父・ガープ中将が、とんでもなく強力な爆弾情報を投下して帰り。
 で、そのままノリと勢いで大宴会に突入したのが、昨日の事。
 それから一夜明けて落ち着いて。
 改めて、とんでもない話を聞いたんだなぁ・と実感が湧いて来た所である。



 自分の帽子を覗き込んでいる3人を見ながら、ルフィはナミと向かい合う位置に座っていた。
 サンジは簡易キッチンでおやつのドーナツを作っている。
 ゾロは少し離れた床に座り、半分眠っている様だ。
 帽子をじっくりと見つめながら、ナミは改めて溜息を漏らした。
「大海賊とは聞いていたけど、そんなに凄い人だなんてね」
「うん。おれも知らなかったな」
 笑って答えるルフィにロビンが微笑む。ルフィらしい・と思ったようだ。
 チョッパーは目を輝かせて帽子に手を伸ばした。
「そんなにエラい人から貰ったのか〜。スゴいな、ルフィは」
「ちがうぞ、チョッパー。貰ったんじゃない、預かってるんだ」
「え?そうなのか?」
「おう、約束したんだ。いつか、海賊王になって返しに行く・って」
「へえぇぇ〜〜〜!!」
 歯を見せて笑うルフィにチョッパーの瞳の輝きが増す。
 その向かいでロビンが、ふと首を傾げた。
「それはちょっとまずいわね」
「え?どうして?」
 声を聞き止めたナミが驚いて尋ねた。ルフィとチョッパーも同時に視線を向ける。
 ロビンは静かな口調で続けた。
「だって、あなたの二つ名は『麦わら』でしょう?」
「フタツナ?なんだそれ?」
 ルフィの反応にロビンを除く全員がひっくり返った。ルフィ1人、不思議そうに首を捻る。
「ツナ?ってことは、食いもんか?旨いのか?」
「……アホか、てめェは」
 いつの間にか側まで来ていたゾロが頭を抱えて呟く。ナミの手から麦わら帽子を取ると、ルフィの頭に乱暴に被せた。
「二つ名ってのは、異名の事だ」
「あなたの『麦わら』もそうだし、『赤髪』もそうね。名の通った海賊には大抵付いているし、海軍将校もそうよ」
「へえぇ〜〜〜!そうだったのかー!!」
「あんたねぇ、自分も賞金首のクセに知らなかったの?!」
 ナミに怒鳴られてもルフィは動じずに笑うだけ。サンジがキッチンで呆れた様に溜息を吐く。
「で?なんでそれがマズいんだ?」
 改めて聞き直すと、ロビンが少し苦笑する。
「二つ名は普通、その人を象徴する物から付けられるのよ。あなたの場合はその麦わら帽子がそうだったわ。なのに、それを手放してしまったら」
「あ!!」
 ナミ達が同時に声を上げた。言わんとする事を察したらしい。

「麦わら帽子を被っていないのに、『麦わらのルフィ』とは呼べないでしょう?」

 ロビンの言葉に、それでも怪訝そうにルフィは首を傾げる。
「ダメなのか?」
「ダメに決ってるでしょう!!!」
 呟きに即座にナミが怒鳴り返した。ロビンが冷静に言葉を返す。
「『赤髪』だって、髪の色が変わったらそうは呼べなくなるんじゃなくて?」
「えー?!!やだぞ、おれ!シラガとかチャパツのシャンクスなんて!!」
「……いや、そこじゃねェだろ」
 ゾロが半ば呆れた様に言った。キッチンからサンジが振り返る。
「つまり、麦わら帽子を手放したルフィの二つ名をどうするか・って事だよな」
「ええ、そうね」
「そっかー!大問題だな、コレは!!」
 ロビンが頷き、チョッパーが叫ぶ。ナミは、基本的には海軍が付けるんだけど・と呟いた。
 ゾロが麦わら帽子ごとルフィの頭を煩雑に叩きながら口を開く。
「……『元・麦わらのルフィ』か?」
「それもちょっと違わない?」
 ナミが向かいで手を振る。
 うう〜ん、とチョッパーが首を捻った。
「やっぱり……ゴムゴムのルフィ?」
「能力の名前がそのまま二つ名になった例も余り聞かないわね」
「そっかぁ。じゃあ……ええと、黒髪のルフィ?」
「それ程、目立つ頭でもねェだろ」
「ええぇっ?んと、んーと、じゃあ……」
 ロビンとゾロに否定されて、チョッパーは更に首を捻る。
 ナミは身を乗り出してまじまじとルフィを見つめた。
「改めてそう考えると、あんたって外見的な特徴がないのね」
 サンジを除く全員の視線がルフィに集中した。言われてみれば、確かにその通りかもしれない。
 中肉中背、ざんばらの黒髪、大きな瞳、さして大柄でもなく、かと言って痩せこけている訳でもなく、太っているわけでもない、極端に手足が長いとかでもない。目印になりそうなものは左目の下の傷跡ぐらい。
 だからこそ、この何の変哲も無い古い麦わら帽子がルフィの目印になっているのだろうけれど。
 じゃあやっぱり、この麦わら帽子を手放したら、ルフィを示すものは一体何なのか、と。
 改めて考えると思いつかない物で。
 ゾロは相変わらず帽子越しにルフィを頭を叩きながら口を結んでいる。
 ナミは向かいから身を乗り出し、テーブルに両肘を付いて難しい顔をして。
 チョッパーは頭を抱えて、ロビンは軽く小首を傾げて。
 4者4様の態度でルフィをじっと見つめていた。
 その4人の視線に曝されながらも、当のルフィ本人は気にも止めずに座ったまま。
 なんとも言えない空気に、サンジは大仰に溜息を吐いた。

「…………別に、それ程悩む事でもねェだろ」

「サンジ君?」
 聞き止めてナミが顔を上げる。目が合うとサンジは大皿に山盛りのドーナツを片手ににっこりと笑った。
「ナミさん、ロビンちゃん、そんな下らない話題よりも今日の愛情おやつが出来上がりましたので、あちらのテーブルへどうぞ」
「下らないってヒドいぞー!」
 チョッパーが目を剥いて怒鳴る。ルフィはドーナツに目を輝かせた。
「ドーナツ!!うまほーーーー!!!」
「がっつくんじゃねェよ!!!…ったく、ホラ、量はあるから落ち着いて喰え。さささ、ナミさんとロビンちゃんの分はあちらに。こんな万年欠食児と一緒じゃ食べた気にならないでしょう?」
「あら。ありがとう」
「それはいいんだけど、それよりサンジ君、今の」
「いっただきまーーーーす!!!!」
「あーーー!!!ルフィ、取りすぎだぞ!!!」
 直ぐに始まる取り合いに肩をすくめて、ナミは席を立った。隣のダイニングテーブルには既に、2人分の紅茶とドーナツが用意されている。
 サンジにうやうやしくエスコートされてテーブルに着きながら、ナミは怪訝そうに訊いた。
「ねぇサンジ君、さっきのどういう意味なの?」
「さっきって何ですか?ナミさん」
「ルフィの二つ名の事よ」
 ああ、とサンジは笑う。ナミは目を見開き、ロビンも不思議そうに首を傾げた。
 2人の視線を一身に受けてまんざらでも無さそうにサンジは胸を張る。内心は有頂天だろう。
 努めて冷静を装いながら、それでも笑みは絶やさず、サンジはポケットから煙草を取り出した。
「麦わらがなくたって、アイツには絶対的な特徴がありますからね」
「でも、それが見つかんないから悩んでたのよ?」
 怪訝そうに問うナミにサンジはマッチを取り出しながら、嬉しそうに笑った。
「悩むナミさんも可愛らしいなァ。ああでも、そんな貴女の悩みはこのおれが直ぐに吹き飛ばして差し上げますからね」
「うん。さっさとお願い」
 あっさりとそう言うナミにサンジが、そんな素っ気ないナミさんも素敵だ・と目をハートにしながら恋の蒸気を吹き上げて。
 改めて咳払いを一つしてから、向き直った。
「失礼。……まぁ、アイツの二つ名なんて、アレで十分ですって」
「アレって?」
「アレですよ、アレ」
 そう言って、煙草を持った手で隣のテーブルを指し示した。
 ナミとロビンが同時に視線を向ける。
 その視界に入ったのは、両手一杯に握りしめたドーナツを、両頬が丸くなるぐらい詰め込んでいるルフィの姿。
 余りと言えば余りに情けないその姿にナミは溜息を吐き、逆にロビンは口元を綻ばせる。
 そんな2人の側で、サンジがマッチを擦る音が響いた。
 煙草に火を付けてそして笑う。
「ホラ。一目瞭然でしょ?」
 振り返るナミとロビンににっこりと笑って言った。


「『大食いのルフィ』ってね」


 余りにも得意げに言われた言葉に。
 ナミはポカンと口を開け。
 ロビンは目を丸くして。
 そんな2人の反応にサンジはニコニコと笑い、首を傾げて見せて。
 話を聞いていたらしいゾロが唖然とした顔で立ち尽くしていた。
 当のルフィは、あんぐりと大きな口を開けて、ドーナツを両手一杯に抱えて口へと放り込んだ所で。
 その様子に、3人が同時に笑い出した。

「サ、サンジ君、見事!そうね、確かにそれが1番だわ!!」
「でしょう?!ナミさん、解ってらっしゃる!」
「うんうん。それ以外ないわよねー、ルフィには!」
 ナミとサンジが楽しそうに笑いあう。
 ゾロは帽子毎ルフィの頭を思い切り叩いた。
「確かに『底なし腹』だよな、コイツは」
「そうね。『無限胃袋のルフィ』よね」
 ロビンも楽しそうに笑う。
 その時、ルフィに負けじと懸命にかっ込んでいたチョッパーが、とうとうドーナツを喉に詰まらせてむせ返った。
 ロビンがふわりと手を咲かせるとその背を優しく叩き、もう1本の手で飲物を取ってやる。
 ルフィだけがきょとんとしたまま、延々とドーナツを頬張り続けていた。
「何だよ?そんなにおかしいか?」
「いーや。おめェはそのままでいい」
 怪訝そうに訊くルフィの頭を相変わらず叩きながらゾロが応える。
 ナミとサンジはすっかり2人で盛り上がっている。
 チョッパーが涙を流しながらジュースをがぶ飲みして、ようやく一息付いた。
 ロビンが微笑みながら紅茶に口を付けて。
 楽しそうな笑い声に、街を復興する軽快な音が外から響く。
 窓から差し込む陽射しが暖かく皆を包んでいた。



 エニエス・ロビーの1件を伝える新聞が届くのは、この15分後の事である。









23th, NOV., 2007





んーーーーー。
単にしょーもない話題で盛り上がってる皆を書きたかっただけだったり。
全員でわらわら話してると、行数喰うなぁ。
そして、さり気なくサンナミ。わーい♪

原作のラストって、何処まで行くんだろうなぁ・とか思う昨今。
海賊王になって終りなのか。
その後にまだ一山あるのか。
帽子を返すエピソードはどの辺なのか。
どんどん世界観とか歴史とか、デカイ設定が出て来てるから、
ラストの想定が出来なくなってきたよ。
「ひとつなぎの大秘宝」ってのが、
本当に只の「宝」なのかどうか、怪しい気がして来たしなー。



2007.11.23



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