手配書問題・3






「…………クソ冗談じゃねェよ」


「い、いやまぁ、そう言うなよ。な?」
 キッチンで何時もの様にタバコを銜えたままで、こめかみに青筋を立てて呻くサンジを、ウソップは必死に宥めようとしていた。
 その手元には、サンジの手配書。もっとも顔の部分は黒く塗りつぶされていたが。

 『  ”黒足のサンジ
      懸賞金
     7700万ベリー  』

 塗りつぶしたのは他ならないサンジ本人だった。
 サンジの手配書は他のクルーの物と違い、1人だけ似顔絵だった。
 そしてその似顔絵は、本人にとっては許せないぐらい『似ていない』似顔絵だったのだ。
 その為にサンジはウソップの絵の具を強引に奪い取って、自分の似顔絵の部分を黒く塗りつぶしたのだった。
 今尚、その塗りつぶした手配書を握りしめて怒りを鎮められずにいる。
 たまたま飲物欲しさにキッチンに寄ってしまったウソップが、それを宥める役目になってしまったのだった。

「すげェじゃねぇかよ、この金額!いきなり7700万ベリーも付くなんて、滅多に無い事だぞ?!」

「…金額はどうでもいいんだよ。いやむしろ、おれの実力から言えばまだ安いぐらいだ」
「そうか?十分すげぇと思うんだがな……」
「……このおれがクソマリモより安い訳がねェだろうが」
「いッ?!!そ、それは、ホラ、ゾロの方が先に賞金首になってたからだろ?!」
「おう、解ってんじゃねェかよ。ただ単に順番の問題だ。おれが先に賞金首になってりゃあ、この金額は逆だったはずなんだよ」
「それもそうだよなぁ!うん、おれもそう思うぞ!サンジは強ェって!!」
 笑ってばしばしと肩を叩く。
 だがそれでもサンジの不機嫌は直らない。怒りを押し殺すかのように、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
 ウソップは本気で顔を引き攣らせた。
 なんでこんな所に出くわしちまったんだろう、と本気で泣きたくなるが、今更そう思っても、もう遅い。
 仕方が無いから、努めて明るく話題を逸らそうとする。
「にしても、スゴいキッチンだよなー!船の造りもすげェし、フランキーって実はものスゲぇ船大工だったんだな!」
「……お前、何、ロコツに話題を変えてんだよ」
「え?!!な、何言ってんだ、そんな事無いだろ!!」
 全身から冷や汗が吹き出した。
 見据えて来るサンジの視線には容赦が無い。
 だが、正直に言って、自分に八つ当たりするのは止めて欲しいものだ。
 でもそれを面と向って言うのはかなりの度胸が必要だった。
「…………だけどよぉ。ついちまった金額を変えるには、もっと大物の海賊でも倒すしかねェしよぉ」
「………………だから、金額にハラを立ててる訳じゃねェって言ってるだろうが」
「へ?じゃあ…………」
 何に、と言いかけて言葉をつぐんだが、一瞬遅かった様だ。
 目の前で見る見るうちにサンジの眉が吊り上がって行く。
 そして、手配書の塗りつぶした似顔絵を叩きながら怒鳴ったのだ。
「これの一体どこがおれだって言うんだよ?!!言ってみろよ、あァ?!!!」
 その言葉にウソップは意識が遠くなるような気がした。
「………………おれが描いたんじゃねェだろうがよぉ」
「おれのどこがこんな不細工だっていうんだ!!!これで似顔絵だと?!!クソふざけんじゃねェぞ!!!」
「……それをおれに言うなよ」
「おまけにクソマリモのヤロウ、似てるだなんて抜かしやがったんだぞ!!テメェは極悪非道の悪人面のクセしやがって、クソふざけんなってんだ!!!」
「…………だからそれもおれのせいじゃねぇっての」
「このクソふざけた手配書が全世界に出回ってるんだぞ?!!クソ冗談じゃねェのも当然だろうが!!!」
「……………………いやだから気持ちは解るけどよぉ」
「似顔絵って言うんなら、せめてそっくりに描けってんだ!!!!」
 その言葉に、消失しかけていたウソップの意識が、ふと留まった。
 そのまま思い当たった事を口にしてみる。


「似てねェって事はよ、逆にお前だって気付かれねぇってことじゃねェのか?」


 けれども、口にしてみたその事実は、あまり効果を成さなかった。

「似てねェ似顔絵なんざ、公開する意味がクソねェだろうがよ!!!」
 怒鳴り返されて、がっくりと肩を落とした。
 もう、何も言うまい、と。そんな気分になってしまう。
 カウンターに突っ伏して脱力するウソップに尚もサンジは怒鳴り続ける。
「写真が撮れなかったんなら、手配書なんざ作るんじゃねェよ!!似顔絵にするならもっとクソましな腕のヤツを使えってんだ!!!こんな程度の腕で、よくプロを名乗ってやがるぜ!!……いやまてよ」
 そこまで言って、ふと何かに思い当たった様だ。
 ウソップもカウンターから顔を上げる。
「ナミさんは改めて撮りにきたって言ってよな?それでナミさんの手配書、あの写真になったって……じゃあ、なんでその時に、おれの写真も撮らなかったんだよ?!そうすればあんなクソ手配書が出回る事もなかったのに!!…………って、待てよ、オイ!!!」
 再度、言葉が切れる。
 視線が完全に自分に向いていない事を確かめると、ウソップはそぉっと席を立った。
 サンジはまるで気付かずに、思い当たった事実に目を剥いて行く。
「……このカメラマンのヤロウ、水着姿のナミさんに近づいたって事じゃねェか!!!!その上、声をかけて、写真まで……!!な、なんて事だ!!!おれが水水肉のバーベキューを焼くのに必死になっている間に、そんなクソ不届きな事が起きてたなんて!!!」
 ……今まで気付いてなかったのか、コイツ。
 内心そう思いつつ、それでも極力音を立てない様に気を使いながら、ウソップはドアまで移動して。
 そうっとそぅっと、ドアを開ける。
「ま、まま、まさか、カメラマンのヤロウ、そのままナミさんに……!!いやまてよ、ナミさんはちゃんとポーズも取っていた……って事はぁ!!!クソカメラマンのヤロウがナミさんをあの手この手の方法で、く、く口説いて……!!!!しまった何て事だあぁぁ!!!どうしておれは気付かなかったんだ!!!」
 いや全く本当だよ、と心の中だけで返事をして。
 そのままこっそりと気付かれない様にキッチンから抜け出す。
 ウソップがドアを閉めても尚も、サンジの後悔の叫びは響き続けていた。
「ナミさんに何てお詫びすればいいんだー!このおれがいる場所で、そんな不届き者がナミさんに近づくのを許してしまったとは!!いやそもそも、そんなクソヤロウがいた事にすら気付かなかっただなんて、このおれとした事が何たる醜態を……!!!」
 その声を背中に聞きながら、ウソップは静かに静かにキッチンから遠ざかる。
 足音を殺して、ゆっくりと階段を降りて。
 芝生の甲板に着く頃には、サンジの叫びも聞こえなくなっていて。
 そこまで来てようやく、大きく溜息を吐いた。
 そのままぐったりと芝生に倒れ込む。
 長い鼻先をくすぐる緑の香を胸一杯に吸い込んで、ようやく一心地着いた。
 船が新しくなっても変わらない潮騒が耳に届く。
 それはとても心を和ませてくれたけれど。
 けれども。


 ………………おれ、選択、間違えたかなぁ。


 沸き上がるその思いを打ち消すには至らなかった。








 それから暫く経ってルフィが釣りに誘いに来るまで、ウソップの激しく落ち込む姿が甲板に転がっていたと言う。









16th, JUL., 2007





なんか、途中から方向が変わったような…………。
ま、いいか。

45巻まで来てようやく、サンジの立場が遊撃兵なのかなと気が付いた。
遊撃兵というか、別働隊?
アラバスタ・スカイピア・ウォーターセブン、と
別行動で窮地を切り開く役目が多いもんな。
先陣切って飛び出してくルフィと。
本隊を護るゾロと。
気が付いたら彼らがちゃんと組織として動く様になってきてる。
成長してるんだな、コイツらも。


……でも普通は、船長が本隊を護るもんじゃないのかー。



2007.7.16



   BACK / ONE PIECE TOP / fake moon TOP