everthere






 アーロンパークが落ちたその夜、島を上げての宴は止む気配もなく続いていた。
 そこかしこで起こる笑い声。歓声。
 響き渡る歌声と、喜びを分かち合う声。
 8年越しの自由を、誰もが謳歌していた。

 その中を、ナミが小走りに駆け抜けて行く。

 声をかけて来る人達には笑って答えているが。
 けれど、前へと向き直ると途端にその表情は険しくなる。
 時折立ち止まって辺りを見渡して。
 そしてまた、眉間に皺を寄せる。
 はぁっ・と苦悩に満ちた溜息と共につい不満げな声も漏れてしまった。


「……ほんっとにもう、あのバカ。怪我人のくせに何処行ったのよ」


 ナミは宴が始まってからずっとゾロを探していた。



 ノジコとゲンゾウと一緒にベルメールの墓参りを済ませて。
 ルフィ達にも改めてお礼とお詫びをして。
 宴が始まって、皆それぞれに騒ぎ出してから。
 それから向かった診療所に、もう既にゾロはいなかった。
 まだ麻酔が効いているはずなのに・とドクターすら驚いていたのだ。
 とてもじゃないが、経って歩けるような怪我ではない筈だった。

 その傷口を、思い切り殴ってしまったのだ。

 自分が殴ったぐらいで倒れるなんてゾロらしくないとは思ったけれど。
 でもまさか、あんなにも酷い怪我をしているとは思いもしなかった。
 あの出血でどうやって戦っていたのか、信じられなかった。
 ルフィ達から、本当なら全治2年・と聞いて、驚くより納得してしまったぐらいだった。

 そんな傷を殴ってしまったのだから。


「…………さっさと謝らせなさいよね、ホントに」


 呟く声に、微かな震えが混ざっていた。




 漸く見つけた人影は、宴の喧噪から少し離れた木陰で呑気に酒瓶を傾けていて。
 そのあまりの『らしさ』に、安堵よりも呆れてしまった。
 思わず漏らした盛大な溜息に、ゾロが気付いて振り返る。
 ナミの姿を認めて、その表情はいつもと何も変わらなくて。
「おぅ、どうした」
 口調も声音も、あまりにも何時も通りだったから。
 だから、思わず。

「どうしたじゃないわよ、このバカッ!!!怪我人なんだから大人しく寝てなさいよね!!!!」


 思いっきり怒鳴ってしまったのだろう……何時も通りに。




 しまった・と思った時には既に言葉は戻らないものだ。




 慌てて口を噤んで、片手で口元を押さえたが。
 ゾロはただ唖然としただけで。
 しかも、そのままケロリと言い切ったのだ。

「もう治った」

「そんなワケないでしょッ!!!!」
 思わずまた怒鳴り返して。
 そして、深く溜息を吐いた。
 ……今更、なのだろう。自分達の関係には。
 そもそも、改まって謝るような間柄じゃないのだし。

 苦悩するナミをゾロが怪訝そうに見上げている。

 その顔にもう1度溜息を吐いて、ナミは口元に笑みを乗せた。
 そのままゾロの横に腰を降ろす。
「全治2年なんでしょ?もうちょっと自重しなさいよね」
「ああ、そっちの方か」
 一体どの怪我だと思っていたのか、ゾロがそう言って笑う。
 一口酒を飲んでから、ナミへと口の片端を上げた。
「大げさに言っただけだろ。10日もありゃあ治る」
 余裕を見せる態度に、ふーん・と口先で答えてからちょっと意地悪く笑う。
「絶叫上げてた・ってサンジ君が言ってたわよ?」
 顔を覗き込むと。ゾロは一瞬言葉に詰まった。
「……ッ!あのヤロウ、余計な事言いふらしてんじゃねェ!あのなぁ、あれは医者が傷口に消毒薬1瓶全部ぶっかけやがったからだ。傷口に染みたんだよ!」
「あら、一応そのぐらいの痛覚はあったのね」
「お前、おれをなんだと思ってたんだよ!」
「心配してあげたのよ?」
「あー、はいはい、そいつぁど−もっ!」
 不貞腐れたような返事をして、思い切り酒瓶を煽る。
 そんな態度にすら笑みが零れてしまって。
 笑っていたらゾロがじろりと睨んで来た。
 頬杖を付いてその視線を受け流す。
「ホーント、人間じゃないわよね、あんた達って」
「『達』ってなんだ。誰と一緒にしてんだよ」
「みんなまとめて、よ」
「じゃあお前ェもだな」
「……なんですって?」
「いーや、なんでもねェ」
 当り前の様に交わす言葉。
 言えば即座に返る憎まれ口。

 今までと何も変わらないやり取り。


 隣に座っているだけで、温かく包み込んでくれる気配。


 宴の喧噪が心地良く響いて。

 だから。



 自然と。






 言葉が口を吐いて出ていた。













「悪かったわね」













「あん?」
 怪訝そうな返事に、視線を向けて小さく笑む。
「傷。思い切り殴っちゃったから」
「ああ」
 言葉を付け加えれば、実にあっさりとした返答。
「お前ェに殴られたぐらい、何でもねェよ」
「開いたんじゃない?」
「あれはタコッパチの頭突きのせいだろが」
「でもごめんね」
「……あぁ」

 再度の謝罪に、短い返事が一つ。
 そうして降りる、柔らかな静寂。

 遠い星明かりが優しく瞬く。



 予想は付いていたから。
 多分、ゾロはこう答えるだろう・と。
 きっと、何事も無かったかのように答えるのだろう・と。





 宴の喧噪がそっと2人を包み込んでいた。





「……あいこだろ」
「え?」

 不意にゾロが呟いた言葉に、驚いて顔を向けた。
 横顔はいつもと変わらず、淡々としていて。
 首を傾げると、ゾロが言葉を続けた。
「おれもワザとお前に酷ェこと言ったからな」
 その言葉に目を見開いた。
 確かに……言われはしたけれど。
 でもあの状態では、無理も無い言葉ばかりだったから。
 それを指して『あいこ』とは言い難い気もしたのに。
 驚くナミに、ゾロはあっさりと笑いかけた。
 口の片端を上げる、いつもの笑みで。


「だから、お互い様だ」


 そう言って軽く顎を逸らす。
 その、いつも通りの笑みに。

 いつもと余りにも変わらない尊大な態度に。

 ナミはほっとしたように笑った。
「それもそっか」
 そう言うと、ゾロが酒を煽る。
「……ったく、何時までもそんなこと気にしてんなよな」
「しょうがないじゃない。あんた、私を信用してなかったんでしょ?」
「は?何、言ってんだよ」
 眉間に皺を寄せるゾロに、ナミは首を傾げた。
「え。だって……」
「……あのなぁ」
 懸念を口にしようとした時。
 それより先に、ゾロはあっさりと言ったのだ。



「信用してねェヤツが寄越したモンなんざ、口に出来るわけねェだろ」






 それは、ナミにとって、その日1番の爆弾発言だった。






 思わず唖然としていると、ゾロは構わずに酒瓶を空にする。
 そして、面白く無さそうに空瓶を脇に放った。
 そのまま次の瓶を手に取って。

 漸く、まだ唖然と自分を見ているナミに気が付いた。

「何だよ?」
 怪訝そうに片眉を上げる。
 その表情に、ナミは一瞬、答えあぐねてから。

 それから。


 思い切り、笑った。




 それは、漸く溢れた本心からの笑顔だった。




「じゃあ、それよりも良いお酒、飲まない?」
「何?」
 身を乗り出してナミが言った事に、ゾロが目を輝かせる。
 その反応に、ナミは楽しそうに笑う。
「アーロンから村を買い取ったら祝杯を上げようと思って用意してたのがあるの。どう?」
 片目を伏せてみせると、ゾロも楽し気に笑った。
「悪くねェな」
「決まりね。ウチに置いてあるの。こっちよ」
「おぅ」
 先に立って歩き出すナミに、ゾロが並ぶ。
 宴の喧噪は止む事無く響いている。
 一際大きな歓声に、2人の視線が向かう。
 それから顔を見合わせて笑い合った。
 そして、ナミは思い出したように口を開く。
「あ、特別に割り勘にしてあげるから」
「こういう時ぐらいおごれよな、テメェは!!!」
 怒鳴られて一層楽しそうにナミは笑った。
 ゾロは眉間に皺を寄せて深く溜息を付いて。
 それでもナミの隣を歩いて行く。

 もう違える事無く、肩を並べて。



 この距離はきっと変わる事は無いだろう。
 もう2度と、離れる事は無く。
 このまま変わらずに、肩を並べて歩いて行くのだろう。

 これから始まる遥かな旅路を、ずっと何時までも。













23th, JUN, 2009





私の中のゾロとナミ。
性別の関係ない親友。
てか、殆ど兄妹w

ゾロはナミを信用してなかったワケではないと思うの。
ナミもだし、ロビンの時も。
「裏切るかもしれない」と思ってたのではなくて、
「本当にこの船に乗るつもりなのか」を伺ってたんじゃないかなと。
だって、ナミから貰ったパンを平気で食べてるし。
空島でも、ロビンをナミとチョッパーの所に残して、
独りで勝手に探検に行こうとしてたし。
信じてなかったら出来ないってー。



2009.6.23



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