その名の下に






「みんな、揃ってるかー?」


 ルフィがそう訊くようになったのは、スリラーバークを出港してから。

 例えば時化(しけ)を乗り切った後で。
 例えば海王類から逃げ切った時に。
 例えば敵船との戦闘を終えてから。

 ルフィがそう声を掛ける。
 そして、それ以外の時にもルフィは皆を探す様になった。
 探す・というよりは、確かめる。
 サニー号の中を回って、誰が何処に居るのか。
 確認して回る様になった。


「ヘンな物は喰わせてねェんだけどなぁ」
「なんか新しい遊びのつもりかもしれねェぞ」
「まぁ、妙なヤツの影響じゃなきゃ、別にいいんだけど」
「アイツなりに思う事があるんじゃねェのか?」
「そうか!ルフィも成長してるんだな!」
「頼もしいですね〜」
「そうだといいわね」
「…………」


 それぞれの懸念を気にも止めずに。
 ルフィは皆の所在を確認する。
 今日も、また。


 ハッチを開けて、ルフィはその中から身軽に飛び出して来た。
 芝生の甲板に立ち帽子を被り直すと、右手を上げて今確認して来た皆の居場所を復唱する。
「ええと。サンジはキッチンで昼飯の用意。ナミとチョッパーが測量室で、ロビンが花壇、ウソップが工場支部にいて、ブルックは部屋だったろ、んでフランキーは開発室で机に張り付いてて、そんでゾロはトレーニングルームに……って、あれ?」
 指折りながら確認しつつ顔を上げて、ルフィはそこで声を止めた。
 フォアマストの上のトレーニングルームを見上げて首を傾げる。
 行き過ぎる青空の下、見上げたマストは静かだった。
 聞こえるのは潮騒と海賊旗のひるがえる音だけ。
「ゾロ、いねェ?」
 中でソロがトレーニングをしているのなら、マストが軋む音がするはずなのに。
 フォアマストは静かに風を受けている。
 中からはゾロの気配もしない。
 ルフィは見上げたまま首を逆に捻る。
 居ると思った場所にゾロが居なかった事に、少しだけ胸が騒ぐ。
 あの時も居なかったのはゾロなのだ。
 いや今度は船の上なのだし、大丈夫だとは思うのだけれども。
「……ゾロ?どこ行ったんだ?」
 マストから視線を降ろして、そう呟いた時。
「呼んだか?」
「ぉあ?!!」
 いきなり後ろから声をかけられて、思い切り飛び跳ねてしまった。
 慌てて振り返ると、そこには探し人の姿。
 むしろゾロの方が怪訝そうにルフィを見ていた。
 それでも、ゾロがちゃんと居た事にルフィは安堵の表情を見せて笑う。
「なーんだ。上にいねェからどこ行ったかと思ったー!」
 その笑顔に、ゾロは数度瞬きをした。
「まぁ、トイレぐらいは行くけどよ。……何かあったのか?」
「いや?別にねェよ?」
 あっけらかんとルフィが笑う。
 歯を見せて。何時もの笑顔で。
 その向かいに立ち、ゾロは首に掛けたタオルを何となく掴んだ。
 潮風が2人の側をすり抜けて行く。
「……最近、よくそれやってるよな」
「ん?それってなんだ?」
 ルフィが目を見開いて問い返す。
 その瞳に映る空をゾロは覗き込んだ。
「皆の居場所を確認してるだろ」
「ああ。うん、そうだな」
 頷くルフィはゾロから視線を外さない。
 その背後を流れ去る雲を視界の端で捉える。
 波に船が揺れた。
 ゾロがゆっくりと首を傾げた。

「……居場所当てゲームか?」


 問いにルフィは瞬きを1つ返した。





 吹き抜けた風が2人の髪を揺らした。





 ルフィは。
 あの後、少し反省したのだ。


 あの、スリラーバークでの戦いの後で。


 目覚めた後、自分の身体が楽になっている事に驚いて、その事に気を取られて。
 ゾロが居ない事に気付かなかった。
 ゾロの不在に真っ先に気が付いたのはサンジで。
 サンジに知らされて初めて、ルフィはその事に気が付いた。

 それを、ルフィは少しだけ反省していた。


 本当は自分が最初に気付かなければいけなかったのだ。
 自分は船長なのだから、仲間が揃っているか把握しなければいけない。
 ちゃんと全員いるかどうか、気を配らなければいけなかったのに。


 今まではそんな必要は無かった。
 戦いが終って皆の所へ戻れば、当たり前の様に全員揃っていたから。
 だから、それが当然だと思っていた。
 それでは駄目なのだ・と改めて思い知らされた。

 自分は船長だから。
 だから常に皆に気を配ってないといけない。
 何かあった時には、全員無事かどうかをきちんと確認しないといけないのだ。
 それが船長の役目なのだから。


 そう思っての行動なのだけど。






 ゾロは自分を見ていた。
 軽く首を傾げ。
 少し瞳を見開いて。

 船が波を蹴る音が大きく響く。

 吹き抜ける風に緑の髪がそよぐのを見て。
 その背後に広がる青空を眺めて。
 ピアスが光を弾くのを視界に捉えて。


 そして。


 ルフィは笑った。






「まぁ、そんなトコだ」






 歯を見せて笑うと、ゾロがまた瞬きをした。


 本当は『ゲーム』なんかじゃないけど。
 でも居場所を確認してるのは事実だから。
 だから、それでもいいか・と思った。
 新しい遊びに夢中になってると思ってくれても、別に構わないし。
 そう思って笑うと、ゾロは1度口を開きかけた。
 真直ぐに見つめる瞳は、何時もより幾分柔らかい。
 色の薄い双瞳が自分の目を覗き込んでいる。
 ルフィは何も言わずに笑った。
 何時もの様に笑った。

 その笑顔を見て。
 不意に。

 ソロは、その表情を和らげた。
 それは本当に穏やかで、優しい顔で。
 滅多に見せない静かな笑みを浮かべて。


 向けられたルフィの方が、一瞬驚いてしまう程だった。


 瞬き一つ。
 それだけの時間で、ゾロの顔は何時もの笑みに戻ってしまう。
 それでもルフィは驚いたまま、その残像を見つめていた。
 ぽかんと口を開けていると、ゾロは小さく苦笑する。
 それからゆっくりと歩き始めた。
 ルフィの横を通り抜ける様に。

 無意識にその動きを視線で追う。
 その視界の中、持ち上がったゾロの左手は。
 軽くルフィの左肩を叩いて。

「……まァ」

 笑みを含んだ声が言った。





「ちったぁマシになって来たんじゃねェか?海賊王修行中」





 その言葉にルフィの目がまん丸く見開かれた。


 ゾロはそのまま左手を振って、ロープの方へと歩いて行く。
 その後ろ姿を呆然と視線だけで追いかけて。
 ゾロがロープを登り始めたのを見て。
 ようやくルフィは我に返った。
「っぞ、ぞろ?!!」
 叫ぶ様に声を掛けると、何時もの表情でゾロは視線を返す。
 見慣れた笑みに向かってルフィは慌てて叫んだ。
「おれ、格下げか?!!!」
 その一言に、ゾロはロープから滑り落ちそうになった。
「あほッ!!!誰が下げた!!!上げてやってんだよ、おれは!!!!」
「それだ、それ!!!!」
 両手を振り回して叫ぶルフィに取りあえず怒鳴り返して。
 それからゾロは思い切り意地悪く笑った。
「気ィ抜いてたら、速攻で下げるからな?」
 言われてルフィも挑む様に笑う。
「おう!!解ってるぞ!!!」
 拳を固めての答えに、ゾロも満足げに頷いた。
 ロープを登り直すゾロに、ルフィが声を掛ける。
「ゾロもがんばれよ!大剣豪になる途中!!!」
「……もうちょっとマシな言い方ねェのかよ」
 かなり難のある表現にゾロは呻いたが。
 ルフィは気にせずに笑って手を振った。
 その笑みにゾロは肩を竦め、片手だけ振ってロープを登って行った。

 やがて、フォアマストからは何時もの様にゾロがトレーニングする音が響き始める。

 それを見上げて、ルフィは笑った。
 心から嬉しそうに。
 全開の笑顔で。




 吹き抜ける風と。
 行き過ぎる潮騒と。
 流れ去る雲に包まれて。




 海はどこまでも輝いて、2人を見守っていた。











3rd, AUG., 2008





え、『その心は』と実はリンク。
ルフィはこういう事を思っていて、珍しく考え込んだりしてて。
それを見てゾロは「ヘコんでるのか?」って気にしてた・という。
なので、確認の為に潰したりしてたのでス。
話の途中でそういう説明を入れると鬱陶しくて。

ルフィのレッドラインに着いた時の台詞でね。
ちょっとは気にしたんだろうなぁ・と思ったので。
でも、確認して回るのはあと1日ぐらいで飽きる気もするw

ルフィが海賊王になった直後には、
ゾロは「海賊王駆け出し」とか言いそうだなぁ。
そしたらルフィは「大剣豪初心者マーク」とか言い返すのかなぁ。
……何時まで経っても変わんないんだろうな、コイツら。



2008.8.3



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