悠久の中間点






 良く晴れ渡った空と、眩しい程の日差しの下で。
 おやつをねだりに行ったキッチンから追い出されたルフィの視界に入ったのは、珍しく甲板で佇むゾロの姿。
 首にタオルを掛け、シャツを羽織って、船縁に背を預けて。
 そのまま静かな顔で海を見つめている様だった。

「ゾロ!」

 大きく呼ぶと振り返って片手を上げる。
 それだけで嬉しくなって、そのまま真直ぐに駆け寄った。



 スリラーバークを出て既に幾日か。
 ゾロはまたトレーニングを増やしている。
 ナミなんかは、ゾロより先にフォアマストが壊れそうだ・と心配していたが。
 でもルフィは気にしていない。
 もっと強くならねェと・とゾロは言っていた。
 その言葉の所以は知らないけれど。
 でも、ゾロが強くなるのは大切な事だから。

 だから、止めない。


 野望への歩みを止めたら、自分達を待つのは死だけだから。



「ゾロ!今日の修行、終わったのか?」
「いや、休憩してただけだ」
 駆け寄ってそう尋ねると、軽く苦笑しながら答えが返った。
 そっか・と笑い、船縁に飛び乗ってゾロの隣に並んで座る。
 その顔を覗き見て、そして視線を空へと転じた。
 風が髪をすり抜け服に戯れて行く。
 見上げる空には大きな白い雲。
 光に満ちた真っ青な空。

 何だか無性に嬉しくなって。
 知らず、歌が零れていた。

 船縁を足で叩く。
 そのリズムにゾロが振り返った。
 ルフィの顔を見て、小さく笑う。
「上機嫌だな」
「おう!もちろんだ!!」
 ルフィが歌うと何処か調子外れになってしまうが、本人はそんな事を気にしていない。
 歌は楽しく歌うもの。
 ましてや、海賊の歌なら尚更だ。
 足でリズムを取りながら、楽しく歌い続ける。
「いよいよ、魚人島だもんなー。きっとおもしろいヤツが一杯いるぞ!すっげー楽しみだ」
 そう言うとゾロは口の片端を上げた。
「今度は敵にならなきゃいいがな」
「そうだなー。ま、そうなったらその時だけどよ!」
 ルフィが笑い飛ばすと、今度こそゾロも声を立てて笑う。
 その笑い声に、ルフィは一層嬉し気な顔をして。
 そしてまた歌い始める。
 高らかに。朗らかに。
 ゾロはその歌声に笑みを深くして。
 静かに瞳を伏せた。
 調子外れの陽気な歌声が海原を渡って行く。
 潮騒が手拍子を返す。
 何処からかブルックのバイオリンの音が響いて来て。
 それに合わせて、一層、高らかにルフィは歌う。

 日差しが暖かく降り注いでいた。



 足で船縁を蹴ってリズムを取りながら、ふとルフィは視線を落とす。
 視線の先には、ゾロの横顔。
 斜めに見下ろしながら、その顔をルフィは見つめる。

 日差しを受けて。
 陽に焼けた肌は血色も良くて。
 短い髪が風にそよいで。
 微かに笑みを形作る口元も穏やかで。

 もう、いつも通りに見えたから。



 一瞬、脳裏を過った鮮血を、ルフィは首を振って追い払った。



 何があったか・なんて知らない。
 ただ、解るのは。
 ゾロが自分達を護ってくれた・と言う事だけ。
 文字通り、身体を張って。



 それだけ解っていれば十分だった。






 不意に小さな溜息が聞こえて、ルフィは我に返った。
 いつの間にか考えに浸っていたらしい。
 何かを言うより先に、目の前にゾロの左手が突き出される。
「お?」
「ルフィ、手」
 掌を上に向けて、肩越しに差し出される大きな手。
 それを見て、ルフィは首を傾げた。
 この状況で、手・と言う事はつまり。
「お手?」
 そう言う事か?と思いつつ、右手をその掌に乗せる。
 ついでに、わん・と言ってみる。
「良し」
 何だか妙に納得した様子でゾロが頷いて。
 そして、次の瞬間。


 その右手を勢い良く引っ張られた。


「おぉッ?!」
 引っ張られただけなら伸びて終りなので、さして気にしなかったが。
 その腕越しにゾロの右手がルフィの胸倉を掴み上げたのだ。
 服ごと思い切り身体を引っ張られる。
 勢いのままに身体が宙に浮いて。
 そのままゾロの左腕を支点にして、見事に回転した。

 コレって、ナントカって言う投げ技だよな・と、自分の身体が1回転するのを感じながら呑気に思ったが。

 身体が仰向けになった頃に、ゾロの左手が自分の右手を放し和道一文字の柄にかかるのが見え、流石にぎょっとした。
 鍔口を切る音。陽光を浴び光を返す白刃。
 一瞬で引き抜かれた刃に目を止めると同時に、背中が芝生の甲板に叩き付けられる衝撃が走る。
 その直後、ルフィの胸倉を右手で押さえたまま、ゾロが和道をその首へと振り下ろした。
 首筋に叩き付けられる衝撃と、切っ先が甲板を打つ音は同時で。
 その刃は首筋すれすれで止まっていた。
 ルフィはそれを、目を見開いて受け止めた。
 身動き取る事も無く。
 瞬きすらせずに。


 見上げた空を背に、ゾロが自分を見下ろしている。





 静寂だけが世界を支配していた。





 叩き付けられたのは闘気。
 そこに殺気は無かった。
 だから、躱す必要を感じなかったのだけれど。
 その理由が読み取れなくて、ルフィはゾロの瞳を見返していた。

 静かな光を湛えた瞳は感情を潜め。

 ルフィが漸く瞬きした時、ゾロはその瞳を細めた。


「……この程度には復調した」


 視線と同じぐらい静かな声に、目を見開く。
 その顔を見て、ゾロの口の片端が上がる。
 右手が胸倉から離れ、ゆっくりと白刃が持ち上がり。
 身を起こすと、ゾロは笑った。

 刀を肩に担ぎ顎を上げ、自負に満ちた不遜な顔で。



「不服か、キャプテン!」




 言い放つ言葉に、ルフィは破顔した。




「いいや、ねェ!!」

 歯を見せて笑うと、ゾロも胸を反らして笑う。
 勝ち気なその笑みは本当にいつも通りで。
 嬉しくなってルフィはもっと笑った。

 ゾロが立ち上がると刀を鞘に収める。
 青空の下で、真直ぐに背を伸ばして。
 雲がその頭上を過って行く。
 風にシャツの裾が大きくひるがえった。

 ブルックのバイオリンがまた響き始めた。

 ルフィは弾みを付けて起き上がると、その場で胡座をかく。
 そのままゾロと青空を見上げた。
 口元からは笑みが消えない。

 ゾロは1度大きく伸びをすると、両手を腰に当てた。
「さ、て。ウォームアップもしたし、そろそろ戻るか」
 そう言って歩き始めるゾロにルフィは笑顔で手を振る。
「がんばれよ、ゾロ!」
 声をかけると、ゾロは肩越しに片手を挙げて笑った。
 慣れた手付きでロープを登って行く。
 その姿をルフィは笑顔で見送った。

 やがて、フォアマストが軋みを立て始める。

 その音を聞きながら。
 耳に馴染んだ潮騒と共に。
 流れてくるバイオリンの音色に包まれて。


 ルフィはまた、歌い始めた。
 楽しそうに。朗らかに。
 身体でリズムを取りながら。
 本当に本当に、嬉しそうに。


 




 遠く高く、青空は澄み渡って輝いて。
 陽光を受けた真っ白な雲が彩りを添える。
 潮騒が止む事無く歓喜の歌を歌い。
 留まる事無く吹き抜ける風が船を未来へと運ぶ。

 太陽に照らされ、月に護られ、星に導かれて。


 目指す物は、過去には存在しない。
 だからこそ、只ひたすら未来を目指す。


 振り返る事無く前だけを見つめて。






 船は悠久の航路を進み続ける。











18th, JUN., 2008





うん、なんとなく。

「お手」
「?わん」

このやり取りが書きたかっただけだったりw

投げ技は、背負い投げじゃないでス。
もっと適当にぶん投げてるので。
腕を引っ張った段階で伸びる事に気が付いて、
服を掴み直したんだと思われる。
まぁ、家を投げ飛ばした男だからwルフィの1人ぐらい軽いだろ。

ブルック、出したかったけど、今回は音のみで。
この船の剣士2人は、どっちも日常の職務が無いんだな!



2008.6.18



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