約束の場所へ






「………………何、やってるのよ、あんた達」
「おう、ナミ」
「おやナミさん、こんにちは」


 午後の甲板のみかんの木の下にその光景を見つけた時、ナミは本気で目を疑った。
 さわさわと梢が鳴り、心地良い木漏れ日が漏れて。
 それはもう気持ちの良い日和だと言うのに。

 ……いや、だからこそ、だろうか。

 長い脚を畳み、きちんと正座したブルックと。
 そのブルックの膝に頭を乗せて寝転がっているルフィと。
 つまり、一般に言われる所の『膝枕』状態で。
 何故だかそんな体勢で、2人はそこにいた。


 これが、ロビンの膝枕ならまだ納得出来ただろう。
 もしくは、チョッパーでもいい。あの毛皮は気持ち良さそうだから。
 それなのに。
 何故に、ブルック。
 依りにも依って、ホネ。

 だからと言って、寛いでいる様でも無く。
 いや、ブルックはのんびりとお茶など啜っているのだが。
 ルフィは、眉間に皺を寄せて、への字の口をして。
 どう見ても不機嫌な顔をしているのだ。

 不機嫌面で、骨の膝枕。


 何をどう考えても、異様としか言いようが無い。


「だから、何してるのよ」
 ナミも思わず眉根を寄せてしまう。
 異様過ぎて、自分の目を疑うべきか、2人の頭を疑うべきか悩んでしまいそうだ。
 ……いや、2人の頭で良いのかもしれないが。
 ナミの嫌そうな問いに、動じもせずにルフィが答える。
「ん。ホネマクラだ」
 ある意味予想通り過ぎて、脱力するのすら馬鹿馬鹿しくなった。
 それでも頭痛を感じ、眉間を押さえると。
「でもなぁ」
 ルフィがやっぱり口を尖らせながら言う。
 次に来る言葉に、何となく嫌な予感がしたが。

「イマイチ、寝心地が悪ィんだよなぁ」


「当たり前でしょッッ!!!!」


 反射的に、腹を思い切り踏みつけてしまった。

「ぐェッッ!!!な、何すんだ、ナミ!!」
「バカな事やってるからでしょ!!!あんたねぇ、ブルックの膝が寝心地良い訳、ないでしょうが!!!!」
「ヨホホ。そうですよねぇ」
 ナミの罵声にブルックが骨を鳴らして笑って。
 そして言った。
「私もナミさんの胸枕の方が寝心地良いと思いますよ」
 それはもう、火に油を注ぐセクハラ発言を。
「だから止めなさいッ、その手の発言は!!!!」
 殴る拳を手加減出来なかったが、まぁ大丈夫だろう。
 現に吹っ飛ばされてもブルックは笑っている。
「ヨホホホ!骨まで響きました!!って、私、骨しかないですけど!!」
「それももういい!!!」
 怒鳴るだけ怒鳴って、一気に力が抜ける。
 既にブルックは立ち直って、また正座している。
 ブルックと一緒に吹っ飛んだルフィも、その側に胡座をかいて腹をさすっている。
 ゴムとホネ。
 なんだか妙に波長が合うらしい2人が、どちらも動じた様子も無くこっちを見ていて。
 その視線を浴びているうちに、余計に脱力してしまった。
「…………早いとこグランドライン1周してしまいたいわ」
 溜息と共にそう呟くと、ルフィが笑顔になって身を乗り出して来た。
「やっぱりナミもか?そうだよなー。おれも楽しみなんだー。早くラブーンに会いてェよなー!」
 笑うルフィの横で、ブルックも身体を揺する。
「急ぐ事はないですが、楽しみではありますね。あの子がどれだけ大きくなったのか」
「しし!すっげぇでっかいんだぞ!!それに強いしなー!」
「ヨホホ。そう聞くと、やはり待ち遠しくなりますよ」
「……そうね。早くラブーンと再会して」
 楽し気に笑う2人を見据えて。
 ナミは、言い放った。


「あんたをラブーンに引き渡しちゃいたいわよ」


 実にあっさりと。
 氷点下の声で。
 身も蓋もない発言を。


「スカルショーーーーック!!!」
「はぁ?何、言ってるんだよ、ナミ」
 ショックを受けて仰け反るブルックと反対に、ルフィは目を見開いて唖然とする。
 ナミは冷たい眼差しでブルックを見遣りながら続けた。
「あら、当然でしょ。こんなのさっさとラブーンに突っ返したくもなるわよ」
「ショックで心臓が止まりそうです!…って、私もう、心臓も無いんですけど!!」
「だから、そうじゃないだろ?逆だぞ」
 相変わらずなブルックを珍しくスルーして、ルフィが首を傾げる。
 ナミは腕組みしてルフィを見下ろした。
「逆って、何が」
 その問いに、ルフィは当然の様に答えた。


「ブルックをラブーンに引き渡すんじゃねェだろ。おれ達がラブーンを引き取るんだぞ」


 ナミも、ブルックさえも、思わず目を丸くしてしまう様な答えを。

 ルフィは変わらず笑いながら言う。
「だって、ブルックはラブーンと約束したんだろ?戻って来たら、また一緒に冒険しよう・って。だったら当然、おれ達の次の旅はラブーンも一緒って事じゃねェか」
 全開の笑顔で。
 欠片の迷いも無く。
 実にあっさりとルフィはそう言う。
 それが当たり前の様に。
 隣でブルックがゆっくりと息を吐いた。
「……そうですね。確かに、そう約束しました。また何処へでも一緒に行こう・と」
 そう呟く視線は遠く彼方の仲間を見つめて。
 骸骨の顔は、それでも優しく微笑む。
 ルフィは隣で楽しそうに笑った。
「だろ?!!じゃあ当然、約束守らねェとな!!しししし!!」
 そう言って2人は顔を見合わせて笑い合う。
 その様子を見ながら。
 ナミは、ちょっとだけ、呆然として。


 そして、微かに笑みを浮かべた。
 小さな溜息と共に。

 それでも、優しい顔で。


 だが、直ぐにそれを打ち消して、何時もの表情で溜息を吐く。
「食費がかさみそうね」
 敢えて憎まれ口を叩いておく。
 左手で軽く頬を押さえて、大げさに息を吐いてみせて。
 それでもルフィは気にせずに笑った。
「そっか?どうにかなるって!!」
「……そうね。あんたの食事を減らせばいいのかしら」
「いやそれはダメだ!!!」
 慌てて首を振るルフィを見て、ブルックが笑う。
「大丈夫でしょう。アイランドクジラは成体になれば、自力で餌を取れますから」
「そーぉ?ならいいんだけど」
 肩をすくめて、そして背を向けた。
 ルフィが首を傾げる。
「あれ?どこ行くんだ?」
 振り返らずに手だけ振る。
「キッチン。バカな話をしてたら喉が渇いちゃったもの」
「あーーー!おれも行く!!ハラ減った!!」
 ルフィがすかさず跳ね起きる。
 ブルックはまだ座ったままだ。
 肩越しにちらりと視線を向けた。
「今、行ってもまだおやつには早いわよ?」
「大丈夫だ!サンジならなんかくれる!!」
 それよりも蹴り出される可能性の方が高いと思うのだが。
 そう言った所で付いて来るのだろうから、言わない。
 ルフィはブルックを振り返った。
「ブルックも来ねェか?」
「いえ、私は結構。まだお茶も残ってますし」
 そう言うとバイオリンを取り出して肩に乗せた。
「あ、でも、おやつになったら呼んで下さいね。私、ここのコックさんのごちそうには、本当に目が無くて……って、骨だから目も無いんでしたけどー!」
「はいはい」
 溜息を吐くナミの横でルフィが一頻り大笑いする。
 それから2人は、下のキッチンへと降りて行った。



 そして、船にはブルックのバイオリンの音が響き出す。
 それにサンジの怒号とルフィの騒ぎ声が重なるのは、もう少し後のこと。
 潮騒と共に響き渡る、この船の何時もの音。




 何時の日にかこの音に、新たな声が加わるのだろう。
 大きくて強くて陽気でそして心優しい、そんな新たな仲間の鳴き声が。



 






2nd, JUL., 2008





あのでっかいラブーンが付いて来たら、壮観だろうなー・・・。
アイランドクジラの主食って何なんだろう。
マッコウクジラ系の外観だから、やっぱり大王イカなのかな。
・・・そういや、居たな。大王イカ。ラブーンの腹の中に。
て事は、アレ、丸呑みにされたエサだったのか!

ホネマクラは絶対に寝心地悪いと思うが。
なんでそんな事してたんだ、ルフィw



2008.7.2



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