光の道を征む者






 通り過ぎる風と。
 みかんの木々がざわめく音と。
 遥か天空を行き過ぎる雲と。

 視界の彼方へ伸びゆく二筋のさざ波。



 珍しいな・と思った。



 そんな風景の広がる後部デッキ。
 そこにゾロが見出したものは、立ち尽くして彼方を見つめる船長の後ろ姿だった。






 ルフィの指定席は、船首像の上である。
 船の最先端で、真直ぐに前を見つめている姿が、全員にとってのイメージだろう。
 そのルフィが、今日は最後尾に居た。
 後部デッキの中央に。軽く足を開き、両の手を身体に添えて降ろし緩く握って。
 真直ぐに後ろを……行き過ぎて来た方を見つめていた。

 珍しいな、とゾロは思う。

 上がりかけた階段の途中で足を止めて。
 その後ろ姿に視線を向ける。
 後部デッキに居る事自体は、珍しい事ではない。
 でも、大抵はウソップやチョッパーと一緒に遊んでいる。こんな風に1人で立ち尽くしている事は滅多にない。
 そうでなければ、ここには…………。

 そう思い至って。
 ああ、と小さく声が漏れた。
 それからその視線をルフィの後ろ姿から、更に遠くへ、同じ方向へと向ける。
 その視線の辿る先。
 船の軌跡を示す遥かなさざ波と、その彼方の大海原の向こうへと。

 遥かな彼方に。
 行き過ぎて、最早、影さえも見えないけれど。
 そこに確かに存在する、砂の王国のある方へ・と…………。



 後部デッキでは良く、ナミとビビが話し込んでいた。
 ルフィはそこに顔を出しては、2人の難しい話に付いていけずにちょっかいをかけて、そしてナミに怒られていた。
 それは、ほんの数日前までの、この船の日常だった。



 まいったな、と思う。
 少し困った様な顔で、首の後ろを掻いた。
 視界の中、立ち尽くす後ろ姿は動かない。
 どうしてここに居るのかは、見当が付いたけれど。


 ルフィとビビは、仲が良かった。
 仲間・というだけでは括り切れない絆があった。
 それは勿論、男と女の仲・なんて色気のある物ではなくて。

 2人には共通点があった。
 共に、「人の上に立つ者」としての道を歩んでいる、という共通点が。

 
 ルフィはまだ少数とはいえ、海賊船の船長として。
 ビビはアラバスタ王国の女王になるべき者として。

 共に、「人の上に立つ者」としての素質を備えていた。


 同じ資質を備えながらも、その在り方は正反対だった。
 だからこそ、お互いがお互いにとって良い刺激になったようだった。
 天性の感覚のみで船長として振る舞って来たルフィにとって、きちんとした帝王学を学んで来たビビの理論に伴う行動には学ぶ事が多かっただろう。
 逆に、理論を学んで育って来たビビには、ルフィのように理屈を飛び越えて真理に到達する感性は衝撃的だっただろう。
 互いに刺激となり、影響し合って。
 この僅かな旅路の中で成長していった。

 そんな2人の間にあったものは、同じ立場の存在への『共鳴』のようなもの。


 他の仲間達とは違う、2人だけが共有する感情が、確かにあった。





 小さく息を吐いて。
 それからゾロはゆっくりと足を進めた。
 視界の中、動かない背中が近づいてくる。

 ルフィの視線の彼方には、もう見えなくなってしまったアラバスタ王国があるのだろう。
 でもそれは、未練とかそんなものではなくて。

 きっと。




 報告、してるんだろう・な。




 その背中の傍に立ち止まり、ゾロはそう思う。



 海軍に追われる様に出港して。
 ようやく振り切った船には、いつの間にか組織の生き残りが乗り込んでて。
 かと思えば、空から突然ガレオン船が降って来て。
 その船から空島の地図を手に入れて。
 いきなり猿に襲撃されて。
 その最中に雲を突く様な巨人の影を見て。

 そして今は、空へ行く方法を求めて、とりあえずジャヤという島を目指している。



 その事を、報告してるんだろう。
 道を分かれて船を降りた仲間に。
 それでも仲間に違いない、そんな1人と1羽に。

 彼女らのいる方へと。
 1人で、静かに。


 話しかけているんだろう……。




 声はかけずに、その背中の傍に立つ。
 視線は外し、静かに瞳を伏せて。
 自分の気配を感じて、それでも尚、その背は動かない。








 潮の香りを含んだ風が潮騒を伴って遥か彼方へと流れていった。








「ん」

 行き過ぎる雲の形が大きく変わった頃、ルフィが小さく声を漏らした。
 ゾロが瞳を開き、その背へと視線を動かす。

「終わったか?」
「んー」

 なんとも微妙な返事。
 らしくない曖昧さにゾロの口元に苦笑が浮かんだ。

「まぁ……そういうのも悪くねェけどな」

 見慣れた麦わら帽子から視線を外して。
 ゆっくりと空を仰ぎ見る。
 行き過ぎる雲は変わらず輝き、空を彩る。
 吹き抜ける風は何処までも潮の香りと共に駆けていくのだろう。
 遥かに行き過ぎた島々までも。
 けれど。

 そんな曖昧なモンに言葉を託すなんざ、お前らしくねェんじゃねぇか?

 視線は向けないままで。
 片手を挙げて。
 拳の背で、軽くルフィの背中を叩いた。


「声に出した方が、伝わり易いと思うぞ?」


 トン、と叩いた背が。
 小さく揺れるのを感じた。






「そうする!」

 不意に響いた声と。
 刹那、すぐ傍で起こる一陣の風。
 振り返った視界の中で、ルフィが走り出すのが見えた。
 そのまま一気に甲板を突っ切ると、手摺に飛び乗る。
 細い手摺の上で器用にバランスを取って立つと、そのまま大きく息を吸い込んで。
 叫んだ。

「ビビーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 一瞬の間。
 潮騒のみが満たす静寂。

 そして。




「おれは海賊王になるからなーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」




 ある意味、予想外だった台詞に。
 ゾロは、思わず唖然としてしまった。






 吹き抜ける潮風の中、ルフィが妙に満足げに胸を張る。
 その後ろ姿が余りにもいつも通りで。
 だから何だか納得がいって。

 堪らずに、ゾロは大きく笑い出した。
「……はッ、はははは!!」
「あーッ!なんだよ、ゾロ!なんでお前が笑うんだーー!!」
 ルフィが勢い良く振り返り、手摺から飛び降りるとそのまま駆け寄ってくる。
 歯を剥き出しにして怒るその顔に却って笑いが溢れて来るのを堪えられず、ゾロはさえぎる様に片手を上げた。
「わ、悪ィ。いや、お前らしすぎてさ」
「笑うトコじゃねーだろ!失礼だぞ、お前!!」
「ああ、悪かったって」
 珍しいぐらい大笑いするゾロをルフィは睨みつける。
 歯を剥いて、唸り声さえ上げて。
 噛み付かれそうな勢いに、ゾロはそれでも笑いを隠せない。
「ゾォロ〜〜〜〜〜ッ!!」
「ホント、悪ィ。そうだな、笑うトコじゃねェよな」
「当たり前だ!おれは海賊王になるんだからな!!」
「ああ、解ってる。で、ビビはアラバスタの女王だろ?」
「当然だ!!」
 そう言って胸を張って。
 それからルフィはゾロの鼻先に音がしそうな勢いで指先を突きつけた。
「で、ゾロは大剣豪だぞ!!」

 その言葉にゾロが軽く目を見開く。
 それからゆっくりと、その口元が笑みの形に結ばれた。
 挑むようなルフィの視線を受けて立つ様に。

「……当然だ」
「おう!それでいい!!」
 ルフィが腕組みをして更に胸を反らす。
 ゾロは腰に片手を当て、軽く顎を引いてその視線を受け止めた。
 引く事など知らない不敵な笑みに、ルフィの顔にも勝ち気な笑みが浮かぶ。
 そのまま対峙するように、視線をぶつけ合って。
 ざぁ、と大きく吹いた風にルフィの麦わら帽子が揺れた。




 未来に確証なんてなくていい。
 ないからこそ、全力で進めるのだから。
 先の解っている未来なんて、つまらないだけだろう?
 未知だからこそ面白い。
 未来はこの手で創るものだ。




「おれは海賊王になるぞ!!」
「おう。なれなかったらブッた斬るからな」
「じゃあ、ゾロが大剣豪になれなかったらおれがぶっ飛ばす!」
「上等じゃねェか。受けて立つぜ」


 挑む様に交わした言葉。
 勝ち気な笑みを互いに浮かべて。
 揺るぎない意志をその瞳に灯して。
 そして、笑った。



 振り返り、ルフィが大きく両手を振る。
 遥か彼方の島で、新たな一歩を踏み出した仲間に向って。


「ビビもがんばって女王になれよーーーーーーー!!!!」
「……いや違うだろ、それは」








 未来への勝負は、まだ始まったばかりだ。







2nd, MAY, 2007





最初は普通に、
「がんばれ」とか
「元気でな」とか
「いい女王になれよ」とか
言うかなー・と思ってたんだけど。

…………言わねぇって、ルフィなら。

「おれは海賊王になるから、ビビはアラバスタの女王になれよ!」
……本気でそう言いそうだ。
海賊王と女王が違う物だって事は知ってるんだろうか……。
なんだか、同じだと思ってそうな……。
ビビがコブラ王を倒したら、王室革命です。ヤバいです。



2007.5.2



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