木漏れ日に微笑んで






 大きな木が、通りの向こうから歩いて来る。






 一瞬、本気でそう思って、チョッパーは固まった。
 足の生えた木が、手を身体の前に組んで、時々身体を揺らしながらゆっくりと歩いて来る。
 目にしたそれは、そうとしか思えなくて。

 けれど、直ぐに気が付く。
 風に乗って漂ってくる覚えのある匂い。
 木から生えた見覚えのある細い足。
 そして、その細い腕。


「あ……ロビン?」


 気付けば驚いたのが間抜けなぐらい、正体はあっさりと解ってしまった。
 歩く木に見えた物は、何の事は無い、大きな植木を抱えて歩いてくるロビンの姿だった。
 身体のほとんどが木に隠れてしまったため、木から足が生えている様に見えただけ。
 そして、木を抱えている腕も、木が生えている様に見えた、それだけの事だった。






 それは、ウォーターセブンを出港して、最初に補給のため寄った港での出来事。






「ロビン!どうしたんだ、それ?」
「あら、チョッパー。買い物は終ったの?」
 『歩く木』の正体がロビンだと解って、直ぐにチョッパーは駆け寄った。
 大きな木の影から、見慣れた顔が現れて微笑む。
 緑の香りを含んだ風がふわりとその髪を揺らした。
「うん、おれの方はもう終りだよ。それより、この木……本当にどうしたんだ?」
 首を傾げて見上げてしまう。小さなチョッパーから見ると、本当に大きな木。
 ロビンがその細い腕を一杯に伸ばして抱えても、梢の先端はその背より高い。
 こんな木を持って帰って、どうするつもりなのか。
 もしかして、食べられるんだろうか。
 そう思い首を捻ると、頭上でロビンが梢の1カ所を指差した。
「ここ……ほら、痛んでるでしょう?それで処分するっていうから、譲ってもらったの」
 言われてみれば確かに、ある枝だけ葉の付きが悪い。縮れた小さな葉や色の悪い物しか無い。
「病気なのか」
「ええ。でもちゃんと処置すれば大丈夫なのよ。それなのに捨てるって言うから、つい、ね」
 そう言うとロビンはまた木を抱え直した。
 それを見て、チョッパーは慌てて人型になる。
「おれ、持つよ。貸して?」
「大丈夫?チョッパーも荷物があるでしょう?」
「平気。今日買ったのは、漢方とかばっかりだから軽いんだ」
 背中のリュックに詰めた薬は乾燥させた物がほとんどで、量の割にはかなり軽い。
 ロビンが細腕の割には力がある事はしっているが、それでもやはり自分が持つべきだろう。
 その手から木を受け取る。緑の香りが鼻をくすぐった。
 気持ちの良い香りに頬を緩ませながら、疑問に思っていた事を口に出す。

「この木、もしかして船に植えるのか?」

 持って帰る場所はサニー号なのだから、それしか無いとは思うけれど。
 船で木は育てられるのだろうか。
 その疑問にロビンはあっさりと笑顔で頷いた。
「ええ、勿論。潮風に強い品種だから大丈夫よ」
「へ……ぇ。あ、ひょっとしてその苗も?」
 今まで木に目を奪われていて気付かなかったが、ロビンは他にも幾つかの苗と種が入った袋を持っている。
 これらも当然、持って帰ると言う事は。
「ふふ。あの船、ガーデニングも出来そうでしょう?」
 嬉しそうに微笑みながら、ロビンはそう答えた。
 その笑顔に、チョッパーは一瞬見とれてしまう。
 本当に優しい、花の様な笑み。
 ロビンがこんな顔で笑う事を、初めて知ったかもしれない。
「……花、好きなんだ」
「そうね。大好きだわ」
 花が綻ぶ様に笑いながら、ロビンが言う。
 その笑顔は本当に綺麗で、幸せそうで。
 優しい物だったから。

 少しだけ、不思議に思った。


 不思議……いや、怪訝に。


 不意に押し黙ったチョッパーの顔を、ロビンが覗き込む。
「どうしたの?チョッパー」
「う、ん……」
 不思議そうに見つめる視線から顔をそらす様に、チョッパーは目の前の梢に鼻先を埋める。
 緑の爽やかな香りを嗅いでも、気持ちは晴れない。
 胸に沸き起こった、小さな疑問。
 聞いて良いのかどうか、躊躇してしまう。
 もしかすると、ロビンの傷に触れるかもしれないから。

 けれど。

「チョッパー?具合でも悪いの?」
 ロビンがそっと頬に手を伸ばしてくる。
 優しい仕草。気遣う視線。
 指先で頬を撫でられて、手の甲で額に触れる。
 その手に籠る心遣いが解ったから。

 思い切って口を開いた。
 ロビンにこれ以上、気を遣わせないために。
 傷付けない様に、気を使って。

「なぁ……なんで、花が好きなんだ?」

「え?」
 怪訝そうにロビンが首を傾げる。
 揺れる髪を見つめながら、チョッパーは言葉を選ぶ。

「ロビンは……ロビンの能力は、ハナハナ、だろ?」

 ロビンの瞳がほんの少しだけ見開かれる。
 僅かにその光が揺らいだ気がして。
 チョッパーの胸が小さく痛んだ。

「ロビンは能力者になったせいで、小さい頃……ヤな思い、したんだろ……?」

 自分にも経験があるから。
 だからこそ、言い出し辛かった。
 『今』がどれだけ倖せでも、消えない『記憶』。
 完全に癒えるにはまだ日の浅い、過去の傷跡。

 それを……自分の口から言い出すのが、辛かった。


「その能力と同じ名前の『ハナ』が……イヤじゃないのかな……って…………」


 言ってみて、やはり沸き起こる、後悔。
 胸の奥が、ぎり・と締め付けられる。
 見上げるロビンの視線が辛くて、緑に顔を埋めた。

 風が運ぶ沈黙。


 港のざわめきが、人々の声が、潮騒が、遠い。




 降り注ぐ日差しさえも。




 さわり・と風に梢が揺れて。


 ロビンがそっとチョッパーの頬を撫でた。

「…………むしろ、逆かしらね」
 沈黙を破る優しい声。
 チョッパーは弾かれた様に顔を上げる。
 その視界に入るのは、ロビンの笑顔。
 優しくて暖かい、はにかむ様な微笑みだった。

「逆?」
 首を捻ると、ロビンは笑顔で頷く。
「ええ。大好きな花と同じ名前の能力だったから、受け入れられたのかもしれないわ」
 その言葉に、チョッパーは小さな瞳を真ん丸に見開いた。
 予想外の、返事。
 思いもしなかった可能性。
 その理由は、考えつきもしなくて。
 目も口も丸く開いてロビンを見てしまう。
 ロビンはまた、優しく笑った。

「花は、誰にでも綺麗に咲くでしょう?」

 そう言って微笑む瞳。
 柔らかな光を湛えて、優しく揺らぐ。
 ふわりと吹く風に花の香りを感じた気がした。

「私が能力者でも変わらずに……他の人達と同じ様に咲いてくれるでしょう?」

 微笑むその姿こそが花の様で。
 日差しを受けて輝いている様で。
 綺麗に、鮮やかに、真直ぐに、凛と咲く。
 そんな1輪の花の様に見えて。

「だから……大好きだったわ。他の皆と私を差別しない花が」

 鮮やかな空の蒼に映える、その微笑みに。


 チョッパーの胸のつかえが、すとん・と取れた。


「そっか。そうだったんだ」
 笑ってそう言うと、ロビンが頭を撫でてくれた。
 その顔から微笑みが消えない。
 それがまた嬉しくて、チョッパーは笑う。
「ごめん、変な事、訊いて」
「いいのよ」
 ロビンがふわりと髪を揺らして歩き始める。
 チョッパーもその隣に並んだ。
 港のざわめきが潮風に乗って運ばれてくる。
 梢は腕の中で心地良さそうに揺れている。
 その緑の香りを胸一杯に吸い込んで。
 自分達を包み込む青空を仰ぎ見た。

 何処までも輝く、済んだ空を。


「これ、植えるんだろ?おれ手伝ってもいい?」
「あら本当?助かるわ」
 チョッパーの申し出に、ロビンが頷く。
 嬉しそうに笑って、チョッパーは梢に鼻先を埋めた。
「いい匂いだなぁ。すっごく落ち着く」
 その様子にロビンは笑った。
 それは何処か、母親の様な笑顔で。



 やがて視界に広がる、一面の青。
 陽光を湛えて輝く、何処までも広い海。


 そして、その海の側に停泊する、一隻の船が見えてくる。






 それは、自分達の『還る』場所。






 花と同じ様に、自分達が何者であろうとも受け入れてくれる、そんな仲間達の待つ船の姿が。
 何処までも輝く海と共に、迎えてくれていた。


 何時もと変わらずに。
 何時までも変わらずに。










1st, JUN., 2008





前から書いてみたかった話。
ロビンがどうして、花が好きなのか。
能力と同じ名前なのに、嫌じゃないのか。
あまり凝ったエピソードじゃないんだけども。

本当はゾロとロビンで書こうと思ってたんだけど。
良く考えたらこの船の中で、
能力の所為で他者から迫害された経験を持つのは、
この2人だけだと気付いたので。
それで、同じ痛みを知る2人の会話に変更。
チョッパーは人を恐れたけど、嫌わなかった。
そこが違ってたら、状況は変わってたかもしれないな・と。



2008.6.1



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