ウォーターセブンを出港して少し経って。 予想以上に航海は順調で、この船の乗組員達もそれぞれに寛いでいたある日。 キッチンに飲物を貰いに来たウソップにサンジが小さな籠を差し出したのが、全ての始まりだった。 「おう、ウソップ。コイツ使わねェか?」 いつもより若干不機嫌な口調でそう切り出されて。 何事か・とウソップはちょっと及び腰になった。 それでもその不機嫌な目でじろりと見られては逃げ出す訳にもいかず。 覚悟を決めて、目の前に出された籠を覗き込む。 籠の中には、白い楕円形の物体が4個。 片方が尖った流線型のそれは、どこからどう見ても『卵』だった。 「コレって……卵?どうしたんだ?」 流石に予想外の物に、驚いて尋ね返す。 何故に、自分に卵なのか?その答えは思い当たらないし。 別に卵が好きで好きでたまらないわけでもないし、食べたいと口走った覚えもないし。 首を傾げて4個の卵を眺める。 「もしかして、有精卵か?オイオイ、おれにコレを孵せって言うんじゃないだろうな」 孵卵器を作れってコトだろうか・と考えたが、どうやら外れらしい。 向かいでサンジはイヤそうに口元を歪めると、紫煙を吐き出した。 「…………んなワケあるか、クソバカヤロウ。痛んじまったんだよ」 忌々し気にサンジが口にした言葉に、ウソップは事情を飲込んだ。 食材の管理には万全を期しているサンジにしては珍しい事だ。 驚きが顔に出てしまったようだ。増々サンジは不機嫌な顔を作りそっぽを向く。 「ちょっとな……冷蔵庫に入り切らなかった分を倉庫に置いといたら、そのまま……まぁ、なんだ、色々あったしよ…………」 珍しい失態がよほど恥ずかしいのか、普段より小さな声でブツブツと言い訳する。 フィルターを噛み締めてガリガリと頭を掻く。 こんな失敗をする事も珍しいか、この態度も十分珍しい。 でもまぁ、珍しいが、決して嫌な気分がするものではないけれども。 「食材を無駄にするってぇのは、おれのプライドに反するんだがな。まさか痛んじまった物を使うワケにもいかねェしよ。その点、お前ェならよ……」 「そうだな。おれの『卵星』に使えば無駄にはならねェもんな」 サンジの言葉を引き継いで、ウソップはにこりと笑った。 その答えに、サンジがちょっとほっとした顔を見せる。 ウソップは全開の笑顔になって、自分の胸を叩いてみせた。 「解ったよ、サンジ。この卵はこのおれ様が有難く使わせてもらうぜ。なァに、食材としてじゃあねェが、このおれの武器としてちゃんと役立つから、心配すんな!」 「……おぅ。悪ィな」 笑顔のウソップにつられる様に、まだちょっとバツの悪そうな顔でサンジも笑う。 ウソップも笑いながら卵の入った籠を抱え上げた。 「ちょうど今、新しい『星』の開発中なんだ。今度のはすげェぞ。何たってこのおれ様の改心の出来だからな。喰らった相手はまず例外なく1撃で……」 「説明の途中で悪ィがな。ソレ、さっさと持って行った方が良くねェか?」 上機嫌で喋り始めたウソップをサンジがあっさりとさえぎる。 へ?と呟いて瞬きするウソップに、改めて口を開いた。 「ルフィに見つかったらやべェだろうがよ。いつ、ココに飛び込んで来るか解らねェからな、あの欠食児は」 「あ」 確かにここはキッチンで、そして万年欠食船長はいつここに来るか解ったもんじゃないので。 しかし、流石のルフィでも『これ』はどうだろうか。 「……いや、いくらアイツでも、腐ったもんは」 「喰わねェって言い切れっか?」 「…………自信ねェな」 「だろ?」 断言できない自分が少しだけ情けないような気もしたけれど。 ここはとにかく、安全策を取るに越した事はないだろう。 籠を抱えて席を立った。 「……工場に置いてくるわ」 「そうした方がいいぞ。ああ、置いたら戻って来いよ。飲みモン取りに来たんだったよな?」 「お、そうだった。すまねェが頼むな」 そう笑って手を振って歩き出し。 正にドアへと手を伸ばした瞬間。 物凄い勢いで、ドアが開いた。 ……当然、ルフィの絶叫と共に。 「ハラ減ったぁーーーッッ!!!サンジ、なんか喰うモンくれーーーっ!!!!」 「うげッッッ!!!!」 突撃するような勢いで飛び込んで来たルフィに、2人が同時に固まる。 ルフィも目の前にいたウソップに足を止めて。 「お、ウソップじゃん。どーした?……あー!卵だーーーー!!!」 目の前だったから、当然、ウソップが手にしていた籠の中身は丸見えだった。 隠しそびれた・とか、せめて布でも被せるべきだった・とか、今更思ったが、もう遅い。 「ゆでたまごか?!い−な、おれにもくれ!!!」 言うが早いが、ルフィは素早く卵を1つ手に取る。 それを見て大慌てでサンジとウソップは怒鳴った。 「待てクソゴム!!それは生だ!!茹でてねェ!!!」 「いやそこじゃねェだろ!!!だから待てってばオイ!!その卵にはそれ以前の問題が……!!!」 「なんだ、生たまごか?ま・いいよな、生でも喰えるし!」 そう言うとルフィは上を向いて大きく口を開けて。 「いっただっきまーーーーす!!!」 「わーーーーッッ!!!!だから待てーーーーっ!!その卵は……!!!」 ウソップの絶叫も虚しく、ルフィは口の上で卵を割ってしまった。 ぽとり・と中身が大きな口の中に落っこちて。 ロクに噛みもせずに、ルフィはそれを飲み込んてしまい。 あまりにもあっという間の出来事に、2人には止めるヒマも無く。 目の前の現実をただ愕然と見送ってしまった。 ルフィ1人、飲み込んでから眉をしかめて首を捻った。 「ヘンな味だぞ、コレ?なんか変わった卵だったのか?」 「あ…ッ、アホかーーーーーーーッッ!!!!」 「バカヤローーーッッ!!!腐ってたんだよ、その卵はーーーーーーッッッ!!!!」 「えーーーーっ?!!ウソップ、腐った卵、喰おうとしてたのか?!!」 「いやそこじゃねェだろ、論点は!!!!」 「いいから、吐け!!!とっとと吐きやがれ、このクソバカヤロウ!!!!」 「いやだ!!一度喰ったモンを出すのはおれのポリスーに反する!!」 「腐ったモンを喰わすなんざ、おれのプライドが許さねェんだよ!!!いいから、喉に指突っ込んででも吐き出せ!!!」 「ルフィ、頼むから吐いてくれ!!!ハラ、壊すぞ!!!」 「いーや、平気だ!!!おれのハラは腐った卵ぐらいじゃ壊れねェ!!!」 「んなワケあるかぁっっっ!!!!」 自信たっぷりに言い切られても、とてもじゃないがそれで終りには出来ず。 吐かせる為に捕まえようとする2人から逃げ出して、ルフィは笑った。 「平気だってば、何でもねェよ。それよりサンジ、口直しに新鮮な卵くれ」 「やるか、クソゴム!!!まずは吐けっつってるだろ!!!」 「なんだよ、ケチ。じゃ、しゃーねェなぁ」 「ケチって問題じゃねェだろ!!お前の身体の事なんだぞ?!!」 「だから平気だってば。気にし過ぎだぞ、お前ら」 「てめェがクソ無頓着なんだよ!!!」 「気にしてくれ頼むから!!人間として!!!」 絶叫虚しく、ルフィは笑って逃げるばかりで。 何とか捕まえようと、暫くキッチンの中を追い回してみたが、結局徒労に終り。 とうやっても食べ物は出て来ないらしい・と悟ったルフィが不承不承キッチンを後にした。 「何でもねェから気にすんな!それよりサンジ、おやつ作っといてくれよなー!!」 最後にそう言って、ルフィはキッチンを出て行く。楽しみにしてっからよ・と付け足して。 残された2人は、暫く呆然と肩で息をしながら視線を合わせていた。 広いキッチンに、2人の荒い呼吸音だけが響いている。 「なぁ……本当に何でもないと思うか?」 「さァて、アイツは内蔵もゴムだからな……もしかすっと平気かもしれねェぞ?」 「いや、いくらなんでもよぉ…………」 ウソップが頭を掻きながらそう呟いた時。 突然鳴り響いた、凄まじい足音。 とんでもない勢いで走って来るその音に。 被さったのは絶叫だった。 ……当然、ルフィの。 「トイレーーーーーーーーーーッッッ!!!!」 「だから言っただろうが、このクソゴムーーーーーーッ!!!!」 「お前ぇっ、ちったぁ人の話を聞けーーーーーっっ!!!!」 当然と言えば当然の結果に、2人の罵声が飛ぶ。 ドアを吹き飛ばす勢いでトイレに駆け込んだルフィに、他のクルーも何事か・と集まって来て。 事の顛末に、3人まとめてナミの鉄拳が落ちたのは言うまでも無い。 12th, JAN., 2008
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………………逃げていいスか。 でもルフィなら、トンジットさんの『10年もののチーズ』でも大丈夫そうな気がしなくもないような。 この後も、数時間眠れば治るんだろうなぁ。 だって、ルフィだし。 ルフィだから……。 ルフィなんだから…………。 2008.1.12 |