美味しい顔ってどんな顔?






 さんさんと降り注ぐ陽射しと。
 優しく行き過ぎる風と。
 心地良い潮騒と。

 波に揺られるサニー号の甲板で、無心に草を食みながら。
 そんな暖かな気配に包まれている事を、チョッパーは感じていた。




 甲板の芝生はロビンが手入れをしているだけあって、とても青々としていた。
 根こそぎじゃなければ食べてもいいわよ・とロビンが笑ったので、時折こうして食べさせてもらっている。
 人間の料理も大好きだけれども、やはり基本はトナカイなのだ。
 草食獣の常なのか、こうして無性に草が食べたくなる瞬間もある。
 暖かな陽射しの元、足元には香り高い下草があって。
 危険な事なんて何も無い場所に居て。
 心行くまで食事が出来る。
 それは、草食獣にとっては、何よりの至福だった。

「ふはぁ〜〜〜〜」
 満足するまで食べて、チョッパーはその場に座り込んだ。
 トナカイの長い脚を丸めて、昼寝の体勢を取る。
 お腹いっぱい食べて、ゆっくり休む。
 なんて贅沢なんだろう。
 鼻先を芝生のいい香りがくすぐる。
 食べ物だって、まだまだ残ってるし。
 辺りは暖かいし。
「倖せだなぁ〜〜〜」
 欠伸と一緒に漏れる、そんな一言。
 ドラムの雪深い森を彷徨っていた頃には、こんな幸せな未来なんて考えられなかったから。
 だから、本当にしみじみとそう呟いた言葉は、単に独り言のつもりで。
 まさか返事が降って来るとは思いもしなかった。

「そんなに倖せなのか?」

 頭の上に降って来た声にびっくりして振り返ると、そこには銜え煙草で見下ろしているサンジの姿があった。
 微かに眉を寄せ、何か言いたげな感じではあるが。
「サンジかー!びっくりしたぞ」
 チョッパーは気付かずに立ち上がって笑う。その様子を見ながら、サンジはキッチン前の手摺に頬杖を付いて見下ろしている。
「……草ってそんなに旨ェのか?」
「え?」
 再度訊かれた言葉に、流石にチョッパーも驚いた顔になった。
「そんなに倖せになっちまう程、旨いモンなのか?」
 3度目の問い。
 見下ろすサンジは眉を寄せて口を結んでいて。
 ……何やら、不機嫌そうな様子で。
 きょとんとしてから、ちょっと慌てて答えた。
「え・ええと、美味いって言うか……ホッとする、って感じかな。腹、一杯になったし。あ!でも人間が食べても美味しくないと思うぞ?」
「へェ〜〜〜…………」
 サンジは曖昧な返事をして、煙を吐き出す。
 その様子に、チョッパーは流石に戸惑った。
「……食べてみたいのか?」
「いンやぁ、別に」
 料理人としての好奇心から草に興味があるのかと思ったが、そうでもないらしい。
 じゃあ、一体、どうして?
 トナカイの姿のまま、硬直してサンジを見上げる。
 対するサンジは相変わらず眉を寄せて、目も眇めてチョッパーを見下ろしている。
 2本のマストの上ではためく海賊旗の音が潮騒に混じって通り過ぎる。
 空も雲も、静かに通り過ぎるだけで。
 人とトナカイの目線は、暫く合わさったままだったけれど。
 不意にサンジの方からそれを切った。
「……ま、腹一杯になって倖せだってコトだよな」
「お、おう。そうだけど」
 戸惑いながら返事をする。
 サンジはゆっくりとチョッパーに背を向けて。
 そして、肩越しに振り返って、言った。

「そんなに腹一杯なら、今日のおやつはいらねェってコトだな」


 それはそれはもう、本当に意地の悪い笑みを浮かべて。


「え!えええぇえぇーーーーッッ!!!」
 思わず絶叫するチョッパーに、サンジは尚も追い打ちをかける。
「いやぁ、残念だなァ。今日は頑張ってプチシューを山の様に作ったのによォ」
「そんなぁ!!!ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」
 背を向けてキッチンへと歩き出すサンジを、チョッパーは大急ぎで追いかけた。四つ脚のまま階段を駆け上がる。
「中のクリームなんざ5種類も作ったのになァ。それが喰えねェなんて、ああ、本当に残念な話だぜ」
「ちょっと待てってばーーーッ!!!喰わねェなんて言ってないぞー!!喰う!!絶対に喰う!!!」
「あァ?何言ってんだ。お前たった今、草喰って腹一杯だって言ってたじゃねェか。それ以上喰ったら腹壊すぞ」
「壊さねェよ!!そう言うのを別腹って言うんだ!!だから大丈夫だ!!!」
 サンジがキッチンのドアに手をかけた時、駆け上がって来たチョッパーが飛びついて来た。流石に何時もの人獣型に戻っている。トナカイのままだったらいくらサンジでも吹っ飛ばされていたかもしれない。
「イジワルなこと、言うなよなーッ!!!おれも喰うぞーー!!!絶対に喰うんだーーー!!!」
 半泣き状態で、しがみついて、必死で訴えるチョッパーに、サンジの口元が小さく綻んだ。
「そうかー。そんなに喰いてェのか」
「当然だろ!!!それにホラ、こうすればまだ入るぞ!!!」
 そう言うと今度は人型になってみせる。確かに身体が大きくなる分、胃の容量も増えるだろう。
 サンジは耐え切れずに笑って答えた。
「それなら、喰わせてやるか」
「やったーーーッ!!!もー、イジワル言うなよなーーー!!!」
 チョッパーはまた人獣型に戻ると、嬉しそうに笑う。
 そして、浮かれた足取りでキッチンに入ろうとして。
 いきなり、角を掴まれた。
「わ?!」
 びっくりして見上げると、サンジが笑いながら見下ろしている。
「その前に、腹ごなしついでにひとっ走りしてくんねェか?」
 瞬きしている間に手は角から離れて。
 そうして、まずは下、次いで上を指差して、言った。

「フランキーのヤツが下の部屋に籠ってっから、呼んで来てくれるか?あと、クソ剣士もまだ上から降りて来てねェんでな」

「え!ええええぇぇええッッッ?!!!」
 にやりと笑って言われた台詞に、今日2度目の絶叫が答えた。
「一番上と一番下じゃないかーーーーッッッ!!!」
「おう。頼むな」
「ひっでーーーーー!!!!サンジのオニーーーー!!!」
 叫ぶチョッパーの頭を叩いて、軽く笑う。
「急がねェと全部ルフィに喰われちまうぞ?」
「ぎゃーーーーッッ!!!サンジのアクマーーーーー!!!!」
 泣き叫びながら、小さなままでチョッパーが走り出す。
 甲板へと駆け下りると、大慌てでハッチをこじ開けて、転げ落ちるようにして中へ消えた。
 フランキーを呼ぶ声が、開けたままのハッチから微かに響いてくる。
 トナカイの方が早ェんじゃねェのか・と思いながら、サンジは残りのメンバーを呼びに行った。
 それはもう、楽しそうに笑いながら。



 少しして、いつも通りの賑やかなティータイムが訪れる。


「ルフィーーーーッッッ!!!!お前、いつも言ってんだろうが!!取りすぎだぞーーーッ!!!」
「旨いんだからしょーがねェだろー!!」
「お前っ!自分用にって、ドでかいの貰ったじゃねェかよ!!!」
「もう喰った!!!」
「早ェよ!!!!」
 笑いながら、大騒ぎしながら。
 賑やかに皆で同じ物を食べる。
 もちろんチョッパーも、全開の笑顔で頬張っている。
 その様子を見ながら、サンジは小さく笑った。

 さっき、甲板で芝生を食んでいた時のチョッパーは、静かな顔をしていた。
 食べ終えた後でも、満ち足りた表情をしていたが、笑顔ではなかった。

 それは、料理人としては、ちょっと面白くない事だった。

 今のチョッパーは、これでもか・と言う程の笑顔である。
 笑って、嬉しそうにはしゃいで、口一杯にシュークリームを詰め込んで。
 美味い・美味いと大喜びで食べている。
 皆と笑いながら。

 さっきとはまるで違う顔で。


 本当に美味いモンは、笑って喰うもんだぜ?


 声には出さないで、小さな仲間にそう笑いかけて。
 そして、追加の大皿をテーブルへと運ぶ。
「ホラよ!まだあるから、落ち着いて喰いやがれ!!」
「ぅおおーーーーッッ!!!やったーーーー!!!」
「すっげーーー!!さすがサンジだなーーー!!やっぱり大好きだーーーー!!!」
「良くこんだけ作ったなぁ!!感心するよ、お前!!」
 嬉しそうに上がる歓声と。
 すぐに始まる取り合いと。
 楽しそうな笑い声。
 それを見るに連れ、サンジは嬉しくなる。

 最高のソースは空腹なんかじゃねェ。
 笑顔以上のソースはねェんだよ。


 だってそれは、作る方も食べる方も倖せにしてくれるのだから。









24th, NOV., 2007





トナカイの主食はだって聞いたような気がする……。
ま・いっかー!
草食動物にとって、満腹になるまで食べれて、
そのあとゆっくり休める・ってのは、この上ない至福だと思うのよ。

プチシューの中身は、カスタード・チョコ・紅茶・コーヒーにみかん。
ルフィの特別ジャンボシューは、全部ぶち込まれてたらしい。
………ってどんな味よw



2007.11.24



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