風は順風、空は晴れ。 大海原を船は行く。 空と風と波に抱かれ、 ただひたすらに、ゆったりと。 大海原の真只中を、のんびりのんびりと漂っている小舟の上で、その船のたった2人の乗組員はこれまたのんびりと昼寝を楽しんでいた。 お互いに甲板にひっくり返って。 それはもう、呑気ないびきをかいて。 ゆらりゆらりと波に揺られながら。 さわさわと吹く風を1本きりのマストに受けて。 眩しい日差しをさんさんと浴びながらも。 そんな世界の状況を全く無視したかのように、何処までも天下太平に惰眠をむさぼっていた。 ……一応、この2人。 将来的には、この大海賊時代の頂点に立つものを示す名である『海賊王』となる男と。 世界最強の剣士である『大剣豪』の名を手に入れるはずの男なのだが。 そんな未来の面影など欠片も見当たらない状況だった。 ふと、波の音を子守唄に眠っていたルフィが起き上がった。 まだ半分以上寝ぼけた顔を拳で擦り、ぼぅっと辺りを見渡している。 そしておもむろに、腹減った、と呟くと側にあった袋をあさって適当に食べる物を物色し始めた。 とは言え、食料はもうかなり減ってしまっている。なにしろ、無類の大食漢が船長だし、それにこの2人に計画性など求めても仕様がないし。 今もまた、ルフィは特に何も考えずに残った食料の内の何割かを胃に収めてしまった。 それでも腹は満足したらしく、その顔には何の曇りも無い笑顔が浮かんでいる。 そのまま辺りを見渡していた目線がふと、ゾロに止まった。 「何だよー。ゾロってばまだ寝てんのかー」 ちょっとつまらなそうにそう呟く。まぁ、船には2人しか居ないのだし。その状況下で1人が寝ていたら、当然、もう1人は暇になってしまうのだけれども。 足の裏を鳴らしながら、ひっくり返って呑気に眠る『1人目』の仲間の寝顔を覗き込む。 少しの間しげしげとゾロの寝顔を眺めてからルフィは目線を大海原へと転じた。 そのままじっと海を見る。遥か水平線まで良く晴れ渡った海を。 じっと水平線の彼方を見つめる瞳には欠片程の曇りも無い。 迷いのない笑顔で、だた、向かう先を見つめている。自分達を未来へと導く、遥かなる大海原を。 「次はどこに着くんだろーなー」 楽しそうな笑顔で呑気に呟く言葉がこの舟の進む先を意味していた。 暫くそうして海を見つめていたが、不意に大きなあくびを一つした。顎が抜け落ちそうな程の大きなあくびである。ごしごしと目を擦る。 「ねむっ。もーひと眠りしよ」 そう言うと同時に、再びこてんと転がって、気持ち良さそうに寝息を立て始めた。 揺らめく舟の上、眩しい陽射しを浴びて、波の音と海鳥の声を聞きながら、また暫く呑気な時間が流れて行った。 その間にも舟は静かに進み続ける。 風と波に揺られながら。 ただ、ただ、のんびりと。 ゆっくりとそんな時間が流れ去ってから、今度はゾロが起き上がった。 寝起きの不機嫌そのものの顔で目を擦る。 そして、そんな表情のまま側の袋をあさりラム酒の瓶を取り出して喉に流し込んだ。 豪快に呑みながら、ふと、その視線が隣に転がっているルフィに止まった。 瓶を口から離し、呑気な寝顔を覗き込む。天下太平に眠るこの小さな舟の『船長』の顔を。 「……間の抜けたツラだよな」 眠るルフィの表情になかなか容赦の無い評価をゾロは下す。 しかしまぁ、確かにルフィの顔に『緊張感』や『気迫』等といった物はまるで感じられない。呑気で陽気で脳天気。そう言いたくなる顔である。 だが、初対面の時から心の何処かで認めていたのかもしれない。見た目通りの男じゃねぇな、と。 ふと小さく笑みを溢して、再び酒瓶に口を付けるとゾロは目線を水平線へと転じた。舳先の向く方向に。 舟の進む、その彼方をゾロは見据える。ただ真直ぐに。何をも恐れず。 ただひたすらに眼前に広がるは遥か未来へと続く大海原ーーーー。 ……それにしても、と、ふと思う。 「次は何処を目指してんだかな」 そんな事を思いもしたが、すぐに気にするのを止めてしまった。 大きなのびを一つして、瓶の底に残ったラム酒を喉の奥へと流し込むと、甲板に転がってそのまま眠り出してしまう。 再び舟の上には波の音と海鳥の声だけが流れるようになった。二つの呑気で心地よい寝息と共に。 陽射しは相も変わらず暖かい。流れる風もひたすらに穏やか。 穏やかに晴れ渡った海がこの小さな舟を包み込んで導いてゆく。揺れる波と流れる風のままに。 太陽さえも空の上で欠伸を一つ。 行き過ぎる雲が2人の寝顔を覗き込む。 波は楽しげに舟と踊り、風は帆に戯れて遊んでいる。 魚の群れが舟の影をかい潜る。 一羽の海鳥が暫しマストで羽を休めていった。 もう一寝入りして日が少し西に傾き始めた頃、ようやく2人は同時に目を覚ました。 お互い、寝ている間に目を覚ました事は気付いていない。 とりあえずは、と食料を漁り出す。 「だいぶ減ったな。そろそろなんか仕入れねェとな」 「んー。そーだなー」 最後のハムにかじり付きながらルフィが頷く。ゾロはリンゴを手に取った。 「で?次の島まであとどれぐらいなんだ?」 「へ?おれ知らねーぞ?」 一瞬、静寂が訪れた。波の音だけが変わらずに響く。 沈黙はゾロが先に破った。 「知らねェ…って、お前……。じゃ、この舟、どこ向かってんだよ」 「だから知らねーってば、おれ。ゾロが知ってんじゃねェのか?」 「……おれが知るかよ、そんな事」 「へ?じゃあ…………」 再び、沈黙。顔を見合わせたまま、固まる。その2人の頭上を海鳥の影が横切る。 今度の沈黙を破ったのは同時だった。 「うそだろーーーーーーーーッッ?!!!」 水平線の果てまで届くかのような絶叫が二重奏で響き渡った。 「冗談じゃねェぞ?!!お前、自信たっぷりに出港してたじゃねェかよ?!」 「当たり前だろ!?船出ってそーゆうもんなんだぞ!!勢いだよ、勢い!!」 「勢いじゃねェだろ、このバカ!!じゃあ、今までどこ目指してたんだよ?!」 「知らねェって言ってるだろ!!おれ航海術なんて持ってねェもん!!ゾロこそ知らねェのかよ?!」 「おれが知るかッ!!!『船長』はてめェだろ!!大体おれだって航海術なんて持ってねェよ!!!」 「マジかよォッ?!!お前、何にも言わねェから知ってるもんだと思ってたんだぞォ?!」 「人のせいにしてんじゃねェ!!!てめェの舟の行き先ぐらいてめェで責任持てよなッ!!!」 「んな事言ったって知らねェもんは知らねェよぉッ!!!」 ひとしきり怒鳴り声が鳴り響いていた海原に、ようやく静寂が戻る。 お互いに肩で息をしながら半ば呆然として相手の顔を凝視してしまった。 あまりと言えばあまりの、予想だにしていなかった事実の暴露に。 そのまま沈黙が続く。呑気な波の音だけが変わらずに2人の横を通り過ぎてゆく。 麻痺した頭の芯がようやくなんとか機能を回復し始めようとした時。 不意にルフィが全開の笑顔を見せて言った。 「ま、いっか。適当に行きゃあどっかには着くもんなー」 「いい加減すぎるぞ、てめェ!!!」 「そっかー?島はいっぱいあるんだし、なんとかなるって」 「なんとか……って、あのな…………」 ついさっき怒鳴り合った直後だと言うのに、思わず全身の力が抜ける。目眩すら感じてそのまま頭を抱えてしまう。 そんなゾロの様子をお構いなしでルフィは楽しそうに笑った。 「大丈夫だよ。それにおれ、運、いいんだ」 「…………ッたく、そういう問題じゃねェだろ?大体、どっから湧いて来るんだ、その根拠のねェ自信は」 「間違いねーよ。だってちゃんとゾロにも会えたしさ」 「は?」 上げた目線がルフィの顔に出会う。 歯を見せて笑う、一点の曇りも無い笑顔。どうやら本気でそう思っているようだ。 唖然も脱力も通り越して、なんだか妙に納得させられてしまった気がした。 『適当に行けば何処かには着く』。 そんな、あまりにも適当で曖昧でいい加減で大雑把で、それでいて確かに真理ではある言葉に。 天を仰いでため息を一つ。 それでゾロは納得してやる事にした。 「…………ま、お互い干涸びる前にどっかに着きゃあいいんだがな」 「うん、大丈夫だろ。なるようにしかなんねェもんな」 「……何のフォローにもなってねェよ、それ」 「そっかー?ゾロって細かい事気にすんだなー」 ルフィが声を立てて笑う。 ゾロがそうじゃねェだろ、と呟いてはみるが、ルフィには届かない。 諦めたように、もう一度、ため息を吐いて。 それからゾロも開き直って笑った。 まあ確かに、これで行き倒れるようなら所詮それまでの運命と言う事なのだろう。 お互い、目指す物への道はまだ始まったばかりなのだ。 運命はただ未来にのみ存在する。この大海原の導き行く先に。 またもや食料の袋を漁り出そうとしたルフィをゾロが思いきりごつく。 「だからって少しは考えて喰えよなッ」 ごつかれてもルフィはさして気にしていない。まぁ、さすがに食べるのは止めにしたようで、名残惜しそうに袋から手を離した。 そのまま物足りなさそうに袋をじっと見つめている。 その様子に諦めたのか、ゾロは手にしていたリンゴをルフィに放った。 「一応、最後にしとけよ」 「おおッ」 ルフィは目を輝かせてリンゴを受け取ると、勢い良くかじり付いた。そのまま一気に半分近く平らげてしまう。 そこで、ふと、半ば呆れたように自分を見ているゾロの視線に気が付いた。 次の瞬間、我に返って手にしているリンゴの残りとゾロの顔を見比べる。 そう、これは『ゾロが食べ様としていた』リンゴなのだ。 「?何だよ?」 突然の行動にゾロが問い返すと、ルフィは恐る恐ると言った感じで齧りかけのリンゴを差し出して来た。 「ゾ、ゾロも喰うか?」 「……ッ!!いらねェよ、喰い掛けなんか!!」 「え?! じゃあ……」 言うなりルフィは口に手を突っ込む。 それを見た瞬間、ゾロは思いっきりルフィをどついていた。 「出すんじゃねェ、このバカヤロウ!!!余計いらねェに決まってるだろがッ!!」 一体、何をどう考えればこんな行動に出られるのか、はっきり言って理解に苦しむ。 とりあえず『出す』のは止めにしたようなので、ゾロはラム酒の瓶を手に取った。 「いいから黙ってさっさと喰っちまえ」 「そっか。うん、分かった」 頷いてルフィは再びリンゴに齧り付く。 ゾロはラム酒を胃に流し込んだ。 とりあえずは、これが『今』最後の食事。おそらく今日だけでもこの後もう1回ぐらいは何か食べる事になるのだろうけれど。 「やっぱこりゃあ、航海士が必要だな」 「うん、そうだな」 ゾロの言葉にルフィが生真面目な顔をして頷く。 それからにっと笑って見せた。 「じゃあ次は航海士のいる島に辿り着くといいなー」 「……そう上手くいくといいがな」 いい加減、怒るのにも疲れたらしい。ゾロは苦笑して頷いただけだった。 けれど、まぁ、心配しても仕方がないのも、又、事実だった。 この海の真ん中では確かにどうしようもない。 考えれば航海士が空から降って来るというワケではないのだから。 変わらず日は昇り月は沈む。 雲は流れ波は踊り風は駆け抜けてゆく。 潮騒の演奏に海鳥が歌う。 魚が群れをなして遊んでゆく。 大海原には何の変りもない。 舟はそのまま針路を変えずに流されてゆく。 波が穏やかなら特に心配はいらないだろう。 荒れたとしても、それはまたその時。 考えても悩んでも心配しても気に病んでもどうしようもない事はどうしようもないのだ。 だから、今はただ、大海原の導くままに信じる未来だけを目指して行こう。 海は必ず、2人を裏切らない筈だから。 そしてこの後に、2人はナミという『最強の航海士』と出会う事になる。 6th, NOV., 2001
30th, APR., 2007改訂 |
ONE PIECEの、2番目に書いた話。 6年前に書いて……その後、4年前にもちょっと修正して。 今回、もう1度手直ししとります。 ……最初の文章は、凄まじく回りくどい書き方してて、 とてもじゃないけど曝せる物じゃーなかったから。 怒鳴り合いが好きなので、収録(笑) 絶対、この2人はこのぐらい呑気に漂流してたよなー・と思ってたら 公式だった(爆)びばYELLOW。 あーもぅ魚だけじゃなくてさー、 無人島に漂着しては、獣、猟ったりとかもしてただろー。 しかも魚って………… あの船、調理設備ないじゃん。 生か!丸喰いか!! 2007.4.30 |