想いを認めて






 今日もシロップ村は、何時も通り長閑だった。
 イーストブルーの一角の、長閑で呑気な田舎町には、さしたる騒ぎもなかったから。
 今日も今日とてのんびりまったりな1日を迎えていた。




 『新・ウソップ海賊団』の3人は、敬愛するキャプテンウソップの家の前で遊んでいた。
 偉大なる海の戦士になる為に旅立ったウソップの留守を守るんだ・という思いから家の辺りに集まるようになり、何時しかそこで遊ぶ事が日課となっていた。
 今日も3人集まって、わいわいと話し込んでいた所に来客が訪れる。
 彼女がここへやって来るのも、もう既に『何時もの事』だった。
「こんにちは、みんな」
「あー、カヤさん!」
「こんにちは!」
「カヤさん、調子はどう?」
「ええ、すごくいいわ。ありがとう」
 カヤはすっかり元気になった。
 ウソップが旅立つのと、カヤが元気になるのが殆ど同時だったから、村人達は「ウソップの来訪がカヤに負担をかけていたのでは」とあらぬ誤解をしたが。
 カヤ本人が、「ウソップが戻るまでに元気になると約束した」と説明したので、その誤解も直ぐに解けた。
 母を早くに亡くし1人で頑張っていたウソップの事を、村人達も根本的には好いていたのだ。
 今、ウソップの家を管理しているのはカヤだった。
 週に2度程は、自分で家の掃除もしていたのだが。
「今日はどうしたの?掃除なら昨日やったのに」
 にんじんが不思議そうに訊いた。
 医者になるための勉強で忙しいカヤは、毎日来れる訳ではなかったからだ。
 しかも今日は、大きな鞄も持っている。
「そんなおっきいカバンも持ってるし。もしかして、旅行とか?!」
 ピーマンの問いにカヤはふふ・と笑った。
 ちょっと楽しそうで、でも何処か倖せそうな笑み。
 3人が一瞬、それに見とれてると。
 カヤは鞄を持ち上げて、小首を傾げた。
 淡い色の髪が、さらりと流れる。
「違うわよ。みんな忘れてるの?今日はバレンタインデーでしょ?」
「ああッ!!!」
 カヤの言葉に、3人が声を揃えて叫ぶ。
 目をまんまるにして飛び跳ねて驚く3人の姿に、カヤは一層楽しそうに笑った。

 子供の3人にとって、バレンタインなんてのはまだまだ遠いイベントで。
 せいぜい、母親がチョコをくれるぐらいだったから。
 カヤの言葉は、正に想定外。
 母親以外から初めて貰うチョコが、まさかカヤからだなんて、考えてもみなかった。

 カヤが鞄から綺麗にラッピングされたチョコレートを3つ取り出す。
 薄い黄緑色の小袋にオレンジ色のリボンがかかったそれは、どう見ても手作りで。
 それをカヤが笑顔で手渡してくれる。


 それは3人にとって、至福の時だった。


「……う、わあぁぁ」
「カヤさんのチョコだぁ……」
「すげー。なんか、感動だよぉ……」
 半ば恍惚として手の中のチョコを見つめて。
 それから3人は全開の笑顔でカヤに向き直った。
「ありがとう!カヤさん!!」
「おれ、大事に食べるぞ!!」
「おれもだ!味わって食べる!!」
 大はしゃぎする3人をカヤは笑顔で見守っていたが。
 ふと、手を動かすと、鞄から今度は違う物を取り出した。
「ね。良かったらこれも食べてもらえるかしら?」
「え?」
 3人が振り返ってその手元へと視線を集中させる。
 カヤが鞄から取り出した物は、ナプキンの掛かった小振りな藤製の籠。
 その籠の中には、チョコレートケーキが入っていた。


 そのケーキを目にした瞬間、3人は言葉を失った。




 やはり、明らかに手作りと解るケーキ。
 大きな物ではなかったし、見た目もシンプルで。
 でも、丁寧に、大切に作られたのだ・と、一目で解った。
 まだ子供な彼らにも、理解出来たから。


 だから、解ってしまった。




 これが、本当は『  誰  』の為のケーキなのか。






 にんじんとピーマンが顔を見合わせる。
 たまねぎはじっとケーキに見入っていた。
 カヤはちょっと困った様に笑う。
 その笑顔は少し寂しそうでもあった。
「届けられないから」
 静かな声は、それでも優しくて。
「だから、みんなに食べて欲しいの」
 その笑顔は寂しそうで、だけど温かくて。

 でも何だか、泣きそうにも見えたから。

 たまねぎが決意した様に顔を上げた。
「解りました!!」
 その声に、にんじんとピーマンが慌てて振り返る。
 それでも、たまねぎはカヤを真直ぐに見ていた。
「おれたちで食べます!責任をもって、ちゃんと、全部!!」
「お、おい!」
「たまねぎ、ちょっと!!」
 2人が声をかけても、たまねぎは振り返らない。
 カヤの手から、ケーキの入った籠を受け取ってしまう。
 どうにも口を挟めない気配に、2人は押し黙るしかなくて。
 籠を手渡して、ようやくカヤは何時もの笑顔になった。
「ありがとう。じゃあ、またね」
「うん!ありがとうカヤさん!!」
「あ!う、うん、ごちそうさま!!」
「またねー!」
 手を振って歩いて行くカヤに、その姿が見えなくなるまで手を降り続けて。
 そして、ようやく2人はたまねぎへと向き直った。

「なんでもらってるんだよ、たまねぎ!!」
「そうだぞ!それ、カヤさんがキャプテンのために作ったケーキだぞ!!」
「わかってるよ、そんな事!!!」
 2人の糾弾に、たまねぎも怒鳴り返す。
 その手にはケーキの入った籠が大切そうに抱えられている。
「じゃあ、なんで……!」
 カヤが、ウソップのために、作ったケーキ。
 大事に大事に、心を込めて作ったに違いないそれを。
 口にして良い権利を持っているのは、世界にたった一人だけなのに。
「だって、どうやったってキャプテンには届けられないじゃないか!」
「そりゃあそうだけど!!」
 グランドラインに入ってしまったウソップへ、もうこれを届ける手段はない。
 商船や貨物船に乗っているのでは無いのだ。
 海賊船に荷物を届けるなんてことは、一般の人には不可能だった。
 それなりの知識や伝手(つて)があれば出来るのだが、まだ子供の、それも長閑な田舎で暮らしている彼らにそんなものが無いのも当然だった。
 大切な大好きな人に食べて欲しいのに。
 でも、どうやっても届けられないケーキ。
 唇を噛み締めてたまねぎはそれを見つめた。
「このままだったらこのケーキ、痛んで食べられなくなっちゃうだけだぞ」
「だからって、おれたちが食べていいもんじゃないだろ!!」
 怒鳴るピーマンも困り果てた顔で。
 にんじんは2人の顔を交互に見遣っていた。
 たまねぎはじっとケーキを見つめながら首を振る。
「違うよ。だからこそ、おれたちが食べなくちゃいけないんだ」
 そして2人へと顔を向けた。
 強い意志の籠った瞳で。


「おれたちが食べて、キャプテンが帰って来た時に、ちゃんと伝えないといけないんだ」


 にんじんとピーマンが、息を飲んだ。
 たまねぎは2人を真直ぐに見つめて、言葉を続ける。
「カヤさんがどれだけキャプテンの事を思って作ったか、どんなケーキだったか、味も全部、おれたちがしっかりと覚えて、そしてキャプテンに伝えるんだ」
 丸い顔が決意を込めて頷く。
 小さな瞳の強さに、にんじんとピーマンも大きく頷いた。
「そうだな!キャプテンに教えてあげられるの、おれたちだけだもんな!」
「うん、これはおれたちの大事な任務だ!」
 そう言って顔を見合わせて、3人は頷き合った。
「じゃあ、新・ウソップ海賊団の、1年で一番大事な任務に取りかかるぞ!」
「おー!!」
「おう!!」




 そして、3人はそこでケーキを取り出した。
 大事なキャプテンの家の前。
 この場所こそが、この任務の為に最も相応しいと思えたから。

 ケーキを丁寧に3つに分けて。
 そうしてゆっくりと味わう。
 一口ずつ大切に。
 籠められた想いを噛み締める様に。



「クルミが入ってるぞ」
「カヤさん、キャプテン好きだったの覚えてたんだ」
「絵が描ければ良かったのになぁ……」
「おれ、絵の練習するぞ!来年までに上手くなるんだ!」
「そうだ、今年のケーキはみんなで描こう!」
「うん、それがいい!」



 想いの籠ったケーキを、想いを込めて食べて。
 そして3人は夕方までかかってその感想を書き記した。
 みんなで絵を書いて。
 感じ取った事全て、一所懸命に書き起こして。


 拙い子供のイラストと。
 たどたどしい文章でも。
 そこには万感の想いが籠められている。
 大好きな人から大事な人への大切な想いが。
 本当なら今直ぐにも届けたいけれど。
 でも今はまだ出来ないから。
 だから、大事に大事に取っておこう。

 何時の日にか、彼らの敬愛するキャプテンが帰って来る。
 その時に手渡す為に。
 胸を張って届ける為に。




 今は未だ届かなくても。
 何時の日にか届く時を夢見て。

 その時、その人がどれだけ喜ぶかを楽しみにして。










10th, FEB., 2008





あ・タイトルは「したためて」と読みますんで。念の為。

ウソップの出て来ないウソカヤ話。
わうー、なんつーか、テレるぐらい純愛w
カヤ、書いてて可愛かった〜〜♪
気の強い女とか、したたかな女ばっかり書いてたから、新鮮だったよ!

ウソップ、村では愛されてたと思ってるよ。
17にもなる少年があんな悪戯ばっかりやってたら、
そりゃー大人は怒るでしょ。
ウソップの将来が大事だから怒るでしょ。

捏造系未来でウソップが村に帰って来て、
カヤと式を挙げる話とか書きたいなぁ。
王道だろうけど、書きたいな。
最近、ウソップが可愛いっす♪



2008.2.10



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