航海日和 場面の7






 穏やかな波。緩やかな風。
 照りつける日差しは強いが暖かく。
 のんびりと揺れる波の上で。
 小舟は今日も呑気に流されていた。

 実に穏やかで長閑な昼寝日和。



 とは言え、ゾロがうたた寝してるのはいつもの事なので、天候とはあまり関係ないような気もするが。



 いつもの様に船縁にもたれて、いつもの様に刀を抱えて。
 いつもと変わらずにゾロは眠っていたが。
 ふとその眠りを妨げられた。

 ……物凄く至近距離からの視線を感じて。

 敵意も害意も殺意もないが、余りにも凄まじい凝視の気配に。
 流石のゾロであっても、眠りの深淵から上がらざるを得なくて。
 さかんにまとわりつく睡魔を、何とか追い払って。
 重たい瞼を何とかしてこじ開けた。

 予想通り目の前には、ルフィの顔。
 只でさえ丸い目を更にまん丸く見開いて、じっとゾロの顔を見ている。

 だから何だと言う感じではなく、本当に感情の無い只の凝視。
 奇妙なぐらい真剣にじっと顔を覗き込まれて。
「…………なんだよ」
 思わず剣のある声が出た。
 別に眺めて面白い顔だとは思わないが。自分では。
 思いもよらない安眠妨害に、不機嫌になっても仕方ないだろう。

 けれど、ルフィはそんなゾロの反応に同じもせずに。
 一度、大きく瞬きすると。
 今度はいきなり、歯を見せて全開の笑顔になった。

「だから、なんなんだよ」

 じっと凝視されたかと思えば、今度はいきなり笑顔。
 訳が解らなくて、思わず眉間の皺が深くなる。
 一体、何だと言うのだろう、今日は。


 常に無いやり取りに、波が興味津々で覗き込んで来た。


 風が怪訝そうに小舟の周りに集まり。
 雲も空の上で首を傾げ合う。
 太陽もじっと様子を伺っていて。

 波の音がざわざわと辺りに満ちて。




 そうして、海が2人に意識を向けた時。




 唐突にルフィが言い放った。
















「ゾロってにらめっこ弱いだろ!!!」














 それはもう…………らしいと言えば余りにもルフィらしい台詞。
 つまり、何の脈絡も無い、真剣になっただけ馬鹿馬鹿しい一言を。





「…ッ、いきなり何を言い出すんだ、テメェは!!!!」

 頭から転げ落ちてから、速攻で立ち直ってゾロが怒鳴る。
 何かあったのかと本気で考えかけた自分が馬鹿だった・と心底思ってしまったが、責められる謂れはないだろう。

 現に雲は肩を竦めて素知らぬ顔を決め込んでいて。
 太陽も溜息を吐いて、空の上で寛ぎ始める。
 天を仰いだ風が、またいつもの様にのんびりと吹き始め。
 波だけが船縁を叩いて大ウケしていた。

 で、当の本人はと言うと。

「だってゾロ今、おれが見てただけで起きたじゃねェかー」
 あっけらかんと笑いながら、いつもの様に自分基本の理論を展開して。
 額に青筋を立てたゾロが、本気で詰め寄って来ても呑気に笑っていた。
「あんなジロジロ見られたら誰だって起きるに決まってんだろ!!!」
「そっか?シャンクスは寝てたぞ?」
「神経のねェヤツと一緒にするな!!!」
「でもゾロ、じっと見てたら起きたし、その後も黙ってなかっただろ?」
「何事かと思うだろうが、フツーは!!!」
「あーやって反応するヤツは大抵にらめっこ弱いんだぞー。ししし、ゾロも弱いトコあんだなー」
「……何だとテメェ」

 ルフィが何気に言った最後の一言は、思い切りゾロの逆鱗に触れた様だった。

 今までになく険悪な顔になったゾロが、ルフィの胸倉を掴み上げる。
 そのままずい・と顔を寄せると、容赦の欠片も無く睨みつけた。
「……誰が何に弱いだと?」
 詰め寄られても相変わらずルフィは呑気で。
 にかっと笑って、更に止めを刺す一言を口にする。
「ゾロがにらめっこに弱い・って言ったんだ」
「言い直してんじゃねェよ。おれが弱いワケあるか」
「だって今、動揺してただろ?」
「してねェぞ、アホ。勝手に決めつけんな」
「いーや、してたぞ。おれは見た」
「見間違いだ」
「違ェよ。ごまかさなくてもいいんだぞー?」
「……上等じゃねェか」
 ひく・とゾロの口元が引き攣って。
 ルフィは変わらず歯を見せて笑っていて。

 こうなれば、展開は決まったもの。



「勝負しやがれ、テメェ!!!!」



 ゾロの怒号に、待ってました・と波が大騒ぎした。

 ルフィも自信たっぷりに笑う。
「いいのか、ゾロ?おれ、にらめっこはマジで強ェぞ?」
「はっ、ふざけんな。その下らねェ自信へし折ってやる」
「しししし、ヤメんなら今のうちだぞ?」
「テメェこそ、謝るんならさっさとしやがれ」
 両者譲らずのガンの飛ばし合いでは決着はつかず。
 額をぶつけ合って、火蓋を切る。
 ルフィは両手で顔を掴んだ。
 マッサージするように、つまんでほぐして。

「後悔すんな」
「テメェこそ」

 言い合って、お互いに背を向けて。

「せぃのーで、で勝負な」
「ああ、構わねェ」

 合図を決めて。
 そして。



「せぃのーーーでッ、はいッッ!!!!」



 ルフィの掛声と同時に、2人は振り返った。


 正直、ルフィには勝算があったのだ。
 なにしろ、能力者になってからにらめっこで負けた事はないのだから。
 ゴムゴムの実の能力を使えば、どんな変な顔でも作れるし。
 能力は使わない・というルールも決めなかったから。

 だから、勝てると思っていた。



 掛声と共に振り返るまでは。






 振り返ったルフィの目に飛び込んで来たのは。














 想像も出来ないような表情をしたゾロの姿だった。














 予想外の展開に思考停止したのは、波達さえも同じだった。
 風も波も硬直して、太陽も雲も真っ白になって。
 時間さえもが信じられないと固まってしまって。



 世界から硬直してから、1拍の後。



「……ぶッ、ぶぁっはっはっはっはーーーーーッッ!!!!」

 ルフィの過去に無い程の大爆笑が、海原一帯に響き渡って。
 その声でようやく、世界も息を吹き返す。
 ゾロは顔から手を離すと、あっさりといつもの顔に戻った。
「うし、勝った」
 あっさりとそう言って、何事も無かったかの様な態度。
 むしろその顔には、勝ち誇ったような笑顔さえ浮かんでいて。
 ルフィは尚も笑い続けている。
 小舟に突っ伏して、拳を打ち付けてまで大爆笑している。
「ひゃーーーはっはっはっはーーッ!!!すっげーーーッ、ありえねェ!!!!な、なぁゾロ、今の顔、どうやったんだ?!!!」
「あぁ?企業秘密に決まってんだろ」
「えええーーーッ?!!!なんだよ、教えろよなーー!!!うっわー、思い出したらまた笑えて来たーーー!!!」
「ま、おれの勝ちだな」
「おう、ゾロの勝ちだ!!!おれ負けでいいやーーッ!!!!あー、すっげェモン、見たーーーッ!!!!」
 ひっくり返って足をバタバタさせてルフィが笑う。
 ゾロはその様子を得意げな笑みで見ていて。

 なんだか。




 勝ってそこまで笑われるのもどうかと思うのだけれども。




 波も楽しそうに小舟の周りで笑い続けて。
 雲も空の上で悶絶してるし。
 太陽は困った様に頭を掻いて。
 風だけがまだぎこちないまま、側を吹き抜けて行った。





 こんなヤツらでも、世界最強になるのだろう。多分。










28th, JUN, 2009





ゾロがどんな顔をしたのかは、ナイショwww



2009.6.28



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