穏やかな波。緩やかな風。 照りつける日差しは強いが暖かく。 のんびりと揺れる波の上で。 小舟は今日も呑気に流されていた。 実に穏やかで長閑な昼寝日和。 とは言え、ゾロがうたた寝してるのはいつもの事なので、天候とはあまり関係ないような気もするが。 いつもの様に船縁にもたれて、いつもの様に刀を抱えて。 いつもと変わらずにゾロは眠っていたが。 ふとその眠りを妨げられた。 ……物凄く至近距離からの視線を感じて。 敵意も害意も殺意もないが、余りにも凄まじい凝視の気配に。 流石のゾロであっても、眠りの深淵から上がらざるを得なくて。 さかんにまとわりつく睡魔を、何とか追い払って。 重たい瞼を何とかしてこじ開けた。 予想通り目の前には、ルフィの顔。 只でさえ丸い目を更にまん丸く見開いて、じっとゾロの顔を見ている。 だから何だと言う感じではなく、本当に感情の無い只の凝視。 奇妙なぐらい真剣にじっと顔を覗き込まれて。 「…………なんだよ」 思わず剣のある声が出た。 別に眺めて面白い顔だとは思わないが。自分では。 思いもよらない安眠妨害に、不機嫌になっても仕方ないだろう。 けれど、ルフィはそんなゾロの反応に同じもせずに。 一度、大きく瞬きすると。 今度はいきなり、歯を見せて全開の笑顔になった。 「だから、なんなんだよ」 じっと凝視されたかと思えば、今度はいきなり笑顔。 訳が解らなくて、思わず眉間の皺が深くなる。 一体、何だと言うのだろう、今日は。 常に無いやり取りに、波が興味津々で覗き込んで来た。 風が怪訝そうに小舟の周りに集まり。 雲も空の上で首を傾げ合う。 太陽もじっと様子を伺っていて。 波の音がざわざわと辺りに満ちて。 そうして、海が2人に意識を向けた時。 唐突にルフィが言い放った。 「ゾロってにらめっこ弱いだろ!!!」 それはもう…………らしいと言えば余りにもルフィらしい台詞。 つまり、何の脈絡も無い、真剣になっただけ馬鹿馬鹿しい一言を。 「…ッ、いきなり何を言い出すんだ、テメェは!!!!」 頭から転げ落ちてから、速攻で立ち直ってゾロが怒鳴る。 何かあったのかと本気で考えかけた自分が馬鹿だった・と心底思ってしまったが、責められる謂れはないだろう。 現に雲は肩を竦めて素知らぬ顔を決め込んでいて。 太陽も溜息を吐いて、空の上で寛ぎ始める。 天を仰いだ風が、またいつもの様にのんびりと吹き始め。 波だけが船縁を叩いて大ウケしていた。 で、当の本人はと言うと。 「だってゾロ今、おれが見てただけで起きたじゃねェかー」 あっけらかんと笑いながら、いつもの様に自分基本の理論を展開して。 額に青筋を立てたゾロが、本気で詰め寄って来ても呑気に笑っていた。 「あんなジロジロ見られたら誰だって起きるに決まってんだろ!!!」 「そっか?シャンクスは寝てたぞ?」 「神経のねェヤツと一緒にするな!!!」 「でもゾロ、じっと見てたら起きたし、その後も黙ってなかっただろ?」 「何事かと思うだろうが、フツーは!!!」 「あーやって反応するヤツは大抵にらめっこ弱いんだぞー。ししし、ゾロも弱いトコあんだなー」 「……何だとテメェ」 ルフィが何気に言った最後の一言は、思い切りゾロの逆鱗に触れた様だった。 今までになく険悪な顔になったゾロが、ルフィの胸倉を掴み上げる。 そのままずい・と顔を寄せると、容赦の欠片も無く睨みつけた。 「……誰が何に弱いだと?」 詰め寄られても相変わらずルフィは呑気で。 にかっと笑って、更に止めを刺す一言を口にする。 「ゾロがにらめっこに弱い・って言ったんだ」 「言い直してんじゃねェよ。おれが弱いワケあるか」 「だって今、動揺してただろ?」 「してねェぞ、アホ。勝手に決めつけんな」 「いーや、してたぞ。おれは見た」 「見間違いだ」 「違ェよ。ごまかさなくてもいいんだぞー?」 「……上等じゃねェか」 ひく・とゾロの口元が引き攣って。 ルフィは変わらず歯を見せて笑っていて。 こうなれば、展開は決まったもの。 「勝負しやがれ、テメェ!!!!」 ゾロの怒号に、待ってました・と波が大騒ぎした。 ルフィも自信たっぷりに笑う。 「いいのか、ゾロ?おれ、にらめっこはマジで強ェぞ?」 「はっ、ふざけんな。その下らねェ自信へし折ってやる」 「しししし、ヤメんなら今のうちだぞ?」 「テメェこそ、謝るんならさっさとしやがれ」 両者譲らずのガンの飛ばし合いでは決着はつかず。 額をぶつけ合って、火蓋を切る。 ルフィは両手で顔を掴んだ。 マッサージするように、つまんでほぐして。 「後悔すんな」 「テメェこそ」 言い合って、お互いに背を向けて。 「せぃのーで、で勝負な」 「ああ、構わねェ」 合図を決めて。 そして。 「せぃのーーーでッ、はいッッ!!!!」 ルフィの掛声と同時に、2人は振り返った。 正直、ルフィには勝算があったのだ。 なにしろ、能力者になってからにらめっこで負けた事はないのだから。 ゴムゴムの実の能力を使えば、どんな変な顔でも作れるし。 能力は使わない・というルールも決めなかったから。 だから、勝てると思っていた。 掛声と共に振り返るまでは。 振り返ったルフィの目に飛び込んで来たのは。 想像も出来ないような表情をしたゾロの姿だった。 予想外の展開に思考停止したのは、波達さえも同じだった。 風も波も硬直して、太陽も雲も真っ白になって。 時間さえもが信じられないと固まってしまって。 世界から硬直してから、1拍の後。 「……ぶッ、ぶぁっはっはっはっはーーーーーッッ!!!!」 ルフィの過去に無い程の大爆笑が、海原一帯に響き渡って。 その声でようやく、世界も息を吹き返す。 ゾロは顔から手を離すと、あっさりといつもの顔に戻った。 「うし、勝った」 あっさりとそう言って、何事も無かったかの様な態度。 むしろその顔には、勝ち誇ったような笑顔さえ浮かんでいて。 ルフィは尚も笑い続けている。 小舟に突っ伏して、拳を打ち付けてまで大爆笑している。 「ひゃーーーはっはっはっはーーッ!!!すっげーーーッ、ありえねェ!!!!な、なぁゾロ、今の顔、どうやったんだ?!!!」 「あぁ?企業秘密に決まってんだろ」 「えええーーーッ?!!!なんだよ、教えろよなーー!!!うっわー、思い出したらまた笑えて来たーーー!!!」 「ま、おれの勝ちだな」 「おう、ゾロの勝ちだ!!!おれ負けでいいやーーッ!!!!あー、すっげェモン、見たーーーッ!!!!」 ひっくり返って足をバタバタさせてルフィが笑う。 ゾロはその様子を得意げな笑みで見ていて。 なんだか。 勝ってそこまで笑われるのもどうかと思うのだけれども。 波も楽しそうに小舟の周りで笑い続けて。 雲も空の上で悶絶してるし。 太陽は困った様に頭を掻いて。 風だけがまだぎこちないまま、側を吹き抜けて行った。 こんなヤツらでも、世界最強になるのだろう。多分。 28th, JUN, 2009
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ゾロがどんな顔をしたのかは、ナイショwww 2009.6.28 |