航海日和 場面の5






 穏やかな波。緩やかな風。
 照りつける日差しは強いが暖かい。
 太陽は空の上で雲達と座談会中。
 波が何時もの様に風と戯れて遊んでいる。

 基本的に長閑な筈のこの世界に。
 騒ぎを持ち込む人物は1人と決っていた。



「なぁなぁ、ゾロの好みってどんなんだ?」
「…………は??」

 唐突な質問の意味を捉え損ねて、ゾロは唖然とした。
 目の前には何時も通りの元気な笑顔。
 目を丸く開いて顔の半分を口にして、妙にわくわくした顔でゾロを見ている。
 その顔を軽く5秒は凝視して。
 ゾロは呆然と意味を考えてみた。


 好み・って。
 一体、何の好みだ???


 普通に考えれば、異性だろうが。
 口にした人物がルフィである以上、そうとも言い切れない。
 もしかすると、食べ物の好みかもしれない。
 もしかすると・と言うより、その方があり得そうだ。

 そう思って、念の為、確認してみる。
「……何の好みだ?」
 少し、恐る恐る訊いてみると。
 目の前の笑顔は、顔の半分以上を口にして楽し気に笑った。

「何、言ってんだよー。好みって言ったら、オンナの好みに決まってんだろ?」


 あっけらかんと返ってきた言葉に、ゾロが絶句したのは言うまでも無い。


 座談会中だった雲達も驚いて船を見下ろし。
 太陽が空の上で瞬きする。
 風は驚きに固まって。
 波だけは面白そうな話に飛びついて来た。


「ゾーロ?おい、聞いてるか?」
「あ……あぁ、聞こえてる」
 呆然としてたら目の前でヒラヒラと手を振られて。
 漸くゾロは我に返った。
 返って……改めて、自分の前の呑気な顔をじっと見てしまう。
 ルフィは良く解ってないようで、まだ笑顔でゾロを覗き込んでいる。
 その、一見すると無邪気にさえ見える笑顔を呆然と凝視ししてしまったが。
 返事を・と思えば思う程、改めて違和感の嵐が吹き荒れてしまう。
「…………女、ねぇ」
「おう、そうだぞー」
 余りにもルフィらしくない発言に、何か変な物でも喰わせたか・と思ったが。
 同じ物を食べてる以上、それも無い筈だし。
 ……いや。
 もしかすると、知らない所で拾い食いでもしてたのかもしれない。
「ルフィ」
「おう?」
 拾い食いなら止めさせた方がいいだろう。
「なんか、拾って喰ったのか?」
「はぁ?!!なんだよ、それ!!!」
 一応、確認すると、唖然とした絶叫が返って来た。
 違うのか?と思いつつ、頭を掻く。
「いや、ヘンな事言い出すから、なんか拾い食いしたのかと思ってよ」
「なんでそうなるんだよー!!喰えそうなモンなんて何も落ちてなかったぞ!!!」
 ゾロの意見にルフィがむっとして。
 口を尖らせて言い放った。
「それに、ヘンな事じゃないぞ。大事なんだからな!」
「そ……そうか」
 本気で言ってたのか・と思うと、逆に驚いてしまう。
 冗談だと言われた方が、まだ説得力がある気がするが。
 そう思っている間に、ルフィの力説は続く。
「おう、そうだ!同じ船の中で、オンナを取り合うのはダメな事なんだぞ!!」
 びしっと指差して言われた事に、ふと感じた違和感。
「……それ、誰に聞いたんだ?」
 どうにも、伝聞形のような気がして、そう尋ねると。
「シャンクスだ!」
「…………成る程」
 返って来た名前に、至極納得した。
 納得すると同時に、まともな事も教えてたんだな・と感心する。
 何しろ、ルフィの口から出てくるシャンクスの持論は、ふざけて教えていたとしか思えない物が殆どだったので。
 アレも一応、大海賊の1人だしな・と納得する。
 頷いていると、ルフィが腕組みをして鼻から息を吐いた。
「おれもゾロとオンナの取り合いすんのはダメだと思うぞ!」
「……確かに、したくねェな」
「だろ?」
「ああ」
 思わず小さく吹き出すと、ルフィも納得した様に息を吐いた。
 腕組みを解くと、改めて身を乗り出してくる。

「で?ゾロの好みって、どんなんなんだ?」

 振り出しに戻った会話に苦笑しつつ、今度はマジメに考える。
「好み、ねェ」
 顎に手を当てて考え込むと、ルフィも笑顔に戻って覗き込んでくる。
 答えを期待されているのは解ったが、どうにも返答に詰まる。
 あまり、そう言う事を意識した事はなかったので。
「……あんまり考えた事ねェからなぁ」
「そうなのか?顔とか髪の色とか」
「容姿は別にどうでもいいからな」
「トシは?」
「……極端に離れてなきゃあ構わねェよ」
「うーん?性格は?」
「それも別にな……人として許せねェ部分がなきゃあ、それでいい」
「えー?それじゃあ参考にならねェぞ」
「…………あのなぁ」
 どうも、こういう話題は苦手だ。呻いて頭を掻いてしまう。
 そんなゾロにルフィは人差し指を突きつけた。
「そうだぞ。男なら好みのオンナがいて当然なんだぞ」
「じゃあお前はどうなんだよ」
 言い切られてむっとして、そう言い返していた。
 まぁ、答えもあんまり期待してなかったし。
 出て来るのはせいぜい母親、もし居るなら姉、そうでなければ、時折会話に出てくるマキノという女性ぐらいだろう。
 幼馴染の名前でも出てくれば、立派な方だ。
 そう思って聞き返したのだが。
「おう!」
 ルフィは、なんだか嬉しそうに笑って。
 拳を思い切り空へと突き上げて、宣言したのだ。




「おれの好みは、知的な巨乳美女だ!!!!」






 それはもう、全世界が機能停止する様な超弩級爆弾発言を。






 太陽が空の上で凍り付いて。
 元より白い雲が、更に真っ白になって。
 意識を失った風が海へと落ち。
 波さえも飛び上がったまま静止してしまって。


 時間さえも固まったまま、一体どれだけ経ったのか。


「あ・あれ?ゾロ?」
 全てが固まり切った世界の中で、その元凶だけは平気で動いていたのだが。
 目の前で相棒は脳細胞まで停止していた。
「ゾーローーー?おーい、ゾロ、どうしたーーー??」
 その様子にルフィは、ゾロの眼前で手を振ったりしていたが。
 頬を摘んで引っ張ってみても反応の無いゾロに、怪訝そうに首を捻った。
「間違ったかな?知的な巨乳美女・でよかったと思ったんだけどなぁ。知的が違うのか?素敵?」
 首を捻りつつ、ブツブツと呟いている。
「それも違う気がするし。ムテキ?ん?キテキか?いや、やっぱチテキでいいんだよなぁ。あ!」
 ポン・と手を打つ。
 その音にゾロがピク・と動いた。
 ルフィは気付かないままだけれど。
「そっか、巨乳が違うんだな!えーとじゃあなんだっけ。キョジュウ?キョ……キョ、キョホウ?」
「………………それは葡萄だ」
 漸く動き始めた頭で呆然とそうツッコむと。
 諸悪の根源は何も解ってない顔で笑った。
「あ、そっかー!なぁゾロ、何だっけ?キョじゃないのか?えーと、ボニュウ?」
 それも違う・と言うよりも先に。
 ゾロは、渾身の力でルフィの両肩を掴んでいた。
「ぉお?」
「ルフィ!!!!」
「お、おぅ?」
 妙な迫力に押されつつ、ルフィは返事をする。
 そのルフィの顔を見据えて、ゾロは、殴り飛ばしたいのを我慢しながら確認した。
 考え得る、最も正確と思われる原因を。



「それも、赤髪から教わったんだな?!!!」



 まぁ当然、それ以外の理由は考えられなかったのだが。

 ルフィはにぱっと笑って頷いた。
「おう!シャンクスがオンナの好みを訊かれたら、こう答えろ・って言ってたぞ!!」
「あンのバカ髪、7歳児に何吹き込んでやがるッッ!!!!」
 一点の曇りも無い笑顔でそう言い切られて、会った事も無い相手に殺意すら覚えたが。
 取りあえず、ここでルフィを怒鳴っても意味は無いから。
「ゾロ?今、噛んだぞ?……って、ぅお?!!」
 相変わらず良く解ってないルフィの顔を、思い切り鷲掴みにした。
 そのまま顔が歪むのも構わず渾身の力で引き寄せて、思い切りきつく見据える。
 怒気全開の顔に、さすがのルフィも引きそうになったが、頭が僅かに後ろへと伸びただけだった。
 その様子を気にも止めずに、ゾロはルフィに顔を寄せて。
 怒りを押し殺した、地を這う様な声で言った。
「いいか、海賊王見習い。今後、それは2度と口走るんじゃねェ。そのゴムの脳ミソにしっかりと刻み込んでおけ。解ったな?」
「ぉぉお、ぉう、ぅ?」
「……解ったんだな?」
「…ッ!おぅ!!」
 そのあまりの剣幕に押されて、ルフィは何度も首を縦に振った。
 冷や汗が体中から溢れ出している。
 そのまま蛇に睨まれた蛙宜しく固まっていたが。
 ゾロが深い溜息を吐いてその手を離してくれて、漸く全身の力を抜いた。
 その場にへたり込んで、腹の底から息を吐く。
 そして、見た事無い程不機嫌なゾロが何か文句を呟きながらどっかりと座り込むのを眺めていた。


 ゾロは。

 今後、この男と一緒に行動する以上、必ず赤髪のシャンクスに出会うのだが。
 その時に。
 ……果たして自分は、抜刀せずに済むだろうか・と悩んでいた。
 一応、相手は船長の恩人なのだから、義理を欠いてはいけないワケで。
 その為には、この会話はさっさと忘れるに限るだろう・と。
 そんな事を必死で考えていて。


 一方のルフィは。

 どうしようか・と思っていた。
 ゾロは2度と言うなと言ったし。
 自分も言わないと言ってしまったし。
 ……でも、そうなると。

「なぁ、ゾロ」
「……何だ」
 困り果てて口を開く。
 ゾロはまだ若干不機嫌な顔で視線を寄越した。
 ルフィは首を捻りながら、訊いた。


「じゃあ、おれの好みってどんなんなんだ?」



 訊かれても困るとしか言いようが無い問いを。



「んなもん、おれが知るかーーーーッ!!!!」
「ええぇ?だって、ゾロがムテキなキョホウ美女って言うなって言ったんだぞ?そうしたら、おれの好みって解んねェだろー?」
「テメェで考えろ!!!他人に教わるもんじゃねェ!!!」
「でも、ゾロも自分の好み、解んねェんだろ?だったら一緒に考えた方が良くねェ?」
「アホかッ!!!!一緒に考えてどうにかなる事か!!!」
「えぇー?1人じゃ解んねェクイズも2人でなら解けたりするだろー?」
「2人で考えたからって答えが出る事じゃねェだろがッ!!!!」




 結局は。
 まぁ。






 何時も通り・と言う事で。










 息を吹き返した世界は、また長閑に回っていた。







13th, JUL., 2008





ルフィの問題発言が書きたかっただけーw
似合わない。ホント、似合わない。
絶対に、意味は解ってないぞ。
でも、あながち外れでもないような気もするけど。
ナミとロビンを仲間にして、ビビに声をかけてたんだしなー。

ゾロの好みは、年上の黒髪・ってイメージがありまスが。
ええ、ロビンが仲間になってから〜♪
でもそうすると、マキノさんもベルメールさんも範疇って事に!
それもアリか!! <エ!



2008.7.13



   BACK / ONE PIECE TOP / fake moon TOP