航海日和 場面の4






 穏やかな波。緩やかな風。
 照りつける日差しは強いが暖かい。
 今日も変わらず波に運ばれるまま。
 船は呑気に未来を目指している。


「なぁゾロ、ちょっと頭見せてくれ」
「?おう」

 いつも突拍子も無い船長の、いつも通り突拍子も無い発言に、ゾロはいつもの事か・と思いつつ頭を下げる。
 ルフィはそのゾロの頭を両手で鷲掴みにすると、自分の目線まで引っ張った。
 そのまま両手でわしわしと髪をかき分けて。
 時折、あれ?とか、んん?とか、むぅ?とか呻きながら、ルフィはゾロの頭をがしがしとかき回していた。
 グルーミングされてるみたいだな・と思いつつも、気の済む様にさせていると。
「……ねェなぁ」
 不意に落ちて来た言葉に、怪訝そうに眉を寄せた。
「なんだよ。白髪でも探してんのか?」
「いや、そーゆうんじゃなくてよぉ……」
 聞いてみたが返る言葉は曖昧で。
 じゃあ何なんだ・と思っていると、ルフィが改めて口を開いた。
「なぁ、ゾロぉ」
「……何だよ」



「角とか生えてねェのか?」



「あるわけねェだろ、このどアホーーーーーーーッッ!!!!」

 いつも以上に突拍子も無い発言に、思わずゾロがルフィを殴り飛ばしていた事は言うまでも無い。


 でも、例えいつも以上に突拍子も無い事をルフィが言い出した所で。
 この2人のやり取りがこうなのはいつも通りなので。
 雲は、ああまたか・と溜息を吐いて通り過ぎただけ。
 風も素知らぬ顔で通り過ぎる。
 物見高いのはいつも元気な波だけだった。


「だってゾロ、『魔獣』だろ?だったら角とか生えてんだ・って思うじゃねェかよォ」
「アホか!!!そりゃあ、ただの通り名だ!!角が生えてたら人間じゃねェだろ!!!」
「だから生えてんだと思ってたんだ、おれは」
「いや、だからなぁ!!!」
 頭を抱えて唸る。一体、どう説明すれば理解出来るのか、コイツは。
 ゾロが呻いている間にも、ルフィは自分の理論を展開する。
「だってコビーがゾロの事、『人の姿をした魔獣』とか『血に飢えた野犬』とか言ってたんだぞ?」
「……あのヤロウ、んな事を言ってやがったのか」
「だからさぁ」
「…………だからなんだ」
「角とか羽根とか尻尾とか生えてんだと思って楽しみにしてたんだぞぉ」
「てめェ、おれを何の生き物だと思ってやがった!!!」
 怒鳴ってはみるが、効果は薄く。
 ルフィは諦め切れない様子で、今度はゾロの背中をぺたぺたと触り始めた。
「せめて、羽根ねェ?」
「……絶っっ対にねェよ」
「えー。じゃあ、あと3年経ったら生えて来る・とか」
「…………一生、生えねェから期待するな」
「つまんねェ。魔獣のくせによー」
「珍獣のてめェに言われたくねェよ」
 ぶすっとしてそう言うと、不意にルフィの態度が変わった。
「違うぞ!!!」
「は?何がだよ」
 いきなり怒鳴られて、唖然としつつも振り返る。
 ルフィはむっとした顔で、口をへの字に結んでいた。
「おれは珍獣じゃねェ!!」
「何言ってんだ、ゴム人間が」
「そうだ!ゴム人間だ!だけど、珍獣じゃねェぞ!!」
「……どう違うんだよ」
 キツイ顔で睨みつけてくるルフィに、怪訝そうに訊くと。
 ルフィは身を乗り出す様にして怒鳴った。



「珍獣じゃ弱そうじゃねェか!!!」



 それはもう、実に威勢良く。
 思い切り良く言い放たれたその主張に。

 唖然とする以外の反応が出来なかった。



 眉を跳ね上げて、口をへの字にして。
 怒りの形相を作って自分を見据えて来る男の顔を。
 結構な至近距離で唖然と見つめ返して。

 一体、どれぐらいの時間が経ったのか。





 波が誰ぞの交響組曲の第1楽章ぐらいは演奏しきったようだった。





「………………論点はそこなのか?」
「おう!重要な問題だぞ!!」
 まだちょっと呆然としたまま呟けば、間髪置かずに返答されて。
 落ちた顎をどうやって上げればいいんだ・と思うぐらい呆然として。
 それでもまだ睨みつけて来るルフィに、一応、訊いた。
「ゴム人間は構わねェのか」
「それは事実だからな」
「……能力者は?」
「別に?そのまんまじゃねェか」
「…………化け物」
「強そうだから許す!!」
 いや普通はそこを一番嫌がるんじゃねェか・と思いはしたが。
 目の前の人間にはそこは通用しない気がして。
 ゆっくりと首を捻りつつも。
 もう1度、訊いてみた。

「……で、珍獣はダメなんだな?」
「弱そうだからダメだ!!!」


 やっぱり間髪置かずに返答されてしまい。
 なんだかもう、反論するのも阿呆らしくなってきて。
 ゾロは手を伸ばすと、ルフィの麦わら帽子を掴んでぐい・と引き下ろした。
「わ!なんだよ、いきなり!!」
「あー、はいはい、解った解った」
 驚くルフィの頭を、子供にする様に帽子ごと叩く。
「解ったって、何がだー!」
「お前ェはゴム人間で化け物で能力者で強ェんだろ。解ったから大人しくしてろ」
「……なんか、すげェムカつくぞ、その言い方」
「んな事ぁ、ねェって。気のせいだ」
「そうは思えねェし。……ってか、そうじゃねェよ!!」
 いきなりルフィは顔を上げて怒鳴る。
 ゾロは手を引いて怪訝そうな顔をした。
 その鼻先に人差し指を突きつけて、ルフィが言い放つ。
「もとは、ゾロが魔獣のくせに角がねェのはヘンだ・って話をしてたんじゃねェか!!!」
「あー。そうだったか?」
「そうだぞ!!話をそらすな!!!」
 わざわざ戻すな・と心の中だけで返事をする。
「……おれは魔獣じゃなくて人間だから、角は生えてねェ。ついでに尻尾も羽根もねェよ。これでいいな?」
「えーーーー?それじゃつまんねェ」
「…………そいつは済まねェな」
 もう、議論を続ける気力も失せて。
 投げやりに話を打ち切ろうとしたのだけれども。

 だがしかし。



「せめて、ウロコとかは?」





「……いい加減にしやがれ、このどアホーーーーーーッッ!!!!」




 何処までも懲りないルフィが又もや性懲りも無い発言を繰り返し。
 最早、条件反射的に、思い切りその身体を殴り飛ばしてしまって。
 舳先で留まって駆け戻って来るルフィに、議論が再燃する予兆を見てしまい。
 後悔してみたが、既に後の祭り。





 深く溜息を吐くゾロを雲が同情して見下ろし。
 太陽はヒラヒラと手を振っただけで。
 波はワクワクして覗き込んで来る始末。

 風が、諦めたら?・と背を叩いて行った。







14th, JAN., 2008





いやそのまぁ。
34巻の船大工のスケッチの事を思えばさぁ。
……このぐらいは思ってたんじゃないかと。
「身長3M、頭には角、口に牙、背中に羽根が生えてて、全身はウロコで、長い尻尾の一振りで家をなぎ倒し、目からはビームが出るんだ!」
「だから何の生き物だ、おれは!」

……がんばれ、ゾロw



2008.1.14



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