穏やかな波。緩やかな風。 照りつける日差しは強いが暖かい。 海は凪。波は楽し気に船と伴走して。 雲は空の上から笑顔で見守っている。 「ゴムゴムの実……ねぇ」 そう呟いてゾロがルフィの耳を引っ張る。 みよん・と伸びた耳が、手を離すとバチン・と元に戻る。 面白い、と言うか……ヘンな物を見ている気もするが。 引っ張られている本人は、何も気にせずに笑っていた。 「おもしれェだろ」 「……自分で言うんじゃねェよ」 呆れたように返しながら、ゾロの視線がゆっくりとルフィを辿る。 二の腕を摘んで引っぱり、やはり伸びる様に眉を寄せて。 手を離してから、その視線は腕を辿って下へと降りた。 そのまま1点で静止する。 下へ降りたまま、まじまじと見つめて来るゾロに、ルフィは同じ様に視線を降ろして。 そして、いきなり両手で股間を押さえると、座ったまま後ろへと飛び下がった。 「い、言っとくけど、XXXなら伸びるぞ?!!」 「……ッッ!!!誰も訊いてねェよ、そんな事は!!!!」 突然の発言にゾロの方が怒鳴り返した。 ルフィはまだ両手で押さえたまま、目を丸くしている。 「だって今、じっと見てただろ?」 「アホか!!おれが見てたのは手だ、手!!!」 「て?」 そう言われて我に返った。 言われてみれば今の姿勢は、胡座をかいて両手を前に降ろしている体勢で。 座って向かい合ってる訳だから、当然、手を見る視線は下へと降りるのであって。 一方的な誤解が解けて、ルフィはほっとした様に笑った。 「なぁんだ、ビビったー。ゾロって容赦なく鷲掴みにして伸ばしそうだからさー!」 「んなもん、頼まれたって掴みたくねェよ!いいから手ェ貸せ」 腹の底から溜息を吐きながら、ゾロは左手を差し出す。 ルフィは笑って右手を伸ばした。 ゾロは左手でルフィの手首を掴むと、右手で人差し指を摘んで引っ張った。 やはり指だけがびよん・と伸びる。 他の指の3倍ぐらいの長さに伸びた人差し指をじっと見ながら、ゾロが呟く。 「……皮膚だけじゃなく、骨も血管も伸びてんだよな」 「んー。だろうなー」 「神経とか筋肉とか、全部だよな」 「じゃねェと殴れねェだろ?」 物騒な答えを笑顔で返すルフィを気にも止めずに、ゾロは暫く指を見つめていて。 それからおもむろに手を離すと、頭の方へと伸ばした。 ルフィがきょとんとしている間に、伸びて来た手は帽子からこぼれ落ちている前髪を摘んで。 そして、引っ張った。 ……今までと同じ様に。 それなのに。 「…………ぃっでええぇえええええぇーーーーーッッッッ!!!!」 「は?!!!」 いきなり響き渡った絶叫にゾロは思わず手を離す。 雲や波さえも引く程の、凄まじい声だ。 当のルフィ本人も、生え際を押さえて後ずさっていて。 目に涙を浮かべてゾロを睨みつけて来た。 「な、なにすんだ、いきなり!!!」 「ちょっと待て?!!何で痛ェんだよ!!」 「髪、引っ張られたら痛ェに決まってんだろッ!!!ゾロのバカーーーッッ!!!!」 「いやだから、何でだよ!!!」 驚いているのはゾロも同じ。目を見張って身を乗り出して怒鳴る。 当然の疑問を。 「何で髪は伸びねェんだ?!!!」 言われたルフィの方が、目を見張った。 そのまま、視線を上へと向ける。 押さえていた手を離して、自分で自分の前髪を摘んで。 それから、おもむろに引っ張ってみた。 「……あれ?ホントだ、伸びねェ」 「気付いてなかったのかよ!!!」 「だって試したこと、無かったしよぉ」 そう答えつつも、自分の髪を摘んでは引っ張る。 ゾロも手を伸ばして来て、さっきよりは力を抜いてルフィの髪を引っ張った。 やはり、髪の長さは変わらないままで。 「……髪はゴムじゃねェのか」 「なんか、そうみたいだ」 「…………もう1回、手ェ貸せ」 「?おう」 怪訝そうにルフィが手を差し出し、もう1度ゾロが指先を摘んで引っ張る。 指は確かに伸びるのだけれども。 さっきは気付かなかった事実に、ゾロが改めて目を見張った。 「爪も伸びねェんだな」 「え?!あ、ホントだ!!」 ルフィも初めて知ったらしく、驚いて自分の指先を見つめる。 「……気付いてなかったのかよ」 「だってんなこと気にしてねェしよ」 「気にしろ、少しは」 ゾロが呆れて溜息を吐く。 ルフィの指は面白い様に伸びているが、指先に収まる爪だけは、その形を変えていない。 1度手を離すと、今度は指の両側を摘んで引っ張ってみた。 指は平たく伸びたが、その上で爪はやはり、元の形のままで。 おー・とルフィが驚きの声を上げる。 他人事のようなその反応に、ゾロは軽い目眩を覚えつつも踏みとどまった。 「神経の通っていない場所は伸びねェって事か?」 「へ?爪って神経ないのか?」 「……爪に神経があったら切るたびに絶叫だろうがよ」 「そっかー!ゾロって物知りだなぁ!!」 「…………常識で知っといてくれ、頼むから」 完全に目眩を感じ片手で額を押さえつつ、溜息を吐いた。何だってこんなヤツが1人で海に出ようと思ったのか。 向かいでルフィはまだ面白がって自分の指を伸ばしている。 完全に脱力しながらその様子を眺めていて、ふとある事に気付いた。 「……ルフィ」 「おう?」 「眉毛はどうなんだ?」 その問いに、ルフィはきょとんとゾロを見返して。 ゾロは膝に頬杖を付いた体勢からルフィを見上げていて。 会話の止まった2人を、波が怪訝そうに船縁から覗き見る。 雲が続きを催促して、ようやくルフィは言われた事に気が付いた。 慌てて額を押さえ、身体を引く。 「た、多分、伸びねェ!!!!」 その答えに、向かいでゾロが人の悪い笑みを浮かべた。 「多分……って事は、試してねェんだな?」 「ねェけど、でも、伸びねェ!!!多分、いや、絶対!!!」 「試してみねェと解らねェよな?」 「いや試さなくても解っから、いい!!!眉毛も伸びねェ!!!!」 ゾロが身を乗り出し、逆にルフィは後ずさる。 何だか妙な緊迫感が辺りを漂い。 「何事も試すべきだとおれは思うが?」 「ベツに試さなくてもいいとおれは思うぞ!!」 じりじりと、互いに間合いを計る。 既に、臨戦態勢。 只ならぬ気配に海中では、魚達が避難を始めていた。 気付けば、渡り鳥さえもこの船の上空を避けている。 雲や風さえ遠巻きにする程の気配が漂い。 物見高いのは、船縁を取り巻く波達のみ。 ……最も、この緊迫感の理由は、余りにも情けないものだったけれど。 でも、当の本人達には、理由なんてどうでもいいようで。 張りつめ切った均衡は、一瞬で崩れ去った。 ゾロが飛びかかるのとルフィが飛び退くのは、全く同時で。 小さな船の上を、所狭しと身体能力化け物級の2人が追いかけっこを始めた。 「ベツにいいって言ってるだろーーーッッ!!!」 「うるせェ!!!大人しく実験されてろ、てめェは!!!」 「だからいらねェって!!!船長命令だーッ、ゾロ、やめろーーーー!!!!」 「あァ?!!知るか、そんなもん!!!!」 「ぎゃーーーーーッッ!!!眉ナシになるのはヤだーーーーーッッッ!!!!」 未来の海賊王と大剣豪の喧嘩にしては、どう考えても阿呆らしいそれに。 空の彼方で太陽が苦笑い。 雲も呆れて遠ざかって。 風は脱力してへたり込む。 波だけが面白そうに囃し立てていた。 何はともあれ、海は今日も平和だろう…………多分。 24th, NOV., 2007
|
ルフィの台詞の伏せ字には、お好きな表現を入れて下さイ。 公式で伸びますから…………ソコも。 閑話休題。 髪もゴムなら、絶対に伸ばして遊んでるシーンがあると思うけど、 今んとこ1度も無いんで。多分、伸びない。 爪は11巻で確認済み。「ゴムゴムの網」のシーン。 ゾロは「神経の通っていない所」って言ってるけど、 骨も神経は通ってないよなぁ。 血管かなぁ。 ……骨にも血管はないか。 イマイチ謎なゴム人間の身体の仕組。 2007.11.24 |