航海日和 場面の3






 穏やかな波。緩やかな風。
 照りつける日差しは強いが暖かい。
 海は凪。波は楽し気に船と伴走して。
 雲は空の上から笑顔で見守っている。



「ゴムゴムの実……ねぇ」


 そう呟いてゾロがルフィの耳を引っ張る。
 みよん・と伸びた耳が、手を離すとバチン・と元に戻る。
 面白い、と言うか……ヘンな物を見ている気もするが。
 引っ張られている本人は、何も気にせずに笑っていた。
「おもしれェだろ」
「……自分で言うんじゃねェよ」
 呆れたように返しながら、ゾロの視線がゆっくりとルフィを辿る。
 二の腕を摘んで引っぱり、やはり伸びる様に眉を寄せて。
 手を離してから、その視線は腕を辿って下へと降りた。
 そのまま1点で静止する。
 下へ降りたまま、まじまじと見つめて来るゾロに、ルフィは同じ様に視線を降ろして。
 そして、いきなり両手で股間を押さえると、座ったまま後ろへと飛び下がった。
「い、言っとくけど、XXXなら伸びるぞ?!!」
「……ッッ!!!誰も訊いてねェよ、そんな事は!!!!」
 突然の発言にゾロの方が怒鳴り返した。
 ルフィはまだ両手で押さえたまま、目を丸くしている。
「だって今、じっと見てただろ?」
「アホか!!おれが見てたのは手だ、手!!!」
「て?」
 そう言われて我に返った。
 言われてみれば今の姿勢は、胡座をかいて両手を前に降ろしている体勢で。
 座って向かい合ってる訳だから、当然、手を見る視線は下へと降りるのであって。
 一方的な誤解が解けて、ルフィはほっとした様に笑った。
「なぁんだ、ビビったー。ゾロって容赦なく鷲掴みにして伸ばしそうだからさー!」
「んなもん、頼まれたって掴みたくねェよ!いいから手ェ貸せ」
 腹の底から溜息を吐きながら、ゾロは左手を差し出す。
 ルフィは笑って右手を伸ばした。
 ゾロは左手でルフィの手首を掴むと、右手で人差し指を摘んで引っ張った。
 やはり指だけがびよん・と伸びる。
 他の指の3倍ぐらいの長さに伸びた人差し指をじっと見ながら、ゾロが呟く。
「……皮膚だけじゃなく、骨も血管も伸びてんだよな」
「んー。だろうなー」
「神経とか筋肉とか、全部だよな」
「じゃねェと殴れねェだろ?」
 物騒な答えを笑顔で返すルフィを気にも止めずに、ゾロは暫く指を見つめていて。
 それからおもむろに手を離すと、頭の方へと伸ばした。
 ルフィがきょとんとしている間に、伸びて来た手は帽子からこぼれ落ちている前髪を摘んで。
 そして、引っ張った。
 ……今までと同じ様に。

 それなのに。


「…………ぃっでええぇえええええぇーーーーーッッッッ!!!!」


「は?!!!」
 いきなり響き渡った絶叫にゾロは思わず手を離す。
 雲や波さえも引く程の、凄まじい声だ。
 当のルフィ本人も、生え際を押さえて後ずさっていて。
 目に涙を浮かべてゾロを睨みつけて来た。
「な、なにすんだ、いきなり!!!」
「ちょっと待て?!!何で痛ェんだよ!!」
「髪、引っ張られたら痛ェに決まってんだろッ!!!ゾロのバカーーーッッ!!!!」
「いやだから、何でだよ!!!」
 驚いているのはゾロも同じ。目を見張って身を乗り出して怒鳴る。
 当然の疑問を。


「何で髪は伸びねェんだ?!!!」


 言われたルフィの方が、目を見張った。
 そのまま、視線を上へと向ける。
 押さえていた手を離して、自分で自分の前髪を摘んで。
 それから、おもむろに引っ張ってみた。
「……あれ?ホントだ、伸びねェ」
「気付いてなかったのかよ!!!」
「だって試したこと、無かったしよぉ」
 そう答えつつも、自分の髪を摘んでは引っ張る。
 ゾロも手を伸ばして来て、さっきよりは力を抜いてルフィの髪を引っ張った。
 やはり、髪の長さは変わらないままで。
「……髪はゴムじゃねェのか」
「なんか、そうみたいだ」
「…………もう1回、手ェ貸せ」
「?おう」
 怪訝そうにルフィが手を差し出し、もう1度ゾロが指先を摘んで引っ張る。
 指は確かに伸びるのだけれども。
 さっきは気付かなかった事実に、ゾロが改めて目を見張った。

「爪も伸びねェんだな」

「え?!あ、ホントだ!!」
 ルフィも初めて知ったらしく、驚いて自分の指先を見つめる。
「……気付いてなかったのかよ」
「だってんなこと気にしてねェしよ」
「気にしろ、少しは」
 ゾロが呆れて溜息を吐く。
 ルフィの指は面白い様に伸びているが、指先に収まる爪だけは、その形を変えていない。
 1度手を離すと、今度は指の両側を摘んで引っ張ってみた。
 指は平たく伸びたが、その上で爪はやはり、元の形のままで。
 おー・とルフィが驚きの声を上げる。
 他人事のようなその反応に、ゾロは軽い目眩を覚えつつも踏みとどまった。
「神経の通っていない場所は伸びねェって事か?」
「へ?爪って神経ないのか?」
「……爪に神経があったら切るたびに絶叫だろうがよ」
「そっかー!ゾロって物知りだなぁ!!」
「…………常識で知っといてくれ、頼むから」
 完全に目眩を感じ片手で額を押さえつつ、溜息を吐いた。何だってこんなヤツが1人で海に出ようと思ったのか。
 向かいでルフィはまだ面白がって自分の指を伸ばしている。
 完全に脱力しながらその様子を眺めていて、ふとある事に気付いた。
「……ルフィ」
「おう?」


「眉毛はどうなんだ?」


 その問いに、ルフィはきょとんとゾロを見返して。
 ゾロは膝に頬杖を付いた体勢からルフィを見上げていて。
 会話の止まった2人を、波が怪訝そうに船縁から覗き見る。
 雲が続きを催促して、ようやくルフィは言われた事に気が付いた。
 慌てて額を押さえ、身体を引く。

「た、多分、伸びねェ!!!!」


 その答えに、向かいでゾロが人の悪い笑みを浮かべた。


「多分……って事は、試してねェんだな?」
「ねェけど、でも、伸びねェ!!!多分、いや、絶対!!!」
「試してみねェと解らねェよな?」
「いや試さなくても解っから、いい!!!眉毛も伸びねェ!!!!」
 ゾロが身を乗り出し、逆にルフィは後ずさる。
 何だか妙な緊迫感が辺りを漂い。

「何事も試すべきだとおれは思うが?」
「ベツに試さなくてもいいとおれは思うぞ!!」

 じりじりと、互いに間合いを計る。
 既に、臨戦態勢。
 只ならぬ気配に海中では、魚達が避難を始めていた。
 気付けば、渡り鳥さえもこの船の上空を避けている。
 雲や風さえ遠巻きにする程の気配が漂い。
 物見高いのは、船縁を取り巻く波達のみ。


 ……最も、この緊迫感の理由は、余りにも情けないものだったけれど。


 でも、当の本人達には、理由なんてどうでもいいようで。
 張りつめ切った均衡は、一瞬で崩れ去った。
 ゾロが飛びかかるのとルフィが飛び退くのは、全く同時で。
 小さな船の上を、所狭しと身体能力化け物級の2人が追いかけっこを始めた。


「ベツにいいって言ってるだろーーーッッ!!!」
「うるせェ!!!大人しく実験されてろ、てめェは!!!」
「だからいらねェって!!!船長命令だーッ、ゾロ、やめろーーーー!!!!」
「あァ?!!知るか、そんなもん!!!!」
「ぎゃーーーーーッッ!!!眉ナシになるのはヤだーーーーーッッッ!!!!」





 未来の海賊王と大剣豪の喧嘩にしては、どう考えても阿呆らしいそれに。
 空の彼方で太陽が苦笑い。
 雲も呆れて遠ざかって。
 風は脱力してへたり込む。
 波だけが面白そうに囃し立てていた。






 何はともあれ、海は今日も平和だろう…………多分。




 
 





24th, NOV., 2007





ルフィの台詞の伏せ字には、お好きな表現を入れて下さイ。
公式で伸びますから…………ソコも。

閑話休題。

髪もゴムなら、絶対に伸ばして遊んでるシーンがあると思うけど、
今んとこ1度も無いんで。多分、伸びない。
爪は11巻で確認済み。「ゴムゴムの網」のシーン。
ゾロは「神経の通っていない所」って言ってるけど、
骨も神経は通ってないよなぁ。
血管かなぁ。
……骨にも血管はないか。
イマイチ謎なゴム人間の身体の仕組。



2007.11.24



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