穏やかな波。緩やかな風。 照りつける陽射しは何処迄も長閑で。 波音は規則正しくゆらゆらと船を揺らし。 雲はまばらに空の上でお昼寝中。 ……となれば。 「ゾーロ〜〜〜〜〜〜〜」 「………………なんだ」 間延びし切った声に、苦虫を噛み潰した声が答える。 どれ程不機嫌な響きを帯びようとも、嫌な予感しかしなくても、返事はする。取りあえず。 何しろ相手は、この船の『船長』なのだ。……一応。 例え船員が、船長の他にはゾロ本人しかいなくても。 仰向けにひっくり返ったまま、仰け反る様にして顔だけこっちを向けて。 『一応』船長は、体勢も間も伸び切ったまま、のたまわった。 「ひぃーーーまぁーーーーだーーーーーーーーーー」 「……………………だろうな」 片手で顔を覆って。 深く深ぁく溜息を吐きながら。 がっくりと全身から力が抜け落ちるのも感じつつ。 それでも何とか返事をする。 そんな返事でも、ルフィはにっかりと笑った。 「遊べ」 「…命令形かよ」 「だってヒマだろ」 「……そりゃそうだがよ」 ゾロはやっぱり眉をしかめたまま。 それでも片手を降ろしてルフィへと視線を向け直す。 やっぱり仰向けに仰け反ったままで、妙に嬉しそうに笑う顔に出会う。 「遊ぶったって、何すんだよこんなトコで」 「んー?」 「……先に言っとくが、しりとり却下な」 「えー?!」 「てめェ、昨日、自分が何やったか忘れたか!」 「あー……」 昨日、やはりヒマだと喚くルフィに付き合って、しりとりなぞやってみたのだが。 最後にはルフィが、ありとあらゆる単語の語尾に「肉」を付ける様になって。 いい加減にしろ!と怒鳴ったら、そこですかさずゾロの負け・と宣言され、一方的に勝負をつけられてしまったのだ。 あの再現は、絶対にご免被る。何が何でも。 じゃあ・と一応、ルフィは真面目に考え込む素振りを見せて。 そしてすぐに、にぱっと笑った。 「ジャンケンしよう!」 「は?」 ゾロが唖然としている間に、ルフィは器用に跳ね起きてあぐらをかいた。 そのまま向かい合って、歯を見せて笑っている。 「ジャンケン……って、遊びか?」 「おう、そうだぞ。真剣な遊びだ」 「そういうもんか?」 「そういうもんだ」 思わず首を捻ってしまうが、向かいでルフィはやる気に満ちた笑顔で腕を振り回している。 なんだか妙に楽しそうなその笑顔に、逆らう気力も失せて。 仕方が無いな・と付き合ってやる事にした。 何しろ暇なのだ。ゾロも。 拳を軽く掲げると、満面の笑顔が腕を振る。 気まぐれな雲が野次馬に集まって来る。 風も波も、勝負を覗きに来た。 「よぉーッし、行くぞー!!」 「……おぅ」 「せーのーでッ、ジャーンケーンッッ」 「ポンッ!!!!」 そして。 何がどうしてこうなったのか。 ゾロは、片膝を抱えるようにして座って、大きく息を吐いた。 呼吸が乱れている。汗がこめかみを伝い落ちる。 「…………ちょっと……、休憩、させろ………」 乱れた息の合間から、辛うじてそう言う。その声まで擦れていた。 「……おぅ。…………いい、ぞぉ…………」 答えるルフィも切れ切れの声で。 仰け反る様にして座って、犬の様に舌を出して息を切らせている。 こちらも汗だくで。髪の毛から汗が雫になって落ちている。 一体、何故に、じゃんけんでこんな事態になったのか。 「……っかしいなぁ…。おれ、じゃんけん、つえェハズなのになぁ…………」 「おれ……だって、だ…………。何だろうが、勝負で、負けた事は、ねェ…………」 お互い、肩で息をして。 ぶっ潰れる様にして座って。 体力尽き果てた、といった風体で。 気が付けば、辺りはもう夕闇の中。 野次馬をしていた筈の雲達は、とっくに帰り支度を済ませて西の空へ。 海面すれすれの夕日がその雲を茜色に染め上げている。 気の早い風は、とうに家路に着き。 帰宅の列を作る波が船縁を叩いていた。 かれこれ何時間、この勝負を続けているのか。 ハラ減った・とルフィが荷物から干し肉を漁る。 ゾロは無言でラム酒の栓を開けた。 互いに暫し、腹に収める方に没頭する。 少ししてから、ルフィが肉を噛み千切りながら訊いた。 「何ショー、何パイ、だっけ?」 ラム酒の瓶から口を離して、ゾロが答える。 「67勝67敗」 「へ?!おんなじなのか?!!」 「……それから」 一区切り、息を吐いて。 「………………1489引き分け、だ」 あり得ない数値に波がひとしきり騒ぎまくった。 最初は、強運のルフィが先行した。 それに、負けず嫌いのゾロが追い上げて。 抜きつ抜かれつしながら戦績は伸びて行った。 勝負が付く時は一瞬だ。最初の1手で勝敗が付く。 それなのに、1度、相子になったが最後。 今度は延々と、いつまで経っても勝負が付かず。 150回相子が続いた段階で、引き分け案が出た。 つまり、10回相子が続いたら引き分けにしよう・と言うルールだ。 何時までも続く相子にお互い嫌気が差していたので、即採用となったが。 今度は、引き分けが延々と何時までも続く様になってしまったのである。 続く引き分けに、互いにむきになって。 何時しか全身全霊での勝負に発展してしまい。 たかだかじゃんけんに、それも暇つぶしの遊びだった筈のそれに、何故そこまで、と言う程、必死になってしまって。 気が付けば夕焼け時。 とは言っても、2人はどちらも気付いてすらいないのだが。 見事な茜色の夕焼けには、カラスの鳴き声がさぞかし似合うだろう。 ただ、残念な事に海の上なので、カラスは居なかったけれども。 お互いの顔を横から照らす西日も意に介さぬまま。 勝負は再燃の兆しを見せる。 飲み干した瓶を乱暴に置いて、ゾロがルフィを見据える。 「……どっちにしろ、ケリが付かねェってのは性に合わねェんだ」 噛み千切った干し肉を口に放り込んで、ルフィはゾロを見返した。 「キグウだなぁ。おれもだぞ」 そのまま続く睨み合いの時間。 挑む視線をぶつけあったまま。 波だけが場違いな程呑気に家路を歌って。 夕日がゆらゆらと最後の光を投げかけて寄越した。 真っ赤な光が身の内の闘志そのままに2人の横顔を染め上げて。 拳を振り上げたのは、同時だった。 「勝負付けっぞおォッ!!!」 「望む所だ!!!」 夕日より尚赤く闘志を燃えたぎらせて。 再び火蓋は切られる。 何時、ケリが付くか解らない勝負の火蓋が。 「じゃーんけーんッッ、ポンッッッ!!!!」 18th, SEP., 2007
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…………自分で書いてて、余りのアホっぷりにどうしようかと思った。 あー多分、この後、疲れ果ててぶっ倒れるまで、 この不毛な勝負は続く物と思われますが。 しかも、決着付かないだろうし。 強運のルフィと悪運のゾロ・って感じなので、付かないと思う。 どっちも負けず嫌いだしなー。 ウィスキーピークも、ナミが止めなかったら、 相打ちだったんじゃないかと思うよ。 2007.9.18 |