航海日和 場面の2






 穏やかな波。緩やかな風。
 照りつける陽射しは何処迄も長閑で。
 波音は規則正しくゆらゆらと船を揺らし。
 雲はまばらに空の上でお昼寝中。



 ……となれば。



「ゾーロ〜〜〜〜〜〜〜」
「………………なんだ」



 間延びし切った声に、苦虫を噛み潰した声が答える。
 どれ程不機嫌な響きを帯びようとも、嫌な予感しかしなくても、返事はする。取りあえず。
 何しろ相手は、この船の『船長』なのだ。……一応。

 例え船員が、船長の他にはゾロ本人しかいなくても。

 仰向けにひっくり返ったまま、仰け反る様にして顔だけこっちを向けて。
 『一応』船長は、体勢も間も伸び切ったまま、のたまわった。


「ひぃーーーまぁーーーーだーーーーーーーーーー」
「……………………だろうな」


 片手で顔を覆って。
 深く深ぁく溜息を吐きながら。
 がっくりと全身から力が抜け落ちるのも感じつつ。
 それでも何とか返事をする。

 そんな返事でも、ルフィはにっかりと笑った。

「遊べ」
「…命令形かよ」
「だってヒマだろ」
「……そりゃそうだがよ」

 ゾロはやっぱり眉をしかめたまま。
 それでも片手を降ろしてルフィへと視線を向け直す。
 やっぱり仰向けに仰け反ったままで、妙に嬉しそうに笑う顔に出会う。

「遊ぶったって、何すんだよこんなトコで」
「んー?」
「……先に言っとくが、しりとり却下な」
「えー?!」
「てめェ、昨日、自分が何やったか忘れたか!」
「あー……」

 昨日、やはりヒマだと喚くルフィに付き合って、しりとりなぞやってみたのだが。
 最後にはルフィが、ありとあらゆる単語の語尾に「肉」を付ける様になって。
 いい加減にしろ!と怒鳴ったら、そこですかさずゾロの負け・と宣言され、一方的に勝負をつけられてしまったのだ。
 あの再現は、絶対にご免被る。何が何でも。

 じゃあ・と一応、ルフィは真面目に考え込む素振りを見せて。
 そしてすぐに、にぱっと笑った。


「ジャンケンしよう!」
「は?」


 ゾロが唖然としている間に、ルフィは器用に跳ね起きてあぐらをかいた。
 そのまま向かい合って、歯を見せて笑っている。
「ジャンケン……って、遊びか?」
「おう、そうだぞ。真剣な遊びだ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
 思わず首を捻ってしまうが、向かいでルフィはやる気に満ちた笑顔で腕を振り回している。
 なんだか妙に楽しそうなその笑顔に、逆らう気力も失せて。
 仕方が無いな・と付き合ってやる事にした。

 何しろ暇なのだ。ゾロも。

 拳を軽く掲げると、満面の笑顔が腕を振る。
 気まぐれな雲が野次馬に集まって来る。
 風も波も、勝負を覗きに来た。

「よぉーッし、行くぞー!!」
「……おぅ」
「せーのーでッ、ジャーンケーンッッ」



「ポンッ!!!!」





















 そして。



















 何がどうしてこうなったのか。











 ゾロは、片膝を抱えるようにして座って、大きく息を吐いた。
 呼吸が乱れている。汗がこめかみを伝い落ちる。

「…………ちょっと……、休憩、させろ………」

 乱れた息の合間から、辛うじてそう言う。その声まで擦れていた。


「……おぅ。…………いい、ぞぉ…………」

 答えるルフィも切れ切れの声で。
 仰け反る様にして座って、犬の様に舌を出して息を切らせている。
 こちらも汗だくで。髪の毛から汗が雫になって落ちている。


 一体、何故に、じゃんけんでこんな事態になったのか。


「……っかしいなぁ…。おれ、じゃんけん、つえェハズなのになぁ…………」
「おれ……だって、だ…………。何だろうが、勝負で、負けた事は、ねェ…………」

 お互い、肩で息をして。
 ぶっ潰れる様にして座って。
 体力尽き果てた、といった風体で。


 気が付けば、辺りはもう夕闇の中。
 野次馬をしていた筈の雲達は、とっくに帰り支度を済ませて西の空へ。
 海面すれすれの夕日がその雲を茜色に染め上げている。
 気の早い風は、とうに家路に着き。
 帰宅の列を作る波が船縁を叩いていた。



 かれこれ何時間、この勝負を続けているのか。



 ハラ減った・とルフィが荷物から干し肉を漁る。
 ゾロは無言でラム酒の栓を開けた。
 互いに暫し、腹に収める方に没頭する。
 少ししてから、ルフィが肉を噛み千切りながら訊いた。
「何ショー、何パイ、だっけ?」
 ラム酒の瓶から口を離して、ゾロが答える。
「67勝67敗」
「へ?!おんなじなのか?!!」
「……それから」
 一区切り、息を吐いて。



「………………1489引き分け、だ」



 あり得ない数値に波がひとしきり騒ぎまくった。


 最初は、強運のルフィが先行した。
 それに、負けず嫌いのゾロが追い上げて。
 抜きつ抜かれつしながら戦績は伸びて行った。

 勝負が付く時は一瞬だ。最初の1手で勝敗が付く。
 それなのに、1度、相子になったが最後。
 今度は延々と、いつまで経っても勝負が付かず。
 150回相子が続いた段階で、引き分け案が出た。
 つまり、10回相子が続いたら引き分けにしよう・と言うルールだ。
 何時までも続く相子にお互い嫌気が差していたので、即採用となったが。


 今度は、引き分けが延々と何時までも続く様になってしまったのである。


 続く引き分けに、互いにむきになって。
 何時しか全身全霊での勝負に発展してしまい。
 たかだかじゃんけんに、それも暇つぶしの遊びだった筈のそれに、何故そこまで、と言う程、必死になってしまって。
 気が付けば夕焼け時。
 とは言っても、2人はどちらも気付いてすらいないのだが。
 見事な茜色の夕焼けには、カラスの鳴き声がさぞかし似合うだろう。
 ただ、残念な事に海の上なので、カラスは居なかったけれども。

 お互いの顔を横から照らす西日も意に介さぬまま。
 勝負は再燃の兆しを見せる。


 飲み干した瓶を乱暴に置いて、ゾロがルフィを見据える。
「……どっちにしろ、ケリが付かねェってのは性に合わねェんだ」
 噛み千切った干し肉を口に放り込んで、ルフィはゾロを見返した。
「キグウだなぁ。おれもだぞ」
 そのまま続く睨み合いの時間。
 挑む視線をぶつけあったまま。
 波だけが場違いな程呑気に家路を歌って。
 夕日がゆらゆらと最後の光を投げかけて寄越した。

 真っ赤な光が身の内の闘志そのままに2人の横顔を染め上げて。


 拳を振り上げたのは、同時だった。




「勝負付けっぞおォッ!!!」
「望む所だ!!!」





 夕日より尚赤く闘志を燃えたぎらせて。
 再び火蓋は切られる。
 何時、ケリが付くか解らない勝負の火蓋が。








「じゃーんけーんッッ、ポンッッッ!!!!」








18th, SEP., 2007





…………自分で書いてて、余りのアホっぷりにどうしようかと思った。
あー多分、この後、疲れ果ててぶっ倒れるまで、
この不毛な勝負は続く物と思われますが。
しかも、決着付かないだろうし。
強運のルフィと悪運のゾロ・って感じなので、付かないと思う。
どっちも負けず嫌いだしなー。

ウィスキーピークも、ナミが止めなかったら、
相打ちだったんじゃないかと思うよ。



2007.9.18



   BACK / ONE PIECE TOP / fake moon TOP