悪魔と死神 2






「いくぞ!!!グランドライン!!!!」



 吹きすさぶ嵐の中、5人で酒樽の蓋を蹴破った。
 荒れ狂う海。吹き荒れる風。叩き付ける様な雨。
 大いなる海の手荒い祝福を受け、船は新たな航路を目指す。
 自分達流の進水式を終え、器も何も用意してなかったから手で酒を掬って飲んで。
 半分以上残った酒を、奉納だ・と言って樽ごと海に投げ込んだ。


 世界で一番偉大な海へ。


 運命の船は突き進んで行く。





 一頻り大騒ぎしてから、一旦船室に入ろうと言うことになった。
 当然だろう。嵐は修まる気配すらみせない。
 このまま甲板に居たら、全員で風邪を引くか、最悪、流されるかもしれない。
 ナミを先頭に、サンジとウソップが続く。
 そしてルフィもその後を追おうとして。
「ルフィ、残れ」
 不意に呼び止められた。
「ゾロ?」
 驚き振り返ると、そこには背を向けたままのゾロの姿。
 独り、皆から離れて雨の中立ち尽くしている。
 何事かとルフィは首を捻った。
「どうした、ゾロ?カゼひくぞ?」
「……いいから残れ。話がある」
 背を向けたまま繰り返される言葉。
 奇妙に思いながら、ルフィは頷いた。
 今、ここでしなければならない話なのか。
「?わかった」
 怪訝に思いながら、ゾロの方へと足を向ける。
 大波に揺さぶられる甲板は雨で濡れて不安定になっていた。
「おい?2人ともどうしたんだ?」
 気が付いたウソップが慌てて声をかける。ナミとサンジも中に入りかけて足を止めた。
 何事か、と3人の視線が集中する。
「ゾロが話があるっていうから、ちょっと残る。先、入ってていいぞ」
 ルフィが笑ってそう言うと、ウソップは驚き立ち尽くした。
 当然だろう。この嵐の中、甲板に残るなんて正気の沙汰とは思えないのが普通だ。
 けれど2人は気にした様子も無い。
 その様に、ナミが慌てて声をかけた。
「ちょっと!!何してるのよ!危ないでしょ!!」
「お前ェら、ナミさんの言う通りだろうが!!!特にルフィ、テメェはカナヅチじゃねェかよ!!!」
「そうだって!!話なら中でできるだろ?!!」
 3人が怒鳴ってもルフィとゾロは動かない。
 振り返らずにルフィは片手を挙げた。
「大丈夫だ。お前ら、先に入ってろ」
 立ち尽くすゾロの背に感じる、不思議な緊張感。
 圧倒される気。
 振り返らないその背に、物凄いまでの圧迫感を覚えて。
 ルフィはその手前で足を止めた。
 風が2人の間で渦巻いて行く。
 雨音が一瞬、声を潜め。
 そして、静かな声が響いた。
「……言い訳ぐらいは聞こう」
 ゾロの声は、低く抑揚も無く。
 けれど、確かな力を伴ってルフィの耳に届いた。
 その内容にルフィは目を見張る。
「言い訳?って、なんだ?」
 何を言われたのか咄嗟に理解出来ず、問い返せば。
 振り返らないゾロの背が小さく動いた。
「理由があるなら、言え。聞くぐらいの事はしてやる」
「だから、なんのだよ」
 繰り返される問いの真意が掴めず、もう1度問い返す。
 ゾロが何を聞きたいのかが解らない。
 だがその問いかけは、ゾロの癇に触った様だ。
 ぴくりと震える背から迸る、怒りの波動。
 離れた位置に居るナミ達でさえ、思わず身を竦めた程だ。
 ルフィの目が見開かれる。
 確かに変わった、ゾロの気配に。
 その背から放たれる間違い様の無い闘気に。
「…………申し開きはねェんだな?」
 静かな確認。
 低い声は、それでも暴風に掻き消される事は無く。
 それを圧して響く。

 押さえ切れない怒りを伴って。

 理由の見えない怒りに、ルフィも眉をひそめた。
「くどいぞ、ゾロ。おれは別にゾロに言い訳する事なんかねェからな」
 苛立ちの滲む口調でそう言い放つ。
 ルフィにとっては、理不尽な喧嘩を売られているのも同様だった。
 だからこその返答だったのだが。
 それは、ゾロには最後通告となった。
「……そうか。じゃあ覚悟は出来てんだろうな」
「覚悟?」
 驚き、ルフィがそう返した直後。
 ゾロは振り向き様にその刀を抜き放ったのだ。
 雨すら切り裂く斬撃が、ルフィの喉元を掠める。
「……ぃいッ?!!」
 慌てて身を引くその残像を、返す刀が薙ぎ払う。
 手加減の欠片も無いその『攻撃』を、ルフィは紙一重で躱す。
「ちょ……ッ!ちょっと!!!」
「ぅおおおいッ!!なに、やってんだよお前ら!!!」
 ナミとウソップの絶叫を気にも掛けずに、ゾロはルフィに切っ先を突きつけた。
 喉、すれすれの刀に、ルフィが一瞬息を飲む。
 明らかな殺気。
 ゾロが本気だと解ったから。
 尚の事、理由が知りたかった。
「ゾロッ!!!なんのマネだよ、これは!!!」
 真正面から対峙して怒鳴り返す。
 叩き付ける様な雨が怒りを煽る。
 自分を見据える双瞳には、容赦の欠片も無い。
 怒気を孕んだ瞳に射抜かれる。
「何の真似だと言いてェのはこっちだ。どういうつもりだった」
「だから、何がだって言ってるだろ!!!」
 繰り返される問いに怒鳴り返す。
 ぶつかり合う怒りと憤り。
 風が荒れ狂い吹き抜けて行く。
 ナミ達は言葉も挟めずに見守っていた。
 ルフィは完全に怒りを露にして怒鳴り付けた。
「おれは言い訳しなくちゃならねェような事はやってねェぞ!!!」
「……ふざけんじゃねェ!!!!」
 ゾロが怒号と共に再び斬り掛かる。
 その切っ先から飛び退き、ルフィが怒鳴り返そうとした時。
「じゃあ、どうして諦めやがったんだ!!!!」
 先に畳み掛けたのはゾロだった。
 その言葉に、ルフィは息を飲む。
 漸く、ゾロが言わんとしている事に思い当たって。
 刀を取るゾロの手が震えていた。
「あんな簡単に!!あんな半端な所で!!なんで足掻くのを諦めやがった!!!!」
 怒りだけで見据える瞳。
 それを捉えてルフィは息を飲む。
「あんなのがテメェの最期か!!!あんな終りで満足なのかよ、ふざけんじゃねェぞ!!!!」
 ぶつけられるのはゾロの怒りと闘気と、そして。
 その中に混ざる微かな恐怖にも似た想い。
「……ゾ、ロ?」
 計りかねたその真意は。
 次の言葉でルフィの胸に突き刺さった。


「海賊船の船長ってのは、一味の命そのものだろうが!!!!その『命(テメェ)』が死んだら、おれ達はどうなるんだよ!!!!」


「……ッ!!!」

 一瞬、雨音すら固まった気がした。
 衝撃に身が竦む。
 叩き付けられた真意に。

 泣きそうな程の怒りを湛えて、ゾロがルフィを睨みつける。

「軍艦や民間船なら船長が死んでも代わりを立てればそれで済む。だが、海賊船はそうじゃねェ。海賊船の船長の死は、そのまま一味の最期を意味するんだ!!」
 ナミ達も無言で立ち尽くす。
 ルフィはゾロから視線を外せずに、口を引き結んだ。
 ただ真直ぐに、ゾロの激昂を受け止める。
「確かに代わりを立てれる船もある。だがそれは、後継が育つだけの状況が整っていた場合だけだ。おれ達の船には当てはまらねェだろうが!!」
 この船にルフィの代わりになる者はいないのだ。
 これは、『麦わらのルフィ』の為の船。

 『海賊王になる男』の為の船なのだから。

「今、テメェが死んだら、おれ達は終りなんだ!!!テメェにはおれ達全員の命への責任があるんだよ!!!それなのに、あんな簡単に死のうとするんじゃねェ!!!おれが何の為に生き恥晒してると思ってやがる!!!!」
「ゾロ?!!!」
 聞き流せない一言に、ルフィは目を見張った。
 直後、ゾロが我に返り、バツが悪そうに目を逸らした。
 今度はルフィがソロの目を見据える。
「生き恥ってなんだよ!!!誰がそんな事、言ったんだ!!!」
 その言い草はルフィには聞き流せるものでは無かった。
 見据える視線に力が籠る。
 ゾロは一瞬、躊躇して。
 それから改めてルフィへと向き直った。
 口元を引き締めて。
 叩き付ける雨がその瞳を濡らす。
「……剣で負けた剣士がおめおめと生き延びてる。これが生き恥じゃなくて何だってんだ」
「な……!!!」
 その言い草に返す言葉に詰まる。
 ゾロの本気を知っているから。
 野望に懸ける信念を知っているからこそ。
 とっさに言葉は出ず。
 ゾロはルフィを見据える瞳に力を籠めた。
「おれは、死ぬ筈だったんだよ……!!それを!!!」
 振り絞る様な声。
 歯を食いしばる音が響く。
 胸中を示すかのように荒れる風。
 刀を握る手に力が籠った。



 失う筈だった命を。
 再び拾った。
 それは、何の為に。



 ……誰の、為に。



















『    文句あるか、海賊王!!    』





















「……ッ!!!」




 脳裏に響いた絶叫に言葉を失った。




 風が渦巻いて吹き抜ける。
 痛い程、全身に叩き付ける雨。
 逆巻き荒れ狂う波が船を大きく揺らす。


 それすらも気にする事も出来ずに。


 ただ立ち尽くしていた。
 真直ぐにゾロを見つめて。
 歯を食いしばり自分を見据えるその視線を受け止めて。

 風雨が無言の時間を埋める。

 荒れる波に船が大きく揺れて。
 ルフィは僅かに瞳を伏せ。
 そして、改めて顔を上げた。
 今までとは違う、静かな光を湛えた瞳で。
 その唇が動く。


「ごめん」


 瞳のままに静かな声だった。

 ゾロが小さく視線を震わせる。
 その変化にルフィは少し済まなそうな顔をした。
「ごめんな、ゾロ」
 もう1度謝ると、ゾロが視線を伏せた。
「……解りゃあ、いい」
「うん。ホントにごめん。もう死なねェ」
 繰り返し口を吐いて出る謝罪。
 他に出来る事を思いつかなかった。

 自分が命を落とすという事の意味を、ルフィは初めて思い知った。

 ゾロがゆっくりと視線を戻す。
 もう、怒りの気配は消えていた。
 荒れ狂う嵐の中、静かにルフィを見据える。
「別に死ぬなとまでは言わねェ。ただ、死ぬなら戦い抜いて死ね。それなら、骨ぐらい拾ってやる」
「うん、解った。約束する」
 ルフィも静かに頷く。
 遠く、雷鳴が轟く。




 記されるのは、2度目の宣誓。




 嵐に記された署名。
 雷鳴がその立ち会いとなる。


 誓うのは、只、信念を貫く証のみ。







 荒れ狂う波がその宣誓を受け止めた。







 ふ・とゾロが息を吐き、眉を寄せる。
「今度、途中で諦めやがったらおれが斬り捨ててやるからな」
 その言葉にルフィは笑みを浮かべた。
 なんだか嬉しそうな笑顔を。
「うん、ゾロはおれの死神だもんな」
 笑いながら言うには物騒な台詞。
 それを受けて、ゾロは改めて大きな溜息を吐いた。
「……だったらあんな簡単に、他のヤツに命くれてやるんじゃねェよ」
「ししし。それもそうか」
 反対にルフィは一層嬉しそうに笑う。
 ゾロはそんなルフィを一瞥して、軽くその頭をごついた。
 そして、漸く何時もの笑みを浮かべる。
 口の片端を上げた、自負に満ちた笑みを。
 ルフィの目を真直ぐに見据える。
 挑む様な笑みが浮かんだ。

「テメェが笑って死んでいいのは、海賊王になった後だけだぞ」

 その言葉にルフィは目を見開き。
 そして。
 大きく頷いた。
 何処までも勝ち気な、不遜な程の自信に満ちた笑顔で。


 風が強く吹き荒れる。
 波が飛沫を巻き上げ。
 雨が一際激しく船を叩いた。




 まるで、祝福の様に。




 鳴り響く遠雷は天からの祝砲。
 新たな盟約に運命が歓喜の声を上げた。





 荒れ狂う嵐へと飛び出して。

 船の舳先は未来だけを目指していた。
 












2nd, SEP., 2008





この後、我に返ったナミに怒鳴られて、皆、船室に入るですw

元々は、違う内容でケンカする筈だったけど。
その原因に自分で納得がいっちゃったので、書けなくなっちゃってた。
私が納得出来た事で、ゾロが怒るはずないもんなー・と。
なので、この話はボツかな・と思ってたらば。
びば・50巻!!!
「船長1人も守れねェでてめェの野望もねェだろう」
オイシイ台詞をありがとう!!

生き恥うんぬんの辺りは、半年ぐらい前から思ってた事で。
ゾロが2度目の命を拾った理由。
ミホークが止めを刺さなくても、ウソップ達に助けられても、
それだけでゾロが生き延びるとは思えないのよ。
……自刃するでしょ。ゾロの性格と剣士としての性を思えば。
それを、敢えて生き延びたのはどうしてか・と言えばね。
……こーゆう事だろな・と。
妄想してみたw



2008.9.2



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