「いくぞ!!!グランドライン!!!!」 吹きすさぶ嵐の中、5人で酒樽の蓋を蹴破った。 荒れ狂う海。吹き荒れる風。叩き付ける様な雨。 大いなる海の手荒い祝福を受け、船は新たな航路を目指す。 自分達流の進水式を終え、器も何も用意してなかったから手で酒を掬って飲んで。 半分以上残った酒を、奉納だ・と言って樽ごと海に投げ込んだ。 世界で一番偉大な海へ。 運命の船は突き進んで行く。 一頻り大騒ぎしてから、一旦船室に入ろうと言うことになった。 当然だろう。嵐は修まる気配すらみせない。 このまま甲板に居たら、全員で風邪を引くか、最悪、流されるかもしれない。 ナミを先頭に、サンジとウソップが続く。 そしてルフィもその後を追おうとして。 「ルフィ、残れ」 不意に呼び止められた。 「ゾロ?」 驚き振り返ると、そこには背を向けたままのゾロの姿。 独り、皆から離れて雨の中立ち尽くしている。 何事かとルフィは首を捻った。 「どうした、ゾロ?カゼひくぞ?」 「……いいから残れ。話がある」 背を向けたまま繰り返される言葉。 奇妙に思いながら、ルフィは頷いた。 今、ここでしなければならない話なのか。 「?わかった」 怪訝に思いながら、ゾロの方へと足を向ける。 大波に揺さぶられる甲板は雨で濡れて不安定になっていた。 「おい?2人ともどうしたんだ?」 気が付いたウソップが慌てて声をかける。ナミとサンジも中に入りかけて足を止めた。 何事か、と3人の視線が集中する。 「ゾロが話があるっていうから、ちょっと残る。先、入ってていいぞ」 ルフィが笑ってそう言うと、ウソップは驚き立ち尽くした。 当然だろう。この嵐の中、甲板に残るなんて正気の沙汰とは思えないのが普通だ。 けれど2人は気にした様子も無い。 その様に、ナミが慌てて声をかけた。 「ちょっと!!何してるのよ!危ないでしょ!!」 「お前ェら、ナミさんの言う通りだろうが!!!特にルフィ、テメェはカナヅチじゃねェかよ!!!」 「そうだって!!話なら中でできるだろ?!!」 3人が怒鳴ってもルフィとゾロは動かない。 振り返らずにルフィは片手を挙げた。 「大丈夫だ。お前ら、先に入ってろ」 立ち尽くすゾロの背に感じる、不思議な緊張感。 圧倒される気。 振り返らないその背に、物凄いまでの圧迫感を覚えて。 ルフィはその手前で足を止めた。 風が2人の間で渦巻いて行く。 雨音が一瞬、声を潜め。 そして、静かな声が響いた。 「……言い訳ぐらいは聞こう」 ゾロの声は、低く抑揚も無く。 けれど、確かな力を伴ってルフィの耳に届いた。 その内容にルフィは目を見張る。 「言い訳?って、なんだ?」 何を言われたのか咄嗟に理解出来ず、問い返せば。 振り返らないゾロの背が小さく動いた。 「理由があるなら、言え。聞くぐらいの事はしてやる」 「だから、なんのだよ」 繰り返される問いの真意が掴めず、もう1度問い返す。 ゾロが何を聞きたいのかが解らない。 だがその問いかけは、ゾロの癇に触った様だ。 ぴくりと震える背から迸る、怒りの波動。 離れた位置に居るナミ達でさえ、思わず身を竦めた程だ。 ルフィの目が見開かれる。 確かに変わった、ゾロの気配に。 その背から放たれる間違い様の無い闘気に。 「…………申し開きはねェんだな?」 静かな確認。 低い声は、それでも暴風に掻き消される事は無く。 それを圧して響く。 押さえ切れない怒りを伴って。 理由の見えない怒りに、ルフィも眉をひそめた。 「くどいぞ、ゾロ。おれは別にゾロに言い訳する事なんかねェからな」 苛立ちの滲む口調でそう言い放つ。 ルフィにとっては、理不尽な喧嘩を売られているのも同様だった。 だからこその返答だったのだが。 それは、ゾロには最後通告となった。 「……そうか。じゃあ覚悟は出来てんだろうな」 「覚悟?」 驚き、ルフィがそう返した直後。 ゾロは振り向き様にその刀を抜き放ったのだ。 雨すら切り裂く斬撃が、ルフィの喉元を掠める。 「……ぃいッ?!!」 慌てて身を引くその残像を、返す刀が薙ぎ払う。 手加減の欠片も無いその『攻撃』を、ルフィは紙一重で躱す。 「ちょ……ッ!ちょっと!!!」 「ぅおおおいッ!!なに、やってんだよお前ら!!!」 ナミとウソップの絶叫を気にも掛けずに、ゾロはルフィに切っ先を突きつけた。 喉、すれすれの刀に、ルフィが一瞬息を飲む。 明らかな殺気。 ゾロが本気だと解ったから。 尚の事、理由が知りたかった。 「ゾロッ!!!なんのマネだよ、これは!!!」 真正面から対峙して怒鳴り返す。 叩き付ける様な雨が怒りを煽る。 自分を見据える双瞳には、容赦の欠片も無い。 怒気を孕んだ瞳に射抜かれる。 「何の真似だと言いてェのはこっちだ。どういうつもりだった」 「だから、何がだって言ってるだろ!!!」 繰り返される問いに怒鳴り返す。 ぶつかり合う怒りと憤り。 風が荒れ狂い吹き抜けて行く。 ナミ達は言葉も挟めずに見守っていた。 ルフィは完全に怒りを露にして怒鳴り付けた。 「おれは言い訳しなくちゃならねェような事はやってねェぞ!!!」 「……ふざけんじゃねェ!!!!」 ゾロが怒号と共に再び斬り掛かる。 その切っ先から飛び退き、ルフィが怒鳴り返そうとした時。 「じゃあ、どうして諦めやがったんだ!!!!」 先に畳み掛けたのはゾロだった。 その言葉に、ルフィは息を飲む。 漸く、ゾロが言わんとしている事に思い当たって。 刀を取るゾロの手が震えていた。 「あんな簡単に!!あんな半端な所で!!なんで足掻くのを諦めやがった!!!!」 怒りだけで見据える瞳。 それを捉えてルフィは息を飲む。 「あんなのがテメェの最期か!!!あんな終りで満足なのかよ、ふざけんじゃねェぞ!!!!」 ぶつけられるのはゾロの怒りと闘気と、そして。 その中に混ざる微かな恐怖にも似た想い。 「……ゾ、ロ?」 計りかねたその真意は。 次の言葉でルフィの胸に突き刺さった。 「海賊船の船長ってのは、一味の命そのものだろうが!!!!その『命(テメェ)』が死んだら、おれ達はどうなるんだよ!!!!」 「……ッ!!!」 一瞬、雨音すら固まった気がした。 衝撃に身が竦む。 叩き付けられた真意に。 泣きそうな程の怒りを湛えて、ゾロがルフィを睨みつける。 「軍艦や民間船なら船長が死んでも代わりを立てればそれで済む。だが、海賊船はそうじゃねェ。海賊船の船長の死は、そのまま一味の最期を意味するんだ!!」 ナミ達も無言で立ち尽くす。 ルフィはゾロから視線を外せずに、口を引き結んだ。 ただ真直ぐに、ゾロの激昂を受け止める。 「確かに代わりを立てれる船もある。だがそれは、後継が育つだけの状況が整っていた場合だけだ。おれ達の船には当てはまらねェだろうが!!」 この船にルフィの代わりになる者はいないのだ。 これは、『麦わらのルフィ』の為の船。 『海賊王になる男』の為の船なのだから。 「今、テメェが死んだら、おれ達は終りなんだ!!!テメェにはおれ達全員の命への責任があるんだよ!!!それなのに、あんな簡単に死のうとするんじゃねェ!!!おれが何の為に生き恥晒してると思ってやがる!!!!」 「ゾロ?!!!」 聞き流せない一言に、ルフィは目を見張った。 直後、ゾロが我に返り、バツが悪そうに目を逸らした。 今度はルフィがソロの目を見据える。 「生き恥ってなんだよ!!!誰がそんな事、言ったんだ!!!」 その言い草はルフィには聞き流せるものでは無かった。 見据える視線に力が籠る。 ゾロは一瞬、躊躇して。 それから改めてルフィへと向き直った。 口元を引き締めて。 叩き付ける雨がその瞳を濡らす。 「……剣で負けた剣士がおめおめと生き延びてる。これが生き恥じゃなくて何だってんだ」 「な……!!!」 その言い草に返す言葉に詰まる。 ゾロの本気を知っているから。 野望に懸ける信念を知っているからこそ。 とっさに言葉は出ず。 ゾロはルフィを見据える瞳に力を籠めた。 「おれは、死ぬ筈だったんだよ……!!それを!!!」 振り絞る様な声。 歯を食いしばる音が響く。 胸中を示すかのように荒れる風。 刀を握る手に力が籠った。 失う筈だった命を。 再び拾った。 それは、何の為に。 ……誰の、為に。 『 文句あるか、海賊王!! 』 「……ッ!!!」 脳裏に響いた絶叫に言葉を失った。 風が渦巻いて吹き抜ける。 痛い程、全身に叩き付ける雨。 逆巻き荒れ狂う波が船を大きく揺らす。 それすらも気にする事も出来ずに。 ただ立ち尽くしていた。 真直ぐにゾロを見つめて。 歯を食いしばり自分を見据えるその視線を受け止めて。 風雨が無言の時間を埋める。 荒れる波に船が大きく揺れて。 ルフィは僅かに瞳を伏せ。 そして、改めて顔を上げた。 今までとは違う、静かな光を湛えた瞳で。 その唇が動く。 「ごめん」 瞳のままに静かな声だった。 ゾロが小さく視線を震わせる。 その変化にルフィは少し済まなそうな顔をした。 「ごめんな、ゾロ」 もう1度謝ると、ゾロが視線を伏せた。 「……解りゃあ、いい」 「うん。ホントにごめん。もう死なねェ」 繰り返し口を吐いて出る謝罪。 他に出来る事を思いつかなかった。 自分が命を落とすという事の意味を、ルフィは初めて思い知った。 ゾロがゆっくりと視線を戻す。 もう、怒りの気配は消えていた。 荒れ狂う嵐の中、静かにルフィを見据える。 「別に死ぬなとまでは言わねェ。ただ、死ぬなら戦い抜いて死ね。それなら、骨ぐらい拾ってやる」 「うん、解った。約束する」 ルフィも静かに頷く。 遠く、雷鳴が轟く。 記されるのは、2度目の宣誓。 嵐に記された署名。 雷鳴がその立ち会いとなる。 誓うのは、只、信念を貫く証のみ。 荒れ狂う波がその宣誓を受け止めた。 ふ・とゾロが息を吐き、眉を寄せる。 「今度、途中で諦めやがったらおれが斬り捨ててやるからな」 その言葉にルフィは笑みを浮かべた。 なんだか嬉しそうな笑顔を。 「うん、ゾロはおれの死神だもんな」 笑いながら言うには物騒な台詞。 それを受けて、ゾロは改めて大きな溜息を吐いた。 「……だったらあんな簡単に、他のヤツに命くれてやるんじゃねェよ」 「ししし。それもそうか」 反対にルフィは一層嬉しそうに笑う。 ゾロはそんなルフィを一瞥して、軽くその頭をごついた。 そして、漸く何時もの笑みを浮かべる。 口の片端を上げた、自負に満ちた笑みを。 ルフィの目を真直ぐに見据える。 挑む様な笑みが浮かんだ。 「テメェが笑って死んでいいのは、海賊王になった後だけだぞ」 その言葉にルフィは目を見開き。 そして。 大きく頷いた。 何処までも勝ち気な、不遜な程の自信に満ちた笑顔で。 風が強く吹き荒れる。 波が飛沫を巻き上げ。 雨が一際激しく船を叩いた。 まるで、祝福の様に。 鳴り響く遠雷は天からの祝砲。 新たな盟約に運命が歓喜の声を上げた。 荒れ狂う嵐へと飛び出して。 船の舳先は未来だけを目指していた。 2nd, SEP., 2008
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この後、我に返ったナミに怒鳴られて、皆、船室に入るですw 元々は、違う内容でケンカする筈だったけど。 その原因に自分で納得がいっちゃったので、書けなくなっちゃってた。 私が納得出来た事で、ゾロが怒るはずないもんなー・と。 なので、この話はボツかな・と思ってたらば。 びば・50巻!!! 「船長1人も守れねェでてめェの野望もねェだろう」 オイシイ台詞をありがとう!! 生き恥うんぬんの辺りは、半年ぐらい前から思ってた事で。 ゾロが2度目の命を拾った理由。 ミホークが止めを刺さなくても、ウソップ達に助けられても、 それだけでゾロが生き延びるとは思えないのよ。 ……自刃するでしょ。ゾロの性格と剣士としての性を思えば。 それを、敢えて生き延びたのはどうしてか・と言えばね。 ……こーゆう事だろな・と。 妄想してみたw 2008.9.2 |