悪魔と死神












 海賊なんてヤツらは、腐る程、見て来た。











 なにしろ、このご時世だ。海に行きゃあ、自称・他称問わず海賊なんざゴロゴロしてやがる。
 中にはまぁホネのあるヤツもいたが、大半は斬り捨てて後悔もねェザコばかりだった。
 人非人の外道ヤロウども。名を変えてみた所で、やってる事は結局ただの略奪。
 おまけに徒党を組まなきゃあ、ケンカも出来ねェときた。
 くだらねぇヤツらだ、と一蹴するのに時間はかからなかった。
 たまにいる腕の立つヤツを探して勝負を挑んでみたが、対して苦戦した事も無かったし。
 たいして強くもねェくせに見栄だけは一人前の腐れ野郎ども。
 どいつもこいつも、結局はそんなくだらねェヤツらばかりだった。



 ……だったんだが。





 正直、悩む。
























 今、目の前にいるこの男は、一体何なんだ?



























「うーみーはー、デカイーなー、おもれーぇーなァーーー」


 細い舳先に器用に胡座をかいて座り、身体を左右に揺らしながら調子っぱずれの歌を歌う、自称・この船の『船長』の背中を、ゾロはかなり複雑な気持ちで見ていた。
 あまり大きいとは言えない小舟の上で、ルフィが船首にばかりいるものだから、バランスを取るため必然的にゾロは船尾に居る事が多かった。
 今も船尾に刀を抱えて座り、マスト越しにルフィの背中を見ている。
 正直、本当に複雑な心情だった。

「なーかーまーたくさぁーん、つぎのーしィーまーーーー、っと」

 揺れながら歌う背中を見て。
 自分は一体、何に付いて来たんだろう・と考えてしまう。
 その後ろ姿は、ゾロの知る『海賊』からは、余りにもかけ離れていた。


 強さは認めていた。
 たった二撃で海軍大佐を沈めた実力は目の当たりにした。
 ただの一蹴りで十数人の海兵を吹っ飛ばす所も。
 闘いは僅かな時間だったけれど。
 それでも、自分の上に立つ男か否か、見極めるには十分だった。



 ……と思っていたのだが。



「うーみーはーおおしーけー、どんぶーらーこーーーー」

 自信が、揺らぐ気がする。
 この…………余りにも能天気な後ろ姿に。



 ……隙だらけ、じゃねェかよ。



 警戒心の欠片も見当たらない。
 この後ろ姿だけ見れば、ただの子供だ。
 何の気合いも無い。
 気迫すら、感じない。


「いーくーぞーさがすぅーぞー、ワンピーィースーーーー」


 本当に同一人物なのかすら、疑いそうだ。
 あの時、悪魔のような契約を自分に持ちかけた男と。
 今、目の前にいるこの子供とが。

 あの時感じた圧倒的な『力』は、この背中からは欠片も感じられない。


 …………それどころか。









 ーーーーー斬れるんじゃ、ねェのか?







 ざわりと、心臓に震えが走った。








「うーみーにーこぶねぇーをー、うかべーたーらぁーーー」

 視界の中。
 変わらずに調子っぱずれの歌を歌う背中。
 リズムを取る様に左右に揺れる。

 なんの警戒心もなく、無防備そのもので。




 ……斬れる。




 それは、確信すら通り越した、只の事実。
 幾度もの経験から、全身が得る実感。

 この程度の間合いなら、一瞬で詰めれる。


 ゾロの手が空気すら震わせない程の静けさで動いた。


 只の一歩。
 それで、終わる。
 一撃。
 それ以上はかからない。

 躱せたならばそれで良し。
 躱せなければそれまでの事。


 動いた手が白刀の柄へとかかり。



















 刹那。


 潮騒が止んだ。























「いいぞ」




「?!!」



 不意にかけられた声に、反射的に手を引く。
 一瞬、何処からその声がしたのか、解らなかった。

 けれど。


「ゾロはおれが認めた最初の仲間だからな」


 続く言葉に、それが間違いなくルフィの物である事を知る。
 その背は向けられたままだが。
 いつの間にか、歌が止まっていた。

「だから、ゾロにならいいぞ」

 真直ぐ前を向いたまま。
 振り返る事すらなく、告げられた言葉。
 真意を測りかねる切れ切れの科白が続いたけれど。

 その次の一言は。



「それにゾロがおれを斬るってんなら、それだけの理由があるんだろうし」



「!!」

 驚くゾロの前で、ルフィは器用に舳先に座ったまま振り返った。
 振り返ったその顔は、何の曇りも無い笑みを浮かべていた。

「だから、さ。ゾロになら斬られてやってもいいぞ?」

 何の気負いも無く。
 まるで、遊びの約束をするかのように。


 告げられた「真摯」。


 それは、ルフィが間違いなく本気でそう言っているという証だった。



 全身の血が引くような気がした。
 見せつけられた、「本気」。
 覚悟という言葉すら生易しく感じられる程の、それを。
 ゾロは全感覚で理解した。

 本気だったのだ。この男は。
 本気で斬られてもいいと思っていたから、あそこまで無防備だったのだ。
 本気でそう思っているからこそ、今も尚、ここまで何の気負いも無いのだ。


 ここまで、魂の奥底からの本心を、突き付けられた事は無かった。


 圧倒される。
 けれど、同時に感じるのは、間違いなく安堵。
 どうやら、あの時の決断に間違いは無かった様だ、と。

 「無防備」の本当の意味を理解して、ようやくそう得心出来た。










「……約束」
「ん?」
 ゾロが小さく口にした言葉を聞き止めて、ルフィが身を乗り出す。
 静かにその瞳を見据えながら、ゾロは言葉を紡ぎ直す。
「…………約束、覚えているか」
「約束?」
 問い返すルフィに、口の端だけで笑みを作る。

「最初の約束だ」

 その問いにルフィは手を打って笑う。
「おう!覚えてるぞ、もちろん!!『仲間になる』って言った!!」
「アホ。じゃあその次だ」
「次?」
 首を捻るルフィを、ゾロは軽く顎を引き、真直ぐに見据える。
 繰り返す。あの時と同じ言葉を。違う口調で。
 確認するために。


「 誘ったのはてめェだ。もし野望を断念する様な事があったら、その時は腹切っておれにわびろ 」


 口を引き結ぶと、即座にルフィが返した。
「ああ、そっちか!それも覚えてるぞ。でもおれ諦めねェからあんまり意味ないけどな」
 笑ってそう言うルフィに、ゾロは一度だけ目を伏せて。
 そして、続けた。
「ああ、そうだろうな。……だが、もしも…だ」
 その声音にルフィも視線を返す。
 その口元から笑みが消えた。
「……『その時』が来て。それなのに命を惜しむようなマネをしやがったら」
 ゾロが瞳を開く。
 静かに。

 色の薄い双瞳が、射抜くような光を放った。





「その時は、おれがてめェを斬り捨てる」





 静かな声音は、それでも、世界を圧する響きを伴っていた。


「…………それでいいな」
 挑む視線を向けながらも、笑みの形を作る口元に。
 ルフィも笑い、大きく頷く。
「おう、構わねェぞ」
 返すその瞳にも挑むような光が灯っている。
 受け止める側にも、欠片の惑いも無い。



 その言葉に偽わりの無い事は、互いが一番良く解っていた。









「でも、それだとゾロ、死神みたいだな」
 不意に歯を見せて笑うルフィに、ゾロは目を眇めた。
「おれが?」
「ああ。『おれ限定死神』って感じだぞ」
 何時もの笑顔に戻ったルフィが、不穏当な科白を妙に嬉しそうに言う。
 だから、ゾロもつられる様に笑っていた。
「丁度いいんじゃねェか?お前は悪魔の息子だしよ」
「おれ、悪魔かー!いいな、それ!」
「ヘンなヤツだな。悪魔って言われて嬉しいのかよ」
「だってよ、最強って感じしねェ?『悪魔と死神の海賊船』だぞ!!」
 余りにも凄まじい名前に、ゾロが一瞬、目を見開き。
 そして、思い切り笑った。
「最強っていうより、そりゃあむしろ『最凶』だろうが!!」
「そっか?ま、どっちでもいいけどよ。どっちも強そうだしな!」
 笑い声が海に響く。
 能天気な悪魔と自信家の死神の、陽気な笑い声が。
 











 この日、誓いは立てられた。
 世界に銘を刻む2人の、最初の誓言。
 無に記された宣誓は潮騒に預けられた。



 海に誓い。
 空が立ち合う。



 永遠への最初の契約。




 互いの命を預け合った証を。
 互いの魂にだけ刻み込んで。









 運命の船は奔り始める。



 
 







18th, JUL., 2007





『死神ゾロ』と書いて、
真っ先に死覇装姿のゾロを想像した。
……普通に似合いそうだ。つまんねェの。

ルフィの歌ってる歌は、誰もが小学校で習う歌です。
「海は広いな、大きいな」ってアレ。の、替え歌。
タイトル、なんだっけな〜。思い出せない。んー?
で、「海に小舟を浮かべたら」の後は、
「大渦、呑まれて、木っ端みじん〜♪」
「縁起でもねェ事、歌うんじゃねェ!!」
って、続くんだけどねw


でも。
ルフィはアホに見えるけど。
真理を知っていると思う。


45巻で初めて、ゾロの立場がルフィの指南役でもあると気が付いた。
指南役が格好良すぎなら、お目付役。
んじゃなかったら、お守。そーじゃなきゃ保護者。
………………あれ?



2007.7.18



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