ひとつの始まり






「そういやおれ、ゾロのケータイ知らねェ」
「……だな。おれもお前の知らねェや」




 午後7時過ぎの駅の構内はまだ人の波が途切れない。
 話し声、ざわめき、被さるアナウンス。
 行き交う人々は笑顔だったり疲れた顔だったり無表情だったり。

 そんな雑踏の一角に足を止めて。
 会話の流れからその事に気付いて。
 思わず唖然と顔を見合わせて。
 そして、笑った。



 出会ってそろそろ半年。
 そんな根本的な事も、実は知らなかったのか・と。




 出会いが偶然なら、再会もまた偶然だった。
 奇妙な縁でもあるのか、顔を合わせる事が多く。
 顔を覚え、名前を知り、言葉を交わす様になるのは直ぐで。

「あれ?また会ったな!」
「おう、またお前か」

 声を掛けて笑い合う様になるのはあっという間だった。


 今日、一緒に出掛けたのだって、別段約束していた訳ではなかった。

 お互いに別な相手と待ち合わせをしていた。
 良く待ち合わせに使う公園だから、同じ場所に居たのはまだしも。
 待ち合わせの時間も一緒で。
 更には、ほとんど同じ時間に、相手から断わりの連絡を受けた。

 同じ映画を見ようとしていた事が解ると、じゃあ一緒に行くか・という話になるのは当然で。

 終わってからハラが減った・と言い出したルフィに付き合ってファミレスに入って、その後も一緒にあちこち遊び回って。
 結局、今日は1日一緒に過ごしていた。
 気が付けば午後7時近く。
 まだ何処かに行きたそうなルフィに、ゾロが問う。
「お前、帰らなくていいのか?」
「イマドキ、門限7時なんて高校生、いねェぞ!」
「……悪かったな。ウチはそうだったんだよ」
 少しの押し問答は。
 ゾロのまた一緒に出掛ければいいだろ・の一言で決着が付いた。
 じゃあ連絡するから・と言った時に、ルフィが気付いた。



「そういやおれ、ゾロのケータイ知らねェ」
「……だな。おれもお前の知らねェや」



 お互いに顔を見合わせて。
 唖然としたのは、ほんのちょっと。
 側を女性のグループがにぎやかな会話をしながら通り過ぎる。
 その声が遠ざかって。
 お互いに吹き出した。
「……って、ゾロ〜?ケータイ知らねェのにどうやって連絡する気だったんだよー」
「うるせェ。お前だって納得してたじゃねェか。オラ、さっさと番号よこせ」
「うっわー。照れ隠しで怒んなよな」
 笑いながら殴り掛かる拳を避けて、携帯を取り出す。
 ゾロも出すのを見て、携帯をゾロへと向けた。
「赤外線、どこだ?」
「ねェぞ、そんなもん」
 返事にルフィは、へ?・と間の抜けた顔をして。
 それから改めてゾロの携帯を覗き込み。
 そして、思わず声を上げてしまった。
「旧ッ!ゾロ、それ何年前の機種だ?!!」
 いきなり大声を出されて、ゾロは少し慌てる。
「うっせー!いいだろうが、まだ使えんだからよ!」
 慌てて引っ込めようとしたが、ルフィに手首毎掴まれてしまった。
 そのままルフィはゾロの携帯をまじまじと覗き込む。
「なぁこれ、バッテリー大丈夫か?あんま旧いとふくらむらしいぞ」
「え?本当か?」
「うん、クラスのヤツの親のがそうなって、すっげービビってショップ行ったらしいんだ」
「……今んとこ大丈夫だから平気だろ」
 さすがに不安になって手の中の携帯を見るが、今の所そんな気配はない。
 顔を上げて話を戻した。
「それより、番号」
「あ、そうだった。えーとじゃあどうすんだ?」
「お前の番号教えろ。今、かけるから。そしたら履歴から登録してくれ」
「ぅおー、メンドくせェ。なぁゾロ、ケータイ替えねェ?」
「……まだいい。いいからさっさと教えろ」
「ちぇー。まいっか。ええとな、090-XXXX-XXXXだ」
 訊いた番号をゾロが押す。
 その手の中の携帯を、ルフィは尚も懲りずに覗き込んでいたが。
 自分の手の中の携帯が鳴ったので、慌てて持ち上げた。
「あ、ちょっと待ってくれ。はい、もしもし!」
 ゾロに声を掛けて、慌てて出る。

 相手は無言だった。

「ん?おかしいな?もしもしー?おーい?」
 首を捻りながら電話に出るルフィを、ゾロは目を見開いて見ている。
 ルフィは携帯の画面を見て、眉を寄せてますます首を捻った。
「ちゃんと繋がってるよな?てか、コイツ誰だ?おーい、誰だお前?何か言えよなー」
 怪訝そうに喋るルフィを見て、ゾロは自分の手にしたままの携帯を見て。
「誰だってば!おい、イタズラか?なら切るぞ?」
 ルフィの表情が険しくなって行くのを見て。
 ゾロは。

 ゆっくりと自分の携帯を耳に当てた。



「……もしもし?」



 その声に、ルフィの動きが止まる。
 そして、ゾロの方を見て。


 ゾロが少し唖然と自分を見ていた。


「ルフィ?」





 携帯と目の前と、両方からゾロの声がした。





「ゾロ?」
 ぽかんと口を開けてゾロを見る。
 ゾロは呆れた様な困った様な顔をしていた。
「……何やってんだよ、お前」
 相変わらず両方から響くゾロの声に。
 ルフィは半ば呆然と答えていた。
「何って……、ゾロと電話してる」
 ゾロの耳にも、目の前と携帯の両方からルフィの声が届く。
 その惚けた声に、小さく吹き出した。
「そうか、おれもだ」
「え?」
 ルフィが目を見開くのを見ながら、ゾロは笑った。

「おれもルフィと電話してる」

 その言葉に。
 目の前の笑顔に。
 瞬きを1つしてから。


 ルフィも笑った。



「そっか!それはスゴイ偶然だな!」
「ああ、そうだな」
「ホントだなー!うん、おれたちスゲェな!」
「ったく、有り得ねェな。じゃあ切るぞ」
「おう!」
 笑って答えて手も振って。
 同時に携帯を切って。
 顔を見合わせて。
 そして。




 爆笑した。




 それはもう、行き交う人々が思わず振り返ってしまうぐらいの大爆笑だった。


「ばッ、ばかか、お前!!!何やってんだよ!!」
「何だよー、ゾロがさっさと答えねェからだろーーーッ?!!あー、おかしーーーッ!!!」
「ホント、有り得ねェ!今、かけるって言っただろうが!!!」
「ちげーよ!ゾロのケータイの旧さにビックリしてたんだ!」
「おれのせいにするな!!」
 駅の構内で。
 雑踏の中で。
 腹を抱えて大爆笑する2人に、周りは慌てて側を避けて行くが。
 そんな事、お構い無しで2人は笑ってどつき合っていた。
 中年のサラリーマンが如何にも迷惑そうな顔で一瞥して通り過ぎて行った。


 一頻り笑い合って。


「あー、笑った。あ・ゾロ、メールも教えてくれ」
「おう、いいぞ。今度はお前が送れ」
 今の番号を登録して、ゾロから教わったアドレスをそこに追加する。
 それから短いメールをルフィはその場でゾロに送った。
 受け取ったゾロはそのメールを見て、そして吹き出した。
 ヨロシクな!という短い一言の横に並ぶ、たくさんの顔文字。
「なんだよ、コレ」
「ししし!ゾロの旧いから絵文字表示出来ねェんじゃねェかと思ってさ」
「だから旧い言うなっつーの」
「なぁなぁ、やっぱ新しいのに替えようぜー?」
「お前のメールの為にか?メンドくせェよ、アホ」
 笑いながら軽くゴツいて。
 ゾロは携帯をポケットに入れた。
 ルフィはまだ笑っている。
「じゃあ、まっすぐ帰れよ」
「んー、も少し遊びてェのになー」
「……ダメだ。連絡入れるから」
「ゾロがそう言うんならしゃーねェか」
 口を尖らせて不貞腐れてみせるルフィの額を、ゾロが指先で弾く。
 ルフィは顔をしかめて痛がってから、笑った。
「じゃあ、またな!ゾロ!」
「おう、気を付けて帰れよ」
「ゾロもな!」
 片手を上げて答えるゾロに、ルフィは大きく手を振って。
 そして、反対方向に足を向けた。
 ルフィは東口へ。ゾロは西口へと。





 駅を出て家までの道程。
 ルフィはずっと携帯を握ったまだった。

 ゾロはポケットに仕舞っていたけれど。
 一緒にポケットに入れた手は、ずっと携帯に触れていた。




 どちらも楽しそうな笑みを浮かべたままで。












6th, FEB., 2010





お題で「携帯電話」と言うのを見かけて、思いついたネタ。
携帯はあちこちのお題にあるけど。
どれも書ききれる自信がなくてorz
なので、コレだけ書きましたのさ〜w

ルフィは新機種が出たら次々と乗り換えそう。
ゾロは旧い機種をいつまでも使ってそう。
そんなイメージがあるなー。
写メとか絵文字とか使ってないだろうなー<ゾロ



2010.2.6



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