地上の楽園・3






 夜も随分遅くなって、バイトを終えて帰って来た家の居間で。
 同居人が腹を抱えてうずくまっていたら、それは驚くのが当然だとは思うが。



「……何やってんだ、ルフィ」



 具合が悪いのか・と思うよりも先に、何やってんだと思ってしまったのは、相手が相手だからかもしれない。
 腹を抱えている以上、やはり具合が悪いのかもしれないが。
 けれど、どうしても『ルフィ』と『病気』という言葉が結びつかない。
 ルフィが相手なら、病魔の方が尻尾を巻いて逃げ出しそうな気がするのだが。


 それでも時として、現実は想像を超えるらしい。


「ゾロ〜。ハラ、ヘンだ〜〜〜〜」
 見上げてルフィが、涙目で訴えて来る。
 そしてまた、両手で胃の辺りを押さえて、ううう・と唸る。
 その様子を見て、漸くゾロの顔にも驚きが現れた。
「…………マジかよ」
 鞄を床に置いて、ルフィの側にしゃがみ込む。
 そして、口走った事はと言えば。
「お前がハラ痛いなんて、天変地異の前触れか?」
「はぁ?!なんだよ、それーーーッ!!!」
 あまりの言い草に、ルフィも思わず跳ね起きて絶叫を上げた。
 が、その直後、やはりまた胃を押さえて呻き出してしまう。
 その様子に、どうやら本当に調子が悪いらしい・とゾロも思い直した。
 改めてルフィの顔を覗き込む。
「痛ェのか?」
「うーん……痛ェっていうか、ヘンな感じだ」
「ヘンてどんなだ。ズキズキとかギリギリとか」
「そうじゃなくて……うげーっていうか、ぐえーっていうか、もげーっていうか……」
「……解んねェぞ、それ」
 その表現で解れと言う方が無謀な気もするが。
 眉間を押さえるゾロの前で、またルフィは唸り始める。
 見る限りは、やっぱり調子が悪そうで。
 ゾロは首を捻って考える。

 ルフィが押さえてるのは、丁度胃の辺りだ。
 胃の調子が悪いのなら、原因は食べ物か精神的な物だろう。
 でもまさか、ルフィが精神的な理由で胃を痛めるなんて考えられないから。
 じゃあやはり理由は、食べ物か。

「ヘンなモンでも喰ったか?」
「えええ?フツーのモンしか喰ってねェぞぉ」
「じゃあ、食い合わせでも悪かったのか?天ぷらとアイス一緒に喰ったとか」
「天ぷらもアイスも喰ってねェーーー」
 半泣きで答えるルフィに、ゾロは増々首を捻る。

 今、冷蔵庫に痛んだ物は入っていない筈だし。
 賞味期限の切れた物も残っていない筈だし。
 ……そもそもこの家では、賞味期限が切れるより先に食べ尽くされているし。

「夕飯、何喰ったんだ?」
 ゾロは大学から真直ぐバイトに行ったから、ルフィが今日、夕飯に何を食べたか知らなかった。
 もしかしたら、そこでヘンな物に手を出していたのかもしれない。
 一応、確認しようと思ってそう尋ねると。
「ラーメン」
 返って来た答えは極真っ当で、じゃあ、他に原因が・と思いかけた瞬間。


「3杯。大盛りで」



 続いた一言に、顎が落ちた。



「そしたら店長のおっさんが、おれの食べっぷりが気に入った・ってギョーザとチャーハンも付けてくれて」
「嫌がらせだ、それは!!!」
 更に続いた言葉に思わず怒鳴り返したが。
「ええ?玉子とメンマとモヤシもサービスしてくれたぞぉ?」
「客を殺す気か、その店は!!!」
 もっと続いた言葉は、サービスと言うよりは悪意の方が正しいんじゃないかと思わせる内容で。
 本当にサービスだったとしたら、それはそれでどういう神経なのか疑いたくもなるが。
 とにかく、その話でルフィの変調の理由は十分に見当が付いた。



 と思ったのだが。



「んでー、帰って来てから」

「………………は?」
 また更に続く言葉に、間の抜けた声が出た。
 まさか・とは思ったが。
 腹をさすりながらルフィか続けて言った事は。
「ゲームしてたらコバラが空いて来たから、ポテチ喰って」
「……何で空くんだよ」
 呆然と呟いた疑問はルフィには聞こえなかったようで。
「したら喉が渇いたからコーラと牛乳飲んで、ついでにリンゴとニマメとアンパン喰って」
 その飲み合わせも何だか嫌な感じだが。
 ふと居間を見ると、確かにポテトチップスの空袋とやはり空のペットボトルが転がっていて。
 更にテーブルにはバナナの皮が数枚重なっていて。
 ちなみに、ポテトチップスは大袋の方だったりするが。

 改めて確認した状況に、口元が引き攣った。

「んで、バナナと塩せんべいとヨウカンも美味そうだったから喰っただけだぞー」
 そうとは知らずに、ルフィが呑気にそう続けて。
 そこまで来ればもう、原因は言うまでもなく。
 余りの間抜けっぷりに、ブツリと理性が切れる音を聞いた。



「食い過ぎだ、このアホ!!!!」



 怒鳴って手加減抜きで殴り飛ばしてしまったが。
 当の本人は、自覚が無い様で。
「えええ?!そんなに喰ってねェぞ?!」
「どこがだッ!!!そんだけ喰えば胃もたれして当然だ!!!」
「そっかぁ?フツーだと思うけどなー」
「普通じゃねェよ、このバカッ!!!!」
 怒鳴ってみてもルフィは首を捻るばかりで。
 ゾロの方が疲れて脱力してしまう。
 深く溜息を吐くと、頭を抱えて呻いた。
「……胃薬でも飲んで寝ろ。そうすりゃ治る」
 呆れ切ってそう言い捨てると、ルフィが困った様に顔を上げた。
「胃薬なんて持ってねェよ」
「なんで無ェんだよ!!」
「だって飲んだ事ねェし」
「……どういう胃袋してんだ、てめェは」
 確かに大食漢なのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
 顔を上げたルフィがまた胃を押さえて切ない顔をする。
 唸るその姿に、もう1度ゾロは溜息を吐いて。
 そうして、立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」

 一言そう言い残して、戻るまでほんの僅か。

「ホラ」
 戻ったゾロがルフィに錠剤を2粒差し出す。
 ルフィは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんだ、コレ?」
「薬以外の何に見えるっつーんだよ」
「……なんの薬だ?」
 眉を寄せたまま、ゾロの掌に乗っている錠剤に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。
 見慣れない物に対する犬のような反応に、ゾロは苦笑した。
「ヘンなモンじゃねェ。……あー、ウチに伝わってるハライタに効く漢方だ」
「効くのか、これ」
 ルフィが目を見開く。
 手を伸ばすと、錠剤にちょい・と触れた。
「おう、効く。どんなハライタでもウソみてェに治るぞ」
「へー!すげェな、それ!!」
 目を輝かせてルフィは錠剤を手に取った。
 ゾロが立ち上がって、コップに水を汲んで戻って来る。
 そのコップを受け取ってから、ルフィは錠剤を喉に流し込んだ。
 飲み干してから胃を押さえて首を傾げる姿に、ゾロは笑う。
「直ぐには効かねェよ。1晩寝りゃあ朝には治ってる」
 そう言うと、ルフィは納得した様に笑った。
「そっか、じゃあ寝よう。ありがとな、ゾロ」
「おう、おやすみ」
「おやすみー!」
 笑って手を振って部屋に入って行くルフィを見て。
 ゾロがもう1度、深く溜息を吐いた事は言うまでも無い。









 そして、翌朝。







「おはよゾロー!ハラ減った、朝飯ーーーッ!!!」
 元気よく部屋から飛び出して来たルフィに、ゾロは振り返る。
 首を傾げて、ルフィの様子を見て。
 昨夜とは打って変わって元気な姿に、大丈夫かとは思いつつ確認をする。
「お早う。ハラはなんともねェか?」
「おう!平気だ!!」
 威勢良く返事をして、嬉しそうに歯を見せて笑う。
「ゾロの薬のおかげだ!ありがとな!!」
「……おぅ、構わねェよ」
 答えている間にも、ルフィはみそ汁の鍋を覗き込む。
 その額をゾロは軽く叩いた。
「すぐ出来る。先に顔、洗って来い」
「わかった!」
 返事をして走って行くルフィの背中を見送って。
 そうして。
 ゾロは眉間を押さえ呟いた。



「…………なんでビタミン剤でハラが治るんだよ」



 ボソリと零れた一言が、ルフィに届く事は無く。
 良くなったんならまぁいいか・と自分自身を納得させて。



 そして今日も、何時も通りの賑やかな1日が始まる。













17th, MAY, 2009





マルチ○タミンで胃もたれは治りませんがな。
単なる新陳代謝だと思われる。
あれだけ食べても、ルフィなら1晩で消化するってのー。

病も気から。
腹も身の内。

ビタミン剤をゾロが持ってる理由は。
どうせあんたは米と酒以外は口にするの忘れるんだから、
せめてこれぐらい飲んでなさい・って母親が送ってくれるから。
ニマメも母が送ってくれたものだ。
他にも簡単な食料とか送ってくれるいいヒトだ。
米炊き名人でもあるらしい。



2009.5.17



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