地上の楽園・2












 
 『 もし、明日世界が滅ぶとしたら、あなたはどうしますか? 』












 余りにも唐突な問いだったから、唖然と口を開けて目の前の相手を見据えてしまった。
 問いを発した相手は、解ってるのか解っていないのか、何時もと変わらない顔で。
 だから余計にまじまじとその顔を見てしまう。

 言葉が出て来るまでには、結構な時間がかかった。

「どうって……どうよ?」
「うん。どうする?ゾロ」
「どうするってなぁ……」

 頭をがりがりと書いて眉を寄せる。
 ルフィは目の前で首を傾げて。
 エースが置いていったコタツに入って、みかんとスナック菓子とつまみの珍味を山のように積んで。
 テレビのバラエティ番組をBGMに向かい合わせに座って、他愛の無い話をしていた気がするが。

 何のきっかけでこんな質問が出て来たのだろうか。


 ……そのきっかけは思い出せないが、期待に満ちた顔には応えておいた方がいいのだろう。恐らく。


「…………そうだな。取りあえず」
「うん?」
 切り出すと笑顔がずい・と身を乗り出して来る。
 ゾロはうん・と一つ頷いて続けた。
「有り金持って、一番高くて旨い酒をありったけ買って来るか」
「えーーーッ?!!ちょっとつまんねェぞ、それ」
 間髪置かずルフィが不満の声を上げ、ゾロはむっとした顔になる。
「じゃあ、そういうてめェはどうなんだよ」
「そりゃあ!!…………ぇえっと」
 眼飛ばしつつそう切り返され、ルフィは勢いよく答えようとして、言葉に詰まった。
 そのまま明後日の方を見上げ。
 そして腕組みして首を捻って。
「………………肉、山盛り?」
「……そら見ろ」
 ある意味、予想に違わない答えに、ゾロは深く溜息を吐く。
 ルフィはちょっと困ったように笑いながら、頭を掻いて。
 それから不意に手を打った。
「ああ!でも、金は持ってかなくてもいいと思うぞ!」
「?何でだよ?」
「だってさ!今日で世界が滅ぶってのに、商売するヤツなんていねェんじゃねェか?」
「……それもそうか」
 思わず納得してゾロは頷いた。
 ルフィは5倍増の笑顔になって、あらぬ方を見る。
「じゃあ、肉、喰い放題だなーーー。いーなー。どれだけ喰ってもタダだもんなーーー」
 世界が滅ぶと言う日にやる事がそれでいいのか・と思わなくもないが。
 ゾロだって似た様なものだろう。
 コタツに頬杖を付くと、口の片端を上げた。
「新潟辺りに行きゃあ、いい酒蔵があるよな」
 その呟きにルフィがからからと笑う。
「きっとゾロと同じ考えのおっさんが一杯いるぞー」
「うるせ。いいじゃねェかよ、酒盛りできるしよ」
 コタツ越しに能天気な笑顔を引っ叩いて。
 それからふとゾロは真面目な顔になった。
「お前……いいのか?エースに会いにいかなくても」
 その問いにルフィはきょとんと目を見張った。

 ゾロがエースに会ったのは、エースが連休を利用して遊びに来た時の1度きりだ。
 それでも、ルフィとエースが本当に仲の良い兄弟だと言う事は良く解った。
 そのエースに、世界が滅ぶんなら会いに行きたいんじゃないんだろうか・と思ったのだが。

 ルフィはきょとんとしてから、あっけらかんと笑った。
「ベツに電話でいいって。わざわざ会いに行かなくってもさー。エースも多分、2人っきりで過ごしたいヤツがいるんじゃねェの?」
「あ…そうなのか?」
「おう、きっとな。そんな感じしたしよ」
 でもコイツの感は当てにならねェよな・とゾロは胸中で呟く。色事に関しては特にそうだ。
 そんな事を思っていると、今度はルフィの方が身を乗り出して来た。
「そういうゾロは?親とか会いに行かねェのか?」
「ウチの親?……行かねェ方が無難だろ」
「へ?なんで?」
 意外な答えにルフィは目を丸くした。

 ゾロが両親を気にかけているのは良く知っている。年の離れた親子だから、何かと心配らしい。
 電話をしている時の表情から、ゾロが両親を大切にしている事は簡単に伺えた。
 親からもとても大切にされている事も、傍から見ていても良く解るというのに。

 驚くルフィにゾロは片手で顔を覆った。
 その顔がほんのりと赤い。
「あー……ウチの親な、息子のおれから見ても恥ずかしくなるぐらい熱愛なんだよ。だから、最後の日ならおれがいない方が却って親孝行だろ」
「あ」
「おれが産まれるまで10年以上かかってるから、何時までも新婚気分だったんじゃねェの?…ったく、何やってたんだか、何もやってなかったんだか……」
「あー……」
 その言い回しに思わずルフィも赤面して。
 それから改めて笑い出した。
 ゾロが顔を上げる。
「おれらさー。世界最後の日でも肉と酒しか考えてねェなー」
 その言葉にゾロも笑った。
「だな。……まァ、らしくていいんじゃねェか?」
「それもそうかな。でも、サンジはナミと思い出作りだろうし、ウソップもカヤと一緒だろ?」
「そう言われちまうと、何だか情けねェな」
 顔を見合わせて一頻り笑い合うが。
 かと言って、無理矢理にでも会いたい相手も居ないし。
 色気も何も無い方が、自分達らしいのかもしれない。
「でもさー。せめて行きたいとこぐらいねェ?」
 笑いながらルフィが言って、ゾロも苦笑する。
「飛行機も電車も動かねェんじゃなぁ。徒歩か精々チャリだろ?すっげェ近場限定じゃねェか」
「うっわー、つまんねェー。じゃあ、やりたい事とかは?」
「やりたい事っつっても、1日しかねェんじゃ…………あ」
 不意にゾロが言葉を区切った。
 そのまま真顔になって、動きを止めてしまう。
 唐突な反応に、ルフィも驚いてしまった。
 何かを思いついたかのように黙り込んだゾロを、怪訝そうに覗き込む。
「ゾロ?」
「あ……あぁ、悪ィ。だが……そうか、1日しかねェんなら」
「うん?」
 首を傾げると、ゾロが顔を上げた。
 真直ぐに前を見据える瞳は、今までと打って変わって真面目な物で。
 そのまま小さく頷いて言った。

「学校、行って来ねェと」


 ルフィにとって、全くの予想外の言葉を。


「ゾ、ロォ?授業なんてやってねェだろ?」
 意外すぎて普通のリアクションしか返せなかったが。
 それでもゾロは真顔で顎に手を当てる。
「ああ、授業じゃなくてよ。……やりかけの課題があるんだ。あれ、仕上げてェから」
「課題?!」
 更に予想外で、唖然としてしまったが。
 ゾロは本気で考え込んでいる。
「……1日、か。時間ねェな……鋳物は諦めて、造形と溶接で…………まてよ、あそこのパーツは造らねェと……いやでも時間が……仕方ねェ、何か代わりになりそうなモンは…………」
 ブツブツと考え込むゾロを口を開けたまま覗き込んでいたが。
「えーと、ゾロ?課題作っても、先生見てくれねェと思うぞ?」
 そもそも評価してもらう意味すらないと思うのだけれども。
 そんなルフィの危惧を気にも掛けずに、ゾロは考え込んだまま。
「あァ?いや、いいんだ評価はどうでも。作りかけってのが気に入らねェだけだからよ……いやだめだ、間に合わねェ。くそ、妥協はしたくねェのに……やっぱり」
 腕組みをして本格的に考えに浸ってしまったゾロを、ルフィは唖然として覗き込んでいたが。
 ややあって、その顔に笑みが浮かんだ。
 すごく納得した様な笑みが。

 ゾロは、評価してもらうためではなく自分が納得するために、最後の日まで制作に打込もうとしているのだ・と解ったから。
 それはとても、ゾロらしい選択だと納得したから。

 当り前のようにルフィは言っていた。



「じゃあ、おれも一緒に行こう!」



 何時ものように、全開の笑顔で。

「は?い、いや大学構内は、部外者立入り禁止だぞ?」
 今度はゾロが驚く番だった。
 思わず返した極在り来たりの言葉には、底抜けの笑顔が答える。
「最後の日にそんな事気にしてるヤツなんていねェよ。うん、そうだ。ゾロが制作してるトコ、まだ見せてもらったことねェもんなー。世界が無くなる前に見とかねェと!」
 楽しそうにそう言われて、狼狽してしまう。
「なっ、だ、だから、見る程のモンじゃねェって言ってるだろ!!危ねェし、火傷すっかもしれねェし」
「じゃあちょっと離れて見てる。あ!そうだゾロ、米炊いてくれよ!おれ肉焼いて、肉弁当作って持ってくからー!」
「いや米ぐらい炊くけど、そうじゃなくて」
「よっしゃー、決まりだなー!!ししし、楽しみだなァ。ゾロの制作現場見るの、初めてだもんな!!」
「……おれのは見せれる様なモンじゃねェんだっつーの」
「そうか?鉄、焼いたり曲げたりくっつけたりすんだろ?面白そうじゃねェか」
 どう言っても目の前の笑顔が崩れる事は無いと悟って、ゾロは溜息を吐いた。
 面白いとか面白くないとかそれ以前に、他人に見せれる様な物ではないと思うのだが。
 そもそも、鉄の溶接とかもするのだから、危険な事は間違いないのだし。
 そう思って苦悩していると、ルフィは笑顔のまま身を乗り出して来た。
「ゾロもその方が嬉しいだろー?」
「……何でだよ」
 眉間を押さえながら聞き返すと、ルフィは笑顔のままで言った。



「だって、ゾロの作品が出来たらおれが観客になれるじゃねェか」



 思いがけない言葉に、弾かれたように顔を上げた。
 ルフィが歯を見せて笑う。

「ウソップがさ、前に『アーティストは観客の拍手のためにガンバるんだ』・って言ってたからさー」
 にこにこと。
 それはもう、曇りの欠片も無い笑顔で。
「ゾロも、作品が出来上がったら見てくれる人がいた方が嬉しいだろ?」
 繰り出される言葉は、紛れも無い本心。

「だから、おれがゾロの観客になるからな!」

 そう言って、またルフィは笑った。
 余りにも迷いの無い笑顔に、ゾロの方が困惑した。
「お……前、それでいいのか?」
「ん?何がだ?」
「いやだからよ……」
 目を輝かせて聞き返されると、どうにも言葉に詰まるが。
 困ったように乱暴に頭を掻きながら、ゾロは問い直す。
「世界最後の日だってのに、おれの制作なんかに付き合ってていいのかよ?」
 そう尋ねても、ルフィは楽しそうな笑顔のまま。
「モチロンだぞ!!おれ、ゾロの作品見たいし、それにゾロと一緒なら楽しいからな!!」
「いや……楽しいかどうかは」
「楽しいぞ!!おれが言うんだから間違いねェ!!!」
 どうしてそこを力説するのかが疑問なのだが。
 けれど、こんな底抜けの笑顔で断言されると、どうにも反論し辛く。
 あー・とか呻いて、もう1度頭を掻いたりしたが。

 まぁ。


 コイツがそう言うんなら、それでいいか・と。


 何処か奇妙に納得できる自分がいるのも確かだから。

 ゾロはルフィと視線を合わせ直して、笑った。
 照れ隠しの様な、ちょっと苦笑混じりの笑顔で。
「じゃあ、気合い入れねェとな」
「おう!ガンバレ、ゾロ!おれ、応援するからな!!」
 拳を振り上げて笑うルフィに、ゾロも笑い返した。













 本当に、明日、世界が滅ぶワケではないのだけれど。
 仮にそうなったとしても、2人でなら笑っていられるような気がした。








30th, DEC., 2008





世界最後の日でも食い気に走る2人らぶw

ゾロは、現代パラレルだと苦労人設定を良く見かけるので。
逆に愛されて育ったぞ設定にw
でもー、熟年らぶらぶ夫婦に当てられて育ったんだから、
ある意味苦労したんだろーなー・とも。

そして、なんと。
『  美 大 生  』!!!
立体造形専攻。しかも、作品は『鉄』で作成。
石の彫刻とどっちにするか迷ったけど、鉄の方がイメージかな・と。
ウソップとは同期。ウソは絵画専攻でルフィとは幼馴染。
ルフィが同居人探し始めた時に、ゾロを紹介したのもウソップ。
んで、ゾロとウソップは、直接会ったのは大学入ってからだけど、
高校の頃から作品を通してお互いの事は知っていたりする。



2008.12.30



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