Faithfully














 その日も、雪が降っていた。












 ドラムは冬島だったから、雪が降らない日の方が珍しかった。
 だから、その日も当然のように雪が降っていた。
 真っ白な雪が、淡いグレーの雲に覆われた空から静かに降り注いでいた。


 ヒルルクに問われたのは、チョッパーの誕生日。
 でもチョッパーにはその記憶が無かった。
 トナカイはそんな事に拘ったりしなかったから。
 だから、解らない・と答えた。

 そうしたらヒルルクは笑って言ったのだ。



「なんだ、解らねェのか。じゃあ、今日にしよう!」



 明るい笑顔でそう言われて、心底驚いた。
 誕生日とは産まれた日の事なんだから、そんな事を勝手に決めていいのかと思った。
 でも、自分に向けられる笑顔が曇る事は無く。


「構わねェさ。だって、おれたちが出会ったのは、ちょうど1年前の今日なんだぞ?」


 窓の外に降り積もる雪。
 暖炉の中で明々と燃える炎。
 揺るぎの無い瞳と優しい笑顔。


「あの日、おれと出会ってお前は、ただのトナカイの子供からおれの息子のトニートニー・チョッパーになったんだ。そういう意味じゃあ、今日は間違いなくお前の誕生日だよ」


 そう言って笑う、その心遣いが嬉しくて。
 頭を撫でてくれる手が優しくて。
 向けられる笑顔が温かくて。


 堪らなくって、思わず飛びついていた。




 外では何時もの様に雪が降っていた。




 初めて会った日も。
 名前をくれた日も。
 誕生日をくれた日も。

 そして、永遠の別れを迎えた日も。

 何時も、雪が降っていた。
 真っ白な雪が、ただ包み込む様に降っていた。
 ただただ静かに。
 いつまでもいつまでも。




 降りしきる小さな雪片。
 それを見上げて、チョッパーは目を細める。
 あの時と同じ雪。
 でも、あの時とは違う雪。
 自分を包み込む雪は不思議と温かく。
 触れても優しく輝くだけ。

 ……冷たくない雪もあるんだな。

 音も無く降る雪を見ながらそんな事を思う。


 けれど。


 ふと気が付く。
 それが、只の雪ではない事に。
 見慣れた真っ白な雪ではない事に。

 降りしきる雪はほのかに色付いている。

 白では無い色。
 淡く。薄く。
 ほんのりと染まった色。
 チョッパーが出を伸ばすと、ふうわりと雪は舞い上がった。


 それを見て目を丸くして。














 そして、チョッパーは目を覚ました。



















 意識が覚醒するまでの時間は少し。
 聞き慣れた潮騒と身体に感じる揺れに、ここが何処か思い出す。
 見渡せば見慣れたサニー号の医務室の中。
 開いたままの医学書に目を落として、チョッパーは小さく息を吐いた。

 どうやら、うたた寝していたようだ。

 医学書に付いてしまった小さな折り目を慌てて伸ばす。
 それから改めて、2つあるドアの片方へと視線を向けた。
 医務室から通じるドアは2つ。
 1つは外へと通じ、もう1つはキッチンへと繋がっている。
 今、チョッパーが視線を向けたのは、キッチンへと繋がっている方だ。
 そのドアの向こうからは、なにやら忙し気な音が鳴り響いている。
 キッチンを持ち場とする仲間が、昼の宴の準備に忙殺されているのが手に取る様に解って。
 チョッパーは少しだけ苦笑してしまった。

「……フツーでもいいんだけどなぁ、おれ」

 今、医務室にはチョッパー独りきり。
 端的に言えば、軟禁されている。
 サンジがキッチンで忙殺されているように、他の皆も甲板で忙しい思いをしてる筈だ。
 今日の、宴のために。



 チョッパーの誕生日を祝う為に。









「おおおい、ルフィ?!!お前っ、それデカすぎだろ!!!」
「ん?そうでもないぞ」
「そんなワケあるか!!!どう見たって掌サイズじゃねェかよーッ!!!もっと小さくしろって!!!」
「ちぇー。細けェなぁ、ウソップはー」
「そうじゃねェだろ!!!そんなデッケェ花びらがあるかって言ってるんだよーッ!!!!」
 ウソップに怒鳴られて、しぶしぶルフィは今自分で千切った紙を手に取り直した。
 改めてその紙を更に小さく千切り直し始める。
 その様子に安堵したウソップは、次の瞬間またもや絶叫をあげるハメに合う。
 今度はブルックの手元を見て。
「ブルックーーーーーッ?!!お前は何でそんなに細かくちぎってるんだよーーーーッ!!!!」
「おや、いけませんでしたか?小さい方が宜しいのかと」
「小さいっても限度があるだろーがッ!!!かすみ草の花びら作ってるんじゃねェんだぞ!!!」
「ヨホホホ。それは失礼」
 笑って誤摩化さないでくれ・と内心泣きたくなる。
 ブルックの手元には、最早細切れとしか言いようが無い、小さな紙の山。
 大雑把過ぎるルフィと、細か過ぎるブルックと。
 もしかして、人選を間違ったか・と思いもしたけれど、既に後の祭りだろう。

 男部屋の中は、宴のメインになる仕掛けの準備で大忙しだ。
 大きな仕掛けをウソップとフランキーが急ピッチで作っていて。
 その仕掛けを吊るすロープをゾロが準備している。
 傍らではルフィとブルックが花びら作りに励んでいて。
 キッチンに篭りきりのサンジを除く全員が作業に掛かっている。
 だから、人選的にルフィとブルックしか花びら作り担当を任せれる者はいなかったのだけれど。

 片方は大きすぎてメモのような花びら。
 一方は小さすぎて砂塵のような花びら。


 ……どうしてこの中間の物が出来ないのか・と天を仰ぎたい気分になってしまっても仕方の無い事だろう。


 この仕掛けの発案者であるウソップが、我が身の不幸を嘆きかけた時、ドアが柔らかくノックされた。
 笑顔で入って来たのは、ロビンだ。両手に紙の束を抱えている。
 薄い色に染まったその紙を見て、ウソップが顔を上げた。
「お!もう出来たのか?!」
「ええ、染める分はこれで全部よ」
「そうか、ありがとう!……しかし、まいったな」
 ロビンに礼を言って。
 それから改めて頭を抱えた。
 その視線を追って、ロビンはウソップの言わんとしている事に気が付いた様だ。
 ウソップの視線の先には、同じような紙の山。
 それはルフィとブルックの間に積み上げられていた。
 どうやら、作業が予定より遥かに遅れているらしい・と察して。
 ロビンは笑顔でルフィの傍に座り込む。
「面白そうね。私も手伝っていいかしら?」
「お?構わねェけど、でもおもしろくねェぞ?」
「おや、私は結構楽しいですよ」
 二者二様の返答に笑みで答えて、ロビンは紙を1枚手に取った。
 そうして楽しそうに笑いながら、作業を手伝い始める。
「ルフィ、その花びら、大きすぎない?」
「えー?ロビンまでそんな事言うのかよぉ」
「それに四角いままなのもどうかと思うわ」
「う…っわぁ。ロビンも細けェ……」
 小首を傾げながらの指摘にルフィが呻く。
 でも流石に不味いと思ったのか、もう1度紙を千切り直し始めた。
 その様子を見ていたフランキーが大きく笑い出した。
「そう文句言わねェでがんばれよ。大事な仲間の誕生日を祝う為のもんなんだぜ?」
「解ってる。……てか、チョッパーのためじゃなきゃやってらんねェよ、こんな事」
 ルフィは軽く口を尖らせる。手にした紙をヒラヒラと振って。
 溜息を吐いてから、ヨシッ・と気合いを入れ直して作業を再開した。
 出来上がる花びらはどうしてもちょっと大きめで、それでもルフィにしては最大限小さくしているのだろう。
 それが解るから、みんなそれ以上何も言わなかった。
 ウソップも苦笑一つ漏らしただけで、自分の仕事を再開する。
 この仕掛けの出来に、今日の宴の演出が懸かっているのだ。
 フランキーと2人で細かい所まで微調整を繰り返す。
 失敗は許されないのだから。




 チョッパーの誕生日に、桜吹雪を。




 そうウソップが提案し、全員が賛成して。
 そのための仕掛け作りが急ピッチで行われていた。
 本当は何日も前から準備をしようとしていたのだけれど。
 運悪くここ数日、敵襲やら時化やらで時間を割けずに終わってしまい。
 何の準備も出来ないうちに、今日と言う日を迎えてしまったのだ。

 宴を甲板で行う事にしたので、仕掛けはフォアマストに吊るす事になった。
 これが出来上がったら、会場の準備もある。
 やる事はまだまだあるのだ。
 昼までに終わらせないと、せっかくの『誕生日の宴』が『只の宴会』になってしまう。
 それでは余りにも何時も通り過ぎて、チョッパーに申し訳ないから。



 大切な仲間の産まれた日を祝うために。



 皆その想いで、頑張っていた。

「で、ナミはどうしたんだ?あいつ手伝わねェのかよ」
 ルフィの言葉にウソップが慌てて何か言おうとしたが、それより先にロビンが微笑んだ。
「ナミちゃんにはキッチンの手伝いに行ってもらったわ」
 その笑顔に、ゾロが唖然とした。
 嫌味は無いけれど、明らかに『只の笑み』ではないその顔に。
「お前……こんな時にまでそんな気を回さなくてもいいんじゃねェか?」
「あら、何の事?」
 クスクスと笑いがならロビンはふわりと能力で手を咲かせて。
 その手が一斉に花びら作りを始める。
「私がこっちを手伝った方が、効率が上がるでしょう?」
「おおーーーッ!!!スゲーーーーッ!!!」
 沢山の手が手際よく花びらを作って行く様子に、ルフィが歓声をあげる。
 一気に上がった作業スピードに、ウソップが驚いてからほっとした顔をした。
 これなら間に合うかな・と嬉しそうに呟く。
 ロビンはまだ物言いた気なゾロに笑いかけた。
「何ならそっちも手伝いましょうか?」
 自分の手元に現れたロビンの手を、ゾロは慌てて押さえつける。
「い、いや、おれはいい。それよりソイツらの面倒頼む」
「……了解」
 ロビンは笑ってゾロの手元の手を消した。
 不意にフランキーが声を上げた。
「おお?おいウソップ、ここの歯車ちぃっとばかし合わねェぞ?」
「何だって?!!どこだ、フランキー!!」
「こいつだ。ホラ、上手く噛み合わねェ」
「し、しまった!設計ミスか?!くそ、こんな時に!」
「こっちが少し小さいみたいだな。よし、すぐに作り直してやるぜ!」
「すまん、フランキー!頼む!!」
「スーパー任せとけ!!」
 ポーズを決めて答えるフランキーに手を振って、ウソップも作業に没頭する。
 ルフィとロビンとブルックは和気あいあいと花びら作り。
 ゾロは時々眉を顰めながら、ロープの準備を続けている。
 急ぎながらも楽し気に、準備は進んでいた。




 お昼までは、あともう少し。




 潮騒とそれに重なるキッチンからの音を聞きながら、チョッパーは薬の作り置きをしていた。
 何しろ怪我人が多い船だ。直ぐに使える様に傷薬は多すぎるぐらい作っておいたほうがいいのだ。
 キッチンからの物音に、ナミとサンジの会話が混ざっている。
 内容までは聞き取れないけれど、楽し気な声に、チョッパーの口元が綻んでいた。

 うたた寝をする前までは、少しだけ拗ねていた。

 準備をするから・と。
 主役をビックリさせる為の物なんだから・と。
 そう言われて。
 宴までここにいろ・と言われて医務室に押し込められた。
 飲物と簡単につまめる物を差し入れてはくれたけど。
 でも、寂しさは拭いきれるものではなかった。


 誕生日なのに、独りぼっちにされてしまった寂しさが。


 準備よりも一緒にいて欲しかった。
 仕掛けとかそんなの無くてもいいから、皆で笑い合う時間が欲しかった。




 皆と過ごす時間以上に嬉しい物なんて無いのに。




 それなのに独りにされてしまった事が、何だか寂しくて。
 自分だけがここに取り残されている様な、そんな気がして。
 せっかくの誕生日だというのに、気持ちは沈んでいたのだ。


 うたた寝をする前までは。


 夢に出て来たのは、懐かしい大好きな人。
 そして、その人から誕生日を貰った、暖かな記憶。
 温もりをくれて、名前をくれた人は、誕生日まで贈ってくれた。

 嬉しくて温かくて優しい、大切な思い出。

 急にお祝いが出来る様な蓄えは無かったから、何時もとそんなに変わらない食事だったけれど。
 それでも、パンにハチミツをたっぷりかけてくれたり、スープの具を多くしてくれたりと、ヒルルクなりに祝ってくれた。
 慣れない祝いに戸惑ったけれど。
 でも、ヒルルクに言われたのだ。

 何時もより少しだけ厳しい顔で。

「祝いってのは気持ちなんだ。だからそれを拒絶するな」

 覗き込む真直ぐな視線に目を見張った。


「いらねェって言うのは、こっちへの侮辱なんだぞ。祝う気持ちをいらねェって言ってるんだからな」


 驚き、そして慌てて飛びついた。
 泣きながら謝って、照れ臭かったんだ・というと、解ってると笑って抱きしめられた。
 もう1度顔を見ると、そこには何時もと変わらない笑顔があった。

 大切な、大事な初めての誕生日の思い出。



 それを思い出したから、もう寂しいとは思わなかった。



 今、皆は自分のために頑張ってくれている。
 自分の誕生日を祝うために。
 喜んでもらおうとして。

 そんなのいらないから・と言うのは、その気持ちを否定する事。


 それは仲間達の気持ちを踏みつけにするも同然だった。


 その事を思い出したから、今は寂しさを感じる事は無く。
 逆に、喜びと期待が小さな身体を満たしていた。
 仕掛けの内容については、当然だが聞かされていない。
 一体何を準備してくれているのだろう・と思うと、ワクワクした。
 そして、キッチンの物音に加わった、ナミとサンジの楽し気な声。
 サンジ1人だった時はただ慌ただしいだけだった物音が、2人の会話が聞こえ出したとたん気持ちを盛り上げるBGMの様にさえ聞こえ始めて。
 チョッパーの顔から笑みが消える事はなくなっていた。
 この後に待っている楽しい時間の事を考えると、どうしても気持ちが踊ってしまう。
 そわそわと時計を見る回数が増えて行く。
 期待を込めた眼差しで。
 嬉しそうに笑いながら。



 秒針が1回転する間に、何度も時計を見上げてしまう。
 1分1分をこんなにゆっくりだと感じたのは初めてかもしれない。
 手にしたままの医学書はページが捲られる事も無く。
 視線は何度も同じ箇所を上滑りして。

 3本の針が重なる瞬間をワクワクしながら待つ。


 その1秒1秒までもが嬉しくてたまらない。






 やがて、その期待が張り裂けそうな程に膨れ上がった時。






 ノックと共にドアが開いた。
 喜びで心臓が飛び上がってしまう。
 顔を出したのは、ルフィとナミ。
「チョッパー、お待たせ!」
「宴だぞ!!ほら、チョッパー早く来い!!!」
「…うん!!!」
 満面の笑顔で椅子から飛び降りた。

 飛びついてきたチョッパーを抱えてルフィが歩き出す。
 その横をナミが笑顔で歩く。
 2人共心無しか歩調が早い。
「すんげーごちそうだぞ!チョッパーの好物もいっぱいあったぞ!!」
「わたあめも?!!!」
「あはは、それもあったけど、他にもあるわよー」
「ぅわああーーー。楽しみだなぁ!」
 涎を垂らしそうなチョッパーの頭をナミが笑顔で撫でる。
 そうして辿り着いた甲板で、チョッパーが思わず歓声を上げる。
 そこには、これでもか・と言う程の料理が並んでいたのだ。
 そして、笑顔で迎えてくれた仲間達。

 青空と広い海をバックにして。
 降り注ぐ陽射しの中で。


 それは、目にした事が無い程の輝かしい光景に見えた。


「おめでとう!チョッパー!!」
「待たせたな!!準備はバッチリだぜ!!」
「テメェの好きなもん、山の様に作ったからな!!残しやがったらクソ承知しねェぞ!」
「悪かったな、独りにしちまって」
「おめでとうございます。ではまず歌いましょうか」
「いやその前に『これ』からだろ!」
 早速バイオリンを手にするブルックを、ウソップが慌てて止める。
 その手には1本の紐。
 ウソップは笑顔でその紐をチョッパーへと差し出した。
 ルフィの腕から降りて、チョッパーは歩み寄る。
 つぶらな瞳が大きく見開かれていた。
「なんだ?コレ」
 首を傾げて見上げれば、ウソップの笑顔と、その遥か上の不思議な物体。
 フォアマストに吊るされた『それ』が、今日みんなが朝から用意していた仕掛けなのだと見当は付いたが。
 木製の球体。その横には風車の様な羽根。下側の一角は格子の様になっていて。
 なんだろう・とチョッパーは首を傾げた。
 そのチョッパーの手に、ウソップは紐を持たせる。
 紐はその仕掛けに続いていた。
「おれ達からお前にプレゼントだぞ!さぁ、引っ張ってみろ!!」
 ウソップがそう言って笑う。
 見渡せばみんなも期待の篭った眼差しで見つめていて。
 頷くとチョッパーは手の中の紐を握りしめた。
 そして息を吸い込んで。

 気合いと共に、その紐を引っ張った。


 カコン・と何かが外れる音が、仕掛けから響いた。





 息を飲む静寂。





 そして。


 カタン・と音を立てて羽根が回り始める。
 最初はゆっくりと。
 徐々にスピードを上げて。
 カタカタカタカタと羽根の回る音が鳴り響く。
 そして、何かが外れる音が響いた。

 その次の瞬間。


「……ッ!!!」


 仕掛けから桜色の花びらが舞い落ちて来たのだ。
 花びらは下側の格子から零れ落ちて来る。
 羽根が回るのと同じスピードで格子の口が開閉し、そこから花びらは降り注いで来るのだ。





 何処までも抜ける様な青空に舞う桜吹雪。





 それは本当に幻想的な風景だった。


「すっげェーーー!」
「本当!!!キレイね!!」
 皆からも歓声が上がる。
 フランキーはウソップの肩を叩いた。
「大成功じゃねェかよ、ウソップ!」
「本当だ……!ううう、報われたぜ!」
「おう、良かったな!」
 花びらは降り注いでいる。
 格子が開閉する事により、一度に大量の花びらが出てしまわない様になっているのだ。
 風を受けた花びらが甲板に舞い散る。
 良く見るとその大きさは様々で、中には花びらとは言い難い形の物も混ざっていたが、でもそれもご愛嬌だろう。


 青空と大海原に舞う桜の花びら。
 潮騒と風に乗って。
 陽光を弾きながら。


 暫し全員がその光景に見入っていた。


「…………ァ」
 不意にチョッパーの口から零れた言葉に、皆が驚いて振り返る。
 そして、更に驚くことになった。

 見開いたチョッパーの目から溢れる大粒の涙に。

「チョッパー?!!ど、どうしたの?!!」
「お、おい、ウソップ?!!チョッパー泣いちまったぞ?!!」
「ななな、なしたチョッパー?!!」
「ちっ、ちが……ッ!!!おれ、うれし……ッ!!!」
 慌てて覗き込んで来るみんなに、チョッパーは懸命に首を振る。
 小さな蹄が零れる涙を振り払う。
「夢…っ、夢でみたのと、同……ッ!雪……桜…………っ!!!」
 しゃくり上げながら必死で口にする。
 声を詰まらせながら。
 泣きながらでも、笑顔を浮かべて。
「夢?」
「う、うん…ッ。夢、見たんだ……!こんな桜……っ、ドクタと…ッ、一緒に……!!!」
 切れ切れの言葉に、それでも皆見当がついた。
 チョッパーが見たと言う夢の内容に。
 それ故の、チョッパーの涙の意味を。

 優しい沈黙が花びらと共に舞い降りる。

 そっと跪いたナミが、チョッパーの背を撫でてやる。
 ロビンが優しくその頬を拭った。
 ルフィが肩を叩く。
 ウソップは帽子を持ち上げて、頭を撫でてやった。


 チョッパーは涙を零しながらも、本当にうれしそうに笑った。







 夢を見た。
 うたた寝の間の一時の夢を。
 夢の中で雪が降っていた。
 降りしきる雪は何時しか色付き、桜吹雪となっていた。

 それをヒルルクと一緒に眺めていた。



 優しくて暖かな時間。



 その夢と同じ光景を見ている。
 今度は仲間達と一緒に。
 この大海原で。


 夢の様な、でも夢じゃない時間。


 舞い散る花びらの彼方の、何処までも蒼い空。
 その青空を満たす目映い輝き。
 彩りを添える白銀の雲。
 歓喜の歌声の様に響き渡る潮騒。

 その中を舞う沢山の花びら。




「   ・・・おめでとうな、チョッパー!!!   」




 天からヒルルクの祝福が聞こえた気がした。










 ぐい・と涙を拭って、チョッパーは皆に笑いかけた。
「へへ。嬉しすぎて泣いちゃった。ありがとう、みんな!」
 少し照れ臭そうに笑うチョッパーに、ウソップがホッとした顔をする。
「驚かせるなよな。なんかマズかったのかと思ったぞ」
「うん、ごめん。こんなの考えてなかったからすっげェ嬉しい」
「ししし!そうだろー!!ウソップはビックリする事、考えるからなー!!」
 ルフィが笑って、皆も顔を綻ばせた。
「オラ、宴だろ?!クソさっさと音頭とりやがれ!せっかくの料理が冷めちまう」
「おぅ!ほらみんな、始めっぞーーーッッ!!!」
「よしきた!!!」
 サンジに毒づかれて、ルフィが慌てて声を掛けて。
 そして皆がテーブルへと集まる。
 中央の一際大きなケーキに、チョッパーが目を輝かせた。
「スッゲーーーーーーッ!!!」
「クソ当然だろ!チョッパー、おめェは主役だからな!このケーキ、好きなだけ喰っていいぞ!」
「ホントかーーーッ?!!!やったーーーーーッ!!!!」
「えええ?!!サンジ、おれの分は?!!!」
「あんた、主役からケーキを奪う気なの?!!」
 絶叫を上げたルフィがすかさずナミにどつかれる。
 何時もの風景に一斉に笑いが起こった。

 ケーキに灯ったロウソクをチョッパーが吹き消す。
 明るい陽射しの下だったけれど、十分に盛り上がった。
 そして皆が飲物を手にする。
 ルフィが一際嬉しそうに笑って。
「えー、では!!」
 青空に響き渡る晴れやかな声。


「おれ達の船医、トニートニー・チョッパーの誕生日を祝って!!!」





「乾杯ーーーーーッ!!!!」





 偉大なる海に歓喜の声が響き渡る。

















 世界は光を湛えて何処までも輝いていた。












24th, DEC., 2008





もうちょっとドタバタさせようかとも思ってたけど。
取りあえずはこの程度で。
チョッパーだから、ホノボノ系がいいかなぁ・とね。
おめでとう、チョッパー!

あ・仕掛けは風で動いてます。
球体の二重構造で、中側は格子と同じ幅の隙間が開けてあって。
羽根と連動して回って、隙間から花びらが落ちる様になってる。
・・・・のだけども。
本当に上手く作動するかはちょっとナゾw
ウソップとフランキーの設計が良かった・と言う事で。



2008.12.24



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