TIME after TIME






 何処までも高く澄み渡った青空と。
 彼方へと行き過ぎる白く輝く雲と。
 潮の香りを孕んだ心地の良い風と。
 飛沫を上げて船を未来に運ぶ波と。

 暖かな陽射しで満たされた甲板に。


 そんな最高の日和とは裏腹な顔をした男が2人、向き合っていた。


 互いに胡座をかいて、向かい合って座って。
 ゾロは眉間に皺を寄せ、その顔を片手で覆って半眼のまま。
 対すルフィは、口をへの字に曲げ目を眇めて腕組みをして。
 そのまま両者譲らずと言った雰囲気で睨み合う。

 晴れ渡った空と無縁の風景がそこにあった。



 暫く無言の2人の横を潮騒が呑気に駆け抜けていたが。
 その均衡をゾロが大きな溜息で崩した。
 はぁっ・と腹の底から吐き出された息に、ルフィの目が更に細められる。
 そして。

「あのな、ルフィ」
「ナシだぞ、ゾロ」


 口を開いたのは同時だった。


 全く同時に放った台詞に、ゾロが一瞬固まる。
 ルフィはむぅ・と呻いて胸を反らした。
 ゾロも直ぐに立ち直ると、片手を膝に付いて身を乗り出す。
「無しって……お前、人の話を聞けよ」
「ダメなもんはダメだ。断るのもダメ。お前、シツレイ」
「……だからさっきからそればっかり言ってねェでなぁ」
「なんでだよ。ゾロ、嬉しくねェのか?」
「…………何をどうすれば喜べるんだ……」
「えーーーッ!!!だから何でだよ!!!」
 がっくりと項垂れたゾロに、ルフィは叫んだ。




「誕生日プレゼントにおれをやるぞ・って言ってるのに!!!!」




 ゾロの頭が容赦なく甲板にぶつかった。
 力説した姿勢のままで、ルフィはそれを見て。
 への字の口を更に曲げてソロの頭を叩く。
「ゾーローーー?!!!なんだよ、その反応は!!!」
 叩かれてもゾロは起き上がれない。完全に脱力している。
 そのまま指先が甲板を引っ掻いて。
 そして、呻く様な声が言った。

「………………いらねェっつってるだろうが……」

「だから、なんでだよーーーーッ!!!!」
 拳を振り上げたルフィの咆哮が青空に響き渡る。


 それは、朝から延々と繰り返されている会話だった。













 一番最初は、朝食の席。


「ゾロッ!!!!今日は誕生日だからおれをやるぞ!!!!」
「………………は?」

 朝っぱらから意味不明の事を叫んで隣に座ったルフィを、ゾロはたっぷり30秒は凝視してしまった。
 その顔は常に無い程の上機嫌。顔の半分は口だろと言いたくなる様な全開の笑顔。
 周りの皆は笑って見ているだけ。
 正直に言って、訳が解らない。
「……なんだそれは」
 まだ半ば呆然としながらそう問い直すと。
 目の前で満面の笑顔が答える。
「だから、誕生日プレゼントだ!!!おれ今日1日ゾロのもんだぞ!!!」
「……お前がおれのモンってなんだよ。意味解んねェぞ」
「そのまんまだ!今日のおれはゾロのもんでゾロのシモベだからな!嬉しいだろー!!」
「…………何でだ。しかも、どうしろっつーんだよ」
「ん?どうしてもいいぞ!!今日はゾロの言う事、何でも聞くからな!!!」
「は……ぁ、何でも、ねェ…………」
「おう、何でもいいぞー!!ドンドン言いつけてくれ!!!」
 そう言って、わくわくした顔で見つめて来る。
 期待に目を輝かせて、ずいっと顔を覗き込まれて。
 ゾロは、却って困った様に身を引いた。
 思わず右手で頭を掻いてしまう。


 『何でも言う事を聞く』と言われた所で、どうしろと言うのか。

 苦悩する目の前で、全開の笑顔は曇らない。
 目を大きく見開いて、期待に輝かせてゾロの言葉を待っている。


 何だか、遊んで欲しくて待っている犬みたいだな・と思った所で、ゾロは一つ息を吐いた。
「…………解った。じゃあ」
「おう!まず何すればいいんだ?!!」
 ゾロが腕組みしてそう切り出すと、ルフィは一層瞳を輝かせて乗り出して来る。
 そのルフィをゾロは一瞥すると。
 鼻先に人差し指を思い切り突きつけて。
 そして、言い放ったのだ。


「海に落ちるな・騒ぎを起こすな・無駄に伸びるな!!」


「ぃいッ?!!」
 いきなりの宣言に、ルフィが思わず仰け反る。
 それを見ると、ゾロはさっさとテーブルへと向き直ってしまい。
「……以上!後は好きにしてて良し」
 それだけ言って、あっさりと食事を開始してしまう。
 ルフィは暫く呆然としたまま固まっていたが。
 不意に我に返ると、猛然と抗議し始めた。
「ちょっと待て、ゾロ!!!何だよ、それは!!!」
「あぁ?お前、今日はおれの言う事、何でも聞くんだろうが」
「それはそうだけど、でもそう言う意味じゃねェ!!!」
「知るか。そこまで指定されてねェしな。とにかく、言ったぞ。ちゃんと守れよ」
「えェ?!……って、そうじゃねェよ!!!おれはそういう事を言って欲しいんじゃなくてだなーーーッ!!!」
「……メシ喰わねェのか?」
「喰うぞ!!!……いやだから、それよりもーーー!!!!」


 そうして。


 必死で訴えるルフィと、困惑顔で突っぱねるゾロとのやり取りは延々と続き。
 他の皆は口も挟まず横やりも入れず、だた笑って見ているだけ。
 誰も止めようとしないから、何処までも食い下がるルフィを引き剥がし様も無く。
 挙げ句に、宴の準備をするから・と2人まとめてキッチンから放り出されてしまった。



 外は呑気で朗らかないい天気。



 だと言うのに、この2人の全く交わらない言い争いは当然の如く平行線で。
 何だかここだけ曇天が広がって行くよう。
 ルフィの機嫌は悪くなって行くし。
 ゾロも困惑顔も晴れやしない。
 お昼までもう少し・という頃に、とうとうこの事態となった。

「ゾロ、ちょっと座れ!」
「は?何だよ、急に」
「いいから!!」

 口をへの字に曲げたルフィに言われて、ゾロは仕方なくその向かいに座る。
 風も心地良いし、陽射しは暖かいし。
 本当ならこのまま昼寝でもしたいぐらいなのに。
 目の前にはそれを許しそうにもない仏頂面。
 思わず目を眇めて視線を返してしまい。

 そして、ルフィが口火を切る。


「ソロは嬉しくないのか!!!」


 その一言で再開したしょうもない言い合いは、冒頭の会話まで続いていた。






「……あのな、ルフィ。なんでそんな事、思いついたんだよ」
「なんでってゾロの誕生日だからに決まってるだろ!」
「いやそうじゃなくてだなぁ……どうしておれの言いなりになるのがプレゼントなんだ?」
「だってゾロ、嬉しいだろ」
「…………だからどうしてそう断言するんだよ」
 がくりと頭垂れてしまう。
 別に言いなりになってもらっても、嬉しくとも何ともないんだが。
 問題さえ起こさないでくれれば、別段ルフィのやる事に文句は無いのだから。
 それなのに、どう言えば納得してくれると言うのか、この変な所で石頭は。
 そう思い、額を押さえた時。

「おれ、ゾロにやれるモン持ってねェし」

 不意に落ちてきた声に、弾かれた様に顔を上げた。


 その視界に入ったのは、何処か神妙な顔。



 さわり・と風がそよいだ。



「サンジみたいにメシ作れねェし、ウソップとフランキーみたいな凝った飾りも作れねェし、ロビンとチョッパーみたいに花束作ったりも出来ねェし、ブルックみたいに楽器も弾けねェし、ナミみたいに借金の返済伸ばしてやる事も出来ねェし、そもそもゾロおれに借金ねェし」
「……最後のはそうだな」



 そよぐ風がルフィの髪を揺らして。
 青空がその背を暖かく包み込んで。

 真直ぐに見つめて来る瞳に太陽の光が映り込んだ。




「だから、ゾロが喜ぶ事、してやろうと思ったんだ」




 相変わらず口はへの字だったけれど、でもそれは今までとは表情を違えていて。
 見据えて来る視線もどちらかと言うと、不満と言うよりは寂しそうで。
 光を湛えた瞳は、何故だか泣きそうにも見えて。

 ゾロは返す言葉を失った。


「……ゾロ、嬉しくないのか」


 何処か、拗ねた様な口調。
 その声音に、気持ちを知る。

 ルフィのプレゼントに籠められた気持ちを。





 それはとても、くすぐったい様な心地がした。





「…………あー、なんだ、その」
 面と向ってそういう事を言うな、と内心思いつつも。
 照れ臭くて頭を掻いたりもしてしまったけれど。
 真直ぐ見つめて来る視線が外れる事は無くて。
 だから、ゾロはその瞳を見つめ返した。
 ……やっぱり気恥ずかしかったけれど。


「ありがと、な」


 礼を言う側から、笑みが零れた。

 照れ笑いのその顔を見て、それでもルフィは嬉しそうに笑った。



 潮騒が心地良くて。
 陽射しが暖かくて。

 風が何処までも吹き抜けて行く。

 波は穏やかで。
 雲は真っ白で。


 目の前には、太陽みたいな笑顔。



 それだけで十分な気がした。





「……よし」
 不意にゾロが、何かを思いついた様に頷く。
 それを見てルフィは身を乗り出した。
「お?どした、ゾロ?」
 そう訊くや否や。
 不意にゾロは甲板に寝転がってしまった。
 頭の下で腕を組んで、仰向けに転がったその姿はつまり。

「寝る。付き合え」

 予想通りの一言だったが、それでも不満の声が出た。
「えええ?!!なんでだよー!」
 ゾロが転がった体勢のまま、平然と口を開いた。
「こんないい天気なのに昼寝しねェなんて勿体ねェだろ」
「いい天気なのに寝ちまう方がもったいねェだろー?!!」
 不平をぶつけてみても、ゾロは動じない。
 それどころか、片目を開けてルフィを見て。

「……言う事聞いてくれるんだろ?」

「…ゥグッ!!」
 そう言われてしまうと、それ以上は返せなくて。
 それでも唸りつつ、確認を取る。
「……おれが一緒に寝たら、ゾロ嬉しいのか?」
 問いにゾロは声を立てて笑った。
「嬉しいっつーか、まぁ、気持ちはいいかもな。いいからちょっと付き合えって」
「ううう。……解った」
 自分が言い出した事なんだから結局は従うしかなく、不承不承ルフィはゾロの隣に転がる。
 仰向けになれば、視界一杯に広がる青空。
 光で満ち溢れた空は眩しすぎるぐらいだ。
 見上げれば見上げる程に、いい天気なのに。
「…………やっぱ、昼寝より遊ばねェ?」
 不満げな口調に、ゾロは小さく吹き出した。
「ちょっと目ェ閉じろ」
「へ?なんでだ?」
「いいから。黙って目ェ閉じてみろ」
「……?解った」
 再度言うと、漸くルフィが目を閉じた。
 ゾロもそのまま口を閉ざす。
 並んで仰向けに転がったまま、それ以上の言葉は途絶えて。
 響くのは潮騒のみ。




 波の音は途絶える事無く響き続ける。

 降り注ぐ暖かな陽射し。

 時折通り過ぎる雲の影。

 潮の香りに満ちた風が肌を滑り抜け。



 波に船が緩やかに揺らぐ。



 背に当たる木の温もり。





 不意に閉じた瞼の裏に過った光景。





「あ」

 ルフィが思わず声を上げると、ゾロが小さく笑った。

 目を開けて隣を見ると、同じ様にゾロも顔を向ける。
 視線が合い、お互いに笑みが零れた。
 喉の奥で笑い合う。
「解ったか?」
 ゾロが問うとルフィは笑顔で頷く。
「ああ、思い出した」
 答えにゾロは声を立てて笑い、空を見上げた。
 ルフィも習って、視線を転ずる。
 その視界にはやっぱり青空。
 そして、その空は。


「なんだか、会ったばっかの頃みてェだなぁ」



 その言葉にゾロがもう1度笑った。







 2人っきりで、小さな船で。
 辺りには潮騒のみ。
 見上げれば青空だけ。

 そんな小舟で暫く放浪した。






「何にもやる事ねェから、よくこうして昼寝したよな」
「んー。ゾロってばちょっと目ェ放すとすぐに寝ちまうんだもんな」
「お前はハラ減ったばっかり言ってたしな」
 ルフィが楽しそうに笑う。
「ゾロ、魚獲ってくれたっけなー」
「そりゃあ人をじっと見て、生肉でも喰えるかな・とか言われた日にはなぁ」
 苦笑するゾロにそれでもルフィは笑う。
 その声に潮騒が応える。

 過ぎ行く風はイーストブルーと変わらない。

「あの船、何にもなかったもんなー」
 そんな無鉄砲な事さえも、ルフィはあっさりと笑う。
 応えるゾロも気にしていないから。
「必要なかったしな」
「うん、そうだな」
 ルフィも頷く。


 大切な物はちゃんと積んでいたから。




「野望と約束の証さえありゃあ、それで十分だっただろ」




 その言葉が嬉しくて、ルフィは笑った。










 何処の海でも海はただ海。
 潮の香りもその音も変わらない。
 強弱の差はあれども、陽射しは陽射し。
 温もりの違いがあっても風もただ風。

 それは世界の何処までいっても同じ事。


 寄せては返す波の音に変わりは無い。


 あの小さな船から始まった大きな旅は未だその途中にあり。


 海が続く限り終りは無いのだろう。




 海に冒険がある限り。








 途切れる事の無い潮騒の中。
 ゆっくりとお互いに視線を向け合った。
 その瞳に同じ光が灯るのを見て。
 同時に笑みを零す。

「ゾロ」
「おう」

 呼びかけに応える声も短く。
 それでも同時に口の端を上げる。

 続く思いは同じだったから。



「来年もこうして過ごそうな」

「ああ、約束だ」



 揺るぎの無い言葉には。
 迷いの無い声が応えた。














 この海で明日を約束する事の難しさは、もう十分に知っていた。
 でもだからこそ、約束を交わす。
 見えない未来を見据える為に。

 掴めぬ未来を勝ち取る為に。



 交わされた、たった一つの約束。



 肩を並べて歩く為に。
 背を預けて戦う為に。
 この海の上を何処までも。
 この空の下で何時までも。


 世界の果てまで鳴り止まない潮騒の様に。
 繰り返し繰り返し、永劫まで続く約束を。

 今日という日の祝福に代えて。













11th, NOV., 2008





BIRTHDAY SPECIALはオールメンバーが前提だったんだけど。
すんません、他の皆が出て来れなかったー!
いや、予想外に長引いて・・・何故??
中身は何時もに増して薄いんだけどなぁ?

最近、ウチの最強コンビはおバカな口論してばっかりだったので。
誕生日ぐらいは、のんびりさせるかなぁ・と。親心?
てか、ゾロにのんびりさせたかったのかもw
後を振り返る・というのはコイツららしくないんだけど。
でもたまには、自分達の足跡を面白がるのもいいんじゃないか・と。
感傷には浸らないだろうしなー。

この後はまぁお約束の宴なので、割愛w
ナミが『ツケじゃない酒』を用意してくれてる筈だしwww



2008.11.11



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