Stand by Me






 雲一つ無い空。
 凪いだ海。
 穏やかな風。
 目映い日差し。

 これ以上無い、そんな最高の日和に。


 ナミは、誕生日を迎えた。





「ナミーーーーッ!!!おめでとなーー!!!!」
「お誕生日おめでとうございます、ナミさん!!!」
「おめでとーーーッ!!!!」
「ふふ。ありがとう、みんな!!!」

 仲間達からの祝福と。
 思いの篭ったプレゼントの数々と。
 サンジの心尽くしの料理と、そして秘蔵の酒。
 太陽が中天に差し掛かるのを待って始めたパーティは、それはもう盛大な物で。
 絶えない笑い声と、ブルックの音楽と。
 皆の心からの笑顔に囲まれて。
 祝福の宴は、陽が落ちるまで続いた。
 体力自慢のこの船の皆が、騒ぎ疲れたと言い出すまで。





 そして、その夜。


「ほーんと、楽しかったわぁ」
 まだ上機嫌なナミは、アクアリウムバーでロビンとお茶を飲んでいた。
 顔はほんのりと色付いていて、ナミにしては珍しくほろ酔いなのが解る。
 ナミの隣に座ったロビンも笑みが絶えない。
 2人とも、今日の余韻に浸って倖せそうだ。
「音楽家がいると違うわね」
「そうよねー。ブルックってば、何でも演奏出来ちゃうし」
 そう笑い合っていると、サンジがトレーを手に現れた。
「ナミさん、ロビンちゃん。お茶請けにハーブ入りスティッククラッカーなんてどうです?」
「あら。サンジ君、気が利く〜♪」
 蕩ける様な笑顔で現れたサンジに、ナミもとびきりの笑顔で応える。
 サンジは2人の間に皿をうやうやしく差し出した。
 早速手に取ったナミが一口食べて、ロビンもそれに習う。
「美味しい〜〜〜!」
「あら、本当。思ったより軽いのね」
 香ばしく口当たりが軽いクラッカーは、昼の宴会でこれでもかと言う程食べた後でも、平気で食べられそうだった。
「うんうん!これなら幾らでも食べれちゃう。でも、こんなに食べたら太っちゃいそう〜」
「ご心配なく、ナミさん。そう思って。消化作用を助ける働きを持つハーブを使ってるから」
 すかさずそう答えるサンジに、ナミが喝采を送った。
「さすがねぇ!サンジ君のそういう心遣いって素敵だと思うわ」
 ナミからの珍しいぐらい率直な褒め言葉に、サンジは目をハートにして蒸気を吹き上げた。
「光栄です、ナミさーーーーんッ!!!」
 そんなサンジを見るナミの視線も、楽しそうで。
 その様子を見てロビンは、そっと席を立とうとした。
 今なら、さり気ない理由で部屋を出ても大丈夫そうに思えたから。

 折角の誕生日なのだ。
 こんな日ぐらいは2人きりにしてあげたい。


 そう思ったのだが。


「ナミーーーーッッ!!!!」
「ナミ、来てくれ!!不可思議雲が出た!!!」
 突然、部屋に飛び込んで来たルフィとチョッパーに、席を立つ機会を逃してしまった。
 しかも飛び込んで来た理由というのが……謎の言葉である。
「はぁ?!!何それ?!!」
 ナミも唖然としたが、2人はお構い無しで駆け寄るとナミの腕を掴んで引っ張る。
「た、大変なんだぞ!!ボワっとしてて、白くて、フヤフヤで光っててそれでそれで……!!!」
「あれ、絶対、不可思議雲だぞ!!!怪奇現象のモトなんだ!!!」
「だから、何なのそれ!!そんなの見たくないわよ!!!」
 訳の解らない事を口走る2人に呆れつつも、腕を引っ張る力には敵わなくて。
「いいから来いって!!!」
「ちょっ!引っ張らないで!!」
「大変なんだーーー!!!一大事だぞ、絶対!!!」
「解ったわよ!!解ったから、危ないでしょ!!!ちょっと!!」
 叫び続ける2人に引きずられる様にナミは連れて行かれてしまい。

 後には、呆然としているサンジと困った顔のロビンが残されていた。


「……ナミちゃん、連れて行かれちゃったわね」
 ロビンがそう呟いて、サンジは漸く、我に返った。
 慌てて振り返ると、ロビンはちょっと困った様な顔で頭を下げた。
「ごめんなさい。せっかく2人きりにしてあげようと思ったのに……。もう少し早く、席を立てば良かったわね」
「ふ、2人きりって?!」
 その言葉にサンジが思い切り焦った反応をする。
 慌てふためく様子を見て、ロビンはにっこりと笑った。
「好きなんでしょう?ナミちゃんの事」
 はっきりと言われて、サンジの顔が一気に真っ赤になった。
 目を真ん丸にして、返答に詰まって。
 それでも、一呼吸置いてから、極上の笑顔を浮かべてみせる。
「おれ、ロビンちゃんの事も大好きだぜ?」
 鮮やかな笑顔でそう返されて。
 それでもロビンは動じなかった。
「ありがとう。でも、その『好き』とナミちゃんへの『好き』は、全然違うものでしょう?」
 あっさりとそう言われ。
 サンジの顔が、再度、真っ赤になる。
 その反応が既に返答だった。

 ロビンに笑顔で見つめられて。
 赤くなった顔をどうする事も出来なくて。
 心臓まで早鐘を打ち出して。
 サンジは目を見開いて固まっていたが。
 ふと、溜息を一つ吐くと。
 ちょっと照れ臭そうに笑ってみせた。

「……敵わねェなぁ、年上の女性(ひと)には」

 首の後ろを掻きながら、照れた顔で笑う。
 その仕草は何処か幸せそうにも見えて、ロビンの笑みが深くなる。
 サンジは右手を上げると、人差し指を口元に立ててみせた。
「あの、解ってるとは思うけど、ナミさんには……」
「ええ、勿論。きちんと自分で告げたいでしょ?」
「いやま、そうなんだけど。……それにまだ、その……キチンとケリを付けてからにしてェし」
「あら」
 自分の夢を叶えてから。
 サンジのその言葉にロビンは意外そうに目を見開いた。
 その視線を受けて、サンジはゆっくりと頷く。
 その頬はまだ少し赤かったけれど。
 視線は真直ぐで揺るぎなく、決意の深さを伺わせた。
 意志を読み取り、ロビンも笑みを浮かべ頷く。
 その笑顔は穏やかで、優しい物だった。

 何処か、柔らかな空気がアクアリウムバーを満たす。


 それでも照れ臭くて、サンジが話題を変えようとした、その時。


「ロビン!!サンジ君も、来て!!!早くッ!!!」

 いきなりナミが勢い良く飛び込んで来たのだ。
「どうしたんだ、ナミさん?!!」
 一大事かと2人は慌てて振り返ったが。
 だが直ぐに、そうではないと悟った。
 飛び込んで来たナミは笑顔で、頬を上気させ、瞳を輝かせていたのだ。
「なぁに?どうしたの?」
 ロビンが立ち上がって近づく。
 ナミがこんなに興奮しているのは珍しい。
「いいから早く!!虹よ!虹が出てるの!!」
 その言葉にサンジが首を傾げた。
「虹?こんな夜に?」
 昼間ならとにかく、夜の虹は聞いた事が無い。
「だから、珍しいのよ!!ほら、急いで!!!」
「ええ、解ったわ」
 ロビンが頷いて甲板へ向う。
 サンジはそれに続こうとして、ふと足を止めた。
 テーブルの上に出したままのティセット。
 軽く片付けてからにしたほうがいいか・と思ったのだが。

 次の瞬間、思い切りナミに手を引っ張られていた。

「ナ、ナミさん?!!」
「もう、サンジ君ってば、そんなの後でいいから早く!!!」
 ナミはサンジの右手を掴むと、かなりの力を籠めて引っ張る。
 慌てたのはサンジの方。
 別に、初めて手を握った訳でもないのに。
「あ、いや、ナミさん……!!」
「滅多に見れないのよ?!!ムーンボウなんて!!消えちゃったら勿体ないでしょ!!!」
「いや……手……、その」
「ほら、サンジ君急いで!!!」
 ナミは気にするどころか、一層強くその手を握ってきて。
 その行動に、サンジの顔が赤くなる。
 自分でも解らない。
 助ける為とは言え、腕に抱いた事もあると言うのに。

 どうして、今更、手を握られたぐらいで、こうも動揺してるのか。


 ナミに強い力で手を引かれ。
 そのままよろめく様に走り出す。
 目の前の、揺れるオレンジの髪から目が離せない。


 手を握り返す事も出来なくて。


 走り出た甲板で、ナミが振り返った。
「ホラ!あそこ!!」
 そう言って、空を指差す。
 殆ど反射的に視線を向けて。
 そして、息を飲んだ。



 そこには、夜空に架かる大きな白い虹があった。



「ス……ゲェ」
 そう呻くのが精一杯な程、それは見事な風景だった。
「あ!遅ェぞ、サンジ!!」
「見ろよー!不思議虹だぞ!!!」
 甲板には既に他の皆も集まっていて、珍しい夜の虹に見入っている。
 ウソップは早くもスケッチブックを持ち出し、無心に描いている。
「ムーンボウって言うのよ。月光で出来る虹なの」
「ぬーぼー?」
「それは酒だろ」
 ナミの説明にルフィが首を傾げ、すかさずゾロに訂正される。
 ウソップが手を動かしながら首を捻った。
「月にかかる暈(かさ)は白いもんな。それと同じって事か?」
「うん、そうなの」
「へー!スゴいな、ウソップ!!」
 チョッパーが感心した様に目を輝かせ、ウソップは得意げに笑った。





 東の水平線より少し上には、満月より心持ち欠けた月が光を放っている。
 それを受けて、西の空に架かる虹。
 よく見れば、西側の空は雲が掛かり、霧雨が降っているのが解る。
 霧雨が十六夜月の光を受けて虹を産み出しているのだろう。





「……綺麗、だな」

 幻想的なその光景に、サンジがそう呟く。
 その視線は虹を見ていたから。
 だから、気が付かなかった。

 サンジの声に振り返ったナミが、一瞬、目を見開いた事を。


 言葉を失う様に、その横顔を見つめて。
 そして、視線を慌てて外す。
 空を見たのは、ほんの一時。
 ほんのりとその頬が染まって。
 ナミは、その視線をゆっくりと戻した。
 もう1度、サンジの横顔へと。

 そして浮かぶ、幸せそうな笑み。

 視線を虹へと戻して、そして首を傾げる。
 意図してか。
 サンジの方へ。
 もう、何時もの笑顔に戻って。


「本当ね」
 その声にサンジは振り返って笑った。
 結局、その僅かの間、サンジはナミの方を見なかったから。
 だから、知らない。
 ナミがサンジを見て、どれだけ幸せそうな顔で微笑んだか。
 ナミの視界にサンジの横顔がどう映ったか。
 存外整った輪郭とか、月光に透ける金の髪とか、薄い澄んだ青の瞳とかを目にして。
 ナミが一瞬、言葉を失った事を。

 勿体ない事に、サンジは知らなかった。


 夜空に静かな音楽が流れ出す。
 見ると、ブルックが船首像の上でバイオリンを弾いていた。
 穏やかで優しく、どこか儚気な曲は、この幻想的な光景に良く似合っていた。
「……あら、この曲」
 ロビンが首を傾げる。
 ゾロが振り返った。
「知ってるのか?」
「ええ。ウェストブルーのピアノ曲なんだけど……バイオリンで聴くのは初めてね」
「そっかー。しし!キレイな曲だなー!」
 ルフィが笑って、サニーのたてがみに飛び乗って座り込んだ。
 フランキーも側の船縁にもたれかかる。
「優しい曲じゃねェか。何て言うんだ?」
 その問いにブルックが答えた。
「『月の光』です。ヨホホ。ぴったりでしょう?」
 ブルックの返答に皆が納得して。
 そして、また虹に見入る。


 透き通った優しい音色が、夜の海を静かに渡って行った。





 幻想的な、大きな純白の虹。
 透き通った藍色の空。
 薄い雲が月明かりを受け銀色に煌めいて。
 僅かな星々が慎ましやかな光を放ち。
 その空を染め上げる白銀の月。

 海原が月光を受け星空の様に無数の輝きを返す。


 細波とバイオリンの調べが混ざり合って光の海へと響いて行く。



 世界は静謐に包まれて、何処までも優しかった。





「…………プレゼント、だな」
「え?」

 ふと、サンジが漏らした声に、ナミは振り返る。
 サンジは優しいけれど、何処か悔しそうな顔で笑った。
「この虹。海神サマとやらからの、ナミさんへのプレゼントなんだな、って」
 その言葉にナミの頬が色付いた。
 サンジは虹を見入ったまま。
「ナミさんは海に祝福された才能の持ち主だから。そのナミさんの誕生日にこんなすげェのが見れるなんて、さ。プレゼント以外の何物でもないよなぁ。……ったく」
 そう言って、サンジが頭を掻く。
 困った様な悔しそうな、そんな笑みを浮かべて。

「……こんな粋なのなんてよ。ホント、カミさまには敵わねェよなぁ」

 そのサンジの悔しそうな声音に。
 ちょっと困った様な笑顔に。
 照れ隠しの様な仕草に。

 ナミはじっと視線を向けて。


 柔らかく微笑んだ。


「そうかしら?」
「え?」
 優しい声にサンジは振り返る。
 そこには本当に綺麗な笑みを浮かべたナミの姿。
 今度はサンジが言葉を失った。
「どんなに素敵な風景でも、独りで見るんじゃつまらないでしょう?」
 微笑んでナミがそう言う。
 オレンジの髪が月光に柔らかく輝く。
 その髪をそっと揺らして。

 ナミは、少しだけ、サンジに身体を寄せた。


「一緒に見てくれる人がいるから、嬉しいのよ」


 そう言って浮かべる、はにかむ様な笑み。
 その笑顔に暫し見とれて。
 そして、サンジは。
 ゆっくりと、また、虹へと視線を戻した。

 優しい調べが2人を包み込む。

 肩を抱いていいだろうか・とか。
 腰に手を回しても構わないか・とか。
 ちょっとだけ考えたけど。
 でも、少しそれは違う気もして。

 代わりに、少しだけ、ナミに身体を寄せた。
 ナミがしてくれたのと同じ様に。


 何時もより、ほんの少しだけ、近い温もり。



 その距離が、今の自分達には相応しい様な気がして。



 そのまま寄り添い合って、虹を見ていた。
 お互いの温もりを感じながら。
 何時もよりも近くにその鼓動を感じながら。









 やがて静かにバイオリンの音が止まって。

 そして。


「……ッ!!!!」


 2人は同時に我に返った。

 そう。


 『皆と一緒に』虹を見ていたのだ・と言う事を思い出して。


 慌てて辺りを見渡して、そして再度驚く事になる。
 いつの間にか、皆は姿を消していて。
 甲板には2人きりだったのだ。
「あっ、アイツら?!!何時の間に……!!!」
 サンジが真っ赤になって周りを見渡す。
「だってバイオリンの音が……あら?」
 同じ様に視線を巡らせたナミが、ふとある物に気が付く。
 そして、慌てて『それ』に駆け寄って。
 呆然と拾い上げた。

「……トーンダイアル」

 甲板にそっと置いてあったのは、ウソップが持ち歩いているトーンダイアル。
 今まで聞こえていた音色はこれから流れていたものだったのだ。
 BGMだけ残して、気付かれない様に姿を消して。
 2人きりにしてくれたのだ・と。
 そう、解ったから。


「…………これも、プレゼントかしらね」


 そう口にしてみると。
 改めて、くすぐったい様な気恥ずかしい様な気持ちになって。
 ナミは頬を染めて笑った。
 本当に、倖せそうに。



「サンジ君、もう少し付き合ってくれる?」
 振り返ったナミに微笑んでそう言われて。
 サンジに断る理由がある筈も無く。
 皆の心遣いを照れ臭く思いながらも、有難く受け取る事にした。
「もちろん、喜んで」
 笑顔で答えて、ナミに右手を差し出す。
 ナミはその手に自分の手を乗せた。
 サンジがうやうやしくフォアマストのベンチへとエスコートし、並んで腰を降ろす。
 ナミがトーンダイアルの殻頂を押すと、またバイオリンの音が流れ出した。
 柔らかく優しい音が2人を包み込んでくれる。


 そのまま2人で白い虹を見つめていた。
 特に言葉を交わす訳でもなく。
 ただ、寄り添い合う温もりを感じながら。

 同じ様に、その温もりを嬉しく思いながら。



 そのまま虹を見つめていた。
 夜空に架かる虹を。
 優しくも幻想的な風景を。


 傍らの温もりを、感じながら。
 その優しさを愛おしく思いながら。








 今日と言う日に、こうして一緒に居られる倖せを感じながら。













3rd, JUL., 2008





サンナミ純愛ありっすかーーーッ!
いやもう、どうしちゃったの、このらぶらぶっぷりは!!
ナミが!なびいてるよ!!びっくりだよ!!
ほろ酔いだからかな。上機嫌だからかな!

サンジはちょっと別人っぽいw
でも私の中では、普段は軽い口調で口説き文句並べまくってる男は、
本命の前ではしどろもどろになる・っていう思い込みがあるんで。
そのぐらいの方が可愛いでしょー♪
頑張れサンジ♪

作中曲は、しつこくもドビュッシー。好きなんです、すんません。
でも、タイトルが「Stand by me」で、
作中曲がドビュッシーなのに、
脳内BGMは「消えない虹」というwww

ムーンボウは、こちらではハワイ諸島で観測されるそう。
私も聞いた事があるだけで見た事ないんだけど。
1度でいいから、見てみたいなー。
綺麗だろうなーーー。



2008.7.3



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