for your Honesty






「ウソップ、誕生日おめでとう!!!」
「おめでとーーー!!!!」



「お…?おぅ、ありがとう」

 目を覚ましてもらった第一声は、「おはよう」ではなくて「おめでとう」だった。
 次いで、視界を埋め尽くす大量の紙片。
 どうやら紙吹雪らしい・と気が付くのに時間がかかる程、大きく千切った紙片をルフィとチョッパーが振りかけて来る。
 何事なのか、咄嗟に思考が付いて行かなかったが。
 でもすぐに、納得した。






 今日は4月1日。
 ウソップの誕生日だ。






 目の前にはルフィとチョッパーの満面の笑顔。
 バサバサと大量の紙吹雪が頭から振りかけられる。
 大雑把な作りのそれに苦笑しつつもウソップは起き上がった。
 不揃いな紙片はあまりにも大き過ぎて、紙吹雪と言うには少し味気ないけれど。
 それでも、気持ちは充分に伝わった。
 身支度を整えていると、ルフィが笑って言った。
「プレゼントがわりに、今日はおれ、1日ウソップと遊ぶからな!」
「おれもだ!1日、ウソップに付き合うぞー!」
 チョッパーも嬉しそうにそう言う。
「それって何時もとなんか違うのか?」
「おう、違うぞ!誕生日だからスペシャルに遊ぶんだ!」
 疑問を口にすれば、笑顔と共に即答が返る。
 だからその、『スペシャルに遊ぶ』という内容がよく解らないのだが。
 そんな事を訊くのも馬鹿馬鹿しく思える様な笑顔が目の前にあって。
 ウソップは深く考える事を止めて笑った。
 2人がくれる気持ちの方が大事だと思ったから。
「よーし、じゃあ朝メシ喰ったら遊ぶかぁ!」
「おぉ!!」
「よしきたー!!」
 ウソップの声に2人が嬉しそうに答える。
 くすぐったい気持ちで笑いながら、ウソップはキッチンへと向った。


 キッチンではみんながそれぞれにウソップを祝ってくれた。
 ロビンからは自分が育てた花で作ったブーケ、ナミからは食べごろのみかんが一籠。
 フランキーからは祝いの歌と、後で工場の作業台を直してくれるという約束が。
 ゾロは工具の刃物類の手入れをしてくれた。
 サンジは当然の様に、昼のパーティメニューを約束してくれて。


 みんなからの祝福を嬉しく思いながら朝食を取って。
 そして、そのままルフィ達と甲板へと走り出した。
「昼までキッチンには立入り禁止だからなー!」
 背中にサンジの声を聞きながら、取りあえずは前方甲板へと向う。
 フランキーと、珍しくナミやロビンまで一緒に来た。
 ゾロだけは昨夜見張りだったため、昼まで寝る・と言って船室に籠ってしまったが。
 それでも、他の皆と大騒ぎしながらの時間はあっという間で。
 そして、何時も以上に楽しかったから。








 だから、気が付くのに時間がかかったのだろう。









 最初はフランキーだった。

「早いウチに、修理を済ませてくるか」
 そう言って工場へと向って。
 1時間しないで戻って来た。
 作業台の修理といっても、それ程難しい事ではない。最近、少し揺れが気になる・と言った程度だ。
 フランキーにしては少し時間がかかった気もするが。
 それでもその時は気に留めなかった。



 次はロビンとチョッパー。

 気になっているプランターがあるから・とロビンが席を外す。
 その時に、力仕事があるかもしれないからと言って、チョッパーを連れて行った。
 ロビンの花の手入れをチョッパーが手伝っているのは、良くある事だから。
 チョッパーもやはり基本は草食動物。植物に触れているのは気持ちが落ち着くらしい。
 だから、その時も気にしなかった。

 ただ、戻って来たチョッパーから少しだけ消毒薬の匂いがして。
 尋ねると、何でもない・とだけ返された。
 それだけは、何となく気になった。
 2人とも、怪我をしている様には見えなかったから。



 そして、ナミが席を外した。

 喉が渇いたから。
 そう言ったら、サンジが素早く特性ドリンクを持って来てくれたのだけれども。
 珍しく手元が狂い、服に零してしまったのだ。
「着替えてくるから、後ろで釣りでもしてて」
 そう言われて、強制的に後方甲板へと移動させられたのだが。

 それから、30分以上経っても戻らない。

「なぁ…。着替えてるだけにしちゃあ、遅過ぎねェか?」
 ちょっと不審に思い、船室の方を伺いながらそう口にした。
 ルフィが怪訝そうに首を捻る。
「そうか?」
「そうだって。着替えるだけなら、5分もありゃあ十分だろ」
「まぁ、女の着替えってのは時間がかかるもんだからなぁ」
 フランキーはそう笑うけれど。
 どうにもウソップは気になって仕方がなかった。
 チョッパーが妙に慌てた様に服の裾を引っ張る。
「何か気になる物でもあったのかもしれないぞ。読みかけの本とか」
「そうか?それにしてもよぉ……」
 首を捻るウソップに、ロビンが小さく笑った。
「じゃあ、私が様子をみてくるわ」
「おぅ、それがいいだろ」
「だな!ロビンなら覗いても怒られねェし」
 立ち上がるロビンにフランキーとルフィが笑う。
 それを見て頷きながらも。
 どうにも釈然としないものを、ウソップは感じていた。
 何かこう……腑に落ちないものを。

 何か……そう、何か。



「…………なぁ、お前ら」



 流れる雲を見ながら。
 ゆっくりと口を開く。




 微かだけど、でも、奇妙な確信と共に。








「なんか……隠してねェか?」








 何故かは解らないけれど。
 でも、それは確かな事実に思えた。







「ぃいッ?!!ベ、ベツに何も隠してないぞ?!!」
「そ、そそぅ、そうだぞ!!何、言ってんだ!!!」
「オッ、オイ!お前ェら動揺しすぎだ!!バレんだろうがッ!!!」
 あからさまに動揺して手を振るルフィとチョッパーに、フランキーが慌てて怒鳴る。
 が、その反応が最早、ウソップの言葉を肯定していて。
「……やっぱそうかよ」
 溜息と共にそう呟くと、3人が慌てて首を横に振った。
「い・いや、違うって!!隠し事なんてしてねェぞ!!!」
「うん、そうだぞ!!あ!ウソップ、引いてねェか?!!ホラ、竿、竿!!」
「いや引いてねェよ。……なんでごまかすんだよ。なぁ、何、隠してんだ?」
「ベベベ、ベツに何もねェって!!!」
「オゥ!!気にすんじゃねェよ!!!」
「……あのなぁ、お前ら。言っておくが」
 そう言いかけたその時。



 唐突に海の向こうで、凄まじい轟音と共に雷が落ちた。



「ぅおッ?!!!何だぁ?!!!」
 弾かれた様にウソップは振り返った。
 その視界に、遥か彼方の海に奇妙にそこだけ浮かぶ暗雲と、その下で煙を上げる1隻の船が入る。
 あ・と小さくチョッパーが呻いたが、その声は耳に届かず。
「どうしたんだ、あの船!!落雷の直撃を受けたのか?!!」
 遥か彼方とはいえ、煙を吹き上げてゆっくりと崩れて行く船の姿はしっかりと確認出来て。
 ウソップは慌てて3人の方へと向き直った。
「何やってんだよ!あの船、遭難しちまうぞ!!早く助けに行かねェと!!」
 怒鳴ったが、3人の反応は薄く。
 突っ立ったまま、何だか奇妙に間の抜けた表情を浮かべるだけで。
「あー」
「あーあぁ」
「あーあー」
 3人共、そう言うだけで動こうとしない。
 その上、顔を見合わせて、何だか複雑な表情を浮かべ合っているばかりで。
 焦れたウソップがルフィに掴み掛かった。
「何なんだよ、一体!!!」
「あー、いやその」
「落ち着けよ、な?」
「落ち着けって何だよ!!なんで落ち着いてられんだよ、お前らは!!!」
「いや、あれはなぁ」
「えーと、つまりその」
 3人が顔を見合わせて言い淀んだその時。
「ごめんなさい、お待たせ。ナミちゃんだけどね……あら?」
 戻って来たロビンが声をかけようとして、その場の雰囲気に気が付いた。
 首を傾げて皆の顔を見渡す。
「どうかしたの?」
「あ!い、いやその!!」
「何でもねェんだ!な?!」
「うんうん!!大した事じゃないぞー!!」
「そんなワケあるかぁ!!!!」
 一斉に誤摩化そうとした3人に、とうとうウソップが限界に達した。
 怒鳴るやいなや、先程の雷雲の方を勢い良く差し示す。
「さっき、いきなりカミナリが落ちて、あそこの船が黒こげになっただろうがよ!!!!それなのにお前ェら全員、助けようともしねェでボーッとしてやがって!!!」
 その台詞にロビンがウソップの差し示す方へと顔を向けた。
「どういうつもりだよ!!何処の誰の船だか知らねェが、見捨てていいワケがねェだろ!!!それをお前らは揃って何をやってたんだよ!!!」
「いや、あのなぁウソップ。あれは……」
 ルフィが困った様に言いかけた時。
「……もしかして、ナミちゃん?」
 海原を見つめたまま、ロビンが口を開いた。
 その足元でチョッパーが頷く。
「うん。サンダーボルト=テンポだった」
「まぁ。派手にやったのね」
「そうなんだよなぁ。やっぱりナミを行かせるんじゃなかったかな」
「ワザが派手すぎだろ。もちっと地味なのにしてくれりゃあバレねェで済んだんだが」
「……お、い?」
 自分を取り残して進む会話に、ウソップが眉を寄せた。
 他の皆は事情が解っている様だが、自分だけは何が何だか解らない。
 こんな日に……自分の誕生日だというのに隠し事をされている。
 その事実がウソップの機嫌を急降下させる。
 眉間に皺を寄せ、不機嫌そのものの顔になって、ウソップは口を開いた。
「…………どういう事だよ」
 苦虫を噛み潰したようなウソップの表情に、4人は顔を見合わせた。
 ルフィは困った様に、チョッパーは狼狽えて、フランキーは思案顔で、ロビンは静かに口を噤み。
 その4人をウソップは見据えて。

 暫し、その場を支配した静寂は。


 ルフィの溜息と、ロビンの苦笑で破られた。


「……仕方ねェなぁ」
「そうね。もう隠す意味もない様だし」
 チョッパーががっくりと項垂れる。
 フランキーは腰に手を当てて天を仰いだ。
 怪訝そうな顔になるウソップに、ルフィが不承不承、口を開いた。




「今日はなぁ……『何でもない日』にしようって決めたんだ」




「は?」
 予想外に突拍子も無い言葉に、思わずウソップの顎が落ちた。
 ルフィの顔を凝視してしまったが、ルフィは口を尖らせて黙り込んでしまう。
 途切れた言葉を、ロビンが苦笑して引き継いだ。
「つまりね。ウソップ、あなた争い事が嫌いでしょう?」
「だ、だからさ!皆で話し合って決めたんだ!今日は、ケンカとかしない1日にしよう・って!!」
 チョッパーの言葉に目を見開く。
 そう言われてみれば確かに、今日は誰もケンカをしていない。じゃれ合い程度の事はしたけれど。
 何時もなら直ぐにケンカになるゾロとサンジは、2人とも早々に籠ってしまって顔すら合わせていないから、ケンカのしようも無かったし。
 けれど、それと今の状況がどう結びつくのだろうか。
 咄嗟に思考が付いて行きそびれてしまい。
 立ち尽くす肩をフランキーが叩いた。
「あー、だからだなぁ。つまり、船の中のケンカはもちろん、外とのケンカもしないようにしよう・って事にしたんだよ」
「船の……外?」
 問いにはロビンが答えた。
「他船との戦闘もしないという事よ」
 その言葉に驚いて視線を向ける。
 ロビンは静かに微笑んでいた。

 戦闘をしない・と口で言う事は簡単だけど。
 現実問題としてそれは容易な事では無い。
 ましてや、賞金総額6億ベリー越えのこの船にとっては。


 その為の方法と言えば……。




「だから、敵船が見えたら全部、ウソップに気付かれる前に追っ払ってたんだ」




 静かなルフィの声に、返す言葉を失った。


 朝食が終わってからずっと、ゾロは姿を見せなかった。
 他の皆はウソップと一緒にいたけれど、時折、誰かが理由を付けて姿を消した。
 そう言えば、その度に場所を移動していた。
 気が付かなかったが、改めて振り返ると、確かにそうだった。

 理由が解れば、沸き起こるのは驚きと、そして。
「お、前ら……ッ!そこまでしなくたって、おれだってちゃんと戦うぞ?!」
 まるで自分が戦う事を嫌っているかのように扱われた事がショックだった。
「別に戦う事が怖いわけじゃねェんだぞ!!」
「そんなの当然だろ!そう言う事じゃねェんだ!!」
「じゃあ、何なんだよ!!」
 ルフィに怒鳴られてもここは引けない。
「おれは、『勇敢なる海の戦士』なんだ!!戦闘を恐れてちゃあ、話にならねェだろうが!!」
「そんな事は解ってる!!だからそうじゃねェって言ってるだろ!!!」
「あなたに、楽しく心穏やかに過ごして欲しかったのよ」
 怒鳴り合いになってしまいそうな2人の間に、そっとロビンが入り込んだ。
 優しく微笑みながらウソップの顔を覗き込む。
「今日だけでも戦いそのものがない、平穏な1日を過ごして欲しかったの」
「うん……。そんな1日をプレゼントしたかったんだ」
 少し悲し気にチョッパーが言葉を繋いだ。
 この2人の言葉に、流石にウソップも落ち着きを取り戻した。

 自分を見つめてくる瞳は優しくて。
 それはルフィとフランキーも同じで。
 落ち着きを取り戻せば、言葉の真意は伝わってくる。



 『ウソップを戦いから遠ざける』為ではなく。

 『戦いをウソップから遠ざける』為の努力をしていてくれたのだ・と。



 自分の誕生日が、楽しい思い出だけで満たされる様に・と。





 その心遣いが良く解ったから。







「……そ、そこまで、気ィ回すんじゃ、ねェよぉ……」







 笑みと涙が、同時に零れそうになった。












「ごめんね、遅くなって……って、あら?」
 戻って来たナミが、雰囲気の違いに足を止める。
 顔を上げたロビンが苦笑するのを見て、状況を察した。
「なぁんだ。バレちゃったの?」
「何言ってんだ。ナミがあんなハデなのやるからだろ」
 つまらなそうに呟くナミにルフィが抗議する。
「あのカミナリ見てウソップが気が付いたんだぞ」
「あらぁ、だって仕方が無いじゃない。まとめて倒すには一番手っ取り早いんだから」
「ゾロ1人で行かせた方が良かったんじゃないのか?」
 そう言われてナミは肩をすくめた。
「何、言ってるのよ。あいつ1人だったら帰って来れないじゃない」
「……それもそうか」
「うん、迷子だな」
「ええそうね」
 即座に同意するチョッパーとロビンに、フランキーが眉を寄せた。
「…………そんなに酷ェのかよ」
「酷いなんてレベルじゃないわね」
「人間業とは思えない迷い方、するもんなぁ」
「……おいオイ」
 そう言って頷き合う2人にフランキーが返す言葉を失って呻く。
 その様子を見ながら、ウソップはふと気が付いた。
「そういや、ゾロは?」
 ナミと一緒に戦闘に向っていたにしろ、もう船に戻っている筈なのだが。
 ずっと姿を見せていない。
 確かに船室で眠っている事にはなっているけれど、でもそれはあくまでも口実なのだから。
 今までもきっと、何処かで待機していた筈だ。
「そうね。もうバレちゃたんだからドックで寝てる事もないわね」
「ドックで?」
 驚いて聞き返すと、ロビンが笑った。
「ええ。シャーク・サブマージで直ぐに出れるようにって」
 さらりと返された言葉に、改めて気付く。
 そう言えば今日は、1度も下に降りていないのだ・と。
 工場にすら籠っていない。


 常に誰かが側に居て。
 そして、一緒に騒いでいたから。


 徹底的に、ウソップを戦闘から遠ざけるために、全員が手を回していたのだ。






 今日と言う1日を、平穏な物にするために。






「おれ、起こしてくる!」
「あ!おれも行く!!」
 走り出したルフィをチョッパーが追う。
「丁度いいわね。そろそろお昼だし」
 ナミがそう言い、ロビンが微笑んで頷く。
 フランキーが大きく伸びをした。

 その様子を見つめていて。
 ふとその視線を天へと動かせば。




 遥か頭上には、光を湛えた空。
 その空を、悠然と横切る雲。


 走り去る潮騒と、身体を包む潮の香りと共に。


 世界はただ、輝いていて。






 微笑んでいるようで。






 自然と、ウソップの口元にも笑みが浮かんでいた。


















「お待たせしましたー!!ナミさん、ロビンちゃん、パーティの準備ができましたよーーー!!!」
 ふいに響いたサンジの声に、ウソップは我に返った。
「おおおぃ、待てよ!おれの誕生日だろうが!!!」
「ぁあ?!いいんだよ、手前ェは黙ってひな壇にでも座ってろ。ささ、お二人ともこちらへどうぞ。お疲れでしょう?」
「ありがと、サンジ君」
「あら、良い匂いね」
「宴だーーーーッッ!!!!肉ーーーーッ!!!!」
「酒」
「うっわーーーー!!すっげェケーキだなぁ!!!」
「豪華版だな、こりゃぁ!!!」
「だから、おれが主役だろうがーーーッッ!!!!」
 慌てて叫ぶウソップへと皆が笑った。
「ホラ、さっさと来い!」
「喰っちまうぞーー!!」
「主役を抜きにして誕生パーティしようとすんじゃねェよ!!!」
 からかう声と楽しそうな笑い声と。
 極上の料理の香りと。

 光に包まれた世界の中で。

 笑い声が空を満たした。
 大切な仲間を祝福する陽気な声が。










「誕生日おめでとう、ウソップ!!!!」













1st, APR., 2008





ウソップの誕生日はエイプリルフール。
だから、逆にほのぼのした話にしたかったの。
というか、エイプリルフールを利用したすごく上手な話を前に読んでさ。
あの話を越える自信がなかった・ともいふw

ウソップってなんかね。
1番、皆に愛されてるキャラじゃないかな・って思うのだ。
ウソップが1人1人に気を使う人だから。
だから、自然と皆も気遣いを返してる様な気がする。
みんなウソップの為に頑張る話にしたかったのでス。



2008.4.1



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